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ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第一章 幼生
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第二十四話 撤退5


「なんで騎竜がここに……」

「あの方向は負傷者達が!」

「今はそんな事どうだって良い!」

「もう駄目だ……」


 これがあったからあっさり撤退したのか。

 騎竜が森を迂回し先回りしていたのだ。

 俺達はここまで騎竜だけで何百人も倒されている。

 しかも騎竜を一度も倒していない。

 力が足らず、疲弊し、さらに人数すら劣る。


「ぁぁあ……」


 ケーゼは地面に膝をつきもう諦めてしまっていた。

 小隊員達は膝こそ屈していないが呆然と立ち尽くしていた。

 頼みのシャルも唇を噛み、悔しそうな顔をするだけで何も指示を出せなかった。

 その他の生徒達も皆諦め、何も出来ずにいた。

 騎竜の足音が大きくなり姿かたちも確認できるほど近くまで来ていた。


 俺は迷っていた。

 シャル一人なら逃げ出せるかもしれない。

 他の生徒達を囮にして俺が抱えて飛び上がればもしかしたら……。

 だがシャルはそれを望まない。

 分かっていてそれをしようとはしない。

 じゃあ俺のする事はその後押しだろう。


「シャル! 円陣を組めば耐えられないか!?」


 円陣は輪状に人を並べるだけの陣だ。

 それほど難しい陣じゃない。


「無理よ……だけど今のままじゃ一瞬だって耐えられない。

 でもそれしかないかもしれないわね!」


 なら話は簡単だ。


「ケーゼ! てめぇはまた一番初めに諦めやがって!

 円陣だ、指示を出せ!

 お前に出来るのはそれくらいだろうが!」

「……ハッ、煩い!

 全員円陣だ! 周囲全てを盾と槍で守れ!」


 相手の突撃を受ける前に陣を組む事は出来た。

 だがそれだけだ。

 次はどうする?

 敵を一騎でも多く倒し道ずれにするか?

 いや一騎も倒せないか?

 そもそも倒してどうなる、徐々に逃げ出した方が良いのか?

 だがどこへ逃げる?

 答えは出なかった。


「来るぞ! 逃げ場は無い、全力で耐えるんだ!」


 ここで耐えてもどうなると言うのだ。

 でも今はこの一瞬一瞬を耐えるしかない。

 耐えるしかないのだ。

 他に出来る事など無かった。


 騎竜の一度目の突撃で円陣は崩れた。

 もう俺達には何の力は残っていなかった。


 騎竜に蹂躙されるその瞬間、俺達は光の線が降り注ぐのを見た。

 それは先ほど見た虹よりも綺麗に俺たちの瞳に映っていた。


「ぐはっ!」

「ギャアアア!」

「馬鹿な……」


 そしてそこには今まで一度も見たことが無かった騎竜の倒れる姿があった。

 騎竜が十体ほど倒され残りの部隊は撤退を始めた。

 驚くべき判断の速さだ。

 まるで初めから決まっていた事のようにだ。


 たった今、目の前で見たもの。

 それは光の神聖属性ホーリーアロー。

 アインツ王国で最強と言われる所以の一つでもある。


「やぁ、大丈夫かい? 遅くなってすまなかったね」


 空から飛竜ワイバーンが地面へと降り立つ。

 そして一人の青年がその背より飛び降りた。


「「「エレクト様!」」」


 生徒達全員が会った事も無いのに知る人物。

 その人は俺もよく知る人物だった。




◇◇◇




「キルシュ君が頑張ってくれてね、大体の事は彼から聞いている。

 護衛の騎馬を全て置き去りにしてまで王都へ走ってきたようだよ。

 まぁそのおかげでギリギリ間に合ったようだけどね」


 俺達はたった今襲われたばかりだと言うのに完全に安堵していた。

 それほどの人物が目の前にいるという事だ。


「だがここに来る途中……大量の死体を見たよ。

 先に逃げた生徒達だろうが其方は間に合わなかったよ」


 騎竜は負傷者達の方向から来た。

 やはりやられてしまったようだ。

 誰が悪い訳では無く、俺達の運が良かっただけ事だ。


「それで君達の他には逃げ出せた者はいないのかな?」

「生徒は私達で最後です。

 先生方、大人の人達は敵の本体を足止めする為に残りました。

 もしかしたらまだ生き残っているかもしれません」

「私はこれから駐屯地に向かわねばならない。

 だが先に其方の方を見てから向かう事にしよう。

 ほんの少しの回り道だし、敵の偵察にもなるからね」


 シャルが申し訳なさそうに俺を見ている。

 まぁ俺が適任だし仕方ないだろう。


「俺が場所を案内します。

 騎竜部隊は森を大きく迂回しながら駐屯地方面に撤退したようです。

 もし先生方が生きているとしたら急いだ方が良いと思います」


 本当に最後の仕事になるだろう。

 骨くらいは拾えるかもしれない。


「ドラゴン君は索敵に優れているようだね。

 君くらいならワイバーンに乗せても速度は落とさずに済むしね。

 シャル君達はもう少しだけ頑張ってくれたまえ。

 後続の救援部隊が来るまでまだしばらく時間が掛かるからね」




◇◇◇




 俺とエレクトは上空から周囲を散策していた。

 騎竜はやはりそのまま撤退したようだ。

 エレクトなら追撃をかける事も出来たが、今はそれよりも救援と状態確認が先だ。


「あそこ! 戦闘のようなものが見えます!」


 まだかなりの距離があったが俺にはそれが確認できた。


「戦闘という事はまだ大人達が生き残っているのかもしれないね。

 急いで向かおうか!」


 確認した場所の上空に着いたが木々が邪魔でワイバーンは降りられない。


「私一人で行って来よう。

 ドラゴン君はワイバーンと一緒に上空で待機していなさい」

「いえ、邪魔にならないようにします。だから着いて行きます!」

「ならばなるべく上の方を飛んでいると良い。

 では行くよ!」


 ワイバーンは木々の高さギリギリまで高度を下げる。

 そこからエレクトは飛び降りてしまった。

 そして何事もなかったように「スタッ」という音と共に地面に降り立った。


「……エレクトか。君は少し遅すぎるんじゃないかな?」

「神速の君に比べたら誰だって遅すぎるでしょう?」


 知り合いだったのだろうか。

 そして神速は生きていた。

 流石俺達のクラスの担任、ベアイレ先生だ。


「っと、そんな悠長に話をしている暇はないようだね。

 まずは敵を倒そうか」


 いきなりの登場に敵は戸惑っていた。

 だが敵は完全にベアイレ先生達を囲んでいた。

 さすがに落下しながらでは魔術で攻撃できなかったのだろうか。

 騎竜の時とは違い敵は此方を完全に認識し、防御体制もとっている。

 この状態からどのように戦うと言うのだろうか。


「ふーむ、私は忙しい身の上でね。

 出来れば撤退して欲しい」

「何をいってやがる!

 たった一人増えたくらいで何が変わると言うのだ!」


 ベアイレ先生を包囲するくらいだ。

 それなりの腕前を持っている者達だろう。


「それでは仕方がない。……エレクト・フェーブスがお相手しよう」

「な! 騎士団長が単独でだと!?」


 エレクトは一気に走りこむ訳では無く普通に歩いて敵に近づいていた。

 それに対し敵はたった二人に弓と魔法を使い、数十人で攻撃した。


「遅すぎますね」


 ベアイレ先生はそれを華麗に回避する。


「軽いね。その程度では私には届かないよ」


 そしてエレクトは自分に当たる攻撃だけを、いつの間にか抜いていた剣で弾く。

 エレクトが接近し、兵士は弓を撃つのを止め、盾と槍を構える。


「剣を振るうまでも無いね」


 その間、魔術師の魔法攻撃だけになる。

 それはアンチマジックフィールドでエレクトに届く前に消えてしまう。


「次は何かな?」


 兵士の間合いに入った。


「神速ほどとは言いませんが遅すぎますね」


 槍で突かれるがそれは剣の一振りで全てが折られてしまう。


「そしてもろい」


 返す一振りで盾が切り裂かれる。


「精進が足りませんでしたね」


 呆然としている兵士を更に斬り払う。


「貴方もです」


 魔術師が尚も魔法で攻撃するが消えてしまう。


「来世はアインツ王国に生まれると良いですね」


 そして歩いて近づいてくるエレクトを止められず、そのまま斬り捨てられた。


「そんなのありかよ……」

「勝てるわけがねぇ!」

「碌に魔法も使ってないのになんでだ!」


 敵が唸っている。

 たった一人の攻撃を誰も止められないのだ。

 そして此方の攻撃は何も効かない。

 複数の方向から同時に攻撃しても全てが同時に斬り捨てられる。


「私を倒すには百や二百では足りませんよ?」


 あまりにも簡単に倒されるので現実を理解できなかったのかも知れない。

 判断が遅れたのか半数ほど倒された所でやっと敵は撤退していった。


 強すぎる。

 剣が凄いのかエレクトが凄いのか、いや両方凄いのかもしれないが。


「ふー、助かったよ。一応礼を言っておく」

「次からはもっと速く来れるよう頑張るよ」

「次なんて無い事を祈るよ。

 まぁ私一人ならいつでも逃げれたんだが……見捨てていけなくてね」


 ベアイレ先生は木々の物陰から一人の男を運んできた。

 あれはレーレン先生!

 ……だがおかしい生きている気配、心臓の鼓動が聞こえ無い。


「ドラゴン君も来てくれたのか。

 という事は生徒達は無事逃げ出せたのかな?」

「はい、ほんの数十人だけですが何とか。

 それでそのレーレン先生は……」

「彼は見ての通り死んでしまったよ」

「そんな……」


 遺体だけでも運びたかったという事は親しかったのだろうか。


「他の大人達の遺体は無いようですが……どうしましょう?」

「負け戦の遺体は野ざらしになるのは仕方ないよ。

 折りを見て弔ってはやりたいがね。

 彼はその……特別なんだよ」


 こんな時なのに変な事を勘ぐってしまった。

 この話はここまでにしておこう。


「彼はドラゴン君を優秀な生徒だと言っていたよ。

 そして彼は君を何かと気にかけていた。

 その彼の最後の顔を見てあげてくれないか?」


 どういう事だろう?

 だが先生の望みならそうするのが良いのだろう。


「レーレン先生……心配そうな顔をしていますね。

 最後まで生徒の事を考えていたのでしょうか……」

「ああ、今も生徒の事を考えてるよ」

「ぎゃあああああああああ!」


 レーレン先生がそう答え、俺はビビッて叫んでしまった。


「アーハッハッハッ! 言っただろう彼は死んでも生徒の為に戦うって。

 今回は三回くらい死んだねぇ」

「ああ、さすがに限界だ。自分の力で起き上がれないよ」

「えええ? なんで生きてる? 心臓は止まってましたよ!?」


 そうなのだ確かに心臓は止まっていた。


「確かに心臓は止まっていたよ。でも魔力は止まっていない。

 まぁ体は死んでいたけど精神は生きていたって事かな?」

「かなっ? てなんですか、かな? って!

 でも生きていたのは素直に嬉しいですけど」

「私も君達生徒が生きていて嬉しいよ」


 レーレン先生は白の治癒属性。

 自己回復に特化した魔術師だったらしい。


「お楽しみの所済まないがもうそろそろ良いかな?

 私は駐屯地に向かわなくてはね、其方も心配なのでね」

「ああ、すまない。

 私達以外は……全滅だ。

 だが敵も撤退したようだ。

 レーレン先生とドラゴン君は私が責任を持って送っていくよ」


 いつまでも話し込んでいた俺達をエレクトが制し、ベアイレ先生がそれに答えた。


「それではここで別れようか。

 一応まだ油断せずに気を付けるんだよ」


 エレクトはそう言い残し高らかに飛び上がる。

 木々の枝を器用に利用し、上空のワイバーンの元まで飛び上がった。

 いろいろと化け物じみた人だと今更ながらに思った。




◇◇◇




 今回の騒動は程なくして国中に知れ渡った。

 学園の遠征は六百人程が参加し、生きて戻ったのは五十人程だった。

 対して敵に与えた被害は百に届くかどうかという所だろう。


 そして北の駐屯地はライフィー共和国、アフュンフ国の連合軍によって落とされた。

 アインツ王国の北の地は敵の手に落ちた。

 アインツ王国はすぐに軍を北に派兵する事になる。

 しばらく平穏だったアインツ国にまた戦乱が訪れる事となる。




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