第62話 クマクマクマ
「では、此方の部屋でお休みください。今治癒魔術師と医者を呼んでおりますので、もうしばらくお待ちください」
「あぁ、はい。どうもお騒がせ致します」
先程の一戦からスーが気を失ったままだったので、客間ではなくベッドルームに通された俺達。
そしてやはりと言っていいのか、馬車が向かった先はこの国の王宮。
アーラム王国の城と比べても、そう変わりない程の大きなお城に連行されてしまった訳だ。
事態の報告の為といって熊耳のお姫様と軽い方の護衛は、すぐさまどこかへ走って行ってしまい、現在は落ち着いた方の護衛が俺達の案内役を引き受けてくれていた。
「しかし、こんな所まで我々を案内してしまって良かったのですか? 襲撃者は人族だった。ならば此方も疑われるモノだとばかり思っていたが」
物は試しとばかりに揺さぶりを掛けてみれば、彼は落ち着いた雰囲気のままクスッと微笑を浮かべて見せる。
「しっかりとした自己紹介がまだでしたね、私はガウムと申します。もう一人居た煩いのが弟のタウラ。そして我々が守っていたお方がこの国の姫君、イリーゼ王女になります」
「これはご丁寧にどうも……私はグラベル、人族であり他所の国の冒険者です。そしてエルフのリリシア、狼人族のシャーム。そしてベッドに眠っているのが、猫人族のスーです」
相手が自己紹介をして来たので改めて全員を紹介してみれば、彼はクスクスと更に笑みを深め綺麗な一礼をして見せる。
「お調子者の弟と、お転婆の姫様の相手を普段からしておりますから。誰かと関わる時に私だけはしっかりしていないと不味いと思いまして、人を見る目は養っているつもりです」
「それで、我々は御眼鏡に適ったと?」
「そう謙遜しないで下さいませ。貴方の……グラベル様の剣技、そしてリリシア様の魔術。見事という他ありませんでした。シャーム様は走り去る所しか確認出来ませんでしたが、有事の際の判断力と皆様の連携は見習いたいモノです。そして何より、スー様には精霊……でしょうか? あの様な現場を目撃しては、貴方方を疑う方が失礼というモノです」
何やら随分と評価されてしまったらしく、こればかりはどうしたモノかと言葉に詰まってしまった。
そんな俺の様子を見て、彼は更に機嫌良さそうに笑ってから。
「恐らくこの国の噂を聞いて警戒していらっしゃるのでしょうが、ご安心くださいませ。確かに人族排他主義の者も見受けられますが……今でも改善の為に我々も動いております。それに」
今まではまさにお客様対応というか、そういう表情で笑っていた彼だったが。
ベッドに眠るスーへと視線を向ければ。
「姫様の初めてのお友達になってくれそうなお方が怪我をしてしまったのです。我々にも、償いくらいはさせて下さい」
少しだけ心配そうな瞳、それこそ下の子を想う長男という雰囲気で。
彼はスーに優しい目を向けていた。
これはまた、スーに助けられたのかもしれないな。
「そう言う事でしたら、後ほど色々とお話を伺ってもよろしいでしょうか? スーが目覚めた後にでも、此方の国の事をお聞かせ願えればと思うのですが」
「もちろんです。しかし姫様の事です、用事が終わればすぐにでも此方にやって来てしまうかもしれません……それからもう一人、この城には騒がしいお方が――」
やや困った表情を浮かべながら、彼が再び頭を下げようとしたその瞬間。
ズドンと扉が蹴破られる勢いで開き、一人の男が飛びこんで来た。
あまりの事に咄嗟に武器を抜きそうになったが。
「ここかぁ!? イリーゼのダチが居るって部屋はぁ! 大丈夫なんだろうなぁ!? 救急箱持って来たぞ!」
えらく元気な青年が、言葉通り救急箱を胸に抱えて飛びこんで来たではないか。
そして彼の頭には、昼間見た少女と同じく丸っこい熊の耳が。
いや、え、まさか。
「王子! 怪我人が居るどころか、お客様の部屋に飛びこんでこないで下さい!」
「うるせぇガウム! お前はいっつも小言ばっかりだ! それより怪我人は何処だ!?」
「今は安静にしております! 静かにして下さい!」
随分と勢いが良いし、恰好も動きやすそうな平服。
だというのにやはり、この青年も王族の一人らしい。
なんだか……凄いな。
アーラムとは大違いで、兄妹そろって元気いっぱいな御様子だ。
「すみませんグラベル様、お騒がせしました。このうるさいのが……お恥ずかしながら、我が国の王子殿下。ライルザッハ・ガルバリンデ様です……」
「おぉ! すげぇ剣士って聞いたけど、爺ちゃんがそうなのか!? 俺ライルザッハ! 後で手合わせしてくれよ! んで、そっちで寝てる子が怪我人か!? 俺に任せろ、現場で手当てに慣れてっから!」
怒涛の勢いで挨拶を交わすライルザッハと名乗る彼は、救急箱を開きながらスーに突撃しようとするが。
彼の前にスッと立ちふさがるシャームが、相手に向かって鋭い視線を向けた。
「申し訳ない、気持ちだけ受け取っておく。既に治療は済んでいる為、今は静かに休ませてほしい」
相も変わらず敬語は苦手なのか、王族に対して本来は不味いと思われる口調で言い放ったシャーム。
その彼女を見て、ポカンと口を開けた王子が。
「結婚してくれ」
「は?」
急に、訳の分からない事を言い始めた。
「俺は恰好良い女が好きだ、そしてアンタは俺が見て来た女の中で一番格好良い。狼の尖った耳に鋭い眼差し、更にはその真っ赤なコート。最高に痺れる! だから結婚してくれ」
おい、誰かこの男を止めてくれ。
部屋に入って来てから暴走しっぱなしじゃないか。
やや疲れた視線をガウムに向けてみれば、彼が対処する前に小さい影が俺の前を横切って行った。
そして。
「お兄様! 馬鹿お兄様! 失礼にも程がありますわ!」
飛び上がったかと思えば空中で三回転くらいした小さな影が、勢いを殺す事無くそのまま王子の側頭部に蹴りを叩き込んだではないか。
どうなっているんだこの国は。
もはや理解が付いて行かず、唖然と部屋の隅まで吹っ飛んでいく王子殿下を見つめていれば。
「お騒がせいたしました、皆様。すぐにお父様……陛下も参りますので、もうしばらくごゆるりとお休みくださいませ」
何事も無かったかの様に着地したお姫様、イリーゼ王女殿下がスカート拡げながら綺麗なお辞儀をかましているではないか。
「何というか……凄い王族が揃っているな、此方は」
リリシアも呆れたような表情を浮かべながら、思い切り溜息を溢している。
シャームに関しては先程のプロポーズで完全に思考が停止しているのか、固まったまま動こうとしない。
もう、何が何だか。
――――
目が覚めると、そこには知らない天井が広がっていた。
ありゃ? 俺何してたんだっけ。
ぼーっとする頭をそのままに、上半身だけ起こしてみれば。
「え、何。いっぱい居る」
視界に広がるのは、やけに豪華なお部屋。
また良い宿でも取ったのだろうか? なんて事を思って視線を動かしてみれば。
いつものメンバーの他にも色々居る。
昼間会った熊っ子に、ケモ耳を生やした護衛っぽい二人。
詳しくはないけど、形と柄からしてハイエナとかそれ系だろうか?
そして熊っ子と同じ様な耳を生やした男の人が一人、多分シャームと同じくらいの年齢かな? 二十歳前後くらいだと思う。
やけに可愛らしい耳が生えているが、短髪ツンツンヘアーで随分と元気が良さそうだ。
そんでもって、部屋の隅にはメイドさんが数名程待機している。
宿って言うより、前の街のお城に近い雰囲気なんだけど……どこココ?
はて? と首を傾げていれば。
『起きたか』
「あ、ビルおはよー」
『おはよー、じゃねぇよ……全く。悪かったな、まさか急に矢で射抜かれるとは思って無かった。肩、大丈夫か?』
「射抜かれる……あぁそっか、急に狙撃されたんだっけ。へーきへーき、ムムに治してもらった」
『まだ寝ぼけてんのか?』
「ほんとですー、ムムは凄いんですー」
ベッド脇で滞在したブサ猫がこれまた呆れた視線を向けて来るので、肩にへばり付いていたモモンガを持ち上げてオラオラと押し付けてやれば。
『ま、何でも良いや。とりあえずお前を攻撃した奴は無力化した』
「さっすがビル、相変わらず攻撃力極振りです事」
いつも通りの雰囲気ではあるのだが、未だ心配そうな視線を向けて来るビルが気になって敢えて明るい声を上げてみた。
そんでもって、ビルに押し付けたムムを猫の背中に設置。
二匹ともお世話にはなったが、何かビルも疲れてそうだから癒してやってくれムム。
なんて思いながら小動物と戯れていれば。
「スー! ――」
俺が目覚めた事に気が付いたグラベルとリリシアが、慌てた様子で此方に駆け付けようとしたのだが。
「――――!」
それよりも早く、熊耳っ子が突撃して来た。
そりゃもうベッドにダイブする勢いで、目に涙を浮かべながら、全力で此方に飛びこんで来るではないか。
あら可愛い、とか言えれば良かったのだが。
如何せん、勢いが凄いのだ。
え、コレ俺受けとめて大丈夫?
ガツンッて来てまた意識失ったりしない?
なんて心配になってしまう程、物凄い勢いで此方に向かって来る熊っ子は既に空中に飛び立っていた。
待って、本当に待って?
意外とアグレッシブで跳躍力が素晴らしい事は分かったが、その勢いで追突したら些か俺が無事で済まない可能性が高い。
「ストップ! もう滞空中だけど止まって! クマっ子ぉぉ!?」
目の前まで迫る嬉しそうなクマっ子を最後まで見つめながら、いざ激突するであろう瞬間には思い切り目を閉じて衝撃に備えた筈だったのだが。
いつまで経っても、その衝撃は襲って来なかった。
どうした? 熊っ子砲は外れたのか?
恐る恐る瞳を開けてみれば、そこには。
「――!」
「――――!」
空中でぶら下がっている熊幼女と、彼女の事を叱りつけながら襟元を掴んでいる熊お兄さんが叫び合っていた。
おぉう、接近しているクマが増えた。
何かちょっと荒っぽい雰囲気はあるけど、可愛らしい熊耳を生やしながら幼女にコラッ! ってしているその様子は、どう見ても兄貴って感じ。
もしかして熊耳幼女のお兄さんなのだろうか?
輪郭とか眼つきとか、ちょっとだけ似ている気がする。
「えぇと、どうも。須賀旭って言います」
「? ――?」
「あ、すんません。スーです。俺は、スー」
「スー、スー! ――、ライル――」
何やら元気なお兄さんも、自己紹介をしてくれている感じはあるのだが。
如何せん、聞き取るのが難しい。
「らいる……えっと? ライルさん?」
「ライルザ――。ライル、ザッハ――」
「あ、ライルザッハさん?」
「ライルザッハ!」
その名を呼んでみれば彼は満足気に頷き、何度も自分の名前と俺の名前を連呼しながら笑っていた。
おぉ、急な新キャラ登場で焦ったが何か絡みやすそうな人だ。
まさに兄貴、ガキ大将って感じが凄いが。
なんて事を思いながら此方も微笑みを返していれば。
未だ宙ぶらりんになっていたクマっ子幼女が頬を膨らませ。
「イリーゼ! ――、イリーゼ!」
自らを指さしながら、何やら不機嫌そうに叫んで来た。
どうしたどうした、構って貰えなくて不満だったのか?
思わず此方も笑みを溢しながら、ペコッと頭を下げておいた。
「今度は一発で聞き取れた。イリーゼさんね? イリーゼ、イリーゼ。覚えた、よろしくね」
彼女の名前を呼んでみれば、相手もまた満足気な笑みを浮かべてくれた。
いやはや、入国の時には色々あったけど中に入ってみれば良い所じゃん。
料理も旨いし、接しやすそうな人たちは居るし。
そんでもって、今日のご飯も美味しかったら最高じゃないの。
なんて事を思いながら、賑やかな彼らの事を眺めていれば。
「――、――?」
入口の方から、新たな熊耳が出現した。
熊率高いな、今度は何だ? お父さんか?
とか思ってしまうくらいの年齢の熊耳男が顔を覗かせているではないか。
「なんか、いっぱい居るね?」
『ま、仕方ねぇな。とりあえず落ち着くまで大人しくしておけ』
「らじゃー」
ビルの助言を受け、何やら難しい顔をし始めた皆の事をボケッと眺める事にしたのであった。




