第七十八話 信仰
「次は教会だから」
シャルの一声で俺の行く先は決定される。
次の卒業課題の手伝いは教会で行われるのだろう。
「どうして私がドラゴンの面倒を見ないといけないのかしら……。
シャルさんはいないの?
私に丸投げとか勘弁して欲しいわ」
リーリエは俺がいる事が不満なのか、呆れた感じで話しかけてきた。
リーリエは五年生の中で一番だ。
一番成績が良いという事で、あのトートすら抜いている。
……あくまで学園での成績ではだがな。
そして面倒を見るのは俺の方じゃないのか?
手伝えって言われてきたんだがな。
「……リーリエさんも教会へ?」
逆にリーリエに質問していたのはトートだ。
また俺の見張りかなんかを命令されてるのだろう。
「ええ、そうよ。何か問題でもあるのかしら?」
「そ、そんな事はありません」
「それなら良いわ。
ふふふ、トート君もいるのか……楽しくなりそうね」
トートはリーリエがいる事を知らなかったようだ。
そしてトートはリーリエをどこか避けるようなそぶりを見せていた。
逆にリーリエはトートを気にかけるような感じだ。
トートは気の強い女性は苦手だと前に言っていたかもしれない。
そう言った事が関係しているのだろうか?
◇◇◇
「……何もする事が無い」
俺は本当に何もしていなかった。
「今は神へ祈りをささげる時間よ。
座っているだけで良いのだから楽でしょう?」
そう言うリーリエはトートの髪をとかしていた。
それ違う「かみ」じゃね?
……つまらない事は言わないでおこう。
だがリーリエは神など信じていないのか祈るそぶりすら見せない。
トートの髪を縛ったり、といたりして髪型をいろいろ変えて楽しんでいるだけだ。
なぜかトートは微動だにせず、抵抗もしていなかった。
「お前らはどうして教会での奉仕活動を卒業課題に選んだんだよ……」
俺はあまりの不真面目さからそれが気になってしまった。
「僕は外の広い世界を知り、本当に大切な事を学ぶ為です」
トートは冒険者ギルドの時と同じ事を言っていた。
もうその真っ当な理由を信じる気にはなれなかったがな。
「教会での活動は大衆から評価を受けやすいからですわ」
リーリエはなんとも打算的な答えだった。
人間同士の付き合い、特に貴族なんかはそう言う事が重要になるのだろうか?
「だがこんな事で卒業課題になるのか?」
俺は続けて、当然の疑問を投げかけた。
「ほんの数日教会で活動すれば、内容は何でも良いのですよ?
多額の寄付さえしておけば誰も文句はありませんわ」
「金の力かよ!」
俺は思わず突っ込んでしまった。
結局は金が全てだった。
いやこの金も良い事に使われるのなら問題ないか。
「教会は利益も無く、また特権もほとんどありません。
税の免除と行動の不可侵くらいでしょうか?
むしろ国から寄付金が出ています。
行動の不可侵と言っても教会の人間で罪を犯す者はいません。
もしいたとしても教会の方から国へ罪を償うよう出頭させます。
本当に善意だけで出来ている機関なのですよ」
トートが教会について補足してくれた。
「敢えて得られるものを言うなら、人々からの称賛や信頼、尊敬と言ったものでしょうか」
それが本当ならとても素晴らしい事だと思う。
だがどうしても疑ってしまうのは俺の心が腐っているからか、金が関わっているからか。
◇◇◇
「……まずいな」
俺は愚痴をこぼしていた。
「確かにあまり美味しくはありませんわね」
「教会では質素倹約が当たり前ですから我慢しましょう」
リーリエとトートも俺と同じ意見だった。
「これが平民の食事と言う物です。
学園での食事は豪勢でしたからね、物足らなくなるのは仕方ありません」
教会の食事はパンとスープだけの簡単な物だった。
パンは硬く、スープも薄味のせいかあまり美味しい物とは言えなかった。
「ここの食事はあまりお気に召しませんでしたか?」
俺達に話しかけて来たのはザフィーアだった。
いつかの教会を手伝う課外授業で会った人だ。
確か枢機卿とかいう偉い人だったと思う。
そしてザフィーアも俺達と同じ食事を取っていた。
「貴族の食事と比べてしまうと、どうしても物足りませんわね」
リーリエがそれに答えた。
「そうですね。ですがここではお腹一杯食べる事が出来ます。
それすらも出来ない人がいる事を忘れてはいけません」
ザフィーアはどこかで聞いた事があるようなもっともらしい事を言っていた。
そしてそれは本当の事だった。
「この後はそう言った人達を助けに行きます。
簡単な食事を配るだけですが、きっと多くの人が喜んで下さるでしょう」
そうなのだ、俺がまずいと言った食事を喜んで食べる者も居る。
教会の意識の高さに俺はついて行けないのかもしれない。
◇◇◇
「それでは皆さん、準備に取り掛かってください」
ザフィーアの指示で皆が動き出す。
周りにはあまり身なりの良くない者達が集まり出していた。
彼らは……浮浪者達だった。
その日を食うのにも困る者達だ。
彼らは教会の助けが無ければあっさりと死んでしまうかもしれない。
もしくは……犯罪に手を染めるかだ。
まっとうな生活を送れるようになる者は驚くほど少ないと聞く。
その為か教会を悪くいう者も少なからずいる。
……犯罪者を助けるのかと。
それでも教会はどんな者達でも助ける。
長い目で見ればそういった者達が働ける場所を提供したり、斡旋したりした方が良いのだろう。
だが目の前で今にも死にそうな人がいたら、優先して助けてしまうだろう。
教会の人間は皆同じようにその現場に居合わせているのだから。
場当たり的な対応しかできなくても仕方のない事かもしれない。
分かっていても見捨てる事は出来ない。
それは国の統治者、王の仕事という事だろう。
「なんでこんな場所に魔物が居るんだ!」
俺は浮浪者に絡まれていた。
裏方に徹していたが、目立ってしまうのは避けられなかった。
「俺は悪いモンスターじゃない!」
「モンスターが人の言葉を話してんじゃねーよ!」
俺は問答無用で襲われた。
浮浪者はどこからか拾ってきた木の棒の様な物で俺を殴りつける。
そんな物では俺はびくともしない。
木の棒は無残に砕け散った。
だがそれが悪かった。
破片が周囲の人達に当たり負傷させてしまった。
軽傷だが傷は傷だった。
「くそっ! モンスターが抵抗しやがって!」
「俺は何も!」
本当に俺は何もしていなかった。
だがそれは通用しない。
俺を襲う浮浪者の数は増え、もみくちゃにされる。
俺自身は怪我などしないが、襲った方は怪我をしていく。
そしてそれは俺が傷つけたという事になっていた。
俺は話せば分かると思っていた。
だがそんな悠長な事を言わずに直ぐにでもこの場を去るべきだった。
「へ、兵士を呼んで来い!
国の兵士ならモンスターを倒せるだろう。
モンスターの討伐なら浮浪者の言う事でも聞くはずだ!」
事は大事になっていた。
そして俺の言う事を聞く者は誰もいなかった。
「何事です!? 教会の行いを妨げる者は誰ですか?」
そこへザフィーアが事態を察知して現れた。
「……モンスターでしたか。これは困りましたね」
「俺は本当に何もしていないんだ!」
ザフィーアは俺が何もしていない事はなんとなく分かっているようだった。
「リーリエ、トート! 助けてくれ!」
「ちょっと目を離した隙にドラゴンは何をやらかしたのかしら?」
「ファーストさん、これは少しまずいです」
リーリエとトートも現れるが事態は収まらない。
ザフィーアの手によってその場は一端膠着しているにすぎなかった。
そして遂には兵士も現れ、俺は取り囲まれてしまった。
ただずっと人の言葉で叫んでいたのが良かったのか、直ぐに兵士に襲われるという事は無かった。
「大人しくしていれば取り敢えず拘束するだけで済ましてやる」
取り敢えず……か。
その後はどうせ処分されるのだろう。
「……抵抗はしない。俺は初めから何もしていない!」
俺は大人しく拘束された。
今この場で何を言っても無駄だと思った事と、逃げる事は何時でも出来るからだ。
俺は布袋の様な物に入れられどこかへと運ばれた。
◇◇◇
拘束されてからそれ程時間は立っていなかった。
だが俺は直ぐに解放される事になった。
……ザフィーアが便宜を図ってくれたからだ。
「大丈夫ですか?
私が忠告した意味を思い出して頂けたでしょうか?」
前に言われたのはあまり目立たない方が良いという事だったか。
「あの場で直ぐにでも助けたかったのですが、それは出来ませんでした。
教会はモンスターを悪とは言いませんが、助ける事もしません。
……それは争い事を呼んでしまうからです」
もしあの場で俺を助けたら人々は教会に不信感を抱いただろう。
「そして本来なら無抵抗のものを意味も無く襲うのは良き事ではありません。
ですが襲った者を咎める事も出来ません。
身近に迫った脅威には抵抗するのが普通だからです。
……出来ればモンスターとしての自覚を持って行動して下さい」
俺は普通の者達から見たらただのドラゴンで恐ろしいモンスターだった。
「そして襲った者には寛大な慈悲を」
ザフィーアは俺に対して祈っていた。
俺がその気になれば人々を簡単に倒してしまう事が分かっていたのだろうか。
それとも純粋に争いを避けたいだけかは分からなかった。
◇◇◇
「面倒を見るってこういう事だったのかしら?」
リーリエはハッと気付いた様な感じで言っていた。
「全然見れてないから!」
俺はもっと早く気付いて欲しかった。
「何にしろ無事でよかったです」
トートは慰めるような感じで話していたが、こうならない様に見張っとくのがお前の仕事じゃないのか?
俺が言う事では無いかもしれないが。
「……一応食事は取っといたわよ。
冷めているけど我慢しなさいよね」
「沢山あるので遠慮せずにどうぞ」
二人は見た目では分からなかったが、俺の事を気にかけていたのかもしれない。
その食事は冷めきっていたが……少しだけ美味しく感じた。




