美咲と凛
「あら、アナタは確か、志保ちゃんのお友達の……」
凛はその日の昼休み、1人の少女から訪問を受けた。志保を良樹のマネージャーにスカウトした、その翌々日だ。
「江藤美咲です。あらためてよろしくお願いします。セ・ン・パ・イ」
「……それで、私に何か用かしら?」
「ええ。実は是非センパイとお話ししたいなぁって思って。時間、ありますよね?」
「それで? 私と何を話したいのかしら? それほどヒマでもないから、手短にしてもらえると助かるわ」
校舎の裏で向かい合う2人。先に口を開いたのは凛の方だった。
「じゃあ単刀直入に言いますけど、志保を川島のマネージャーにスカウトしたんですよね?」
「ええ、したわよ。それがどうかしたのかしら?」
「アイツのマネージャーは、センパイがやるんじゃなかったでしたっけ?」
美咲が鋭い視線を凛に向ける。それは、どうやら自分に疑いを持っているようだと凛には感じられた。
「……そうね。確かに最初はそう言ったわ。でもね、状況が変わったのよ」
「変わったって、何がどう変わったんですか?」
「良樹くんがね、私の当初の想像を軽々と越えてしまったのよ」
(……いったい、どんな想像してたのよ……)
美咲は心の中でひとりごちた。
「私はね、良樹くんのことを入学前から注目していたの。竜樹があれこれ吹聴していたのとは関係なくね」
「……どうしてです?」
「どうしてかしらね。自分でもそれはよくわからないけど、良樹くんは竜樹以上のポテンシャルを秘めているって思ったのよ。まだ会ったこともなかったのにね」
「ふーん。まあ、センパイが川島のことをどう考えてるのかは、この際どうでもいいんです。私の興味はそこじゃないんで」
「あら。じゃあアナタはいったい私に何を聞きたいの?」
凛がそう言った瞬間、美咲の視線は急に鋭さを増した。それは睨みつけていると言っても間違いではないだろう。
「センパイ。まさかとは思いますけど、志保を都合よく利用しようなんて考えてませんよね?」
「志保ちゃんを都合よく利用? 私が? どうして?」
「どうしてって、センパイは何か目的があって川島に関わってるんでしょ? その目的のために志保を利用しようとしてるわけじゃないんですよね? ってことです」
なるほどそういうことか、と凛はすぐに理解した。
「ああ。だったらそれは杞憂ね。利用するどころか志保ちゃんがいないと、それこそ私の目的が果たせないの。そう考えたからスカウトしたのよ。まあ、利用していると言えばそうなのだけれどね」
「都合よく利用するだけして、目的を達成したらポイ捨てして次のステップへ……なんてことは、考えてませんよね? 次のステップでは志保以外のコをマネージャーにして……とか」
美咲は遠回しな言い方はしない。彼女らしく、直球勝負だ。
「あら、そんな心配をしていたの?」
「それは……しますよ」
「ふふ。アナタは志保ちゃんのことが、本当に大好きなのね」
凛の目がふいに優しくなる。生暖かく見守るようなそれに気づいた美咲は、少しだけ頬を赤らめた。
「……茶化すの、やめてもらっていいですか」
口調こそ厳しいが、それは美咲の照れ隠しに他ならない。
「そう感じたのならゴメンなさいね。でも安心して。私はアナタが懸念しているようなことをするつもりは無いわ。だって、良樹くんと志保ちゃんは、もう切っても切り離せない関係でしょう? だったら彼女には最後まで付き合ってもらうわ。なによりも良樹くんのために」
「センパイの個人的な目的のためじゃなくて?」
「それはそれ。これはこれよ」
どうやら彼女にも説明しておく必要があるみたいだと凛は思った。説明して納得させればこちらの役に立ってくれるかもしれない。先々で協力を得られるかもしれない。
「志保ちゃん本人には話したのだけれどね、確かに最初は私がマネジメントをしようと思ったわ。けれど良樹くんの能力がわかってきたことで、私は彼をプロデュースする方に回りたいと思い始めたのよ。だから、より適任である志保ちゃんにマネジメントを任せたい。そういうことよ。どう? アナタの疑問と不安を少しは晴らせたかしら?」
「志保の方が、先輩よりも川島のマネージャーに向いてるって言うんですか? どうして?」
「あら、簡単なことよ。良樹くんはね、本当ならプロの人たちに24時間管理して欲しいくらいの人材なの。それぐらいだと私は思っているわ。でも実際にはそうもいかないでしょう? だからそれにより近いことができる志保ちゃんにお任せしたいのよ」
「……本当にそれだけですか?」
「もちろん。誓ってそれだけよ。指切りでもする?」
凛の話を聞き終えた美咲はしばらく黙っていたが、やがて思い切ったような顔で口を開いた。
「……ひとつだけ言っときますけど、アタシは何よりも志保の味方なんです。だから……もしセンパイが志保を裏切るようなことをしたら、その時は……その時アタシは、迷うことなくセンパイの敵に回りますから」
「……肝に銘じておくとするわ」
(怖いコね……でも、ちょっと羨ましいわ……)
凛が何やら複雑な表情に変わったので、美咲が思わず「どうかしました?」と声をかけた。
「いえ、なんでもないわ。ただちょっと志保ちゃんが羨ましくなっただけ」
「志保を羨ましく? 先輩、言っときますけど志保には志保の苦労があったんですからね? 最初から今みたいだったわけじゃないんですから」
「それはそうでしょうね。人は誰だって多かれ少なかれ苦労しているものだもの。ただ志保ちゃんは私にないモノを持っている。それを羨ましいと思っただけよ」
「……先輩、それって」
「なんでもないわ。気にしないでちょうだい。それよりもアナタの不安は取り除けたかしら?」
凛は迂闊にも見せてしまった自分の内面への追及を拒むかのように、話がそれ以上広がっていかないようにしたのだった。




