聖女の覚醒(裏)
その日、世界は震撼した。
突然町の上空に現れた神々しく尊い光が、何かを探すようにぐるりと空を回った後、ある場所に向けて一直線に飛んでいったのである。
……その光景を目撃した人々は唖然とした。
今までの空気は、うっすらと霧がかかっていたのだと感じさせる爽快さ。
間違いなく聖なるもの。
神の御業だと突然祈りを捧げる者が続出した。
そして、いち早く事態を察したハークス第一王子殿下は、2人の護衛を連れて現場検証のため学園の女子寮を訪れていた。
呼び出したのはヒィロ・イン――そんな名前の生徒はいないなどと突っぱねられることもなく、案内された応接室にすぐに駆け込んできた。
そしてソファーにも座らずスライディング土下座した。
「で、殿下。……ご機嫌麗しゅう」
「……顔を上げてくれ聖女殿」
「ははぁー! どうか、どうか私の首だけでご勘弁を……!」
「聖女の首など貰ったら大顰蹙しか買わん、大事にとっておけ!! むしろ護衛を付けるからな!? 分かったら返事!」
「オゥフ。ハイ」
ハークスはとりあえずヒィロを対面のソファーに座らせた。
「あ。もしかしてそちらの方がその護衛ですかね?」
と、ハークスの後ろに立っていた護衛のうち、片方を見るヒィロ。
もう片方は初めて見るが、こちらは冒険者特有の対応力のありそうな筋肉をした、どこか見覚えがある人物だったのだ。
「ああ、前にも会ったことがあるぞ。ほら、誘拐事件の時」
「ジャンガリア・ハスターでございます。よろしくお願いします、聖女サマ」
「あ、思い出した。あの時の護衛の人ですね。お嬢様が攻略対象とも言ってた……もっと砕けた感じで大丈夫ですよ。そんなかしこまられても私が肩凝っちゃうんで」
「おう、助かるわ」
言うや否や態度を崩すジャンガリア。
――彼も、攻略対象である。これにて4人の攻略対象がヒロインの元に集まることになるわけだが……
あえて、ハークスはジャンガリアを護衛に選んだ。なぜならその方が発覚したときにコレハが喜びそうだからだ。
「えーっと。お嬢様になんと説明したらいいんですかね……」
「そうだな。『主に寮の外で、それも勝手にこっそり守るので報告はしなくていい、わざわざ婚約者を心配させたくないからな』と、俺が言った。今言った。で、平民のヒィロ……いや、この場合はサマーか? ともかく平民だから王族の俺のいう事に逆らえない。でどうだ」
「事情を加味して下さって助かります、殿下」
ぺこりと頭を下げるヒィロ。
「! あ。あー、そっか。あの時王子の婚約者サマと一緒にいたメイドちゃんか。うわ、あんときの子が随分とまぁ別嬪に育って……俺も年を取るわけだ……」
「やっと思い出したかジャンガリア。そうだ、あのときのメイドがこれだ。この状態のときはヒィロ様、もしくは聖女様と呼ぶように。化粧を落としているときは……あの時の嬢ちゃん、くらいの仲でいいだろ。適当に考えろ。そしてそもそも基本コレハに見つからないようにしてくれ」
「うす、了解しやした」
聖女ヒィロに護衛が付いた。
その上で、話は当然まだ続く。
「……で、恐らくだが、もうしばらくしたら教会が大騒ぎしてここに来ると思う」
「あぁ……はい。でしょうねぇ」
「コレハはどうするつもりだ? それを一番聞いておきたかったんだ。ヒィロが聖女ということを大々的に発表するのか、それとも隠すのか」
「……今回のことはちょっとした事故なんで、隠しとく方ですかね?」
「分かった。では、目下王家で調査中、ということで弾くとしよう」
そう言ってハークスはもう一人の護衛に目くばせをする。あらかじめ指示もあったのだろうが、手際よく手配が進んでいく。
「で、実際なにがあったか順を追って話せ」
「あ、ハイ。えっとですね。お嬢様に聖魔法の呪文を教えていただきまして……」
と、ヒィロはハークスに先ほどの事を話す。すっかり慣れた報告だ。
しかしその内容にはいつもの事ながら慣れないし頭を抱えざるを得ない。
「……教会で秘匿されていたり、祠を巡らないといけない呪文を知っていたのはまぁいいとして、コレハとお前で魔王の封印強化を発動させてしまうとか……好感度とは一体なんなのか……!」
「えへへ、私とお嬢様の愛のパワーですよ」
「コレハのことは俺の方が愛しているが?」
「私とお嬢様の愛は聖魔法で証明されましたからねぇ。殿下も証明できたら教えてください、待ってますよこのステージで。……って、聖魔法は私しか使えませんでしたね。うふふ」
「聖女になったからと言ってあまり調子に乗るなよ? お前を従者にしているコレハの格が落ちるからな」
「おっと。失礼しました」
調子に乗っていた自覚があったので、ヒィロは素直に謝った。
「……うん。いっそコレハこそを聖女ということにしてしまおうか。話の大元はコレハなんだし、魔王封印の魔法とやらもコレハが半分以上関わってるんだし、嘘とも言えんだろ」
「あ、いいですね、お嬢様が聖女! 既に『薬の聖女』とか『薬草聖女』とか『孤児院の救世主』とか『書式の女神』とか『魔道具の神』とかよばれてますし追加で言っても何ら問題ないんじゃないかと!」
「実績は既に山のようにあるからな、コレハは。悪くないだろ? そして都合がいい」
「……殿下、いえ、王家としては『聖女と結婚』という流れに持ってきたいってコトですよねぇ?」
「その通りだ。お前も学園での勉強が身についているようでなによりだな」
それはコレハのいう『ゲーム』の流れにも沿う話だ。『聖女』故に、王家の婚約に割り込むことができる。あるいは将来の王の側近と結婚もできる。そういう設定だった。
それほどに、『聖女』という存在にはこの国にとって価値がある。
その『聖女』が、既に王子の婚約者だったなら、もはや盤石以外の何者でもない。
もちろんハークスに『聖女』を側近に譲る気もさらさら無い。
かくして、悪役令嬢が聖女に据えられる流れがここに決まった。
「フフフ、私がお嬢様の側仕えができるようにさえ手配してくれればいつでも聖魔法をお貸ししますよ。お嬢様に」
「もちろん、コレハの側仕えはお前が最優先だ。どうせ生半可な奴は付いていけないし……2人セットで聖女とするのも良くないか? 別に聖女が1人でなくても構わんだろ。王妃で聖女ともなれば、聖女くらいの立場があったほうが話がスムーズだぞ」
「なら私、大聖女のお嬢様を支える小聖女ってことで! うへへ、夢が広がります」
くっくっく、と笑うハークスとヒィロ。
ある意味で『悪役令嬢を陥れる』という、ある意味でヒロイン達に相応しい悪だくみである。
陥れる先は結婚という墓穴で、外堀も順調に埋まっている。
「ちなみに……なんで今日だったんだ?」
「ああ。お嬢様が、今日ふと思い出したらしくて。流れで」
「……そんな晩御飯の献立を思いついた、みたいに思い出されて封印される魔王か……なんというか、哀れというか……もう少し手心というものとか無かったのか?」
「ほっといたらお嬢様のいるこの世界を破滅させる魔王ですよ? 手心なんてそんなそんな」
「そうだな。情け容赦無用だよな……」
頭を抱えるハークス。魔王がしっかり封印されたことは喜ばしいはずなのだが。どこか釈然としないのは、いつものコレハ案件であった。
(ちなみにコレハは、「え、ハークス殿下がヒィロを呼び出し……!? さっそくヒィロこそが聖女だと決めつけて来たんですわね! 正解だけど! よし、行ってらっしゃいサマー、いえ、ヒィロ! 今こそ聖女になる時ですわ!……多分?」と快く送り出していた模様)