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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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40、ひ弱令嬢は美人さんと言われた

 夕食後にお父さまの書斎へ向かった。

 ユーゴとソフィの他にマクサンスも一緒に行ったけど、マクサンスは扉の外で待機して貰った。


「お父さま、お時間を取っていただきありがとうございます」


「急用と聞いたが」


「あのコピーの事をお伝えしようと思いまして」


「コピー?とはどう言うものだ?」


「先にお見せします・・・ユーゴ、この紙でお父さまと兄さまたちに見せて差し上げて」


「わかりました」


 ユーゴは真剣な顔で風と土の魔力をそれぞれの掌に貯め始めた。魔力が貯まると、文字が書かれた紙に2つの魔法を乗せて光らせ、その光った紙を何も書かれていない紙の上に乗せると光は消えた。

 午前中の操作通りコピーが完成している。

 コピーしてもらったのは、リゼットからもらったアンの勉強の予定表。


「出来ました」


「うん、さすが、コピー職・・・えっと・・・ユーゴありがとう」


 ユーゴは黙って会釈をしている。

 得意そうにすましているからちょっと笑いそうになったよ。


「お父さま、同じ内容がこちらの紙にも写されています。これがコピーです」


「これがコピーか・・・凄いな・・・だが、ユーゴは今属性の違う魔力を2つ出していなかったか?」


「はい、おっしゃる通りです。アン様に操作するように言われ、練習しました」


「そんな事ができるのか?いや・・・出来たのだったな」


「最初にアン様がやって見せてくれた時には驚きました」


「アンが?」


「鉢植えのラディやフレーズに成長の魔法と水魔法を分けて操作するのが面倒だったので2つ一緒に出せないかって思って、毎日操作しているうちに同時に出せるようになりました」


 ちょっと胸を張って微笑んでみた。


「「「同時に?」」」


 あれ?お父さまと兄さまたちが驚いているけど普通はしないの?


「アン・・・なぜ私の書斎に場所が変更になったか解かっているか?」


「はい・・・ユーゴに教えてもらいました」


 あれ?胸を張っては行けない場面だった?


「理解しているならよい、この操作は不特定多数の前で使用することは禁止だ。そして使用させることも」


「・・・はい」


「アン?なぜコピーと言うものは2つの属性で操作する必要があったのかな?」


「えっ?・・・あの・・・インクが植物だと聞いて、鉢植えの水やりも2属性で操作したからコピーもそれでいいと思い込んで・・・ベル兄さまに聞かれるまで何の疑問も持たなかった」


「1属性でも可能か試してみようか?」


 ベル兄さまは人差し指で風魔法を出して紙の上で光らせ、光った紙を何も書いていない紙に乗せると光は消えた。


「ちょっと薄いけど、出来るようだね」


「あれ?・・・1つの属性で出来ちゃった・・・ベル兄さまは風魔法が1番強いの?」


「一番強いのは水と土・・・同じくらいの強さだけど・・・水と土は失敗した時にアンが持ってきた酷いくせ字の紙が汚れてしまうからね」


 リゼットの字を酷いくせ字と優しいベル兄さまが言ったよ・・・否定しないけど。


「数枚コピーをしてあるの、この紙は汚れてもいいから他の属性でも試して欲しいの」


「汚れていいなら水から試してみるよ」


 ベル兄さまは人差し指から魔力出し始めた。

 ユーゴにこっそり聞いたら、人それぞれだけど指先で操作する人は多いらしい。

 ユーゴも普段は人差し指だって。

 見た目もかっこいいとか言っていたけど・・・「早く教えて欲しかった」と言ったら、「なぜ掌なのか疑問に思いましたが・・・詮索しないように言われていますから」と言った。

 詮索しないって不親切という意味もあったのかな?


 ユーゴとコソコソ話をしていたらベル兄さまが1属性でコピーを完成させた。

 綺麗にできたのは土属性だった。


 せっかくだからみんなで試すことになり、1番相性が良かったのが土属性だったけど、シャル兄さまのコピーは特にすごかった。

 みんなの中で1番土属性が強いのかもしれない、紙のしわまでコピーされているもの・・・でも、そのしわは要らなかったよ・・・シャル兄さま。


 2属性は黒色や赤色などいくつか色が付いた文字の場合に使えることも分かった。

 茉白の世界のカラーコピーと言うものだよね。


 みんなでする実験は結果も早くて楽しかった。

 コピーに関しては説明書やお店のメニュやお茶会などの招待状にも使えると喜ばれたけど・・・代筆の仕事をしている人たちの妨げにならないように調節が必要だとお父さまは言っていた。

 コピーはベル兄さまのアミュゼ商会に任せることになり、アンたちは人前では操作しないと決めた。


「久しぶりに属性の実験をして楽しかったよ。ところでアン?この予定表だけど、この時間の割り振りではアンの身体がもたないと思うよ?」


「ノル兄さまもそう思う?」


「休憩がないし、1日中こんなに詰め込んだ予定では逆に効率が悪いと思うけど」


「・・・すでに終わったところばかりで、こんなに詰め込んでやる必要性を感じないもの」


 予定表をコピー用に使ってよかった。

 兄さまたちはリゼットに対して不信感を持ってくれたみたい。


「ベル兄さま・・・たぶんこの内容なら午前中で終われると思うの、初日くらいは付き合うけどあとは断るつもりなの。アンは忙しいもの」


「そうだね・・・まだ学院にも行っていない子なのに・・・確かに忙しいよね」


 ベル兄さまは笑っていた。


「2日後にソフィと街へお買い物に行くの、だから買った布や糸で次の日から刺繍をしたいと思って」


「街に行くのかい?私も一緒に行こうか?」


「今回はソフィと行くからベル兄さまはお留守番ね」


「アンに振られちゃったね・・・淋しいよ」


 悲しそうな顔をわざと作っているけど、口元はちょっと笑っているようにも見える。

 今回はベル兄さまに贈るハンカチも買うから内緒にしたいの・・・でもちょっと残念かも。


「今回はダメだけど、次は絶対一緒に行きたい」


 慌てて伝えた。


「フフフ・・・わかったよ、約束だね」


「うん、約束」


 やったぁ、ベル兄さまとお出かけは嬉しい。

 口元がニマニマする、こんな時に扇子が欲しいと思う・・・扇子も買わなくちゃ。


「ユーゴ、外出も護衛2人で行くように・・・いや、今回はマクサンスとジュスタンとで3人にした方がいい」


「はっ!」


 お父さま?アンは走って勝手にどこかに行ったりしないよ?そんなに心配?

 お父さまの言葉に少し悶々とした。






 今日もスッキリと目覚めた。

 カーテンの隙間から日が差し込んでいるからお天気がいいのかもしれない。

 朝はリゼットの押し掛けがなかったので、いつものように温室で精霊さんたちとおしゃべりをしながらこっそりと魔法をかける。

 人前で2属性の魔法は禁止されたからね。


 護衛はいつもの通りユーゴがいるけど、アンの事を何も知らないジュスタンは温室の扉の所に立っている。

 背中の卵もチラッと見ただけで何も言ってこなかった。

 護衛の仕事が慣れてきたら、ユーゴと同じように何でも手伝ってもらってもいいよね。


 食堂で朝食を終えて部屋に戻り、ソフィに布と糸の色の相談をして明日の買う物を紙に書いた。

「扇子も買いたい」と言ったら、雑貨屋さんにも行く事になった。

 手芸店と雑貨屋さんに行った後、まだ時間があれば街で人気のお茶とお菓子の店にも行ってみることにした。

 デザートのお店の参考になるものがあればいいな。

 久しぶりにワクワクとニマニマが止まらない。早く口を隠す扇子が欲しいな。





 昼食後は部屋で春に向けて確認する事を紙に書き込んでいた。

 お店とセラピードッグとランベール夫人の事、車いすと歩行器・・・王都の孤児院から来たエタンとアルマンの仕事の事、畑の事。

 気が付いたことを書きこんでいくと確認することが沢山あった。

 リゼットの事が片付いたらお父さまに時間を取ってもらわなくちゃね。

 紙に書き込みが終わり片付けていたら、ソフィが「ガイヤール子爵が間もなくお見えになります」と知らせてくれた。


 卵をおんぶ紐で背負ったまま、急いで応接室に行くとお父さまとお母さまも丁度応接室に入るところだったらしい。

 お母さまも一緒?

 珍しいと思っていたら、バスチアンの案内で背の高いおじさまが応接室にやって来た。


「よく来てくれた、セブラン」


「この度はお声がけありがとうございます。久しぶりに辺境伯の屋敷にお邪魔しました・・・辺境伯夫人、ご無沙汰しております」


「何年ぶりかしら、お元気そうで何よりですわ」


「元気過ぎて暇を持て余していたら、仕事に誘われまして・・・2つ返事で受けてしまいました」


「まぁ、それは心強いですわ」


 セブランさんは元龍騎士団だったと聞いたけど、お母さまとも知り合いみたいだね。


「セブラン、先日話したアンジェルだ・・・アンご挨拶を」


「初めまして、アンジェルと申します」


 背中のリュックは見ずにアンの顔を見てくれた。


「お初にお目にかかります、セブラン・ガイヤール子爵です。辺境伯夫人に似て美人さんですね」


「び、美人しゃん?・・・あ、ありがとうございます?・・・あ、あの・・・この度は龍の宅急便にご協力いただけりゅと聞きました。よ、よろしくお願いします」


 今まで言われたことない言葉に戸惑って嚙みまくったよ・・・恥かしい。

 顔が熱くなった。


「相変わらず軽いやつだな・・・人の娘をからかうな」


 えっ?からかっただけなの・・・美人さんって言われて喜んだのに。


「アレクサンドル様、からかってなどいませんよ。これから美人になりますよ・・・辺境伯令嬢、私の事はセブランと呼んで下さい」


 えっ?アンが美人さんになるのはまだ先の話だったの?でも今じゃなくても・・・ちょっと嬉しいかも。


「・・・アン・・・お口」


 お母さまが少しかがんで扇子で口元を隠しながらアンの耳元で小さく囁いた・・・口がニマニマして少し開いていたかも。

 慌てて口元を両手で隠したよ・・・誰か、アンに早く扇子を持って来てぇー。


「は、はい・・・私もアンジェルと呼んで下しゃい」


「ありがとう、アンジェル様」


 嚙みまくって、恥ずかしい・・・もう部屋に戻りたい。

 ・・・お父さま、アンはセブランさんのこの軽い誉め言葉に慣れるでしょうか?

 戸惑っている間に、セブランはさんは護衛に付いているユーゴにも声を掛けていた。

 ユーゴは龍騎士団でお世話になったらしく、嬉しそうに挨拶をしている。


 お茶を飲んで一息ついたセブランさんが、アンにお父さまの昔話をしてくれた。


「私はアレクサンドル様が龍騎士団の副団長を務めていた時に補佐役していたのですよ」


「そうだったのですね」


 それでお父さまも親しげだったのかな?


「ええ、アレクサンドル様は龍を乗りこなすのも剣術も馬術も全て優れていて、龍騎士団では一番強かったのです。16歳で副団長になり異例の昇進だったのですが、誰もが納得したものです」


「お父さまが1番凄かったの?」


 思わずお父さまの顔を見た。


「いや・・・アンのおじい様はもっと凄かったぞ。龍騎士団の団長を務めていたからな、私より身体が一回り大きく筋肉も発達していたから、見た目も怖かった。そう言えば・・・山で遭難した鉱員を救助に行った時に、吹雪で雪まみれの父上はグランオムグリーズと間違えられて、助けた鉱員が恐怖で気を失ってしまった事があって・・・あの時は自分が母親似で良かったとつくづく思ったぞ」


「グランオムグリーズ?」


 何だか遠い目をしているお父さまに尋ねてみた。


「雪山に住む、全身薄い灰色の毛で覆われた人型の魔物だ。実際に見たものはいないから幻の魔物と言われている・・・そう言えばアンはおじい様に会ったことがなかったな」


「・・・はい」


 ひょっとして茉白の世界でも噂だけある雪男と言うものかな?

 おじいさまが似ているって言ったよね?なんだか怖いから、おじいさまに会わせようとしなくてもいいからね。


「あの大きな身体で見下ろされると確かに怖かったです。そのフィリベール団長が引退された時、後任はアレクサンドル様が団長にと推薦されたのですが、身に余る立場だからと団長職を辞退されてしまって」


 おじいさまはフィリベールと言う名前なの・・・?綺麗な名前なのに見た目は怖い?

 怖いけど、お父さまは団長になるのが嫌だとおじいさまに我儘を言えたのなら・・・お父さまの方が強いような気がする。


「まぁ身の丈にあった仕事をしたいだけだ」


「更にその8年後に、アレクサンドル様が辺境伯の当主を継いだと言って、副団長を退任して年齢のいった私を副団長にと推薦して・・・あの時は驚きましたよ」


「年齢のいったと言うが、あの当時は34歳だったか?それ程遅い昇進ではなかったろう?」


「まぁ歴代から行くと普通だったかもしれませんが、フィリベール元団長やアレクサンドル様の後でしたからね」


 お父さまの年齢を考えると、確かにセブランさんが遅い昇進に感じちゃうよね。


「騎士団側では当主と副団長の兼任を進めたのですが、仕事に追われて辺境伯夫人を屋敷に放置するのは嫌だと言ってさっさと退任してしまったのですから」


 さすが、お母さま愛に溢れたお父さまらしい・・・。

 セブランさんの話はアンの知らない話ばかりで面白いね。


「セブラン、いい加減に昔話は止めて仕事の話をするぞ」


 お父さまも年上のセブランさんには遠慮があるのかな?でも仲がよさそうだね。


「失礼、つい懐かしくてなってしまいました。昔話ばかりで・・・年を重ねすぎた証拠ですね」


「まだまだ若いだろう、もうひと働きしてもらうからな」


「もちろんです、仲間にも声を掛けましたから。龍の宅急便でしたか?昨日までに6人集めました、人員の詳細はこちらに」


 数枚の紙をお父さまに渡していた。


「知っている名前もあるな」


「家庭の事情で早くに退団した人の中に、今なら遠乗りも可能と言う人を見つけました。みな信用できると思います」


「助かる、今後人員はもっと増やしてほしい。それと荷物は一般では扱ってない品物も運んでもらうから、盗難にはくれぐれも気をつけてほしい」


「一般では扱っていない商品?危険はないのですか?」


「まぁ・・・危険なものではないが何を運んでいるかは口外しないでほしい」


 お父さまが合図すると侍従が山盛りのマシロパンとレーズンパンに姫ポムジャム、小皿に少しだけ乗ったノールシュクレ。

 チョコレートはミルクとビター味2種類、飲み物はカフェアロンジェをカップに注いで、テーブルに置いていた。


「これは?」


「春の2の月から王都と街道沿いに出す店の商品の1部だ。先ずこれを味見してみてくれ」


 セブランさんは小皿を持ち、スプーンで薄茶色の粉をすくって口に入れた。


「ん?砂糖ですか?」


「そうだ・・・だが南の輸入品ではない」


「まさか・・・北の領地で取れるのですか?」


 お父さまが頷いた。


「これから量産する予定のノールシュクレと言う。次にこのパンだが、セブランたちはパンを作るための専用の粉をノールシュクレと一緒に運んでもらう。店で使う備品も運んでもらう事になるな。あとはブラノワとリュックだが、それは知っているだろう。帰りは南から王都店に届いたカフェ豆とカカオ豆を街道沿いの店に運んでもらう」


「ブラノワは私も遊んでいるし、リュックも愛用しています・・・手に入れるのに時間がかかりましたが・・・どちらも実にいいです」


「そうか、それは良かった・・・先ずは試食してくれ」


 セブランさんはカフェアロンジェを一口飲んで目を丸くした。


「このまま飲めますね・・・砂糖もミルクもいらないです」


 お父さまは頷いていた。


「セブランさん、マシロパンにジャムをどうぞ」


 お母さまが姫ポムジャムを進めていた。


「マシロパンと言うのですか・・・随分とふわふわしたパンですね・・・そして白い」


 一口目は何もつけずに食べていた。

 次にジャムを付けて「え?うまい」と言う声が聞こえた。


 侍従がカフェアロンジェをもう1杯用意して出している間にセブランさんはチョコレートを見ていた。


「これは?」


「チョコレートと言うものだ。さすがにこれは高級品だから山盛りにはしなかったぞ。ミルク味と黒っぽい方がビター味だ」


 お父さまが笑いながら説明している間にセブランさんはビター味を口に入れた。


「・・・う、うめぇー」


「ぷっ・・・」


 思わず吹き出してしまって慌てて手で口を覆ったけど遅かった。


 お父さまも笑っていた。


「セブラン、時々食べられるかもしれないぞ・・・いい仕事だろう?今後店で食べたり買ったりできる」


「確かにこれはいい仕事ですね・・・家族にも自慢できます」


「ああ・・・そう言ってくれると嬉しい。商会はシャルルが成人するまでは代表を頼めるか?その後また副だが・・・副代表として商会にいて欲しい」


「よろしいのですか?」


「もちろんだ、頼めるのはセブランしかいない」


「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします」


 お父さまが嬉しそうに頷いていた。


「店は2店舗だが今後増える事があれば、龍の宅急便の拠点を王都にも置き、各大領地に配達をしたいと考えている」


「まだまだ伸び代があると言うのは楽しみですね、せいぜい長生きさせてもらいます」


「何を言っている、まだ40になったばかりではないか」


「・・・まぁ確かに」


「ああ、それから・・・娘をここに呼んだのは、店の代表と商品の考案がアンジェルだから、セブランに会わせようと思っていた。久しぶりだったから余談ばかりして説明が遅れてしまったが」


「はっ?・・・代表って・・・アンジェル様が?このパンもチョコレートも考案したと?」


「そうだ、宅急便もアンが望んだ」


 セブランさんはギギギと音がするのではと思う程ぎこちなく首を動かしアンを見たよ。


「・・・すみません・・・何と言っていいのか言葉が出ませんでした」


「いや、構わない・・・それが普通の反応だ」


「そう、ですか・・・普通ですか?」


「アンは未成年の為、長男のノルベールが代行も兼ねている。責任者として王都店はノルベール、街道沿いのノール本店はステファニーの兄が担当する」


「・・・と、取り敢えず・・・わかりましたと言っておきます」


「出来れば詮索せずにいてくれ・・・いずれ慣れるはずだ・・・たぶん・・・そう言えば、ステファニーの兄は思考を捨てたようにも見えたが・・・どちらにするかはセブランに任せる」


 お父さまとお母さまはちょっと遠い目をしていたよ。

 パトトリック伯父さまは思考を捨てた・・・?なぜ?


「・・・私は慣れる方に期待したいですが・・・アレクサンドル様は慣れているのですね」


「・・・」


 お父さま無言で首を横に振るのは止めて下さい。


「さ、さて・・・仕事は冬の3の月からでいいのですか?」


 セブランさん、話題を変えたよね。


「運んで欲しいものはあるから、始められるのなら来月からでも構わないが」


「わかりました、折角ですから早めに準備して、来月の2の週までには始められるようにしておきます」


「ああ・・・頼む、準備できたら連絡をくれるか」


「わかりました・・・すっかり長居してしました、そろそろ失礼します。あの・・・アンジェル様またお会いましょう」


「はい、セブランさん」


「辺境伯夫人、又お世話になります」


「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」


 セブランさんにはマシロパンと姫ポムジャムとクッキー、チョコレートは少しだけどお土産に渡したらとても喜んでくれた。

 特にチョコレートは好きみたい。セブランさんは甘党だったよ。


 セブランさんの話は聞いていてとても楽しかったけど、ちょっと疲れたのかいつもより早くベッドに入ってしまった。




 朝起きたらソフィが「昨晩、アンジェル様に会いに来たとリゼットさんが来たのですが、もう眠っていらっしゃると伝えて帰ってもらいました」と教えてくれた。

 何をしに来たのだろう。

 護衛には明日まで取り次がないでいいと伝えた。今日は楽しみにしていたお買い物だもの。

 午後は護衛と一緒に出掛けるから、今日はアンの部屋に来ても誰もいないよ。

 念の為、部屋の扉には鍵を掛けていた方がいいよね。なんだか信用できない人だもの。





 馬車に乗って街に着き、ソフィと手を繋いで歩いている。

 人混みでアンを見失わない為だって・・・アンは背が低いから探すのは大変だからね。

 ユーゴは護衛服だけどマクサンスとジュスタンは私服で少し離れたところか見ているらしい。

 どこにいるのか気になって周りをきょろきょろしていたら、転ぶから真っ直ぐ前を見て歩くようユーゴに言われてしまった。

 マクサンスとジュスタンが気になったけど諦めよう。


「アン!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、振り向いた。


「えっ?シャル兄さま?ここで会うなんて珍しいね。お買い物?」


「アンを追いかけて来たのだ、買い物の帰りに何か食べるのだろう?・・・珍しいって言うが・・・アンが出掛ける方が珍しいと思うぞ。私は何度も街に来ている」


「何度も?・・・いえ、その事よりなぜ追いかけて来たの?」


「買い物の後は何か食べるのがお決まりのコースだろう?一緒に食べようと思っていた」


「お決まりコースなの?・・・ソフィは知っていた?」


「はい、出かけた先で食事をする方が多いとは聞いております。私はあまり買い物をしませんし、食べに行くこともございません」


 そうだよね、いつもアンと一緒だから出掛けられないよね。たまにはソフィにもお休みが必要だよね。

 新しい侍女を増やしてもらった方がいいかも・・・その為にもリゼットには早く出て行ってもらわないと。


「で、今日は何処で何を食べるのだ?」


「時間が余ったらおいしいお茶とお菓子のお店に行くとしか聞いてないから・・・わからないの」


「そうか・・・先ずは買い物に付き合うぞ」


「手芸店に一緒に入るの?」


「手芸店か・・・外で待つか。あそこの近くに屋台があったな。そこで肉でも食べているからゆっくり行って来たらいいぞ」


「その後は雑貨屋さんにも行くの」


「雑貨屋なら、私も入れるから気にしなくていい」


 気にするよ・・・ゆっくり買い物をしたいもの。


「ソフィ、どうしよう」


「折角ですから御一緒に行かれては如何ですか」


「う、うん・・・」


 シャル兄さまは自分の護衛と一緒に後ろからついて来ていた。

 行く途中に屋台があって美味しそうな匂いがしている。思わず立ち止まってしまった。


「ソフィ・・・いい匂いがする」


「・・・そうですね」


「そこの小さい美人さん、食べて行かないかい?」


「び、美人シャン?」


 周りを見たけどアンとソフィ以外は男の人しかいなかった・・・また美人さんと言われてちょっと嬉しい・・・噛んだ事は忘れよう。


「小さい美人さん、美味しい肉だよ」


 お肉・・・串に刺さっている美味しい匂いのするお肉・・・美人さんは食べてみたいよ。


「4本貰おう」


「おっ、兄さん毎度!」


 シャル兄さまはお金を出して払っていた。買いなれているのかな?

 自分の護衛とユーゴにもお肉を渡している。


「ほら、アン、ガブッとかじるのだ。残りはソフィに食べてもらえばいい」


「立ったままで?」


「・・・食べづらいか?・・・あそこのベンチに座って食べたらいい。一つだけだぞ、それ以上食べたらあとでお菓子が食べられなくなるからな」


「うん!ありがとう」


 ベンチまで行くとソフィがハンカチを敷いてくれた。

 座ってから、シャル兄さまが渡してくれた串を大きな口を開けてガブッとかじり付くとジュワッと肉汁とタレの甘いのとしょっぱいのが口の中に広がっていく。

 ちょっと堅いからモグモグと一生懸命噛んでから飲み込んだけど、外でかぶりつくお肉は美味しかった。

 串には大きな肉の塊が3つ刺さっていたけど残りの2つをソフィに食べて貰った。


「美味しかったぁ」


「そうか、良かったな・・・口の周りにタレが付いているぞ」


 シャル兄さまはそう言ってハンカチで拭いてくれ、いつの間に買ったのか、果実水をアンに渡してくれた。

 ソフィの分もあったらしい、ユーゴから受け取っていた。

 果実水は少し薄かったけど味の濃いお肉の後だったからごくごくと飲めたよ。

 外で食べる屋台の味もいいな、また食べたいと思った。

 シャル兄さまは何度も街に来て食べているのかな?・・・アンも自由に出かけたいな。


 お腹が満たされ満足したので手芸店に向かった。

 ベル兄さまに送るハンカチは白色が2枚、淡い水色を1枚選んだ。

 今回はシャル兄さまにお肉を買って貰ったから同じくハンカチを1枚送ろうかな。そうしたらノル兄さまとお父さまとお母さまと・・・あれ?・・・7枚・・・ソフィにも送りたい。

 取り敢えず10枚買っておけばいつか出来上がるはず・・・頑張るしかないよね。

 先にベル兄さまの分を仕上げてからゆっくり残りを仕上げればいいかな?

 うん・・・何とかなりそう。


 刺繍糸はペリドット色と赤色、ミルクティー色と金色、茶色と水色、緑色も買ったの。

 茶色と水色はソフィの色だから・・・ソフィには見られないように選んだよ。

 ハンカチも白と淡い水色以外に薄い青や緑も選んで、クッションにする生地も可愛いピンクやオランジュ、薄い紫も買った。

 ソフィも生地や刺繡糸を買っていたけど、何を作るのかな?


 シャル兄さまは手芸店の横で護衛と待っていてくれた。

 次の雑貨屋さんには一緒に入るって言っていたけど、何を買うのかな?


 雑貨屋さんに着いてから直ぐに扇子が置いてある場所に行った。

 ソフィがお花や小鳥の柄をいくつか選んでくれ、その中から薄いピンクの花模様の扇子に決めた。

 羽ペンやインク売り場にも行ってみたら、シャル兄さまが買い物を終えたところだった。


「シャル兄さまは何を買ったの?」


「羽ペンとインクだ」


「アンも新しい羽ペンが欲しい」


「ほら、これはアンにプレゼントだ。春に学院に行くから、少し早いがお祝いだ」


「わぁ、シャル兄さまいいの?」


「ああ・・・いつも美味い物を作ってくれるからな」


「うん!ありがとう」


「インクも一緒に買ってあるから落とすなよ」


「うん、気を付ける」


「さぁ買い物が終わったのなら、旨いものを食べに行くぞ」


「そうだね、どこに行くのかな?楽しみ」


 雑貨屋さんを出てお菓子のお店に向かっていたら、わき道から走ってきた男の人がソフィを突き飛ばした。

 ズサッっという音と同時に、ソフィの痛みをこらえるような声がした。


「うっ!」


「ソフィ!」


 びっくりして倒れたソフィに手を伸ばそうとしたら、突然誰かに抱えられた。


「いやぁ!離して!」


 手足を動かして暴れてもびくともしない。ちらっと見えたのは男の人だった。アンを抱えたまま走り出したけど、「ぐわっ!」と変な声を出して前のめりになって突然倒れた。

 同時にアンも地面に転がってしまった。


「きゃぁ!・・・い、痛い」


「アン!大丈夫か、どこが痛い?・・・くそ、アンを攫おうなんてとんでもないやつだ・・・」


 シャル兄さまが慌てて抱きかかえてくれた。


「・・・痛い・・・腕と足が」


「・・・痛かったな、すぐに治療しないと」


「あっ、ソフィ!ソフィは?」


「ア、アンジェル様・・・お、お守りできず・・・申し訳ありません」


 ソフィが地面に座りこんだまま手を伸ばしている。


「ソフィのせいではない、掌から血が出ているではないか。直ぐに馬車に戻った方がいい」


 シャル兄さまが早口でソフィに告げていると、後ろ方から唸るような声が聞こえた。振り向くと、男の人がユーゴに押さえつけられている。


「驚いた・・・アンを抱えて走り出した男の膝裏を蹴って倒すので、精一杯だった。すまない、アンに怪我をさせてしまった」


 シャル兄さまも動揺しているのがわかる。

 ソフィを突き飛ばして走り去った男の人は、少し離れていたマクサンスが、ユーゴが抑えていた男の人はジュスタンが紐で縛っていた。

 えっ、犯人は2人いたの?


「ソフィを突き飛ばした男とアンを攫おうとした男の2人だけか?」


「周りを見たのですが、怪しい人物はいませんでした」


 シャル兄さまの護衛が答えていた。


「アン様、出遅れました。申し訳ありません」


「いや、ユーゴのせいじゃない。私がアンのすぐ後ろにいたからユーゴが守りづらかったと思う、すまない私が油断していた」


 首を横に振ったら、シャル兄さまがすまなそうにユーゴをかばっていた。


「・・・いえ」


「最近背が伸びて身体が大きくなっていたから、斜め後ろにいたユーゴは私の前にいたアンが見えにくかっただろう、邪魔をしてしまった」


「そのような事は・・・私の力が及びませんでした」


 ユーゴが目線を下げた。


「すぐにアンとソフィを直ぐに馬車へ連れて行こう」


「はい」


 シャル兄さまに抱えられながら馬車に乗せてもらい、ソフィは足も怪我をしているから、シャル兄さまの護衛が抱えるように支えて馬車に乗り込んできた。


 シャル兄さまはお父さまに報告をすると言って、自分の馬に乗って護衛と一緒に屋敷に先に戻る事になった。

マクサンスとジュスタンは応援が来るまで犯人を取り押さえているから、街に残るようようだ。

 馬車には来た時と同じようにソフィとユーゴがいて、ソフィの掌の止血をユーゴがしている。


「ソフィも手袋をしていたのに」


「地面の氷で切れたのかもしれません」


 ポツリとユーゴが言った。

 アンとソフィのコートはあちこち破れて、しかもソフィのコートの袖と裾には血までついている。


「ソフィ、怪我したところは痛いでしょう?癒してあげる」


「アン様、癒しは待ってください」


「ユーゴ?どうして止めるの?ソフィは痛いのを我慢しているのに」


「障害罪と誘拐未遂罪の報告が必要です。怪我をした所は医者が治療をしますので、それまで痛みは我慢してください。怪我の状態が確認出来ましたら癒しをお願いします」


「・・・うん・・・ソフィごめんね、屋敷に着いたら手当てしてもらうからね」


「アンジェル様も怪我の痛みを我慢しているのですから、私も我慢できます」


「アンの怪我はちょっとだけだから」


「アン様はご自身にも癒しを掛けられるのですか?」


「たぶんできると思う・・・後でやってみる」


 時間が経つにつれ、先程の恐怖がよみがえって来て手足が震えて来た・・・目に涙が溜まる。


「・・・怖かった」


「アンジェル様・・・もう大丈夫ですから」


 手も足も痛いはずなのにソフィが抱きしめてくれた。





 屋敷に着いたのか馬車の揺れが止まった。

 馬車の扉をユーゴが開けようとしたら外からの勢いよく開けられ、お父さまが乗り込んで来た。


「アン、無事か!・・・怪我をしたと聞いたが」


 お父さまはアンを見て眉を寄せた。


「・・・お、お父さま」


「ど、どこが痛いのだ?」


 お父さまの顔を見た途端、涙が溢れてくる。


「大丈夫で、す・・・お父さま・・・こ、怖かった・・・」


 お父さまにしがみついてしまった。


「アン・・・無事でよかった」


 お父さまはアンを抱きしめて背中をポンポンしてくれた。ホッとしたはずなのに、涙がどんどん溢れてくる。


「「アレクサンドル様、申し訳ありません」」


 ユーゴとソフィが同時に身体を折って頭を下げていた。


「ソフィも怪我をしているのだろう?直ぐに治療してもらいなさい・・・ユーゴ、シャルルから聞いている。シャルルが邪魔をしたようだな」


「いえ・・・私が油断していました」


「先ずは屋敷へ、話はそれからだ」


「はっ」

次回の更新は5月23日「41、ひ弱令嬢はけっこう怒っている」の予定です。

よろしくお願いいたします。

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