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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第五章 悪魔の憂鬱

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007

 今日もまた独り、俺はグラスを傾ける。と言っても中身は水だ。今はもう夜だから酒を飲んでも不自然じゃないが、今は酔いたい気分じゃない。そもそもここは酒場じゃなく、朝と同じ宿に併設された食堂だ。勿論酒も出してくれるが、そもそも空気が賑やかすぎて酔いに浸るには似合わないし、飲める酒も麦酒ビールやワインくらいだ。実りの黄金も豊穣の赤も、俺の心の隙間を埋めるにはどうにも不向きだ。


 あれからしばらくの時が経ち、元に戻った俺は部屋を出てここに避難してきていた。堕ちている時なら気にならなくても、平常に戻ったらあの声の響く部屋に一人でじっとしているのは単なる拷問だ。かといって勝手にその辺を出歩くのも気が引けるし、明らかに関わったらヤバイと思わせる声の響く部屋に突入して伝言を残す勇気は無かったので、妥協してここにいるというわけだ。いい男は勇気と無謀をはき違えたりしない。出来ないことは出来ないと認め、逃走を受け入れる器が無い奴が生き延びられるほど世界は優しく出来ていない。


 そんなわけで、俺は少し早めの夕食を一人で済ませ、未だに部屋から出てこないマリィちゃんたちをここで待っている。いくら何でも流石にそろそろ出てくると思うんだが……と、噂をすれば影だ。


「や。お疲れさんマリィちゃん」


「ああ、DD。ええ、疲れたわ……こんなにしたのは初めてね。流石夜魔族サキュバスの姉妹ってことなのかしら」


 答えるマリィちゃんの顔は、未だにほんのり上気している。流石に疲労は見えるものの、肌の調子がやたらと良さそうなので、きっと充実した時を過ごせたんだろう。

 だが、そんな時間をマリィちゃんと共有した二人の姉妹は、姉と妹で随分と対照的な感じになっている。


「ええ。私と一緒にあそこまで楽しめるなんて、マリィは本当に凄いわね。基人族ヒュマニアとは思えない……彼の種族の限界を、私たちは見誤っていたのかも知れないわね」


 姉のビィナ嬢の方は、実に満足げな表情でそう語る。ちなみに基人族ヒュマニアってのは要は人間のことだ。人間以外のほぼ全ての人系種族は大変遷の前は存在しなかったらしく、それぞれを○○族と呼ぶ様になったけど、それだと人間だけが特別扱いっぽくて駄目だと騒いだ一部の輩が、他と揃えるようにそう呼称するべきだと主張したのが受け入れられた形だ。まあ極めて一部の特殊な方々以外は誰もそんな風に呼んだりはしないんだが、逆にそう呼ばれることに特別な感情を持つ奴もまずいない。勿論俺たちもそうだ。


「うぅぅ……ガバガバ……ガバガバです……これ夜魔族サキュバスじゃなかったら一生おむつ生活でしたよ? むしろ夜魔族サキュバスでもギリです。あぅ、腰が……」


 妹のパレオの方は、見るも無惨な姿になっている。老人のように腰を曲げ、姉の腕にすがりついてギリギリ歩いている様はいっそ労りたいと思える程で、強烈な雌の臭いを放っているにも関わらず一切そう感じさせない。


「一体何をしたらこんな状態になるんだ? というか、夜魔族サキュバスを性的に絞るのは大丈夫なのか?」


「あら、こんな妹を心配してくれるなんて、ボウヤは優しいわね。でも大丈夫。元々私たちが取り込んでいる精気は体に収まりきらなくて溢れている分だけだから、どれだけ絞ったってそれで不調になったりはしないのよ。まあそのせいで夜魔族サキュバス同士だと純粋に楽しむことしかできないのだけど」


「いや、あれは無理です。流石にあそこまでは楽しめないです。というか姉ちゃんが二人いたです。あんなに優しくいやらしかったお姉様が恐ろしい悪魔に変貌したです。笑顔で、ケツに、巨大な……アウアウアウ」


「……いや、ホント何したんだよ?」


「そんなに特別なことはしてないわよ? ねぇビィナさん?」


「ええ、そうね。強いて言うなら……多少無茶の効くパレオで練習しておけば、ボウヤも楽しませてあげられるようなことかしら?」


 ビィナ嬢の淫靡な笑みに、しかし俺の方はキュッとすぼまる。主に尻が。


「あー、それはあれだ。ちょっと俺には向かないかな? ほら、俺っていい男だから」


「いい男なら尚更知っておいた方がいいんじゃない? 男も女も楽しめた方が世界が広がるわよ?」


「その世界は……あんまり広げたくないなぁ……」


「ふふっ。まあ無理強いはしないわ。さ、それよりそろそろ食事にしましょ? しっかり食べて体力を回復しておかないと、今夜が大変よ?」


「今夜って、え!? まだやるの!?」


 ごく自然に、そして当たり前のことのようにビィナ嬢の口から出た言葉に、俺は思わず驚きの声をあげる。だが、俺の見開いた目の先には、コテンと可愛らしく首を傾げる絶世の美女がいるのみ。


「そんなの当たり前でしょ? というか、さっきまでマリィと遊んでいたんだから、今度はまたボウヤに相手をしてもらうつもりなんだけど?」


「へっ!? 俺!?」


 その予想外の言葉に、驚きとは別の間抜けな声すら漏らしてしまう。なにせ再戦を申し込まれたのは初めてのことだ。


「いや、でも……いいのか? 随分嫌そうな顔をしていたけど……」


「あぁ、それはちゃんと理由があってのことだし、全部解った上でのことだから大丈夫よ。マリィから話も聞いてるしね」


「何話したのさマリィちゃん……?」


 ジト目で問い詰める俺に、しかしマリィちゃんは涼しい顔だ。いつの間にか注文していたらしいステーキを上品に咀嚼し、ゆっくりと味わって飲み込んでから悠々と口を開く。


「そんな顔しないの。あんなに情熱的に聞かれたら、話さないわけにはいかなかったのよ。それに……」


「それに?」


「……何でもないわ。少なくともDDにとって悪い話はしてないから安心なさい」


「安心ねぇ……まあいいけど」


 マリィちゃんが俺にとって不利益になるようなことや、俺が人に知られたくないと思っているようなことを口にするとは端から思っていない。でもそれは、知られてもいい程度の恥ずかしい出来事や愉快な失敗談とかなら話しているかも知れないということでもある。それは何というか……嫌では無いが、恥ずかしい。年上っぽい美女にそういうところをいじられるのは、いかにいい男とはいえ居心地が悪いのだ。ぬぅ、俺のいい男レベルもまだまだ精進が必要か……


「それじゃ、改めましてビィナ嬢。今宵は素敵なひとときを過ごせますよう、精一杯お相手を務めさせていただきます」


「ええ、宜しくねボウヤ」


 ナイスガイスマイルでイケてる台詞を口にする俺に、余裕綽々で答えるビィナ嬢。これはもう経験値が違いすぎるから仕方ない。ならば開き直って、それを楽しむ方向に行った方がいいだろう。彼女にとって俺があくまでも「ボウヤ」なのなら、思い切って甘えてみるのもありかも知れない。今まで挑戦出来なかった新しい方向性に俺のやる気がムクムクと頭をもたげてくる。


「ああ、パレオも使う?」


「……いや、そんな『マスタード使う?』みたいに気軽に言われても」


 ビィナ嬢にとって、手にした黄色い容器の中身と妹の体は等価値なんだろうか? いや、でも夜魔族サキュバス的にはむしろ好意なのか? そんなことを考える俺をよそに、パレオは微妙な表情を浮かべる。


「体力的にはちょっときついですけど、生命力的には参加したいです……が、ドネットとかいう糞ヘニャチンでは実入りが見込めないので、今回はパスですぅ」


「そうね。パレオの方は私が預かるわ。まあ流石に今夜はもう普通に寝るだけだけど」


「それは昨日の夜のように、普通にえっちしてくれるってことですか?」


「そうじゃなくて、普通に睡眠を取るだけよ」


「あぅぅ……まあ姉ちゃんに弄ばれないだけでも良しとするべきですか。わかりました……でもちょっとだけ期待しちゃいます」


「はぁ……仕方ないわね」


 そんなやりとりの結果、俺たちは食事を済ませて身支度を調えたら、再び2人ずつが2部屋に分かれることになるのだった。

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