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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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007

 この日も、朝からウルーノ氏がやってきた。体調を心配してくれたことに礼を言い、取り出された保存食を「高価な物を何度も貰うわけにはいかない」という理由で辞退し、俺たちは自前の味気ない保存食を食べた。

 だが、ここでウルーノ氏は自分だけ美味しい保存食を食べた。全く悪いことではないし、実際普段の俺たちなら気にもとめない行為だが、利に聡い商人が相手の心証を下げるような行為に、若干の不自然さを感じる。とはいえ、責めるようなことではないのでそのまま食事を続けたわけだが……


「ごめんあそばせ。何だか凄く良い匂いがするんですけど……」


 不意に、後部車両に続く通路の方からやってきた少女に声をかけられた。ロープのように編み込んだ輝く金髪を左右に結び、真っ赤なドレスに身を包んだ子供……っ!?


 他人から見えないように、俺の体をマリィちゃんが強めに指で突いた。振り返ることなくさりげなく手を下ろすと、マリィちゃんがそっと掴んできた。特に取り決めのある行動じゃないが、意図して特別な行動をしてきたということは……つまり、そういうことだ。この少女こそが、俺の認識を狂わせている娘なんだろう。


「おお、これはお嬢様。お顔は拝見しておりましたが、初めてお声がけいただけましたな」


「ん? ウルーノ氏、彼女を知っているのかい?」


「ええ、まあ。同じ後部車両ですから、遠目でお姿を見るくらいは普通にしておりますよ」


 そう言う氏の言葉には、嘘をついている感じがしない。つまり、俺の読み違いでなければウルーノ氏には認識阻害が働いてないということだ。理由はいくつも考えられるが、今は会話の方が重要だ。


初めまして・・・・・わたくしジェシカと申します。以後宜しくお願いいたしますわ」


「ああ、初めまして。ドネット・ダストだ」


「初めまして。マリィ・マクミランよ」


「それで、ジェシカ様は何故私共に声を?」


「ああ、そうでしたね。私、貴方の食べているその保存食に、とても興味がありましたの。でも、独りの殿方に声をかけるのは怖くて躊躇っていたのですが……今日見たらこちらに女性の方もいらしたので、それならばと声をかけさせていただきましたわ」


「そういうことでしたか! これは私共腹黒商会の商品で……」


 ジェシカ嬢の言葉に、ここぞとばかりにウルーノ氏のセールストークが炸裂する。だがそれを聞いているジェシカ嬢の方は、時折俺に視線を向けてくる。興味を持った商品の説明を聞いているにしては、やや不自然だ。


「……というわけですが、いかがでしょうか?」


「そうですわね。良さそうだけど……実際食べてみても良いかしら?」


「それはもう。是非ご賞味下さい」


「でしたら、私の連れのいる後部車両へと参りましょう。お二人も一緒にいかがですか? 来て頂けるのでしたら、私の手持ちの食料もご馳走できます。普通の保存食よりもきっと美味しいですよ?」


 にこやかに誘うジェシカ嬢に、俺とマリィちゃんは顔を見合わせる。


「だってさ。どうするマリィちゃん?」


「そうね……それなら、ご招待に与ろうかしら」


 俺の確認・・に、マリィちゃんが頷く。今が町から一番遠い。仕掛けてくるならここだろうと読んでいたから、こちらの準備も万端だ。

 時間は決して俺たちの味方じゃない。町に着けば騒ぎが起きたとき警備兵を頼れるが、奴らはあくまで騒ぎを収めるだけで、決して俺たちの味方ではない。むしろ下手に巻き込んだ挙げ句こちらが悪者に仕立て上げられたりしたら、抵抗できないだけ厄介な存在だ。

 そもそも、今回は目的地が決まっている。警備が厳重で進入が難しい魔導列車の内部より、町中に仲間を仕込む方がよほど楽だ。俺たちにしてみても、この列車の中でかたを着ける方がリスクは少ないのだから、誘いに乗らない理由は無い。


 ジェシカ嬢に率いられるように、俺たちは後部車両へと初めて足を踏み入れる。敵の仲間がぎっしり……というのも一応想定していたが、意外なことに後部車両には誰もいなかった。ここにいるのは、俺、マリィちゃん、ウルーノ氏、ジェシカ嬢……そして彼女の護衛らしき2人組の男の、6人だけだ。


「私の座席は一番奥ですの。こちらに……」


「その前に、ちょいと聞いてもいいかな?」


 入ってすぐのところで、俺は足を止めジェシカ嬢に声をかける。振り返った彼女は、未だ微笑んだままだ。


「私ですか? ドネットさん……でしたっけ? 何でしょう?」


「ジェシカ嬢は随分強力な認識阻害を使っているようだけど……お招きに与るなら、まずはそれを解除して貰えないかな?」


「……何のことでしょう?」


 認識阻害系の力は、認識された状態から発動しても効果を発揮しない。つまり、この場で一端解除してしまえば、例えすぐに発動しなおしたとしても、もう俺の記憶から彼女のイメージが消えることは無くなる。だからこそ、彼女がそれを認めることなどあるわけはない。が……


「なら、言い方を変えよう。あの夜の薔薇は、貴方の心には届かなかっただろうか?」


 ジェシカ嬢の目が、驚きで見開かれる。当然だ。これは認識阻害を確認しているだけじゃなく、その効果を既に破っているという宣言なのだから。まあ実際にはマリィちゃんのお手柄であって、俺は見破ってないけどね。


「……どうして?」


 呟くような、絞り出すような小さな声。彼女を覆う認識阻害の力が消える。故にそれは疑問ではなく確認だ。だから俺の方の答えももう決まっている。


「貴方のような可愛らしいお嬢さんを、俺が見間違うわけないだろう?」


 まあ、実際には見間違って……これはもういいだろ。


「そう。そういうことなの……アタシも罪な女ね。運命って残酷だわ……ねえドネット、だったら1つ取引をしない?」


「取引?」


「そうよ。アタシは貴方の心を奪ってしまったみたいだから、アタシにも貴方の大切なモノを奪わせてくれない? そしたらお互い奪い奪われ、チャラってことでしょ?」


「俺の大事なモノ、ねぇ……モノによっては喜んで奪われたいくらいだけど、具体的には?」


「勿論、その懐のブローチよ。ああ、何のことだか……何てとぼけるのは辞めてね? だって無駄じゃない。運命がアタシたちを男と女じゃなく、互いに奪う者として出会わせてしまった……だったら、やることはひとつでしょ?」


「そりゃそうだ。俺の答えは、必要かい?」


「いいえ。ここで黙って渡すようなヘナチョコなら、こっちから願い下げだもの。だから……サヨナラ」


 ジェシカ嬢の懐から、青いガラス玉がこぼれ落ちる。それが床に落ちた瞬間、車内を幾筋もの稲妻が走り抜けて――


「……へぇ。やるじゃない」


 お嬢様然とした顔に似合わない、獲物を見つめる顔でジェシカが笑う。目の前にいるのは、無傷の俺たち。俺とウルーノ氏の前に立ったマリィちゃんが、瞬時に爆裂恐斧を具現化して守ってくれたからだ。

 勿論、それが出来たのは、準備万端だったから……つまり、この攻撃が来ることを知っていた・・・・・からだ。


 俺は素早くウルーノ氏の首根っこを掴むと、前部車両へと放り込んで扉を閉める。これで氏が巻き込まれることも、背後から襲いかかってくることもない。腰から相棒セカンド・シルバーを引き抜き、俺は改めて彼女に対峙した。


「A級賞金首 ライトニング・ジェーン。悪いが、ここがお前の終着駅だ」

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