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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第二章 一杯の借り
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005

「はぁ……」


 すまし顔で口元を拭う美女と、満足そうにお腹をさする美少女の二人を前に、俺はため息をつく。マリィちゃんおすすめのパフェは、思ったほどビッグでは無かったのに、思った以上にゴージャスだったようだ。デリシャスだったかどうかは食べていない俺にはわからないが、二人の楽しそうな様子からすれば、まあ美味しかったんだろう。


「どうしたのDD? ため息は幸せが逃げるわよ?」


「少し幸運をお裾分けするくらいが、俺みたいないい男にはちょうどいいさ」


「あらそう? じゃ、もう少しお裾分けして貰おうかしら? もう1杯パフェを……」


「それはマジで勘弁してください」


 羽が生えるというより、底が抜ける勢いで軽くなっていく俺の財布は、もうそろそろ限界の悲鳴を上げている。


「で、サンティ。そろそろ話を聞いても大丈夫かな?」


「……うん。じゃあ、話すね」


 腹が膨れれば、人間とりあえずは落ち着くものだ。やや強引な話題転換ではあったが、サンティは事情を語り出す。どうやらなかなか込み入った事情がありそうだし、俺の財布も無事救出できそうだ。


「少し前から、パ……じゃない、お父さん、ダレルの調子が、何か悪い感じだったの。突然ぼーっとして動かなくなったり、かと思えば凄く元気になったり」


「それは、いわゆる痴呆とか、そういうのではないの?」


「うん。調べてみたけど、何か違うの。こう……スイッチがオンとオフで切り替わってるみたいで、オフの時は本当に何もしないで立ってるとかだし、オンになってる時は、いつもと何も変わらないの」


「それは……確かに、少し変ね」


 思い当たる症状が無いのだろう。マリィちゃんが首を傾げている。だが、俺には思い当たる節がある。とはいえ、それは最後まで話を聞いてからだ。


「で、1ヶ月くらい前から段々オフになる回数とか時間が増えてきて、そしたらお父さんが『ドネット・ダストに会いに行け』って。それで馬車に乗ってここまで来たの。ただ、その……何となく覚えてるドネットさんと、協会の入り口で土下座してる人が繋がらなくて、混乱しちゃったっていうか」


「それは……悪いことをしたわね」


 父親に頼れと言われた相手が、再会した瞬間に土下座してたら、そりゃ不信感しか浮かばないだろう。DDでいいって言ったのに、普通にさん付けされてるし。


「えっと、それで、ドネットさんに会えたら伝えろって言われた伝言があるんですけど、その……『借りを返せ』って。わかりますか?」


 奴からの伝言に、俺は思わずマリィちゃんと顔を見合わせる。そりゃそうだ。ちょうどそう言う話をしていたんだから、そのタイミングの良さに思わず笑みがこぼれる。


「勿論。じゃ、さっそく借りを返しにいきますか……っと、俺たちはともかく、サンティは町を出て家に帰るのに、準備とかいるかい?」


「あ、はい。アタシが泊まってる宿屋に戻って、手続きをして荷物を持ってきたら出られるから……」


「そっか。じゃあ、手続きしたらさくっと行くか。どうせ馬車でも1週間くらいかかるし、それなら午前の便とかに拘る理由もあんまり無いしな」


 掃除人である俺たちは、馬車で1週間なら大した準備は必要無い。サンティに関しても、俺たちがいるんだから行きよりよっぽど安全、安心になる。

 そして、どのみち幾度も夜を越えなければならないなら、出発を朝だけにこだわってもあまり意味が無い。


 俺たちは共に宿屋まで行き、サンティが手続きを終わらせるまで待ち、いくらかの消耗品の購入を一緒に済ませてから、さっそく目的地へ向かう馬車へと乗り込んだ。


「……そう言えば、何でその理由だと、俺が父親になるんだ?」


 馬車に揺られながら、ふと俺はそれを思い出して、サンティに聞いてみる。俺に会って伝言を伝えるなら、俺の娘なんて名乗る必要は全く無い。


「あの……お父さんが、娘と名乗っておけば、流石にあの馬……ドネットさんでも、手は出せなくなるだろうって。あと、もしアタシに手を出したら、ドネットさんの体に108個ほど穴を増やすって」


「増やしすぎじゃね? それ絶対死んでるよね? てか、別に娘とかにしなくても、こんな小さい子に手出しとかしないよ?」


「DD……流石に事案は擁護出来ないわ」


「いやいやいやいや」


 狭い乗合馬車の中で、必死に俺から距離を取ろうとするマリィちゃんに、俺はひたすら首を振る。


「ドネットさん……アタシみたいな子供にまでとか……」


「いやいやいやいやいやいやいやいや」


 馬車の空間が許す限界ギリギリまで俺から離れ、マリィちゃんと体を寄せ合うサンティに、俺はとにかく首を振る。


「「変態」」


 マリィちゃんに耳打ちされ、いっそ蠱惑的とすら思えるような笑顔を見せた二人が、完全な唱和によって発した言葉に、俺は空でも飛べるんじゃないかと思えるくらい、必死に首を振り続けた。






「あー、首痛い……何かもう一生分くらい首を振った気がするよ……」


 その日の夜。B級掃除人ということで、いくらかの値引きと引き替えに夜番の一部を引き受けた俺は、火が絶えないようにたき火に継ぎ火しながら、コキコキと首を鳴らしていた。


「何だろ。肩こりとかする奴って、こんな感じなのかな? どう思う? マリィちゃん」


 背後から近づいてきた気配に、俺は視線を向けることすらなく問いかける。


「さあ? 私は肩こりにも、馬鹿みたいに首を振り続けたことも無いから、わからないわね」


 俺の隣に、静かに腰掛ける。膝を抱えたその姿はいつもより随分年下に見えるのに、炎を映した真っ赤な瞳は、長い年月を積み重ねてきたかのように深く濃い。


「……やっぱり、無理してると思う?」


 誰が、何て言う必要は無い。


「そうね。今は寝てるけど……寝言で呟いてたもの。パパ、って」


「パパ、ねぇ……」


 俺が父親じゃないのは当然としても、ダレルもまた、訳ありの父親だ。そしてその訳は、色んな物が複雑に絡まっている。


「あんな可愛い娘に心配かけるとか、いい男の風上にもおけねぇぜ。会ったら、ビシッと言ってやらないとな」


「あら、ダレルさんもいい男なの?」


 笑うマリィちゃんに、俺も笑みを返す。


「ああ。なんてったって、俺をいい男にしたのは、まあ俺の持つ溢れんばかりのナイスガイオーラが9割だとして、1割くらいはあのクソ親父のおかげだからな」


「ああ、DDと同じ感じだから、サンティがああなったのね。凄く納得したわ」


「惚れちゃ駄目だぜ? あんなのに惚れたら、えらく苦労するだろうし」


「惚れないわよ。苦労するのは嫌だもの。ふふっ」


 楽しそうに小さく笑ってから、マリィちゃんは「そろそろ寝るわ」と言い残して、野営用の天幕に戻っていった。一人残された俺は、交代の時間まで、静かな時を過ごす。


「もうすぐ帰るぜ。クソ親父……」


 その呟きは、誰に聞かれることも無かった。

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