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「俺の落ち度です。すみませんリリア姫」

「え?」

「ここは有害です。探しましょう、貴女に相応しい土地を」

「心配して下さって有り難うございます。ですが、それでもわたくしは、姫としてここで処刑されるべきかと」

「は??」

「ちょっとお顔恐いですユリウス様」

「すみません。ですが処刑は承服できかねます。断固として! 断固として!」

「理解出来かねます。偉大な勇者様がここまで心を砕いて下さるだけの価値など私にありません」

「俺にとって貴女以外に価値などありませんが? 勇者、そんな大層な称号など、貴女を助ける為の手段に過ぎません。俺はどうしてもどうしてもリリア姫、貴女を助けたかった。魔王なんぞの傍に貴女が居るだなんて許せなかった。だから魔王を屠る為の手段として、勇者の剣に認めさせた」

「認めさせた……」

「はい。勇者になったのなんてついでです。俺は貴女の笑顔を護りたい。健康で、幸せに過ごして頂きたい。勇者だとか、魔王討伐だとか、そんなものは目的を果たす為に着いてきた付属物」


「ここにはリリア姫に見合うモノは何もありません。アレは親ではない、アレは結婚相手ではない、アレは妹ではない。貴女は誰よりも何よりも幸せになるべきです。俺はずっと貴女の努力を見て来ました。聖なる祈りに感謝してきました。貴女は頑張ってきました」


「だからそろそろ、報われる時です」

「幸せは、ここにはない」

「だから探しに行きましょう。リリア姫が幸せになれる新天地を」



勇者ユリウスは途切れなく説得を浴びせ続けた。

まるでリリア姫が口を開くのを恐れているかの様だった。

それでもやがて言葉は尽きて、恐る恐る姫を伺う勇者。

まるで叱られる前の子供の様な姿。

その稚いとすら言える姿にリリア姫は美しく微笑んだ。

生還後初めて見せた、王国の花と謳われるに相応しい、周囲すら明るく輝く様な、綺麗な綺麗な微笑みだった。

勇者は呆ける様に笑顔に見惚れる。


「ありがとう、ユリウス様。ですが、わたくしは良いのです。わたくしはこのヴァールバラの役に立つ為にヴァールバラの予算で育てられてきたのですから。不要廃棄、仕方がありません」

「嫌です嫌です絶対嫌です!」

「勇者様……」

「俺はそんな高潔な存在じゃないです。ただ、貴女にあんな悲愴な顔をさせたくなかった。貴女の笑顔をまた見たかった。魔王を倒したのなんて、ついでです。勇者の剣を得たのもただ、リリア姫を取り戻したかったから」

「ユリウス様……」

「どうか幻滅しないで下さい。すぐに貴女に相応しい男になって見せますから!」

「いえ、あの。世界を救った勇者様とわたくしでは釣り合いません」

「次は何を為したら良いですか? 仰って下さい、俺、絶対達成して見せますから!」

「いいえ、わたくしにはユリウス様にそこまでして頂く価値など」

「俺にとってリリア様以外に価値あるものなど在りませんが? 貴女の民を護る為に誘拐された勇気に心底惚れたんです。あの日の貴女の姿、美しい心根が目に焼き付いて離れません。あの時以来、貴女以外がゴミに思えてならないのです。この世に綺麗なものは貴女しか居ない。だから離れがたいし、護りたい。お側に居たい」

「ああ、ユリウス様もわたくしと同じ気持ちだったのですね。ユリウス様のお側だけが清浄で、それ以外は息苦しくて」

「ええ、同じですよ俺達だけが。俺達は互いだけが唯一の理解者。俺達は離れてはならない一対なのだと定められているのですきっと」

「……そう、なのでしょうか?」

「ええ、そうに決まってます」

「そうですね。ありがとうございますユリウス様。強いお言葉が身に染みるようです。わたくしもユリウス様のお側に居たい……」

「!! っ! おれも……っ! 俺もですリリア様。俺もリリア様と共に居たい!」

「ですが、わたくしは廃棄処分で……」

「ならば、こういうのはどうでしょう?」


きょとんとするリリア姫に勇者ユリウスはひどく優しい笑みを浮かべた。姫への愛おしさがたっぷりと乗った笑顔。誰もがの心を奪う、造作の良さを存分に示す輝かんばかりの笑みだった。

至近距離でそれを浴びせられたリリア姫は頬を紅潮させ、胸をきゅっとつままれた。


「魔王を倒した俺は、人類社会に魔王討伐の報酬を要求する。俺が欲するのは勿論、リリア姫ただ一人だ。姫は王国の利益になりつつ王国視点では廃棄された事になり、俺は世界を救った報酬としてこの世で唯一の大切なリリア姫のお側に居られる権利を得られる。ね? なにも問題ありませんね?」

「も、もんだいは、ありませんが、でもその、わたくし一人なんかで報酬などと」

「姫はなんか、じゃありません。俺、あの時リリア姫に惚れたから、今の俺になったんですよ。つまり姫なくして勇者なんて発生しなかった」

「ユリウス様はわたくし関係無く素晴らしい勇者様になった筈ですわ」

「まさか。俺の動機はリリア姫だけ。貴女以外、何も要らない」

「欲のない方。あなたは世界を救ったというのに、その報酬は廃棄処分の穢れ姫だけで良いだなんて」

「俺ほど欲深い男は居ませんよ。この世で唯一価値ある貴女を欲するのだから」

「リリアは幸運です。ユリウス様の報酬になれて」

「俺の方こそ幸せです。やっとずっと貴女のお側に居られる立場になれました」


尊く得難き犠牲と献身を見せた姫は奪われ、周囲にヌルい安堵が満ちた。自分が無事で良かった。姫一人の犠牲で済んで良かった。さすが女神よりチカラを賜りし姫だ。この犠牲の為に生まれたのだろう。

先を考えぬ、目先の安寧。その為の犠牲。

空々しい欺瞞に満ちた、美談のヴェールに秘された顛末。

その穢らしさに新入り近衛の心が砕け、その残骸から狂的なまでに強靱な何かが生まれた。

それは世界をも救う、一念。

一途に過ぎる、恋だった。







姫の説得を終えた勇者ユリウスは一方的に通告した。


「そういう事だ。では我々は失礼する」


説明もなく、理解を押しつける言の葉だった。

圧倒的な武を見せつけてきた、大恩ある相手の言い分。

そもそも王国の意向とも合致する提案。

異論はない、のに。

何故か漠然とした不安を王と貴族は感じ取っていた。

穢れた姫の廃棄、これは正しい行為のはず。

勇者は姫の清さを証明したが、彼らはこだわる。

穢れ姫が穢れていた方が、自分達が正しいと思えるからだ。誤解だったなんて彼らは断じて認めない。だって我らは被害者なのだから。

それでもどうしてか付きまとう、致命的な過ちをしたかの様な感覚。



遠く、高次で、呆れた女神の嘆息が漏れる。

『残念なこと』

しかし直ぐに加護を注ぐべき国の生誕を感じ取る。

チカラ与えし愛し子とその伴侶の築くであろう王国を視た。今は建国の気配すらないが数十年先など、永きを見守る女神にとっては誤差の範囲だ。

『あら、こちらの方が素敵ね』

愛深けれど女神は移り気。過去など一顧だにしない。





周囲を気にせぬ勇者の敬意は姫のみに注がれる。


「では参りましょうか、リリア様」


一転、蜂蜜の様な声を姫に捧ぐ。


「はい、ユリウス様」


肯定された途端、待ちわびた素早さで、されど怖ろしく丁重な所作で姫を横抱きにする勇者。

姫は頬を赤らめ目を見開いて、それからごく至近となったユリウスを見た。顔の近さに更に頬を薔薇色に染めつつ、弱く抗議する。


「……えっと、その。わたくし歩けます、よ?」

「いま俺、最高に気分が良いので!」

「もう。ユリウス様ったら」


答えになっていない答えに、姫は甘く許容を見せる。

一対となった二人は睦まじげに城を去る。

誰も、なにも言えなかった。





育ちの割りに旅慣れてしまった二人は順調に国境に至り、そして開放感により隙あらばくっつき合う二人が楽しげな様子でヴァールバラ王国を去った、瞬間。


王国は、女神の恩寵を失った。




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