第二十三話 撤退4
「良い? 私の指示通り動くのよ!」
「でもそんな事……」
「黙って言う通りにしなさい! 賭けっていったでしょう?」
危険すぎる賭けに俺も反対だったが他に何か案がある訳でも無い。
このままではジリ貧だしな。
話している間にも敵の魔術攻撃は続いている。
「……了解だ! ハンターワンで行くぞ!」
セカンドが意を決してそう指示する。
今までの隊列よりもやや密集し、↑矢印の形を取る。
最後方はシャルだ。
そして一気に敵に向かって突撃した。
「遅れるなタイミングが重要だぞ!」
「分かってるよ! それじゃあ行くね!」
そしてフィフスは倒れた。
いや屈んで背に盾を構える。
そこにシャルは勢いよく乗り上げた。
そして次はセカンドの肩に足をかける。
敵の兵士を飛び越えるのだ。
だがこれだけでは少し高さが足りない。
最後は俺だ。
俺がシャルを空へと運ぶ。
「ふぎゃうっ!」
……空中の足場となって。
「なっ!?」
敵は驚きの声を上げていた。
そしてシャルは敵魔術師の前に降り立った。
ベアイレ先生が使ったセンターポジションに近いかもしれない。
いやこれはもう隊列とは言えない。
ただの単独突破だ。
シャルの周りは敵にしかいない。
頭上には俺が居るがな。
「チッ!」
だが敵魔術師はそれに反応し魔術を放つ。
回避されれば味方を巻き込むんでしまうのにだ。
しかしそれは当たらない。
俺がアンチマジックフィールドで防いだからだ。
ほんの少しの間だけだが周囲一帯その全てが効果範囲だ。
敵は魔術による援護も何も出来ない。
ここが勝負どころ、出し惜しみなしだ!
「くそが!」
「終わりよ!」
それでも敵魔術師は反応する。
魔術を放つと同時に剣を抜き構えていたのだ。
通常ありえない魔術師同士の一対一の戦い。
シャルと敵魔術師の剣が交差する。
シャルの剣は訓練用の木刀だった。
木刀は真っ二つに折られる。
そしてその刃が首を斬り裂いた。
勝負は一瞬で決まった。
辺りは不思議と静寂し、ヒュンという風切り音だけが響き渡る。
鮮血が舞い、シャルは返り血を浴びる。
折れた木刀を氷の刃が囲みその切っ先は元よりも長いくらいだ。
その魔法で作り出した刃で敵魔術師の首を斬り裂いたのだ。
俺は時空属性、魔法の効果時間の把握なんて楽勝だ。
そして俺はそれをシャルに完璧なタイミングで伝える事が出来る。
辺りは時が止まったかのように全てが静けさに包まれていた。
敵は似たような光景を思い出していたに違いない。
単独で突破し戦うその光景を。
「私は神速の生徒なのよ?
速さ(・・)で負ける訳が無いわ!」
敵は恐怖したに違いない。
神速の恐れられる所以は速さだけでは無い。
何が起こったのか分からない内に味方がやられているのだ。
そして速さがどうのこうのと神速が言い放つだけ。
人は分からない事、理解出来ない事に精神的な恐怖を感じる。
そして魔法のあるこの世界では出来ない事は無いはずだった。
だがあの一瞬魔法は封じられていた。
まぁ俺がそうしたのだが。
何かが確かに起こったのだ。
折れた木刀で届かない首に届くという事が。
首から血を流し魔術師が倒れているのが証拠だ。
「何度でも、何度でもよ……。
貴様らを襲ってあげるから覚悟しておく事ね!」
俺は今度こそ手、足、体全体を使ってシャルを空へと羽ばたかせる。
長くは無理だが何とか逃げる事くらいは出来るだろう。
小隊はシャルが兵士を突破してすぐに撤退している。
その後の追撃は無かった。
指揮をする魔術師がそれをさせなかったからだ。
いや恐怖で出来なかったのかもしれない。
これまで子供相手の楽勝の狩りだと思っていた者達に、自分達が狩られる側になる覚悟は無かった。
◇◇◇
「なんとか上手くいったな! それで次はどこで待ち伏せる?」
「ん? もう何もしないわよ。急いで撤退よ!」
「え、さっきまた襲うって……?」
「あれは嘘よ。ブラフとハッタリが賭けでは重要なのよ」
確かにその通りだった。
そして俺達にもう戦う力は無い。
特にフィフスが重症でフォースに支えられてなんとか歩いていた。
敵は此方に引き付けられた。
それにもしかしたら追撃を諦めてくれるかもしれない。
他の伏兵組も交戦せずに逃げ切っている可能性もある。
そして今回はその僅かな可能性の方だったようだ。
「シャルが生きていたんだよー」
「シャル……良かった……」
「ふんっ!」
涙目のマルメラ、ショコラに迎えられた。
ケーゼは死んでても良かったのにな。
森を抜けた先で伏兵組と無事合流する事が出来たのだ。
敵は伏兵組とは別の方向に進行し、その後撤退したようだ。
あっさりと引いたのは此方ではなく駐屯地がメインだからだろうか。
回り道をしても合流できたのは伏兵組が長い間森で伏せていた為だ。
「もう戦いは終わり。休息を取りましょう」
シャルはそう言って魔法で水を出し顔や手を洗っていた。
返り血を浴びたからな、そのままって訳にもいかないだろう。
「アンタは水を配ってきなさい。
魔力で作り出した水ではあまり意味がないからね」
俺はマジックボックスに残っていた水を配って歩く。
これでもう本当に何にも無い。
「本当によくこんなに準備出来るものだ……」
「ふー、生き返るね」
「喉に染み渡るわー」
「しかも冷えてるっていうのが凄いよね」
皆本当に安堵していた。
きっと先に撤退した負傷者達もどこかで同じような感じになっている事だろう。
そして俺は最後の一杯の水をシャルに持って行く。
魔力の水じゃ休めないだろうしな。
「あ、シャルさんの所に行くのか?
ついでに水を出して欲しいって伝えてくれないかな。
先ほど頼んだらまた後でって言われてさ。
でも返り血が気持ち悪くてね。
何度も頼むのは気が引けるし頼むよ!」
「分かった、頼んでみるよ」
サードは一番敵を倒していたしな、返り血で一番汚れているだろう。
そしてシャルの所に行くとまだ水で手を洗っていた。
血が中々落ちないのだろうか。
確かに手が赤く見える……がそれは違っていたようだ。
「シャル、最後の水だ。これを飲んで落ち着こうか」
「私は要らないわ。アンタが飲んで良いわよ」
いつものシャルらしくない。
「いやシャルが飲むんだよ。飲まなきゃ駄目だ」
「分かったわよ。……ん、これで良いでしょう?」
シャルは水を飲み干し、俺にコップを返した。
俺はシャルの手からコップを受け取りマジックボックスにしまう。
だがその手は離さなかった。
「何? 放してよ」
「駄目だ、放さない」
「放して、汚れているの!」
「汚れてなんかいない!」
俺と比べたら大きいシャルの大きな手をドラゴンの小さな手で掴んだまま放さない。
それはとても小さく感じられた。
とても小さくて、震えていて、赤く擦り切れたその手を俺は放さない。
人間を斬るという事はその手に感触が残る……人間を殺したという感触が。
その感触を、血で汚れたその手をシャルは何度も何度も洗っていた。
その顔は歪み目に涙を浮かべている。
そして懇願するようにシャルはテレパシーで話してきた。
もう口にする力も無いのかもしれない。
『お願い放して……』
『俺は絶対にこの手を放さない』
こんな時は普通抱きしめてあげるのだろうか?
だが俺にその体は無い。
出来る事といったらその手をドラゴンの小さな舌で舐める位だ。
『やめて……』
『シャルの手はこんなにも綺麗だよ』
『そんなこと……』
『人を守った優しい手だ。
それを汚れてるなんてシャル自身にも言わせないよ!』
『もう……分かったわよ……』
シャルは少し顔を赤らめてはいるがいつもの顔になったような気がする。
そして俺はなおも手をペロペロと舐めていた。
「やめて……」
「綺麗だよ」
ペロペロ。
「そんなこと……」
「言わせない」
ペロペロ。
「もう……分かったわよ……」
分かってくれたようだペロペロ。
「アンタが馬鹿だって事が分かったわよ!
もうイロイロ台無しよ!!!」
シャルのその手で俺は投げ飛ばされた。
『……ありがとう』
……いつものシャルに戻ってくれたみたいだ。
いや何時もより元気かもしれない。
照れ隠しのように大きく声を上げた。
「サード、水が欲しいって言ってたわね。
貴方達はもうちょっと遠慮ってものをしなさいよね!」
シャルは小隊員達に向かってホースで水を撒くように浴びせかけた。
「ちょ、すいませんんでしたーーー!」
サードがとばっちりで謝っていた。
俺に頼み事をする方が悪いんだな。
「うあ、なんだ?」
「これはこれでありかもしれない」
「そうだねー、気持ちが良いよー」
ここにいるみんなが笑顔になっていた。
そして空には虹がかかっていた。
これで最後、全てが終わる。
この長かった撤退戦の全てが終わる。
……あの聞き覚えのある足音が砂煙と共に全てを終わらせに来ていた。




