閑話 ご主人様は真っ白3
人によっては好ましくない表現があるかもしれません。
この場面は飛ばしても問題ありません。
僕は学園へ来て変わったと思う。
多くの事を授業で学んだという事もあるが、それ以上に周りの人達からの影響が大きかった。
少し前までは人と話す事が苦手で、何時も一人で物思いにふける事が多かった。
今だってそうだ。
目の前で一人の女の子が落し物をしたのに気付いた。
前の僕なら見て見ぬ振りをしただろう。
「君! 何か落したよ!」
こんな風に声を掛ける事なんて絶対無かった。
「えっ? あ、すいません」
女の子が落したのは何かの道具だろう。
ただの道具では無い、魔道具だった。
僕はそれを拾い上げ、女の子へと渡そうとする。
「珍しい物だね。
もし良かったらどんな物か教えてくれないかな?」
変わらない事もあった。
それは僕のマジックアイテムへの探求心だ。
「拾って頂き有難う御座います。
えと、これは地属性の刃物です。
魔力を流すと刃物自体が硬くなって、研いだりする必要が無く長持ちするんです。
あんまり人気の無い属性ですけど、父から貰った大事な物なんです。
本当に有難う御座いました!」
女の子は何度もお礼を言っていた。
そこで女の子は何かに気付いた様だった。
そして僕の顔を見て、何故か震えていた。
「あ、あの、もしかして五年生の方では……」
「そうだけど?」
「こ、この間、縛られていた……」
ああ、そうだった。
僕はこの間、酷い目にあったんだった。
思い出したくもないが、あの時から僕はちょっとした有名人だった。
……不名誉な事で。
「あ、あれはちょっとした遊びみたいなものだから!」
「そ、そうですか」
何かを完全に誤解している。
僕はどんな極悪人か罪人に思われているのだろうね。
ここは改めて自己紹介をしておこうかな。
「この間の事は忘れて欲しい。
僕はモーン、五年Aクラスだよ。
Aクラスと言っても一クラスしかないけどね。
改めて覚えてくれると嬉しいな」
不名誉な事は忘れて欲しいからね。
「わ、私は一年Eクラスのシルムと言います。
よ、宜しくお願いします」
「シルムか、良い名前だね。
……それではこれで失礼するね。
もう大事な物を落としちゃ駄目だよ?」
「はい! 有難う御座いました」
最後にもう一度お礼を言われ、女の子は大きくお辞儀までしてくれたのだった。
◇◇◇
僕は周囲に目を向ける事が多くなった。
何かしら余裕と言う物が出て来たのだろうか。
「最近、生意気だよねー」
しかしそれが良い事とは限らない。
そこでは女の子達が固まって誰かを攻めているようだった。
正直、女の子は苦手だ。
必要以上には関わりたくなかった。
「シルムさー、上級生と付き合ってるとか本当なのー?」
……知り合いの名前を聞くまでは。
知り合いと言っても少し話した程度だったけどね。
そしてシルムは同じ一年生と思われる女の子達に囲まれていた。
「でもあれでしょ?
五年生で一番使えなさそうな奴でしょ。
この前なんか、晒し者にされてた奴!」
「そうそう、あれ本当に面白かったよね」
「情けなくてさー……ってシルム、その手の物は何?」
シルムは少し震えながらマジックアイテムを持っていた。
それを囲んでいた女の子の一人が、無理矢理取り上げた。
「何これ、古臭い物ね。
でもこれ刃物?
これでどうしようって言うつもりだったの!?」
そしてそのマジックアイテムを地面に叩き付けた。
それは魔力を流せば壊れにくい物だった。
だが魔力が流れていない今の状態ではただの骨董品だった。
……マジックアイテムはバラバラになってしまった。
「あっ……。あぁ……」
シルムは今にも泣き出しそうな顔で小さく声を漏らした。
シルムはマジックアイテムを使うつもりは無かったはずだ。
ただその大切な物を手に持つ事で、不安を紛らわせていただけだろう。
「止めないか! 人の困る事はする物では無いよ!」
僕は止めに入るのが遅れた事を悔やんだ。
僕は変わったと思ったがこれでは何の意味も無かった。
「……へぇ、付き合ってるって本当だったんだ」
「それは関係ない。
……直ぐにこの場を立ち去ってくれれば、それで良いんだ」
「情けない姿を晒してたくせにその上から目線がむかつくね」
僕は一応上級生だと思ったんだが、上から目線だったのだろうか。
確かにあれは情けなかったかもしれないけどね。
「お前こそ直ぐに立ち去れば良いんだよ!」
お前呼ばわりまでされた……。
き、きっと人数も大勢いるし、きっとAクラスなんだな。
も、もしかしたらシルムと同じ一年生では無くて四年生とかかな?
今はそんな馬鹿な事を考える意味も無いし、関係もなかった。
相手が誰であろうと引く気は無い。
「それは出来ないな。
……ここで立ち去ってしまったら、本当に情けない奴になってしまうからね」
……僕は本当に変わったと思う。
それはとても良い方向へ変わったと言える自信もあった。
「なら情けなく這いつくばれ!
……ファイアアロー!」
女の子達の一人が魔術を使用した。
それはなんとも可愛らしい魔術だった。
……何の脅威も感じない。
僕は軽く手をかざし、アンチマジックフィールドでそれを中和した。
「なっ! これならどう!
……ファイアランス!」
同じように手をかざし、簡単に中和して見せる。
「くっ! みんなでやれば!」
「ファイア……」
「アイス……」
「ウィンド……」
「アース……」
「「「ランス!!!」」」
何度やっても何人で来ようともそれは変わらない。
僕は複数の魔術を届く前に中和してしまう。
それ程難しい事じゃない、五年生なら誰でも出来る事だった。
「うそ……来ないで!
……ファイアウォール!」
凄いね、僕はウォールを一年生では使えなかったよ。
それに今でもウォールをアンチマジックフィールドで完全に中和するのは難しかった。
……手が無い訳では無いけどね。
「アースウォール」
僕は炎の壁を土の壁で遮る。
同じウォールなら僕の方が完全に威力は上だった。
「炎の中を立ち去るのは大変だろう。
……今のうちにどこへなりと行ってくれないか?」
「「「は、はい……」」」
その最後通告は受け入れられた。
「シルム、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です……。
……有難う御座いました」
シルムは安堵よりも悲しみの方が上のようだった。
そしてバラバラになったマジックアイテムをただ見つめていた。
……僕はそれを拾い集める。
「シルムも集めるのを手伝ってくれないか?
僕でもこれくらいなら直せるかもしれない」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、きっと元通りになるよ!」
そしてバラバラになったマジックアイテムを全て拾い終える事が出来た。
「これなら大丈夫、すぐ直るよ」
「本当に有難う御座います。
あ、あの直す所を拝見しても宜しいでしょうか?」
「勿論良いよ。
でも直すのは僕の部屋に戻らないと行けないな。
道具も無いからね」
ここでシルムは俯いてしまった。
それになんだか顔が赤い気もするし、少し動揺しているようにも思えた。
……僕は馬鹿か。
それは当たり前の事だった。
大事なマジックアイテムを直す代わりに部屋へ来いとかどこの悪人の台詞だよ!
助けたお礼がまだだなぁとか悪い台詞ばかり思い付くが、誤解を解く言葉が思いつかない。
「ち、違うんだ!
ただ本当に直す道具が僕の部屋にあるってだけなんだ!
そ、その変な意味は無いから誤解しないでくれ!」
正直に話したが意識している事が完全に伝わってしまっただろう。
これでは逆効果かも知れなかった。
「だ、大丈夫です。モーンさんを信じていますから……」
ほんの少ししか話した事も無く、一度や二度助けただけで信じるのはどうかとも思うが……。
まてまて、僕は何もしないぞ!
絶対だ!
……そんな事を自分で自分に言い聞かせていた。
◇◇◇
「少し散らかってて悪いんだけど、適当にくつろいでね」
僕の部屋は色々なマジックアイテムの試作品や、その設計図などで散らかっていた。
マジックアイテムの材料や道具も散乱している。
……少しどころでは無かったかもしれない。
「だ、大丈夫です。
お気になさらないで下さい。
……失礼しますね」
そして僕は直ぐにシルムのマジックアイテムを直す作業に入った。
そこからは奇妙な時間が流れる事になる。
見られながら作業するというのは初めてで少し落ち着かなかった。
それは立場は違ったが、シルムも同じだったのかもしれない。
「な、何か飲み物でも用意しましょうか?
台所をお借りしますね」
「うん、有難う。
……あ、ちょっと待って! そっちには!」
台所の周辺には飲み物では無く、薬品系の液体を置いてあったのを忘れていた。
そして僕の静止は少しだけ遅かった。
「きゃっ!」
派手に何かを倒す音やシルムが転んだでだろう音が聞こえてきた。
……そこには液体まみれになったシルムがいた。
「す、すいません……」
「いや、僕が片づけなかったのが悪いんだ。
……ベタベタになってしまったね。
シャワーを浴びると良いよ。
僕の作ったマジックアイテムでお湯の温度調節も結構上手く出来る優れものがあるから!」
「は、はい。お借りしますね」
自分の作ったマジックアイテムを得意げに自慢する。
シルムは何か困ったような感じだったな。
顔も真っ赤だし、転んだのがそんなに恥ずかしかったのだろうか。
……僕は馬鹿か。
自分のマジックアイテムを見て貰えると思って少し舞い上がっていた。
今この状況は非常にまずい。
着々とあり得ない方向へと進んでいっている。
……それも全て僕の手によって。
誤解するなと言う方が無理だったかもしれない。
そして問題は山積みだった。
……シルムの着替えはどうしよう。
「こ、ここに着替え置いておくから!
僕の服だけどちゃんと洗濯した奴だから汚くないと思う!」
「きゃっ! は、はい!
有難う御座います」
ガラス越しにシルムの影だけが見えた。
……僕は見ないように努力はしたと自分に言い訳をしていた。
◇◇◇
「何から何まですいません。
……お風呂場のマジックアイテムは凄かったです。
とても使いやすくて素晴らしいと思いました!」
シルムはシャワーが終わったようだった。
そして僕のマジックアイテムを褒めてくれた。
実はあれは自信作だった。
「そうだろう? あの温度調節が難しくてね!
魔石の魔力量が……って、えっ? あ、ごめん!」
僕はマジックアイテムを直す手を止め振り向いた。
その先には上の服だけを着たシルムが恥ずかしそうに立っていた。
それは体の下の方がギリギリ隠れるかどうかのきわどい服装だった。
勿論、下は穿いていないだろう。
僕は慌てて目をそらす事しか出来なかった。
「し、下はやっぱり男物のズボンは嫌だったかな?
汚れた服は洗濯している所だからもう少し待って欲しい。
それもマジックアイテムで……」
僕は最後まで説明できなかった。
シルムに背を向けていたが、そのシルムを自分の直ぐ近くで感じてしまったからだ。
「……モーンさんはどこまでが本気なんですか?」
それは吐く息が感じれるほど近く、お風呂上がりの匂いも感じる事が容易な距離だった。
「ほ、本気とは?」
「助けてくれた事、マジックアイテムを直してくれる事。
そして……部屋へ誘った事」
「ち、違うんだ! 本当にそんなつもりは無いんだ!」
今更そんな事を言っても信じて貰えないかもしれないが本心だった。
「……シャワーまでさせてそんな意地悪な事を言うのですか?」
僕とシルムの距離はもう無かった。
シルムはずっと年下でまだ子供と言った方が良いくらいの歳だ。
それでも女性を感じるには十分だった。
僕はあまり女性が得意では無い。
だが魔術師なら、特に男性はそれを避ける事は難しかった。
魔術の才は遺伝する事が多いからだ。
そして小さな頃から女性に求められる事があった。
それもかなりの人数からだ。
中には露骨に迫ってくる時もあった。
……僕はそれら全てから逃げ出した。
責任など取る必要は無かった。
勇気が無いと言われたらそれまでだった。
それでも僕は嫌だった。
だが今は違う。
……僕は変わったのだから。
「僕はシルムの事が好きか嫌いかと言われれば好きなんだと思う。
そして男女の営みもしてみたいと思っている。
だけどそれはまだ駄目なんだ。
……僕はお互いの事を理解してからでないと嫌なんだ!」
僕とシルムはまだお互いの事を良く知らない。
一時の感情には流されない。
マジックアイテムを作る時だってそうだ。
分からない事があるのに使用する事はとても危険だった。
……だがそれは間違いだったかもしれない。
「私は……マジックアイテムではありません。
理解する事は出来ないかもしれませんよ?」
シルムが僕から少しだけ離れた。
それはまだ手の届く範囲だったかもしれない。
だが僕にはとても遠くに感じられた。
「僕はマジックアイテムを理解する事が得意な訳では無いよ。
好きな事だから理解するんだ。
僕はシルムの事をきっと理解出来る!
……シルムは僕の事を理解出来るのかな?」
「モーンさんが私を理解している以上には理解しています!」
僕は変わった。
それはほんの少しの事だったかもしれない。
だけど振り返るくらいの事は出来る程度には変わっていた。
そこには一糸まとわぬ姿のシルムが立っていた。
……真っ白な体が眩しかった。
僕はすぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが踏みとどまった。
「……ここで襲われる予定だったのですが、まだモーンさんを理解出来ていなかったようです」
「いや、結構限界だよ。
軽く抱きしめる程度は許してくれるかな?」
ほとんど合意の上にも思えたが、どうしても返事を聞いてからでないと考えていた。
しかし僕は返事を待たずにシルムを抱きしめていた。
思った事と行動がちぐはぐだったが……これは正解だったはずだ。
そして僕に出来るのはここまでだった。
◇◇◇
洗濯が終わり乾いた服をシルムに着せる。
この頃にはマジックアイテムの修理も終わり元通りだった。
いや元よりも少しだけ硬くなるようになっていた。
何か特別な事をした訳では無い。
僕の地属性が影響したのだろうか?
マジックアイテムの事もまだまだ分からない事ばかりだ。
「本当に有難う御座いました」
もう何度目かのシルムのお礼だった。
「無事に直せて良かったよ」
「それでは失礼しますね」
シルムが僕の部屋から立ち去る。
今この瞬間も僕は……変われる。
「シルム!
今度買い物に行かないか?
欲しいマジックアイテムがあるんだ。
一緒に選んで欲しい!」
「……ええ、勿論!」
この誘いが良かったと思える日がきっと来るはず……だった。
◇◇◇
「モーンさんこれは……」
後日、僕はシルムと買い物へと出かけていた。
そこは女性用の服が売っている場所だった。
正直一人で来るのは恥ずかしくて無理だった。
そして女性用というよりは小さな女の子用と言った方が良かったか。
「私の歳なら似あうのかもしれませんが……少し恥ずかしいです」
「いや、違うんだ! 知り合いに頼まれたんだよ!」
それはフリルが沢山ついた可愛い服だった。
「それはどういったお知り合いでしょうか?
なにやら体の細部まで知っていらっしゃるようですが……」
こんな物を買ってこいと頼まれたりしなければ……。
しかし断る事は出来なかった。
「私には魅力が足りないのかと思いましたが……この様な特殊な趣味だったのですね」
「本当に違うから!
シルムの分まで買わなくて良いから!」
本当の僕が理解される日は遠いかもしれ……いや遠かった。
◇◇◇
「ファーストさんのせいで酷い目にあったよ……」
後日、購入した服を渡すついでに愚痴も渡してみることにした。
「何言ってんだ?
下級生を苛めて、しかもそのうちの一人をお持ち帰りした極悪人が!」
「……は?」
愚痴どころでは無い。
現在進行形で酷い目? に合っているようだ。
「噂になってるぞ?
五年生が一年生の女の子を魔術で苛めたって!」
……僕が理解される日は来ないかもしれない。




