39、ひ弱令嬢の新しい侍女と護衛と魔法
「アンジェル様、おはようございます」
・・・ん?・・・聞きなれない声で目が覚めた。
ベッドのすぐ横に気配を感じて目を向けると、新しい侍女と思われる人となぜかその人の後ろにソフィがいた。
なぜ名前も知らない人が寝室にいるのかな?
「おはよう、あなたは誰?」
「リゼットと申します、今日からアンジェル様のお世話をさせていただきます」
「リゼット?初めて会う人がなぜアンの寝室にいるの?」
ソフィより年上に見えるけど、ここではソフィが先輩だよね?
「アレクサンドル様よりアンジェル様のお世話を任されましたから・・・それよりアンジェル様、新しい護衛の2人が本日ご挨拶をしたいと待機しております。着替えが終わりましたらお部屋に通してよろしいでしょうか?」
「えっ?もう来ているの?なぜ部屋にいきなり入れようとするの?」
リゼットの言葉に驚いた。
起きたばかりだよ、しかもそれよりって言ったよね・・・アンがお寝坊だとしてもだめだよ?
「リゼットさん、アンジェル様は起きたばかりです。食堂に向かう前で良いのではないですか?朝に護衛が来るとは聞いていないです」
あれ?ソフィと打ち合わせが出来ていないの?
「そうですか・・・それでは先にお着替えのお手伝いをさせて頂きます」
リゼットがそう言って洗面台に向かい、ソフィは「扉の外に待機している護衛に声を掛けて来ます」と言って、寝室から出て行った。
手分けして支度をしてくれるのはいいけど・・・どうなっているの?
リゼットに「準備ができました」と声をかけら、洗面所に行って顔を洗う。それから寝室に戻って用意されていたワンピースを着たけど、ソフィは寝室に入って来ても扉の前で立ったまま動かない。
うーん・・・なんか変?
「ソフィ、ユーゴはいる?」
「部屋の外にいます」
「部屋で試したいことがあるの、ユーゴだけ呼んでくれる?」
「私が呼んできます、ついでに新しい護衛にも来てもらったら如何ですか?」
ソフィに話しかけたのにリゼットが口を挟み、また護衛の話をしているよ。
「リゼット・・・アンはソフィに頼んだの・・・2人の護衛の挨拶は食堂へ移動する前にとソフィが言ったでしょ?」
「ですが、もう来ています」
「アンは朝から来ると聞いていないけど?リゼットが勝手に了承したの?」
「特にご予定がないと聞いています。挨拶だけですから問題はないと判断いたしました。以前勤めていた屋敷ではお子様の予定は任されていましたから、アンジェル様のご予定も組ませていただくつもりです」
「アンの予定って?」
「学院は2年制を選択すると伺っていますから、お勉強も担当いたします」
「そうなの?・・・あと2ヶ月しかないのに?・・・お父さまやお母さまがお勉強の事までリゼットに頼んだの?」
「いいえ、アンジェル様の意思にお任せするとおっしゃっていましたが、家庭教師すらついていないと聞いています・・・それでは王都の学院に行くのは難しいと思います」
「リゼットは侍女ではなく家庭教師をしたいと言う事?」
「侍女で採用されていますが、以前家庭教師もしておりましたから。貴族のご令息を王都の学院に行けるように指導させて頂いた実績がございます」
「リゼットの指導で?」
「ええ、それはもうきっちりと予定通りに指導させて頂きました」
令息が優秀だったような気がするけど・・・?
「・・・指導予定表を作って見せてくれる?」
「ええ、いいですわ」
「あ・・・勉強は3日後の木の日からにしてくれる?」
「3日後?・・・ですか?」
「そう、もう他に予定が入っているの」
「聞いていませんが?どのような予定があると言うのですか?勉強より大事なものですか?」
「今日来たばかりの人に伝える内容ではないの、明日はお父さまと一緒だから。この話はもう終わりにして。リゼットはもう下がって予定表を作って来ていいよ」
「えっ?・・・わ、わかりました」
気分を悪くさせたと思う・・・いきなり寝室に来て侍女ではなく家庭教師をすると言うリゼットは、ソフィを睨むよう見てすぐに下がって行った。
そんなに立派な家庭教師と言うなら、なぜそこを辞めてアンの所に来たのかな?それよりもリゼットは誰の紹介で雇われたの?
「ソフィ・・・あの人は誰が雇ったの?お父さま?」
「申し訳ありません、『新しい侍女が来るのでわからないところは教えてあげて欲しい』とブリジットさんから聞いていただけで・・・今朝、突然リゼットさんが来て『アンジェル様のお世話を任されたから、貴女は後ろで控えているように』と言われました」
ソフィが悲しそうに下を向いた。
「お父さまからは侍女が増えると聞いただけで、他には何も聞いてないの。リゼットがいろいろ言っていたけど・・・ソフィ以外の侍女なんて考えられないから変更はしないよ・・・なんだか予定が狂っちゃったね。急いで食堂に行かないとお父さまたちをお待たせしちゃう・・・すぐにユーゴだけ呼んでくれる?」
「は、はい」
ソフィは急いでユーゴを呼びに行った。
・・・ソフィも戸惑っていたのかな?・・・面倒な事になったよ。
「アン様、お呼びでしょうか?」
「ユーゴ、新しい護衛が来ていると聞いたの」
「今、扉の外で待機しています・・・護衛たちが、アン様の都合良い時間にご挨拶をしたいと伝えたところ、リゼットから「これからアンジェル様を起こすのでそのまま待機するように」と言われたと困惑していました」
なんですと・・・なんだか微妙に話がずれているよ。これはお父さまに物申す案件だよね。
「そうだったの・・・すぐに挨拶した方がいいよね。今日の護衛は誰?」
「今日は私とマクサンスで、明日は私とジュスタンです」
「2人とも口は堅い?」
「もちろんです」
「わかった・・・でも今日の朝食後はユーゴだけ部屋に来てくれる?」
「わかりました、マクサンスは扉の外に待機させます」
「リゼットと話をしていたら遅くなっちゃったけど・・・食堂へ向かう前に2人に会うね」
ユーゴは頷き、軽く会釈をして先に部屋を出た。
ソフィと一緒に部屋を出ると扉の外にユーゴと新しい護衛が待っていた。
「おはよう」
「「おはようございます」」
2人は同時に挨拶をして頭を下げていた。
「アンジェルです」
「今日から護衛に就かせて頂くマクサンスと申します。ユーゴ先輩と同じく龍騎士団第2部隊の所属です」
「明日からユーゴさんと一緒に護衛に就かせて頂くジュスタンと申します。第1部隊所属です」
「2人とも龍騎士なの?」
「はい、アンジェル様の護衛に付ける第1条件は遠方に同行できる事ですから龍騎士であることは必須です。他には口が堅い事と詮索しない事です」
マクサンスが真顔で答えてくれた。
「第1条件?ひょっとして第2条件もあるの?」
「第2条件は可能であればと言う事でしたが・・・常識に囚われず柔軟な対応が冷静に出来るか・・・です」
今度はジュスタンが答えていた。
「常識に囚われず?・・・まさかと思うけど第3条件はないよね?」
「第3条件は出来れば手先が器用な方が良いと言う事です」
なぜかユーゴが答えた。
「手先?・・・それはユーゴに色々と頼んだことが影響しているのかな?」
ユーゴがゆっくりと頷いたよ。
そこまで考慮しなくていいと思うけど・・・不器用よりはいいのかな?
「2人は手先が器用なの?」
「はい、細かい作業は得意です」
ジュスタンが答えマクサンスは頷いた。
「それと試食会は私が優先的に致します」
ユーゴが胸を張って言ったよ。
「ユーゴが非番の時はどうするの?」
「問題ありません、休みを変更して同行いたしますから・・・まさか突然の思い付きで始めたりしませんよね?」
「う・・・ん?・・・善処する」
「試食会とは何でしょうか?」
マクサンスが質問して、ジュスタンがじっとユーゴを見ている。
「ステファニー様には毒味役と言ってあるが・・・試作品の確認だ」
アンがお母さまに言い訳した事をユーゴが覚えていたんだね・・・真顔で答えているよ、ちょっと笑いそうになった。
「毒味・・・ですか?」
「ど、毒は使ってないから・・・そのうち説明するね。もう食堂に行かないと」
「私とマクサンスが同行いたします」
「では私はこれで失礼たします」
ジュスタンが一礼した。
「明日からよろしくね、ジュスタン」
「はっ」
護衛と挨拶を終え、少し急ぎ足で食堂に向かった。
「ソフィ、ノル兄さまとベル兄さまへ夕食後一緒に時間を取ってほしいと伝えて、報告したいことがあるの」
「畏まりました」
「ユーゴは朝食が済んだら、アンの部屋に着て、手伝って欲しいことがあるの」
「わかりました」
食堂についたら、みんな食事を始めていた。
「遅くなってすみません」
「体調が悪いのか?」
「いいえ、朝からいろいろあって・・・・お父さま、食事が済んだら少しだけお時間取れますか?」
「ああ、構わないが・・・今日のアンは機嫌が悪いのか?」
「えっ?顔に出ていますか?」
思わずぺたぺたと顔を触ってしまった。
「目が・・・いつもと違うように感じた」
目?どう違うのかな?つり上がっているとか瞳の色が変わって光っているとか?
「変な目になっていますか?・・・いえ、それより新しい侍女がちょっと・・・」
「それか・・・わかった、あとで聞こう。先ずはゆっくり食べなさい、私はサロンでステファニーとお茶を飲んでいる」
それかって言ったけど・・・何かあるって知っていたの?
「私もアンのお話を聞いていいかしら?」
「はい、ぜひ一緒に聞いてください」
「私たちもいいかな」
「ノル兄さま?」
「私とベルとシャルも一緒にね、アンが困っている時はみんなで解決するよ」
「兄さまたちも・・・ありがとう・・・でも家族中に広めてもいいのかな?」
「家族間で情報を共有する事は大切な事だぞ」
「お父さま、ありがとうございます」
「先にサロンに行っているわ、アンはきちんと食べてからいらっしゃいね」
「はい、お母さま」
シャル兄さまはいつもアンが食べ終わるまで一緒いて、ずっと食べ続けているのに、今日は「先に行っているからな」と兄さまたちと行ってしまった。
少しうるさいと感じていたけど、いなくなると寂しいと思ってしまう。
シャル兄さまはひょっとして・・・食べる量が少ないのになぜか食べ終わるのが1番遅いアンの事を気遣って残ってくれていたのかな?
もしそうならシャル兄さまを見直してあげてもいいよ。
そんな事を考えながら、ちょっとだけ急いで食べた。
サロンに行きソフィが用意した姫ポムティーを一口飲み、口を潤してから一気に今朝のリゼットとのやり取りを話した。
「リゼットは面接してから採用を決めたのですか?」
「面接はしたが、リゼットは遠戚でな・・・父上の弟の夫人の妹が子爵に嫁いでいて、その子爵との間に出来た子供だ。成績は良かったから2年制を選択して、王都の学院を卒業している。それでアンの家庭教師にと勧められたのだが、家庭教師は不要だと断ると、それなら行儀見習いを兼ねた侍女として屋敷で教育して欲しいと言われてしまったのだ」
「大叔母さまの妹の子?・・・ほぼ他人?」
「そうだね、リゼットには誰も会った事がないと思うよ。大叔父上はリシャール・テールヴィオレット伯爵と言って、長男が間もなく当主になると言われている。下に次男、長女の3人兄妹だよ。伯爵家の姪になるリゼットも兄がいるけど歳が離れている。遅くに生まれた女の子だったから母親が甘やかして育てたと聞いているよ」
ノル兄さまも会った事がない令嬢?・・・それなら昨日のうちに教えて欲しかったよ。
「・・・うー、リゼットが面倒・・・食堂に行く前で時間もなかったから、取り敢えず勉強の予定表を作ってと言って部屋から出て行ってもらったの」
「アンの話から推測すると勉強は得意だと思っているらしいね?王都の学院では2年制を選択した50名中、上位25番までの成績を見る事ができるけど・・・記憶にないから成績はもっと下位の方だったかもしれないね・・・それにしても朝から災難だったね」
心配そうに話をしてくれたベル兄さまにコクンと頷いた。
成績は学院に行くとわかるの?・・・優秀さをアピールしていたような気がするけど、アンが勉強を見てもらっていたノル兄さまとベル兄さまは、北の領地の学院、王都の学院どちらも首席だったとリゼットは知っているのかな?・・・それにこちらのことを何も確認せず予定表をどうやって作るつもりなの?
それにしても・・・令嬢がなぜ侍女に?しかも甘々令嬢に人のお世話ができるの?
「アンに勉強教えると言っても残り2ヶ月で何を教えたいのかな?勉強はもう王都の学院分まで終わっているのに」
「ノル兄さまもそう思うよね・・・予定表は頼んだけど、どこまで勉強したかも聞いてこなかったし、どうするつもりなのかまったくわからないの・・・リゼットの事は様子を見て合わなければ・・・子爵の元に帰って貰ってもいいですか?」
「そうだな・・・問題を起こす前に帰したいが、帰す理由が必要になるな」
「理由があればいいのですね?お父さま」
にっこり笑って聞いてみた。
「アン、すごく嫌な予感がするぞ・・・危険な事はないのか?」
「大丈夫だと・・・思います」
たぶん・・・だけど。
「ああ、それとリゼットにも護衛と同様に、アンに関しては余計な詮索をしないこと、見たことは口外しない事など誓約書に署名させている」
第3条件まであったよね・・・それがあるならやりやすいかも・・・フフフ。
「アン、悪い顔になっているぞ」
「シャル兄さま・・・悪い顔って・・・しかもなんでそんなに嬉しそうに聞いてくるの?」
「アンが何をするのか気になるではないか」
「そうなの?・・・そうだ、シャル兄さまもお勉強の予定表をリゼットに作って貰うように頼んでおく?」
「余計なことはしないでくれ、私は自力で頑張っている。まぁ冬の成績を見て驚いてくれ」
「フフフ、楽しみにしているね・・・シャル兄さま」
「私もシャルルの頑張っている結果が楽しみで仕方ないわ、ホホホ」
「うっ・・・」
目が全く笑っていない笑顔のお母さまから、一撃を食らったようにシャル兄さまは撃沈した・・・お母さまはやっぱり最強だった。
お父さまがお母さまの顔を見た後、目線をそらしていた事は黙っていよう。
リゼットにはアンがしている事は伝えず、予定表が出来てからアンがいろいろと行動に移すことを話すと「必ずユーゴ達護衛とソフィをそばに置くように」とお父さまに言われた。
リゼットの話したことや行動を複数の人が見聞きするためらしい。
お父さまたちと話をしてちょっと気分が晴れた。
3日後から開戦だ!
拳を突き上げ「おー」と声を張り上げた姿を想像したらちょっと鼻息が荒くなった。
「アン、今日の夕食後に時間が欲しいと聞いたけど、アンの部屋に行こうか?」
「ううん、今日はノル兄さまの書斎の方がいいの。リゼットが来たら困るから・・・ベル兄さまもそれでいい?」
「私は構わないよ」
ベル兄さまも了承してくれた。
「私も行っていいのか?」
「シャル兄さまも?」
「先程情報は家族で共有と父上が言ったばかりではないか」
「シャル兄さまが邪魔をしなければ居てもいいよ」
「邪魔などしないぞ、ちゃんと見守っているぞ」
「見守るだけではなく、手伝ってくれもいいよ。でも勉強はいいの?」
「少し手伝ったら部屋に戻るから、問題はない・・・よし、決まりだな」
シャル兄さまがとってもいい笑顔で一方的に決定していた。
前から一緒に行動をしたかったのかな?せっかくだから手伝ってもらえばいいよね。
お父さまとお母さまがリゼットの事で心配してくれたけど、無理はしないと約束した。夕食後にノル兄さまの部屋ですることは、ノル兄さまからお父さまに報告が行くらしい。
これが家族と情報を共有すると言う事なのかと感心して、面白い事も嫌な事も家族と同じ気持ちだと思うと心がほっこりした。
サロンを出て部屋に戻ってから、ユーゴとソフィにコピーの事を話した。
扉の外にいるマクサンスには、リゼットが来ても部屋に入れないように伝え、念の為にリゼットも護衛と同じ条件の誓約書に署名済みであることも伝えておいた。
「ユーゴ、インクは植物で作られているらしいの」
「そうですか?」
ユーゴが不思議に首をかしげている。
「これからコピーと言う操作をするから見ていてね」
アンは掌を上に向けて右手に光魔法、左手に土魔法を出して、その魔法の塊を文字の書かれた紙の上に乗せた。
白と紫の色がクルクルと渦を巻くように混ざり合い、縞模様が浮かび上がり光り出した。
次に白い紙の上に光っている紙を乗せると光りは消え、文字は無事にコピーされたけど少し薄い。
「うーん、ちょっと薄いね」
「「・・・・」」
ユーゴは紙を見て固まっていた。
ソフィは両手を口に押さえて目を見開いたままやっぱり紙を見ている。
「どうしたの?」
「アン様・・・普通は異なる属性の魔力を1度に出せませんよ」
ソフィがコクコクと首を縦に振っていた。
「えっ?そうなの?・・・出たよ」
「え、えっと・・・アン様は確かに出しましたが・・・」
「ユーゴ、やってみて」
「えっ?急に・・・」
にっこり笑って言ってみた。
ユーゴは何か言っていてけど・・・茉白の世界では百聞は一見に如かずという言葉がある、だから先に見せたよ。
100回聞くより自分の目で見た方が良く解ると言う意味だって、見るだけでいいなんて便利だよね。
「やってみて、100回聞くより見た方がいいらしいの、見たでしょう?・・・風と水でもいいし、水と土でもいいの・・・どれがきれいに写せるか試してみよう?」
「1回見たからと言ってそんな・・・」
「さぁ実験開始だよ!おー」
拳は胸の前で止めたからね。
「「・・・・」」
あれ?ソフィまで固まっている・・・『おー』はだめだった?
「ソフィ?・・・ユーゴ?・・・こうやってね・・・片方の掌から1つずつ出して、慣れたら同時にできるよ」
「アン様、これを他人の前で試してはいませんよね?」
「今、試しているよ・・・ユーゴやソフィは親戚ではないもの」
「いえ、そうではなくて・・・はーーー」
ユーゴの肺が空になるではないかと思う程、長い溜息をつかれた。
「そんなに長く息を吐かなくてもいいのに」
「アン様、これは危険ですよ」
「えっ?爆発なんてしないのに?」
「爆発ではありません。私たち護衛がアン様を守る時に、敵が異なる属性の攻撃魔法を一度にぶつけて来たら防ぎきれないこともあると言う事です」
「武器になるの?」
「その可能性はあります。火と風、水と土でもです」
「そんな・・・」
「ソフィ、夕食後にノルベール様の書斎ではなく、アレクサンドル様の書斎にしてもらう事は可能か確認してくれ」
「はい、直ぐに確認してきます」
ソフィはユーゴの言葉に、慌てて部屋を出て行った。
「ユーゴ?」
なぜこんなことに・・・コピーしたいだけなのに・・・またやらかしたの?
今回はユーゴとソフィと一緒に始めたけど・・・だめだったの?
「アン様・・・そんな悲しい顔をしないでください。コピーだけは完成させたいのですよね」
「・・・うん」
「一人で隠れて進めたわけではないのですから問題はないです。私と一緒にあとで報告しましょう・・・ではやりましょうか?」
「・・・いいの?」
ユーゴは頷いて掌を上に向け、真剣な顔で集中し始めた。
「右手に風、左手に水・・・水が少ないか・・・」
ユーゴは時間をかけながら、両手の魔力の量を少しずつ調整して文字の書いてある紙の上に乗せた。
紙は光りだし、次に白い紙の上に光っている紙を乗せると光りは消えた。
白い紙にはまばらに文字が写されていた。
「あー文字が抜けています・・・だめか・・・魔力が弱いのでしょうか?」
「ユーゴの属性で1番強いのは風?」
「そうです、つぎに土です」
「じゃあ風と土でやってみて?アンの属性は光が1番強いけど、他は同じくらいだから風でやってみる」
掌に光と風をそれぞれ出して、先程と同じ手順でやってみた。
「アン様・・・早いですね」
ユーゴがぽつりと呟いている。
「あっ・・・出来たかも」
「わ、私も出来たようです」
ユーゴがコピー職人になった。
龍騎士兼護衛兼竹串職人兼試食担当とクレープ棒職人と毒見担当(お母さまへの言い訳)とキリーのお守りと爪楊枝職人とコピー職人と言う肩書になったよ。
あ、メレンゲ担当は外しておいたからね。やっぱり器用な人は必要だね。
・・・第3条件は必須項目にしてくれないかな?
その後、水と土でも試してもらったけど文字が薄くて駄目だった。
「私は3属性なので、他の組み合わせが試せません」と言ってちょっと悔しそうだった。でも貴族のほとんどが3属性だって聞いていたるから特に気にしなくていいのにね。
アンは光と火で組み合わせて試してみたけどコピーは出来ず、光と水では文字に歪みが出てしまった。
火の属性が全くコピーできなかったのは植物と火の相性が悪のかもしれないとユーゴは言っていた。
自分の持っている属性の中で、火の属性以外の強い魔力の組み合わせがいいみたい。
夕食後に兄さまたちに試してもらいたいな。
ソフィがようやく戻って来た。
「バスチアンさんを通して確認してきました。夕食後にアレクサンドル様の書斎に皆様が集まると言う事で了承いただきました。」
「ソフィ、ありがとう。兄さまたちのこともあったから面倒かけちゃったね」
「いいえ、バスチアンさんが一緒に動いてくれましたから」
ソフィはそう答えて微笑んでいる。
ソフィの優しさはリゼットとは大違いだよね。3日後には子爵家へ帰る支度だけでもさせようかな?侍女は、またソフィ1人になっちゃうから・・・出来るだけ迷惑かけないようにしないとね。
昼食後にリゼットが数枚の紙をもってアンの部屋にやって来た。
扉でいったん止められて「用事は何か」と聞かれたと言って、それが不満だったみたいで機嫌が悪い。
扉のところで立っていたユーゴとマクサンスがリゼットの後ろからついて来ていた。
リゼットの行動と言葉を複数人で見聞きするために。
「アンジェル様、予定表をお持ちしましたので3日後から冬の3の月の末日までこの日程でいきましょう」
「冬の3の月の月末まで?」
「時間がありませんからね」
「アンの勉強がどこまで進んでいるか知っているの?」
「家庭教師も付けていないと伺っていますから・・・1年分は確認も兼ねて復習が必要かと思います。ですからアンジェル様がどこまで進んでいようと問題ないです」
「復習?」
受け取った予定表を見ると1日分の勉強は3回に分かれていた。
1回目は朝食後から昼食前までで、2回目は昼食後から夕食前まで、3回目は夕食後から就寝前までとなっていて、学科がびっしりと書かれていた。
実技も週の終わりに少し組み込まれている。
早く終わらせれば時間は余るはずだけど・・・初日は好きにさせておこうかな?それにしても・・・実技が刺繍と魔法・・・週末前にはいなくなるはずだから考えなくてもいいよね。
「リゼット、予定表はアンが貰ってもいい?」
「ええ、構いません。2枚ありますから」
「そう、じゃあリゼットは3日後にまた来てね」
「えっ?3日後?」
「アンの家庭教師をするつもりなのでしょ?」
「ええ・・・まあそうですね」
「それなら3日後までリゼットに用事はないもの。アンはこれからすることがあるから忙しいの」
「まぁ、お一人でお勉強を始めるのですか?」
「ううん、勉強はしないよ」
「では一体何をするとおっしゃるのですか?」
「アンの事は詮索しないでね」
「まぁ!・・・なんて失礼な」
リゼットはむっとした顔をして出て行った・・・出て行ってくれてほっとしたけど疲れた。
前に雇われていた所の貴族の令息もこの予定表に書かれているペースで頑張ったのだろうか。もしアンが、まったくお勉強をしいない状態だったら、この予定表通りでは倒れるかもしれない。
これもコピーしてお父さまに渡しておこう。
お母さまが貸してくれた図案を、やっと見る事ができた。お花の図案はとっても綺麗で、蔦の模様に小鳥や蝶の図案も綺麗だった。
「ソフィ、この図案も綺麗ね。ソフィが気になるものがあったらコピーするよ、でもコピーは内緒だからね」
「もちろんです、決して他言しません」
「ソフィも誓約書に署名したの?」
「はい、正式にアンジェル様の侍女になった後に署名しております」
「そうなの?知らなかった。署名がなくてもソフィの事は信用しているよ」
「・・・アンジェル様、ありがとうございます」
「うん・・・えっと・・・ソ、ソフィは花の図案がいい?それとも小鳥?」
ソフィに微笑まれてちょっと照れちゃった。
「私はこの大きな木に水車と小鳥が素敵だと思います」
「素敵だね、これは難しい?」
「それほど複雑ではないと思います」
「大きい作品を刺繍する前にハンカチを3枚くらい刺繍したいの・・・ベル兄さまに渡したいと思って」
「それでしたらお名前を刺繍されては如何でしょうか?ベルトラン様とアンジェル様の瞳の色と同じベリドット色の糸で飾り文字にして、背景を1枚1枚違う色で縫われてはいかがでしょうか?」
「プラターヌの木か葉を背景にしてもいいよね」
「とてもいいと思います」
「ハンカチを用意しないと・・・お買い物に行ってみたいな」
外に行けないとわかっていても・・・思わずポツリと呟いてしまった。
「わかりました、ユーゴさんに伝えておきますね」
「街に行ってもいいの?」
「もちろんです、アレクサンドル様からアンジェル様の希望は可能な限り叶えるようにと仰せつかっています・・・可能な限りですけど」
可能な限りを2度言われたけど・・・お出かけは良いらしい・・・良かった。
「2日後に行きたい、とても楽しみだけど、天気は大丈夫かな?吹雪かないよね」
「近くまで馬車で行けますから、ひどい吹雪でなければ心配はないと思います」
「うん、街でお買い物・・・嬉しい」
ソフィはにっこり笑って頷いてくれた。
次回の更新は5月16日「40、ひ弱令嬢は美人さんと言われた」の予定です。
よろしくお願いいたします。




