第八十一話 行軍2
最終戦の対戦相手はEクラス。
指揮官はシャル、副官がタッセだ。
これまでのAクラスの対戦成績は三戦三勝の全勝だった。
対してEクラスの対戦成績は三戦三敗の全敗だ。
……シャルだからな、わざと負けたとも考えられる。
「参謀、本当に作戦は無いのだな?」
「無い。むしろ俺が何も言わない方が良いと思う」
ケーゼにこれまでの様に作戦を求められるが、俺には何も無かった。
多分、俺の考えは全てシャルに読まれてしまう。
AクラスとEクラスの実力差もあるのだから普通にぶつかった方が良いとも言えた。
「シャルさん達Eクラスはこれまでまともに戦ったとは言えません。
もしかしたらここまで力を温存していたのかもしれません」
トートがこれまでのシャル達の戦闘を見ての判断を述べた。
「作戦は無しだ。真っ向勝負で行く!」
ケーゼは決断した。
下手な小細工はしない。
自力では此方が上のはずなのだから。
◇◇◇
「シャルさん、作戦はどうしましょうか?」
「始まってから指示するわ。
……向こうには優秀な諜報員がいるから」
諜報員って。
それはシャルも同じ事が言えるのではないだろうか。
感覚共有があるのだから。
両軍とも陣形は横陣、隊列はクロス。
模擬戦闘は何の変哲もない状態からの開始となった。
しかしそのままぶつかる訳が無かった。
先に動いたのは敵のシャル達だった。
「軍を分けるわよ。第一中隊を左へ」
「第一は左へ行け!」
敵が二手に分かれて来た。
四分の一程の数が此方とは全く違う方向へと進んでいく。
「何方へ進みますか?」
「……数が多い方へ行く」
「全軍、左へ進め!」
ケーゼは少数を無視した。
確かにあの距離では何もできないだろう。
そして徐々に軍の距離が縮まった。
「第二中隊を左へ」
「第二は左へ行け!」
シャルはここでまたしても軍を分けた。
その方向には敵の第一中隊がいるが、此方は誰も向かっていない。
「……此方はそのまま数が多い方へ行く」
「全軍、左へ進め!」
ケーゼはまたしても数の多い方へと進んでいく。
そして敵は進軍速度を速めた。
……後方へと撤退する為に。
「下がるわよ。同時に第三中隊を右へ」
「お前ら後退だ! 第三は右方向へ後退しろ!」
ここで更にシャル達は部隊を分けた。
完全に数では此方が勝っているが……。
「何方を追いますか?
数は同数、敵指揮官は右側ですが……。
そこへ進むと囲まれる可能性があります」
「数は此方が四倍だ。
囲まれる前に指揮官を倒すぞ」
ケーゼは指揮官を倒す道を選んだ。
指揮官と副官、五年生は基本的に直接戦闘を行ってはいけない。
指揮官を倒しても戦闘は続くが、指揮系統が無ければ戦うのは難しい状態になる。
それはつまり実質的に勝利出来るという事だった。
両軍が接近する。
追いかける方が進軍速度が速かった。
そして囲まれる前にシャル達との戦闘が始まった。
「数の力で蹂躙しろ」
「全軍突撃です!!!」
そのまま一気にAクラスは畳みかけた。
……だが敵が倒れない。
そこには何か鬼気迫るものがあった。
「倒れた者は後で褒美があるわよ」
「第四は持ちこたえろ!
倒された奴はどうなるかわかってんだろうな!」
それは恐怖による支配だった。
現在の四年生はシャルの暴君っぷりを一番よく知っていると言っても良かった。
五年生の次にだけどな。
キルシュの様に兵に味方を助けるという気持ちを持たせるよりも、シャルの様に兵に自分が助かるという気持ちを持たせる方が上と言う事か。
そしてそれは結果が証明していた。
Aクラスは敵に包囲されていた。
「このままでは持ちません。
後方を突破し、立て直しますか?」
指揮官のシャルが居る場所よりは、後方の方がまだ突破しやすいかもしれない。
「……前進する。
敵を倒す必要はない。
敵指揮官へと道を開けるだけで良い!」
「全軍前進! 敵指揮官への道を作れー!」
前方の敵は防戦一方で攻撃をあまりしていなかった。
此方も攻撃をあまりせず、道を作る事だけを考えていた。
味方が無理矢理隙間を作り、そこへ指揮官ケーゼ自身が進んでいった。
そして本来ならあり得ない、前代未聞の指揮官同士の対峙となった。
「この様な策を取るとはな。
支配者の素質があるのかもしれんな」
「私は兵に頑張るようお願いしただけよ」
ケーゼがシャルと会話する。
それはもう戦闘が終わったかのような雰囲気だった。
実際はまだ周りでは戦闘が行われている。
「そうか、では此方もお願いしよう。
俺の負けだ……戦闘を止めて欲しい」
ケーゼは自らの負けを認めた。
此方は完全に包囲されていて、このまま戦っても結果は見えていた。
それでもケーゼらしくない行動だった。
いや指揮官としては正しい行動なのだろうか?
しかしアインツ王国は降伏を認めていない。
それは魔術師の流出にも繋がるからだ。
撤退は認めるが、降伏だけは絶対に認めない。
降伏するくらいなら最後まで戦えという事だ。
模擬戦闘だから?
ケーゼが公爵だから?
たとえどんな理由があろうとも、それは認められなかった。
「……いいえ、ここまで攻め込まれた私の負けよ。
戦闘を止めてくれるかしら?」
そしてシャルもらしくなかった。
敵が負けを主張してもそこは攻撃を続けるべきだった。
それどころか自らの負けを主張した。
その異様な雰囲気は兵士達にどんどん伝染していった。
……そして遂に指示も何も無いのに戦闘が終わってしまった。
この異常事態に模擬戦闘は中止になり、その判断は教師陣に委ねられた。
◇◇◇
「もう貴方達には言葉もありません……」
レーレン先生は本当に困っていた。
何をやらせても絶対に問題を起こす俺達にだ。
「模擬戦闘の結果は引き分けとします。
ただ指揮官には降伏というしてはならない事をしてしまった責任があります。
……遠征参加は卒業課題として認められないと思いなさい」
つまり今回は参加して得られるものは何も無かったという事だった。
「仕方ない。また別の卒業課題をするだけだ」
ケーゼはあっさりしていた。
その覚悟がもうあったのかもしれない。
「僕はもう卒業課題は終わっているので問題ありません」
トートは特に何も影響は無かった。
「俺はどうしたら……一万個の時間石作成しか残ってねぇ……」
タッセはもう絶望的だった。
「私は元々乗り気では無かったからどうでも良いわ」
シャルもあっさりした物だった。
俺に至っては本当にあまり関係が無いしな。
でも気になる事があった。
ケーゼの事だ。
どうしても納得がいかない。
俺は誰もいない時を見計らいケーゼにその理由を尋ねた。
その方が本音を聞けると思ったからだ。
「なぜ降伏したか?
確かにあのまま戦っていれば勝てたかもしれん。
だが俺はそれ以上にシャルと言う人物を認めてしまったのだ。
俺は今まであいつを従わせれると思っていた。
だがそれは間違いだったと気付いたのだ。
あれは俺と共に歩む事が出来る此方側の人間だとな」
「だからと言って降伏までしなくても」
「まずは相手を認める。
そしてそこから話をしてこそ意味があるのだ。
そうしなければ何を話してもそれは嘘になってしまう」
立場をもって話せばそれは本心とは違ってしまう。
対等な状態で話したいという事だろうか。
「だがあいつは自分の負けだと言う。
つくづく俺とは反りの合わない奴だ。
だがそれが良い。
余計に欲しいと思った」
シャルはケーゼとは違うという事を言いたかったのだろうか?
だがそんな事よりも……。
「お前にはシャルをやらねーよ!!!」
「ふん、お前ともやはり反りが合わんな!」
ケーゼは笑っていた。
そして俺は……ケーゼを認めてしまった。
全く本当に嫌な奴だぜ!
◇◇◇
そしてこれまでシャルが準備してきた手伝いの数々もこれで終わりだった。
「ファースト、どうだった?
自分のやりたい事は見つかったかしら」
「どこへ行っても何をしても碌な事にならなかった。
やっぱりシャルの傍が一番だよ」
その言葉にシャルは僅かに落胆したような感じだった。
……褒めたのに。酷い。
「結果だけを見ればそんな事無いと思うけど。
どれも成功してるし。
最後のは本人の意思で仕方なかったとしてもね。
ファーストは何でも出来る。
私はそう思っているわ!」
その言葉は嬉しい事……なのだろうか。
今はシャルに抱きかかえられ撫でて貰える。
それだけを喜んでおこう。
しかしこれまでずっとシャルから離れていたのだ。
頑張ったご褒美が少しだけ欲しかった。
「調子にのって胸を触るな!」
殴られた。酷い。
ここまでやって、俺は少しだけ安心する事が出来た。
いつも通りの日常。
それが何時までも続くと信じて。




