006
「DD? 戻ってるの? 開けるわよ……うわぁ…………」
「あ、マリィちゃんおかえり……俺はどうしようも無い糞野郎だよ……」
部屋の中に広がっているのは、惨状だ。そしてその原因は全て俺にある。未だにパレオがパンツ丸出しで床の上で寝転がっているのも、暴発した俺のジュニアから迸った2億匹の子供達を口にして以後、据え付けの椅子に座ったまま難しい顔でビィナ嬢が黙り込んでいるのも、何もかも俺が至らないせいだ。俺のような糞虫が調子に乗ってあんな美女のお誘いを受けたりしたのが悪い。
「身の程を弁えるべきだった。今すぐダンゴムシになりたい。そしてじめじめした石の下で丸くなって生涯を終えたい……」
「……何となく状況はわかったけど、一応確認するわね。そちらの女性は?」
「彼女はビィナ。パレオのお姉さんだよ。ビィナ嬢……ビィナ嬢?」
俺の呼びかけに、物思いにふけっている彼女は反応しない。仕方が無いのでベッドから立ち上がって側により、ポンと肩に手を置く。
「ん? ああボウヤ。どうしたの?」
「ごめんよ。俺みたいな糞虫が貴方みたいな美女に声をかけるなんて」
「まだその状態なのね……で、何かしら?」
「いや、そこに俺の相棒が来てるから、紹介しようと思って。あ、俺みたいな役立たずが紹介するより自分で話した方がいい? そうだよね。こんなゴミクズに紹介されるとか嫌だよね……」
「そんなことないわよ。っと、挨拶が遅れて御免なさい。私がパレオの姉のビィナよ。貴方は?」
「私はマリィ。マリィ・マクミランよ。その役立たずの……まあ相棒よ。宜しくね」
ああ、マリィちゃんにまで役立たずと言われちゃうのか……まあ仕方ない。何せ今の俺は世界最高の役立たずだ。肝心なところで何も出来ない無気で無力で無能な存在だ。
「で、パレオのお姉さんってことは……そうなのよね?」
「ええ、私も夜魔族よ。もっとも、私の本名はビィナだけですけどね。夜魔族としての名前とかいう訳のわからないものは私には無いわ」
「うぅぅ……ここは何処ですか……? 確か巨大乳首のビー・チック姉ちゃんにがふぅっ!?」
今パレオが目覚めた気がしたけど、即座に椅子から立ち上がったビィナ嬢が見惚れるような蹴りを放ったことで静かになった。ならきっと気のせいだろう。俺みたいなカスにはその程度のことすら理解出来ないんだ。ああ鬱だ……
「私の本名はビィナよ。あと胸が大きいから相対的に大きいのは認めるけど、巨大ということは絶対に無いわ。必要なら見せましょうか?」
「あー……それはまあ、次の機会でいいわ。この状況で見せられても困るもの」
「そう? それはちょっと残念ね……あ、そうだ。貴方ボウヤの相棒って言ったわよね? ということは、彼がこうなることも知ってた?」
「ええ。そこまで長い付き合いじゃないけど、数えるのが馬鹿らしくなるくらいには知ってるわね」
「それは、今までは貴方がボウヤの相手をしていたってこと?」
「それは違うわ。私はただ朝コイツが役立たずになってるのを見たことがあるってだけ。知ってるからこそ、そういう関係に自分がなりたいとは思わなかったのよ」
「そう。それなら……ねえ、ちょっと私とお話する気は無い?」
「話なら今してるじゃない?」
「そうじゃなくて、もっとゆっくりと……そうね。貴方のお部屋でなんてどう? 貴方の持っている素敵な玩具を試しながら、じっくり話をしてみたいわ」
そう言って、ビィナ嬢がマリィちゃんの側にスッと近寄る。彼女の動きは本当に無駄が無い。特別速いわけでもないのに、まるで意識の隙間に入り込むように気づいたらその動作を完了している。
そんなビィナ嬢の動きにマリィちゃんが驚き、その耳元に口を寄せられ……次の瞬間、マリィちゃんの表情が少しだけ引き締まる。
「いいわ。それじゃ私の部屋に行きましょうか。その話も興味はあるけど、ちゃんと楽しませてもくれるんでしょう?」
「勿論。後悔はさせないわ。あー、でも、そうね。せっかくだからパレオも連れていきましょうか? 無抵抗な子猫がいた方が、プレイに幅がでるでしょうし」
「ああ、それはいい提案ね」
二人がニヤリと笑い合い、それぞれがパレオの足を1本ずつ持って部屋の外へと引き摺っていく。そのまま開かれた扉が閉じて……あっという間にここには俺だけが残されることになった。
独りか……そうだよな。誰も俺なんて必要としてないし、俺が役に立つ事なんてないし、人数あわせにすら呼ばれなくても当然だよな……
孤独に、無力に、自分という存在を否定されているかのような暗く冷たい感情の波に耐えつつ、俺は静かに時が過ぎるのを待ち続ける。何度体験しても、この時間は慣れることがない。だが、それを何度体験しても尚、こうなると解っている行為を辞めることはできない。
俺が俺として生きるためには、この体質を乗り越えることが必要だ。だからこそ俺は、いつだってあえてこうなるように仕向けている。この状態から己を奮い立たせることのできる相手、それをずっと探し求めている。
パレオを夜魔族だと聞いた時、そこには強い期待があった。なにせこういう行為のプロだ。職業どころか種族として、それをしなければ生きられない存在。ならばこそ俺たちが知り得ない技術や力があって、それならば俺を何とかしてくれるかも知れないと期待するのは当然のことだろう。
だが、結果としては惨敗だった。パレオはあんな調子だから仕方ないと思えるが、ビィナ嬢にすら無理だったのはかなりのショックだ。あれほど強力な魅了を使うなら、夜魔族としての能力はパレオとは比べものにならないはず。それなのに俺をどうにもできなかったというなら……もう世界中を探してすら無理なんじゃないかという気持ちが沸き上がってくる。
……いや、この弱気すら体質から来てるものだ。時間が経って復調すれば、もっと前向きな検討が出来るようになるはず。そうだ。よく考えればビィナ嬢は俺に対して特別な何かをしなかった。俺の出したモノを口にして、とんでもなく嫌そうに顔を歪めて……それですぐにベッドから離れてしまったんだった。
そんなに不味かったんだろうか? いや、美味いものじゃないのはわかる。自分の出したものだって口にするのは抵抗があるくらいだから、それを受け止めてくれる女性には敬意と感謝の念が絶えない。だが、今まで抱いてきた女性であれほど嫌そうな顔をした人はいなかった。娼婦ならともかく、町で引っかけたような女性が気を使って……というのは考えづらい。そもそもそんな人達とは桁が違うほど男と寝ているであろうビィナ嬢がその程度のことで顔を歪めるとは思えない。
なら、何かあるのか? 普通の人間にはわからない、だが夜魔族にならわかる何かがある? そうだ、俺の体は女性に嫌われ、満足させることなんてできない……違う、そうじゃなくて……ああ、駄目だ。負の感情が未だ止まらない。
俺はベッドに横になって、ただ黙って目を閉じた。今これ以上考えても良い方向に向かうとは思えない。なら下手に考えすぎてこじれるよりも、何も考えずに寝てしまった方がいい。
薄い壁の向こうからカエルを潰したようなパレオの悲鳴が聞こえてくるのを子守歌に、俺はただじっくりと、時の流れを感じ続けるのだった。




