第六十七話 ダンジョン?
心地よい風が吹く。
頬を薙ぐその風は、草原の草を優しく揺らす。
そう、ここは草原だ。
草原なのだ。
王墓地下一階のトラップゾーンを抜け、螺旋状の階段で降りた先、そこは草原だった。
遥か頭上の天井からは目も眩まんばかりの光が降り注ぎ、足元は辺り一面が背丈の低い草で覆われていた。
「えーっと、ここってダンジョンだよな?」
「勿論だとも。君にはここが草原に見えるってのかい?」
「どう見ても草原にしか見えないが?」
「はははは、まったくだ。僕にも草原にしか見えないよ」
(だったら何で質問したんだ?)
強い日差しの中、風が吹き、川まである。
すぐ横の螺旋階段が無ければ、本気で地上の草原と見分けがつかないレベルだ。
「噂には聞いていましたけど、本当に凄いですね」
「いやはや大した物だよ。まったく」
フラムとパーが絶賛する横で、リンとニカが不思議そうな顔で俺達を見ている。
二人には俺達が何に驚いているのか理解できてない様だ。
二カは帝国暮らしで親が王墓に来ている位だ、地下の草原をきっと当たり前の常識として刷り込まれているんだろう。反応が薄いのもきっとその為だ。
だが問題はリンだ。
フラムが驚いていることから、地下の草原がエルフにとっての常識ではない事が分かる。
にもかかわらず無反応だという事は…
(基本的な常識や知識が欠如してるな、確実に)
俺の中での、リンのあほの子のイメージがますます強くなる。
そんなリンを見ていると、そのうち頭からアホ毛でも生えて来るんじゃないかと心配になってしまう。
(まってろリン。ここの探索が終わったら、ちゃんとした教育を受けれるよう手配してやるからな!)
「あの?私の顔に何か付いてますか?」
「気にするな」
そう言いながら、俺はリンの頭をわしゃわしゃする。
勿論、強力なアホ毛の芽が生えてきていないか確認する為だ。
「しかし想像以上に広いな。草原の終わりが見えん」
レインに言われて俺も気づく。
景色にばかり気を取られていたが、360度視界全てが草原で埋め尽くされており、端が見えない。
広いのは理解していたが、まさか此処まで尋常ではない広さだとは…
(うん!マニュアル買っといてほんとに良かった!)
マニュアル無しでこの広さを探索しながら進んだ日には、最下層到達に何か月かかるか分かったものでは無い。
やはり先人の知恵と言うのは偉大だ。
「そういえば魔物が見当たらないんですが?姿の見えないタイプなんでしょうか?」
言われてみれば確かに。
遮蔽物が殆どない草原ににもかかわらず、フラムの言う通り魔物の姿が見当たらない。
流石にしょっぱなから姿を消すような魔物は出ないと思うが。
そう思い俺はマニュアルをパラパラとめくる。
マニュアルは項目が二つに分かれており、まずは地図。
これは王墓内の大まかな形と、階段までの順路が描かれており、そこに出現する魔物の事も書かれている。
続いては各階に出現する魔物の能力や習性が描かれた項だ。
これには魔物の事が細かく書き込まれており、ご丁寧にイラスト迄ついている。
「なになに、2層の出現モンスターはと……成程サンドウォームか」
「ああ、土に潜ってるってわけかい」
「強いのか?」
「いや、びっくりするほど弱いよ。基本的におとなしい魔物だから、無視していけば問題ないね」
パーの言葉を疑う訳ではないが、念のためマニュアルの方で確認してみる。
サンドウォーム
体長2メートル弱の芋虫型のモンスター。
魔物にしては大人しい性格で、常に地中に潜っており、穴から無理やり引き摺り出す様な真似をしなければ襲ってくることは無い。
戦闘能力は低く、倒した際の魔石の量も微々たる量であるため、スルー推奨。
(纏めるとどうでも良い魔物って事か、その割にイラストには滅茶苦茶力が入ってるな)
マニュアルに描かれているサンドウォームは、今にも動きだしそうな程緻密で躍動感に溢れる力作だ。
「わ!すごいです!この絵!ニカちゃんも見てみて!」
リンが俺の手にしたマニュアル本を横から覗き込み、中のイラストに感心する。
「あ、ほんとだ。凄く上手い絵だね」
「ほー確かに。偉く無駄な所に力を入れてるねぇ」
「ふふふ、この本を作った方はよっぽどこだわりを持って作られたんですね」
リンの声に釣られて他の皆も本を覗き込み、それぞれに感心する。
「他のモンスターはどうなってるんだい?」
「気になりますねぇ。あ、こっちも凄いです」
こうしてマニュアル本の品評会が始まる。
品評会は1時間後、我慢の限界を迎えたレインの怒りの声が響くまで続くのであった。




