008
「へぇ。アタシのこと知ってるんだ?」
「勿論。素敵なレディの情報は、いつだってチェック済みさ」
油断無く銃を構えながら、改めて言葉の撃ち合い。俺の斜め前ではマリィちゃんが爆裂恐斧を構えて軽く腰を落とし、いつでも動けるように構えている。
対してジェシカ……ジェーンの方も、左右に身長2メートル近いであろう男が2人構えている。やっとはっきり認識できるようになったが……何というか、2人ともそっくりだ。全身黒ずくめ、はち切れそうな筋肉を質の良さそうなスーツで窮屈そうに押し込めている。頭はツルツルで顔は四角く、目には遮光眼鏡なんて洒落たものを装備している。顔が隠せるうえに視線で動きを読まれることも無く、ジェーンの使う電撃の光から目を守ることもできる、か。視界が悪くなることを踏まえても、十分なメリットがあるってことだ。
そんな明らかに目立つ容姿の奴が、2人。隣に並ばれても、外見じゃ見分けが付かない。ジェーンの特長もなかなかのものだし、この3人をスルーさせるとは、よほど強力な認識阻害系の何かを持っているんだろう。
そして何より、俺の正面にいる少女。およそ戦闘に向いているとは思えないヒラヒラした真っ赤なドレスに、掴んで振り回されたらそれだけで勝負が決まりそうな髪型。大きな金色の瞳に子供特有の肉の付ききってないほっそりした顔立ち。肌がほんのり日焼けしていることから、生粋の貴族のように箱入りってわけじゃないのがうかがえる。まあ当然だ。何せこいつはA級賞金首、ライトニング・ジェーンなのだ。
「あらそう? じゃ、あの夜もアタシだと解っててあんな事をしたの?」
「おっと、何の話かな? あの晩俺が会ったのは、お前じゃない。照れた顔が可愛らしかった、ジェシカというお嬢さんだぜ?」
「……そう。そうね。確かにそうだわ。だからあれは綺麗な思い出。これからアナタをどうにかしても、朽ちることのない思い出としてアタシのなかで抱えてあげる。だから安心して……死になさい!」
ジェーンの両手が突き出され、その指先から十条の稲妻が迸る。それはバチバチと音を立てながらジェーンの前方の空間を扇状になぎ払い、焦げ臭い匂いが辺り一面に立ちこめる。
俺とマリィちゃんは素早く客席の影に身を隠して回避できたが、稲妻は容赦なく跳ね回り続け、迂闊に顔を出すことすら許されない。
「どうしたのドネット? 隠れてるだけじゃネズミと同じよ?」
「いやいや、ネズミだって格好いい奴はいるんだぜ? 何千年も前にあった夢の国の王様だって、ネズミだったって伝説があるしな」
昨夜借りたマリィちゃんの本から仕入れた知識をさっそく披露し、俺は笑う。二つ名の通り、ジェーンの主力は稲妻攻撃。ならばこそあいつがジェーンだと気づいた時点で、できうる限りの稲妻対策は考えてある。その1つは……正面突破だ。
座席の影から銃口だけを出し、適当に3連射。当然ジェーンの稲妻によって打ち落とされるが、その瞬間だけはそこに攻撃が集中する。それを確認する前にマリィちゃんが通路へと飛び出すと、ジェーンに向かって武器を構えて全力疾走。そっちに照準が向く前に、残りの3発を発射。弾丸を止めるなら、どうしたって稲妻を使わざるを得ない。そして的が小さければ稲妻を集中させなければ打ち落とすのは難しい。結果マリィちゃんはジェーンを攻撃範囲に収め――
「カテーノ!」
「イエス、ボス!」
ガキィーンというおよそ人が出すとは思えない音を立てて、ジェーンの横にいた黒服の1人が、マリィちゃんの斧を素手で受け止めた。
「嘘でしょ!?」
「ツエーノ!」
「イエス、ボス!」
予想外の事態に一瞬動きが止まったマリィちゃんに、もう1人の黒服が横から殴りかかり、マリィちゃんの体が吹き飛ばされる。その体が座席の背もたれにぶつかってバウンドし、俺のいる場所とは通路を挟んで反対側の、しかも俺とジェーンの中間地点辺りに落ちる。俺からはほぼ手が出せない、最悪の位置だ。
「その女とはアナタ達が遊んでやりなさい。アタシはドネットと踊るわ」
「「イエス、ボス」」
護衛のはずの2人が、ジェーンの側を離れてマリィちゃんへと向かう。当のマリィちゃんは立ち上がりこそしているが、痛みに顔を歪めているのがここからでもわかる。これは良くない感じだ。
「あーらドネット? よそ見してる暇は無いわよ?」
「チッ! モテる男は辛いな」
慌てて座席の裏に頭を隠した俺の周囲を、無数の稲妻が駆け巡る。あるいは鞭のようにしなって叩き、あるいは弾丸のように真っ直ぐ打ち抜き、あるいは薙ぎ、あるいは切り裂き、稲妻の乱舞は容赦なく俺を襲い来る。
正直、いきなりピンチだ。ジェーンの使う稲妻はあくまで魔法攻撃だから、魔法防御力が抜群に高い爆裂恐斧ならほぼ完全に防ぐことができる。と言っても斧は斧であって盾じゃないので、守り続ければじり貧だ。故にこそマリィちゃんが一気に近づいて片をつける……というのが理想だったけど、それはあっさり失敗した。護衛の2人は当然意識はしていたけど、いくらなんでも素手で爆裂恐斧を止められるのは想定外だ。その結果マリィちゃんと引き離され、あまつさえこんな狭い車内なのに個々に分断されるのは、想定していた中では最悪の部類の状況になる。
俺は幾度も銃弾を放つが、その全てがジェーンとの距離を半分ほど詰めた辺りで打ち落とされる。つまり、俺とジェーンが同じステージに立つには、最低でも距離を半分に詰めないといけないってことだ。だが、銃弾ですら撃ち落とされるのに、俺が全身を出してのこのこ走ったりすれば、その時点で黒焦げ確定だ。
「ねえドネット。つまんないわよ? まさかホントにこれで終わり?」
「まさか。まだまだこれからだぜお嬢さん?」
座席に隠れたままじゃかっこつかないことこの上ないが、今は仕方ない。段々砕けていく座席の背もたれに身をゆだね、俺は相棒にいつもの命令を下す。
「接続。起動せよ『第2の銀』」
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
「精神同調 接続臨界 30%」
「オーダー、アクセプト。マインドハーモナイズ、リンケージスタート」
「紅血弾 生成開始 内容物指定 ジンククロライド」
俺の指示に従って、俺の体から血が抜けていく。この程度ならまだ大した問題じゃない。が、今回はここで終わらせるわけにはいかない。
「オーダー、アクセプト。ブラッドバレット、クラフタライズ……コンプリート」
「次弾装填 紅血弾 生成開始 内容物指定 リキッドナイトロジェン」
さらにもう1発、勝つための札を切る。こうなると軽いショック症状が出る。本来ならたとえ数分でも休みたいところだが、俺も勿論、マリィちゃんだって苦戦しているだろうから、そんな我が儘を言うことはできない。
「オーダー、アクセプト。ブラッドバレット、クラフタライズ……コンプリート」
リボルバーを回し、銃弾の位置を調整。紅血弾を使うからには、失敗したら後が無い。気合いを入れ直して……さあ、勝負の時だ。




