84、秋の高級お菓子とパン
巨大なシャテニエが出来てしまった。
・・・いがが凶器に見える。
護衛たちも丈夫な靴を履いてはいるけど、いがが靴に突き刺さりそうで怖い。
慎重にいがを踏みつけながら、手でシャテニエを取り出すのはかなり大変そうだ。
こんなに大きいと、これから作るマロングラッセは一週間で完成しないような気がする。
時間がかかれば費用もかかる、いったいいくらのマロングラッセになるのかな?
うーん・・・あえて木箱入りの高級マロングラッセにすればいい?
でも普通のマロングラッセも作らないと・・・また収穫しなければならなくなったよ。
そういえば、庭にもシャテニエの木が3本あったはず。
庭のシャテニエに魔法をかけてちょっとずつ成長させてみようかな?
管理をしているジェローが気づかなければ・・・大丈夫だよね。
気が付けば昼食の時間が過ぎていた。
午後からも予定がある。
屋敷に戻るとユーゴ達に伝えたら、なぜかキリーまで頷いてネージュと一緒に先に飛んでいってしまった。
・・・アンもここから一緒に飛んで行きたいよ・・・飛べるネージュとキリーが羨ましい。
屋敷の護衛に残りのシャテニエ拾いを頼んで、急いで屋敷へ戻った。
着替えてから食堂に向ったけどお母様の姿はなく、すでに食事を終えて執務室にいるとの事だった。
お母様はお父様の分のお仕事もしているから、忙しいらしい。
昨日の夕食の時に「アンも何かお手伝いしたいです」と伝えたら「まだ学生なのだから、今はゆっくりと過ごしていたらいいわ。それにアンが手伝えるような仕事はまだないのよ」と優しくキッパリと断られてしまったの。
学院を卒業したら、毎日仕事が回ってくるのだろうか・・・?それはそれでちょっと面倒だなと思ったのは内緒にしておこう。
シャテニエは荷馬車で運ぶと言っていたけど、もう運び終わったかな?
コンスタンがあの大きさに驚いていると思う・・・もしかしたらカジミールがいないから一人で困っているかもしれない。
ちょっと心配になってきたよ。
昼食を終えたら、すぐに厨房に行かないと・・・。
「アンジェル様、お待ちしておりました。本日は副料理長のロイクを補佐として参加させてください」
「ロイクと申します。カジミール総料理長とコンスタン料理長が不在の時は、私が屋敷の料理を担当させていただいております」
コンスタン一人で忙しくしていると心配していたけど・・・一人でなくて良かった。
凄く背が高くて身体に厚みがあって腕が太い・・・これが筋肉ムキムキというのだろうか?・・・メレンゲばかり作っていたわけではないよね。
壁のような大きな身体なのに、お口が小さい。
「ロ、ロイクね・・・初めて作るものは大変だと思うけど、頑張ってね」
ついお口を見て話しかけてしまった。
「はい、よろしくお願いします」
見た目はムキムキだけど、大きな身体を丸めるように挨拶をしていた。
話し方も穏やかな感じだけど、この大きな手と太い指で食材を握り潰してしまわないのだろうか?・・・いや、今回はあのシャテニエを扱うには丁度いいかもしれない。
「コンスタン、シャテニエが届いたでしょう?」
「はい・・・巨大・・・いえ、あんなに大きいシャテニエを初めて見ました。15個だけ水に浸けました。大鍋を3つ使用しても15個が限界です。明日の朝、鬼皮と渋皮をむく予定です」
「皮むき器はあるの?」
「シャテニエ専用の皮むき器があります」
「よかった・・・それがあれば少しは楽になるよね。マロングラッセの作り方を読んで不明な点はなかった?」
「仕上げの日数ですが、あまりにも大きいので予測がつかないです」
「ノールシュクレを毎日追加していくから5日目に確認させてくれる?」
「ぜひ、お願いします」
「今日はスイートポテトとポテトとチーズのパン、それにシャテニエのクリームパンを作ってほしいの」
「わかりました。ご指導のほどよろしくお願いします」
「スイートポテトに使うサツマイモ…じゃなくてパタットゥ・ドゥースは蒸してある?」
「はい、先ほど蒸しあがって裏ごしもしました」
「あとは練り込んで、茶巾絞りするだけだよ」
「はい・・・そのチャキンシボリと言うのは布で包んで、上部をひねるだけでいいのですね」
「うん。丸くて可愛くできたら、卵黄を塗って軽く焼くだけだよ」
「わかりました・・・ロイク、スイートポテトは任せていいか?」
「はい、やらせていただきます」
「アンジェル様、次はパンですが、ポテトとチーズのパンに使うポムドゥテールは丸ごと蒸してから皮をむいてあります。シャテニエは丸ごと茹でてから、中身を取り出してあります」
「ポムドゥテールは5mm位の厚さに切って、薄切りにしたオニヨンと一緒に平たくしたパン生地にのせるの、マヨネーズを塗ってからチーズをのせて焼くだけだよ」
「はい」
「シャテニエのクリームパンは、皮ごと茹でたシャテニエの中身をスプーンで取り出して、水とノールシュクレを少し入れてから火にかけるの。煮立ってきたら、2、3分かき混ぜて冷ましてね。冷めたシャテニエのペーストは、パン生地に包んで焼いて出来上がり。シャテニエのペーストは冷凍保存もできるから、多めに作って大丈夫なの。アイスやクレープのクリームに使えるよ」
「わかりました。早速やってみます」
「そうそう、ミュスカは2、3日中に届けるからジャムやピューレ、コンポートにしておいてね」
「は、はい」
「えっ?・・・は、い・・・?」
いっぺんに伝えたからコンスタンがちょっと慌てたように返事をしていた。
ロイクは理解できたかな?戸惑っているのか、語尾が上がっていたよね?
「ポワールはもう届いているでしょう。みんなで試食をしよう。それとポワールの種を10個、ソフィに渡しておいてね」
「わかりました」
「・・・種?」
コンスタンは返事をしていたけど、ロイクはぽかんと口を開けて何やら呟いていた。
ロイクはまだまだ鍛え方が足りないようだ・・・臨機応変と言うのを覚えた方がいいよ。
あの誓約書には署名したのだろうか?可能であれば常識に囚われず柔軟な対応が冷静に出来る、だったよね。
コンスタンは悩めるロイクを気にも留めず、ポテトとチーズのパンとシャテニエのクリームパンを作って窯に入れていた。
ロイクがハッとして、慌ててとなりの窯を覗いている。さっき作ったスイートポテトを窯に入れていたのを思い出したらしい。
急いで取り出していた。
スイートポテトは小さくて丸い形が可愛い、でもお店に出すにはちょっと小さいかな?
でもパンケーキやクレープを食べた後に、追加でちょっとだけ食べるのもいいよね。
1個ずつ注文できるようしよう。
シャテニエのクリームパンは特徴がないから、見ただけでは何のパンかわかりにくいかも。
「パンの上に小さいシャテニエを飾りたいけど、あの大きさだから飾れないよね?」
「シャテニエとわかればよいのですから、小さく切って3つほど上にのせるのはどうでしょうか?」
「それがいいかも、お母様たちには明日の朝食にポテトとチーズのパンと一緒にお出しして。デザートはスイートポテトとちょっとだけポワールも用意してね」
「わかりました」
「茹でたシャテニエの塊はある?お茶に使いたいの」
「はい、ございます」
コンスタンが返事をするとロイクがさっと動いて棚から、容器を持って来た。
容器の中から小さめの塊を選んで、風魔法で乾燥させてから、茶葉と一緒に大きいティーポットに入れてもらった。
「ソフィ、シャテニエティーを人数分入れてもらえる?」
「かしこまりました」
紅茶を入れてもらっている間、ミュスカの事を考えていた。
・・・後で温室に行ってみようかな?ジェローに見つからないように、ひと房だけこっそりもらう事は出来るだろうか?
それとも枝を切って鉢に入れて育てちゃう?・・・育てても摘果をしないといびつな実ができて、しかも粒が小さいらしい・・・どうしよう。
「アン様、エタンが来ました」
悶々と悩んでいたらエタンがやって来た。
「こんにちは、アンジェル様。秋のメニュ作りが始まったのですね」
「こんにちは、エタン。試食会でじっくりと味わって、美味しそうに見える絵をまた描いて。新しいメニュと変更になるメニュの内容を書いた紙を渡しておくね」
「ありがとうございます」
「みんなが揃ったら、試食会を始めるよ」
ソフィがシャテニエティーを人数分カップに注ぎ、フォセットがみんなの前に置いて行った。
「準備はできたね。みんなで試食会を始めるよ。オォー!」
「「オオォー」」
今日は二人の声が聞こえた。
「あっ・・・」
ロイクが張り切って拳を突き上げたのに、アンとエタンしか拳を挙げていない。しかも声出したもう一人のエタンは顔の横で拳が止まっている。もちろんアンも顔の横だよ。
それを見て慌てて拳を降ろしてしまった。
「ロイク、試食会の度に、『オォー』はするからね」
「は、はい・・・拳は突き上げてよろしいのでしょうか?」
「うん、いいと思う・・・でもアンは顔の横までなの。それ以上は上げられないの」
「そ、そうなのですね。ご令嬢の決まりですか?」
「うーん・・・そんな感じかも。とにかく食べよう」
慌てるロイクを軽く流して、最初にシャテニエティーを飲んだ。
・・・シャテニエの香りと味がする。
これはチョコを入れても美味しいかも。チョコは高級だからお店でチョコ入りシャテニエティーは扱わないけどね。
ポテトとチーズのパンはアンも食べられるように、コショウをかけなかったの。大人には物足りないかな?
「コショウを振って大人味にしてもいいよ。ユーゴ、試してみる?」
「やってみます」
コンスタンにコショウをもらってパンにかけていた・・・凄くたくさんかけているけど大丈夫かな?
黙ってモグモグ口を動かしてるいから大丈夫そうだね。
「アン様、コショウをかけた方が断然美味いです。それに腹持ちもよさそうです」
「お店で売る時はコショウを少しだけかけておいた方がいいね。物足りなければあとからコショウをかけて、自分の好みで食べたらいいかも」
「それもいいですね」
マクサンスはいいと言っていたけど、まさかマイコショウを持っているとは言わないよね
茉白の世界では、自分用の調味料を準備している人がいるらしい。
美味しいものが溢れている国は、口が肥えて自分独自の味を追求しているのだろうか?
剣を持って歩いている人もいなさそうだ・・・食生活の豊かな国は治安もいいのかもしれない。
エスポワール王国も美味しいものをお腹いっぱい食べられる豊かで安全な国になればいいと思う。
ポテトはパンより安いから、低価格でみんなのお腹が膨れてくれればいいよね。
一気に食べ終えたユーゴが物足りなかったのか、コンスタンから追加でパンをもらっていた。
それを見たロイクは大皿に乗っているパンをジッと見ている。もう少し食べたいようだ。
男の人はポテトとチーズのパンが好きなのかな?
「ポテトとチーズは食べ応えがあるから、騎士たちが喜んで食べてくれそうだね。ロイク、まだパンはあるからもっと食べていいよ・・・それとシャテニエのクリームパンは名前が長いからマロンパンと呼ぶことにするね」
「あ、ありがとうございます。ところで、シャテニエのクリームパンという名前のどこを縮めたらマロンパンと言う呼び方になるのでしょうか?」
「そこは気にしないで、この国の言葉ではないから」
「そうでしたか。では遠慮なくいただきます」
茉白の事は説明しなくてもいいよね。
ロイクはマロンパンも美味しそうに食べていた。
身体が大きいからたくさん食べそうだよね。大きな手でパンを持つと、パンが小さく見える。
嬉しそうにパンを食べ始める一口が小さく見えるのは、お口が小さいからだよね。
お口が小さいのに、パンは3口で食べ終わっていた。
あれ?もしかしてお口は標準?身体と手と顔が大きいからお口とパンが小さく見えたのだろうか?
あっ…目が合ってしまった。
ロイクが微笑んで頷いたから、真似をして頷いておいた。
・・・あまり見ないでおこう。
「シャテ・・・いえ、マロンパン?は思っていたほど甘くないので、食べやすいです。ポテトとチーズのパンはマヨネーズとチーズの相性がいいのでしょうか?味はポテトサンドウィッチに似ていますが、パンと一緒に焼かれたチーズのカリッとしたところと塩味がさらに食欲をそそります」
マロンパンと言い直していたけど、ジュスタンのお口には合っていたらしい。
アンはパンを先に食べるとお腹いっぱいになりそうだから、丸いスイートポテトを先に一口食べた。
甘いサツマイモとバターの味が口の中で広がり・・・凄く美味しい。
サツマイモはパタットゥ・ドゥースだったよね?名前が長いから覚えにくい。
もう一個食べたいけど、結構お腹に溜まる・・・お店ではやはり1個単位で売った方がいいと思った。
「美味しいですね。口当たりがなめらかです」
ソフィが大事そうに少しずつ食べている。まだあるから追加してもいいよ。
「バターの風味もいいですね。これは癖になりそうです」
フォセットもスイートポテトが気に入ってくれたみたい。
これは女の人向けのデザートだね。
さっきまでマロンパンを食べていたロイクが、厨房に行ったと思ったら、すぐに切ったポワールを運んできた。
仕事はやっ!
「新鮮なポワールはコンポートにするより、生のまま食べたほうが美味しいです」
ロイクの早業に驚いていたら、コンスタンがロイクからお皿を受け取って、配りながら説明してくれた。
確かに瑞々しくて甘い。摘果作業をしなかったけど大丈夫だね。
ノール本店では摘果作業と収穫は孤児院の子に任せてもいいかも。
さすがにミュスカまでは人数的に無理だよね・・・これはあきらめよう。
スイートポテトとパンの試食会は無事終わった・・・後はミュスカがほしい。
せめて枝を2本もらえないだろうか?
「ソフィ、お願いがあるの」
「な、何でしょうか?」
そんなに構えなくても、無理なお願いはしないのに・・・。
「ジェローにミュスカの枝を細いのでいいから2本ほしいと伝えてくれる?それと大きな鉢に土を入れて庭に運んでほしいの」
「ミュスカの枝と大きな鉢ですか?」
「うん、それからグラスにお水を入れて部屋に持ってきてほしいの」
「わかりました。すぐに行ってきます」
部屋にお戻りソフィを待っている間、ミュスカをどうやって育てるか考えていた。
シャテニエと違っていろいろなものと掛け合わせする必要がないから、そのまま育てればいいよね。
摘果作業をしないと実は大きく育たないと言っていたけど、房の軸自体を大きくすればいいのでは?
とりあえず試してみればいいよね。
しばらくするとソフィが戻って来た。
「アン様、もらってきました。大きめの鉢は庭に準備すると言っていました」
「ありがとう、グラスはテーブルに置いてね」
ミュスカの枝は15㎝くらいの長さで、上下とも切った跡がある。上下ってあるよね?
「どっちが上かな?」
「こちらが上です」
答えたのはユーゴだった。
「どうしてわかるの?」
「枝から小さな芽が出ています。芽の向きで上下がわかります」
「あっ、ほんとだね。小さな芽が出ている」
なぜこんなことまで知っているのだろう。今度から植物先生と呼んでみようかな?
「ユーゴ、庭から鉢を運んでほしいの」
「わかりました」
ユーゴは扉の所にいるマクサンスとジュスタンに指示を出していた。
枝はグラスに入れて、少しだけ魔法をかけた。
オオォー、ちゃんと出たよ。
枝は下からだけではなく横からも2㎝くらいの白い根が数本出ていた。
うん、順調。あとは鉢に植えてもらえばいいよね。
もうちょっとだけ魔法をかけると、芽が伸びて小さな葉っぱも出てきた。
思わず匂いをかいでみたけど、ミュスカの匂いはしない・・・やはり房が出来ないと匂いはないようだ・・・ちょっと残念。
マクサンスとジュスタンが、それぞれ大きな鉢を抱えて戻って来た。
「ユーゴ、鉢に植えたいの」
「わかりました・・・マクサンス、鉢はテラスにもっていって植えてくれ。ソフィ、水がいるから一緒に行こう。大きい水差しは一人で持つのは重いだろう?」
「はい、助かります」
「すぐ戻る」
「はっ」
ソフィにやさしく話しかけていたよ「一人で持つのは重いだろう?」だって。
重いならユーゴだけで行けばいいのに、なぜ一緒に行くのかな?
「ピー」
「グー」
不思議に思っていたら、ネージュとキリーが帰って来たようだ。飛びながらアンと呼んでいた。
アンたちがテラスにいたからこちらに来たのかな?
ネージュがミュスカの鉢をじっと見て、それからアンを見た。
ちょっと目がキラキラしている。もしかしてミュスカと分かったのかな?
「これが何かわかるの?」
「ピッ」
「グワァ」
凄く嬉しそうに返事をしていた。しかもキリーまで・・・。
ネージュとキリーは、まだ食べたことのないミュスカの事を、なぜ知っているのだろう?
扉をノックする音がして、ジュスタンが開けると、ソフィが手拭きだけ持って先に入って来たようだ。
後ろから、水差しを二つ持ったユーゴが入ってくる・・・やはりソフィがついていかなくてもよかったのでは?
「お待たせしました。鉢に水を入れます」
「・・・う、うん。お願い」
水差しを持つユーゴを、じっと見てしまった。
「これで問題ないですか?」
「あっ・・・うん」
ユーゴに声をかけられ、慌てて返事をしてしまった。
とりあえず魔法をかけよう。
ミュスカの枝はどんどん伸びていく、横枝と葉が出てツルも伸びて来た。
ユーゴの背丈くらいになったミュスカは、マクサンスとジュスタンがいつの間にか持ってきていた棒で、支柱を作ってくれた。
それからさらに育っていくと、小さな花が付いた房がいくつもできていた。
「アン様、ここから摘果作業です。ジェローに聞いてきましたので、先を3センチ残して上の花は落とします」
「やらないとだめなの?」
「摘果することで、養分がいきわたり甘くなるそうです」
ユーゴがハサミをマクサンスとジュスタン、そしてソフィまで渡していた。
・・・そのはさみはどこから持って来たのだろう?
「アンもする」
「アン様はまだ休んでいてください。魔力をまた使います。もう少し育てたら、花カスを風魔法で吹き飛ばします。それが終わると熟すまで育てる事ができます」
「ユーゴが凄く有能にみえるよ。さっき無駄にソフィを連れていったと思っていたけど、一緒にいろいろ調べてくれたのね」
「えっ?・・・ええ」
ユーゴがそっと目をそらして、急に房を見つめるように摘果作業を始めた。
やはり無駄に連れていったのだろうか?
しばらくすると作業が終わったのか、ユーゴが風魔法をかけていた。
枯れかけた花弁のようなものが風に舞って、床にたくさん落ちていった・・・ちょっとお掃除が大変かも。
ソフィとフォセットの顔が一瞬引きつって見えたのは気のせいではないと思う。
「アン様、あとは熟すまで育てて大丈夫です」
散らかった床を気にもせずユーゴが言った。部屋の中で育てなくてよかったよ。
「ピッピ」
「ネージュもやりたいの?・・・一緒に育てるとシャテニエみたいに大きくなり過ぎるかも・・・そうだ、分かれてやればいいよね。別々に制御しながら少しずつ育てようね」
「ピピピッ」
「大丈夫って・・・ネージュは美味しいのがわかるから、魔法で失敗しないということ?」
「ピッ」
「じゃぁ、こっちの鉢はまかせるね」
お互いそれぞれの鉢の前に立って、魔法をかけると大きくなった房から甘い香りが漂ってきた。
粒のそろった立派なミュスカがたくさん実った。
よかった・・・接ぎ木しなくても育ったよ。
「収穫して試食しよう、大きいから両方の鉢から3房ずつ取ればみんなで食べられるよね。残りはあとで厨房に運んでくれる?コンスタンとロイクにも試食していいと伝えて」
「私とジュスタンで届けます」
マクサンスが担当するらしい。
「ノール本店にも持っていきたいから、10房は冷蔵室に保管してもらったほうがいいかな?お店に行ったらポワールも植えるつもりなの」
「わかりました。コンスタンにそのように伝えます」
ネージュとアンが別々に魔法をかけたから、味が同じかどうか確認のため両方の鉢のミュスカをそれぞれ食べる事にした。
キリーとネージュ、アンとソフィとフォセット、ユーゴとマクサンスとジュスタンの3組に分かれた。
丸いお皿にはネージュの魔法をかけたミュスカ、四角いお皿にはアンが魔法をかけたミュスカがのっている。
「みんなでミュスカの試食会だよ。オオォー!」
「ピピイ」
「ググゥー」
ネージュとキリーは食べようと言っているのかな?
ちょっとにぎやかで楽しい。
最初に丸いお皿の粒を取ったけど・・・大きい。フレーズ程ではないけど一口では食べられないね。
ソフィがアンとキリーの分を、食べやすいように切ってくれたけど、ネージュは粒のまま抱えてチビチビ食べていた。フレーズ同様、切らずに食べたいらしい。
「わぁー、甘い。香りもいいね」
かじると口の中で香りとともに、果汁が溢れる。
美味しい・・・果実水にしてもいいよね。
ミュスカは粒が大きくなるまでの作業が多すぎるから、ノール本店分も東の領地から取り寄せた方が良さそうだね。
「美味しいですが、粒が凄く大きいです」
フォセットが半分に切ったミュスカを見ていった。
「温室にあるミュスカはどのくらいの大きさなの?」
「今年から育てていると、ジェローが言っていましたから、まだ誰も見てはいないのです。ミュスカは東の領地と王都でしか食べられていないと聞いています」
「そうなの?フォセットは王都で食べたの?」
「はい、王都で食べた時は、この半分くらいの大きさだったと記憶しています」
「これも大きすぎちゃったの・・・?」
フォセットが困ったように頷いていた。
やはりミュスカは取り寄せが決定になったよ。
あとからコンスタンに、前に届けたポワールは大きすぎないか聞いてもらったら「切って使いますから、問題はないです」と言うことだった。
丸ごとでは使わないらしい。
ポワールはノール本店分だけ育ててもいいということだよね。
3日後にノール本店に行くから、お店に連絡をするようにソフィに頼のもう。
明日はシャテニエもミュスカと同じように育ててみようと思う。
今日は朝から庭に行き、3種類のシャテニエの枝をジェローに用意してもらった。庭のシャテニエには魔法をかけず、ミュスカのように枝から育ててみようと思う。
急いで部屋に戻り、水の入ったグラスに枝を入れて魔法をかけてみたら、白い根が出た。
これはこのままノール本店の畑で植えてみよう。
昨日の夕方、パトリック叔父様から「明日は午後からでよろしければ、お店におります。どうぞお気を付けてお越しください。お待ちしています」と、返事が来ていた。
朝食を済ませたらすぐにノール本店に行こうと思う。
食堂に行くとお母様だけがいらっしゃって、シャル兄様はもう出かけたとおしゃっていた。
朝食は昨日試食した、ポテトとチーズのパンとマロンパン。デザートはスイートポテトとちょっとだけポワールをつけてもらう。
お茶はシャテニエティーだよ。
「お母様、ブーランジェリー・マシロ店で秋から出す予定のパンと紅茶を用意してもらいました」
「平たいパンの上に載っているのは、シャテニエかしら?」
「はい、中にはシャテニのクリームが入っていて、マロンパンと言います」
「・・・もうシャテニエの収穫ができたのね・・・」
「し、試作品の為に少しだけ育てました」
「少し?そう・・・美味しそうね。ポムドゥテールとチーズもシャルルが喜びそうだわ」
「ポテトとチーズのパンといいます」
説明をしながら食べていたら、スイートポテトとポワールが運ばれてきた。
「ポワールの香りがするわね」
「ポ、ポワールです」
「これも試作品の為に育てたのかしら?」
「・・・はい」
「大丈夫・・・大丈夫よ。もう驚かないわ・・・早くに収穫したものは、外に出さなければ問題はないわよ」
「はい、ありがとうございます」
お母様・・・大丈夫と2度もいいながら、胸を抑えるのはどうしてでしょうか?
「・・・アン、頑張っているわね。無理だけはしないで」
「お母様・・・無理はしていません。作るのは楽しいです」
「そう、それならよかったわ。この丸いのも美味しいわね」
「パタットゥ・ドゥースで作った、スイートポテトといいます」
「可愛いわ」
お母様の目がようやく笑ったような気がした。
無理はしないようにとおっしゃっていたから、「午後も予定があります」とは言えなかったよ。
時間を気にしながらも、お母様と一緒にゆっくり朝食を取って、シャテニエティーも飲んだ。
少しのんびりしすぎたかも・・・部屋に戻ると、急いで飛行服に着替えさせてもらった。
あれ?・・・また新しい飛行服だね。いつの間に作ったのだろう?
上が白に近いクリーム色で下に行くほど色が濃くなり、裾が山吹色のグラデーションの生地だった。
チェニックワンピース型になった飛行服は、襟は白に近いクリーム色のシャツカラーになっていて、ズボンも襟と同じ色だった。
山吹色の靴がちょっと目立つような気がしたけど、いつも出されたものを黙って履くことにしている。
考えるのが面倒だとは、ほんのちょっとしか思っていないよ・・・。
ネージュとキリーの帽子は釣鐘のような形でツバが下がっている。
同じ生地を使っているから、ツバのところが山吹色になっていて、右側にミュスカがひと房刺繡されていた・・・なぜミュスカなのかは考えないことにしよう。
今回はキリーの眉模様が少し隠れる可愛い帽子だよ。
ふと自分の服を見ると右側のポケットにミュスカの刺繡があった・・・ミュスカがそんなに印象に残ったのだろうか?
ソフィが美味しさに感動して、夜のうちに刺繍をしたのかもしれない。
すぐにキリーに乗り、ネージュとユーゴ達と屋敷の護衛ともに出発して、ノール本店の裏庭に向った。
裏の入り口でパトリック叔父様が待っていた。
簡単な挨拶を済ませてから「ミュスカを育てました」と伝えたら、もうすっかり慣れたのか、育てたことには驚かなかったけど、大きな木箱に入ったミュスカを見て「こんなお大きなミュスカを初めて見ました」と驚いていた。
やはり驚くことにはなっていたようだ。
半分は屋敷に持って帰り、残りの半分はお店のみんなで食べてほしいと伝えたら、すごく喜ばれたよ。
ミュスカは育てるのに手間がかかる上、粒が大きすぎると料理人が扱いにくいと聞いたから、東の領地から取り寄せることも伝えたけど、既にバスチアンから聞いていたらしい。
バスチアンは相変わらず優秀な人だったよ。
「今日はポワールの種を裏庭に植えます。木が育って小さな実が付いたら、摘果作業と収穫を孤児院の子たちに頼みたいと思います」
「秋の仕事が引き続き出来ると、孤児院の方で喜ぶでしょう。摘果作業はこちらで指導者を付けますから大丈夫ですよ」
「はい、ありがとうございます」
「それと秋のメニュの絵は、メテオール祭前後に完成する予定ですから、出来次第ご連絡します」
「今回は早くて助かります」
「夏の時は作るのが遅くなってしまって、パトリック叔父様たちに忙しい思いをさせてしまいした」
今回は余裕を持って作るから、安心してね。
「え、ええ・・・あの時は少々頑張りました」
ちょっと遠い目になっていた。
「これからポワールの種まきをして、少し収穫もします。パトリック叔父様の分とあとはお店で使ってください。コンスタンが作ったミュスカとポワールのジャムを3瓶ずつ持ってきました。各2瓶はお店で味の確認をしてから、ジャムを作ってください」
「各2瓶ですか?」
「はい、残りの各1瓶はパトリック叔父様とご家族で味の確認をお願いします」
「それは重要な仕事ですね。謹んでお受けいたします」
パトリック叔父様が笑いながら答えてくれた。
「フフフ、よろしくお願いします。では種を蒔いてきますね」
「どうぞよろしくお願いします」
二人で笑い合ってしまった。
パトリック叔父様はまだ仕事があるからと言ってお店に戻って行き、アンはネージュとキリーとユーゴ達と一緒に畑の奥へと進んだ。
「ユーゴ、この南側にポワールの木を育てたいの」
「わかりました」
ユーゴはいつものように土を掘り起こして、そこにポワールの種も蒔いてくれた。
「ピッピ」
ネージュがやりたいと言っているけど、育てるのが面白いのかな?
「花が咲くまで育ててくれる?」
「ピッ」
ネージュが翼を思いきり広げて魔力を出すと、種は土から芽を出しあっという間に木になり花が咲いた。
「アンが最後の仕上げをするね」
「ピッ」
ネージュは満足したのか、機嫌よく返事をしていた。
「今日は1本だけ収穫するよ」
魔法をかけてポワールが大きくなったら、他のポワールの木にも小さな実がなるまで魔力をかけた。
こっちは後で摘果作業をしてもらえばいいよね。
「ユーゴ、今みんなで食べる分と龍たちの分を除いて、残りはお店の厨房に運んでね」
「わかりました」
半分は龍たちの分になりそうだけど、まだお店では使わないからいいよね。
次はシャテニエだよ。
ポワールから少し離れたところに、シャテニエを植えてもらった。
これもネージュがやると言ったので、3本の枝に魔法をかけてイガが青くなるまで育ててもらった。
見るとイガはあの時の半分以下だと思う・・・大丈夫だよね?
これもパトリック叔父様に伝えて収穫してもらおう。
ここのシャテニエで、普通のマロングラッセが出来るといいな・・・。
畑作業を終えてすぐに屋敷に戻ると、巨大シャテニエの試食をどうするか考えていた。
コンスタンにマロングラッセを作るように頼んでから、5日後に試食をするつもりだったけど・・・数が15個しかないから考えてしまった。
お酒が入っているのと入っていないのをそれぞれ試食すると、残りが13個になる、もし中まで味がなじんでいなければ、また日を改めて試食をしなければならない。
数が少ないから、何度も試食を繰り返すとなくなってしまう。
悩んでいたら、窓からこちらを覗いている精霊さんたちが見えた。
あっ・・・なぜこんないい方法を忘れていたのだろう?
すぐに厨房に向ったから、先ぶれもなく訪れたアンたちに、コンスタンたちが驚いていた。
「コンスタン、窓を開けてくれる?それとポワールを小さく切ってお皿にのせてほしいの」
「は、はい・・・?」
窓を開けてもらい、入ってきた精霊さんたちに話しかけた。
「精霊さんたち、これはマロングラッセと言うの。ノールシュクレやお酒が中までしみ込んでいるかな?」
「まだー」「もうちょっとー」
「ありがとう。いつごろできるかな?」
「まだー」「たぶん」
「まだまだかな?ありがとう、また教えてね。ポワールを小さく切ったから、持って行っていいよ」
「ポワール」「好きー」
精霊さんたちは喜んで持っていた。
マロングラッセは精霊さんたちが「いいよー」と言われるまで8日もかかった。
完成した15個のマロングラッセは、お酒入りが10個、お酒なしは5個で、お母様にお見せしたら、あまりの大きさに頭を抱えていた。
とりあえず切り分けて試食をしていただくと、目を丸くして「なんて美味しいの」とおっしゃっていた。
シャル兄様も喜んで食べてくれたけど、事情を察したのか追加で食べたいと言わなかったよ。
・・・少し大人になったようだ。
食べ応えがあってとにかく美味しかったよ。
お母様とシャル兄様とアンで少しずつ食べたから、残りはコンスタンとロイク、ユーゴ達護衛とエタンにソフィとフォセットで、少しずつだけど試食をしてもらった。
屋敷の護衛たちの分がなかったけどね。
またマロングラッセを作ったら渡すことにしようと、心の中で思っていたら「是非とも普通のマロングラッセを作って、お店で売ってほしいです」とユーゴ達に言われてしまった。
・・・そうだよね・・・普通のじゃないと買えないよね・・・。
残り13個のマロングラッセは、木箱入り高級マロングラッセと命名した。
「次回から作るマロングラッセは自然に育ったシャテニエを使うようにしてね」とお母様がおっしゃっていたの。
今ある高級マロングラッセはどう扱うか、お父様への要相談案件になってしまった。
これは販売できるのかな?
とりあえずポランに木箱の注文をしないとね。
「ソフィ、お願いがあるの」
「な、な、なんでしょうか?」
そんなに驚かなくてもいいのに・・・木箱の注文をしたいだけだよ。
次回の更新は3月20日「85、メテオール祭で食べる幸運なおやつ」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




