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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第五章 悪魔の憂鬱

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005

「今のがが夜魔族サキュバス魅了テンプテーションって奴かい? 大したもんだけど、いくら俺みたいないい男を誘いたいからって無理矢理は良くないぜ?」


 余裕が戻ってきた精神を更に落ち着けるために、俺は軽口を叩いて肩をすくめてみる。だが目の前にいる美女の表情は、さっきまでとは打って変わって厳しいものだ。


「……成る程。ハッタリじゃないってわけね。なら私を……いえ、私たちをどうするつもりなのかしら?」


 俺から体を離し、彼女の目がスッと細められる。ゾクッとくるような冷たい視線は好きな奴には堪らないご褒美なんだろうが、生憎俺にそっちの気は無い。それにそもそも敵対する必要すらないのだ。状況が動いたなら、誤解なんて早めに解く方が良いに決まってる。


「おっと。勘違いしないでくれ。俺は貴方と敵対するつもりは無いし、妹さんをどうにかするつもりも無いし、更に言うなら貴方のお誘いを断るつもりも無い。ただ1つ、無理矢理なのが嫌だっただけさ。貴方ほどの美女なら、そんな野暮な力を使わなくたって十分魅力的だろ?」


 何も掴んでいない両手を挙げて、彼女の目の前でヒラヒラと振ってみせる。それでやっと彼女の視線が少しだけ柔らかくなった。


「そう……そうね。私が何者か知っている人にとっては、今の誘い方は良くなかったわ。でも、本当に力を解除しちゃって良かったのかしら?」


「それはまた……どういう意味で?」


 俺の問いに彼女は意味深に笑うと、軽く周囲に視線を向ける。それで気づいた。周りの奴らがこぞって俺たちの方を見ている。そりゃこんな美女と意味深な会話をしていれば注目されて当然だ。ということは……


「ひょっとして、魅了の力って目隠しの効果があったりして……?」


「ふふっ。そうね。特定の誰かの注意を強烈に引きつけると同時に、それ以外の周囲の人からの認識を薄くできるの。でも貴方が解除しちゃったから……」


 完全に余裕を取り戻した彼女が、再び俺の腕にするりと絡みついてくる。巨大な双丘の谷間に俺の腕が埋もれていき、その熱さと柔らかさに萎えかけていた男が再び奮い立つのを感じる。


「ほら、私たちは今注目の的よ? 良かったわねボウヤ。嫉妬も羨望も、全部貴方が独り占めよ?」


 耳元で囁かれ、その吐息が耳朶を焼く。甘く粘つく蜜のような声にやたらと本能を刺激されるが、怪しげな力が消えた今その程度で俺の心は揺らがない。


「ふっ。いい男はいつだって注目の的さ。とはいえ、貴方ほどの美女を独占したいと思うのも事実。私のエスコートを受けて頂けますかレディ?」


「うふふっ。ええ、喜んで」


 彼女の同意を得て、俺は足早にその場を後にした。彼女の色香に惑わされて俺に突っかかってきそうな馬鹿が何人かいそうだったが、流石に外までは追ってこない。目の前にあればこそ欲しくなるのであって、視界から外れてしまえばそこまでの執着はしないもんだ。


「そう言えば、まだ名前を聞いてませんでしたね? 伺っても?」


「あら、パレオから聞いてないのかしら?」


「聞いてはいるんですが……その名で呼んでも大丈夫なので?」


 彼女の視線が一瞬だけ鋭くなるも、俺の言葉を聞いて苦虫をかみつぶしたような表情になる。そんな顔すら美しいと感じるのだから、本物の美女ってのは底が知れない。


「ああ、そういうことね。いい? 私の名前はビィナよ。他の名前は無いの。これが本名よ? わかった?」


「了解しました。ではビィナ嬢と……」


「あーっ!? お姉ちゃん!?」


 俺の言葉を遮るように、聞き覚えのある声が響く。というか彼女を姉と呼ぶのだから、声の主はわかりきっている。


「何でビー姉ちゃんがここに……というか、ドネット!? 何でそのヘタレ糞ヘニャチン野郎のドネットと一緒にいるのですか!?」


「うわ、いきなりその紹介なんだ……」


「それは私が声をかけたから……そう言えば貴方の名前を聞いて無かったけど、そう。ボウヤの名前はドネットだったのね」


 パレオに会ったことで、ビィナ嬢に残っていた僅かな警戒心が氷解する。串焼きを手に持って買い食いを満喫しているパレオが自由でない訳が無く、向こうから俺に声をかけてきてくれたことで、間違いなく知り合いだと証明されたからだろう。


「ビー姉ちゃん。名前すら聞かずに男を食おうとしてたのですか……」


「ちょっと、その『食う』みたいな下品な表現は辞めなさいって言ったでしょ? 貴方もいい加減慎みというものを……」


夜魔族サキュバスが慎みとかちゃんちゃらおかしいです。雰囲気作りが大事なのは否定しないですけど、家族の間でまで気取った言葉遣いなんて肩が凝って仕方が無いじゃないですか」


「それはそうかも知れないけど、だからって普段から気をつけていないとうっかり下品な言葉を口走ったりするわよ? そういう失敗してるんじゃない?」


「うっ、それは……ま、まあ正体がばれたら困るから大抵の相手は一発限りですし? 少しくらいボロが出たって……」


「駄目よ? 抱くにしろ抱かれるにしろ、ちゃんと最後まで責任を持って夢を魅せなさい。いつ何時再会するかわからないんだし、そうやって熟成させた相手を味わうのはまた格別なのよ?」


「うぅぅ……それはちょっと興味があります。確かにちょっとおっぱいを押しつけて興奮させたらスナック感覚でヤっちゃうのにも飽きてきた感じですし……」


「貴方はまたそんなことを……ねえ、ちゃんと魅了の練習はしてるの? きちんと力を使いこなせていれば、そんな格安娼婦みたいなことをしなくたって十分精気を賄えるでしょ?」


「うううぅぅぅ……れ、練習はしてます。してますけど……」


「あー、お二人さん。そろそろいいかい?」


 いつまでも続きそうな姉妹同士の会話に、俺は仕方なく割り込みをかける。道の真ん中でのやりとりは昨日に続いて2回目だし、場所もほぼ同じだ。店先のおばちゃんの視線がヤバイくらいに痛い。


「あらボウヤ。放置されて寂しいのはわかるけど、もうちょっとだけ待っててね。この不肖の妹に教育的指導を……」


「だれが不肖の妹ですか!? ビー姉ちゃんなんて干しぶどうみたいなデカちくぶふぉっ!?」


 俺の腕に絡みついたままだったはずのビィナ嬢の姿がぶれ、一瞬の後にはがに股で足を開き、指を曲げた右掌を突き出した形になっていた。

 ……速い。全く動きが見えなかった。その事実に俺は思わず戦慄する。これはマリィちゃんと同じで怒らせたら駄目な人だ。何故俺の周りにはこういう女性ばかりが集まるんだろうか? もうちょっとくらいこう……


「あらあら、パレオったら寝ちゃったのね。ねえボウヤ。悪いんだけど妹を運んでくれないかしら? 荷物みたいに肩に抱えちゃってもいいから」


「あ、はい。わかりました」


 この状況で否は無い。警備兵が呼ばれてないのが不思議なくらいだ。とにかく一刻も早くここから立ち去りたい。そして出来るならば早急に町を出たい。ここが本拠地(ホームタウン)でなかったことが、今の俺にとって唯一の救いだ。


 俺はパレオを担ぎ上げ、部屋を取ってある宿屋へと戻る。流石に気絶した女性を抱えた俺を見てオヤジもぎょっとした顔をしたが、すぐに抱えているのが昨日から散々出入りしている俺の連れだとわかったのか、それ以上は何も言わなかった。というか、むしろ俺より隣にいたビィナ嬢に意識を持っていかれていたようだが……そっちはまあ男なら仕方ないだろう。さっきまでの凶行を見ていなければ、彼女は間違いなく絶世の美女なのだから。


 今度は二人同時かよ、みたいなオヤジの視線を振り切り、俺は何とか自分の部屋へと退避に成功する。本当ならパレオはマリィちゃんの部屋にリリースしたいところだが、親しき仲にも礼儀ありだ。流石に緊急事態でも無い時に相棒(パートナー)とはいえ女性の部屋に無断で入るつもりはない。


「あ、駄目よボウヤ。パレオはベッドじゃなくて床にでも転がしておきなさい」


 意識の無いパレオをベッドに寝かそうとして、ビィナ嬢に止められる。反論を口にする間もなく俺の唇は一瞬で塞がれ、肩からパレオが床に落ちる。ゴスッという鈍い音と「ぐはっ」という声が聞こえたが、そっちを意識する暇が無い。あっという間に俺はベッドに押し倒されて……


「うふふ。この状況じゃもうムードを作るなんて無理そうだし、それなら少しくらい強引でも味見させてもらっていいわよね?」


 疑問系。だがおそらく拒否権は無い。紅い唇を舌が舐め回す様は実に蠱惑的だが、その目は明らかに肉食動物の目だ。


「待って……って言っても無理? またこのパターン!?」


「またってことは、パレオにも押し倒されたのかしら? 見かけによらず押しに弱いのね。可愛いわよボウヤ……んっ……」


 むさぼるようなキスに、俺は抵抗を諦める。元々嫌なわけじゃない。だったら俺の都合にも・・・・・・付き合って貰うには丁度いいだろう。意識を切り替え積極的に彼女を求め始めた俺に、瞳だけで笑って返すビィナ嬢。


 そして今日もまた、昼間から宿の中に嬌声が響き渡ることになるのだった。

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