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最凶公爵令嬢は王家にも頭を下げない  作者: 玉響すばる


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16/41

第16話 最凶公爵令嬢は、学園の外を持ち込ませない

 翌朝、セレスティア・ヴァン・グランフェルの机の上には、見慣れない封書が置かれていた。


 クロイツ侯爵家の紋ではない。

 王家の印でもない。

 学園内で使われる簡易封筒とも違う。


 紙質は厚く、質実だ。華美ではないが、明らかに安物ではない。封蝋には、細い剣と盾を組み合わせたような意匠が刻まれていた。


 セレスティアは席へ着く前に、その封蝋を一目見て足を止めた。


「お嬢様」


 廊下側に控えるルークが、わずかに声を落とす。


「ええ」


「ご存じで?」


「完全には」


 セレスティアは封書を手に取る。


「でも、学園の中だけの印ではないわね」


 その時点で、空気が少し違って見えた。


 昨日までの視線は、学園内の噂に対する熱だった。だが今朝は、そこに別種のものが混じっている。知らない印を見ている者はいないはずなのに、なぜか幾人かが“何かが来た”と察している顔をしている。


 誰かが見ていた。

 誰かが置いた。

 そして誰かは、その意味を知っている。


 面倒ね、とセレスティアは内心でだけ呟いた。


 席に座り、封を切る。


 中の便箋は一枚。


 筆跡は丁寧で、無駄に飾られていない。書き手は若くはないだろう。整っているが、貴族令嬢の私信のような柔らかさはなく、どこか事務的ですらある。


 文面は短かった。


 グランフェル公爵令嬢 セレスティア様

 学園内にてお時間を賜りたく存じます。

 お話ししたき件は、公爵家にも無関係ではございません。

 本日放課後、南棟一階第二来賓談話室にて。

 ウォルター・エルムヘイヴン


 セレスティアは最後の名を見て、目を細めた。


 知らない名ではなかった。


「お嬢様」


「ええ」


 ルークもまた、その反応でただ事ではないと察したらしい。


「どなたで」


「エルムヘイヴン伯爵家」


 セレスティアは便箋をたたみながら答える。


「中央政界寄りの家よ。軍ではなく、政務と調整で力を持つタイプ」


「学園の関係者ではなく」


「完全に外ね」


 それが厄介だった。


 王族が学園内で接触してくるのは、まだ分かる。

 イザベラのような侯爵令嬢が空気を使って距離を詰めるのも、学園の延長だ。

 だが、外の政治に属する家の人間が、学園内の来賓談話室を使って呼んでくるとなると話が違う。


 これは、学園という箱庭に、外の論理が意図的に差し込まれたということだ。


「お嬢様」


「何かしら」


「お会いになりますか」


 セレスティアは即答しなかった。


 窓の外を見る。朝の光は穏やかだ。中庭では何人かの生徒が歩き、昨日までと変わらぬ学園の朝を演じている。だが、机の上の一通だけが、その穏やかさから明らかに浮いていた。


「会うわ」


「承知いたしました」


「でも」


 セレスティアは視線を戻す。


「これは学園の話ではない。だからこそ、学園の中だけで処理させない」


 ルークの目が、わずかに鋭くなる。


「どうなさいますか」


「まず、誰がこの封書を机に置けたのか確認する。それからセルウィン先生にも一言通すわ」


「担任へ」


「ええ。来賓談話室を使うなら、学園側が完全に無関係ということはないもの」


「かしこまりました」


 そこでちょうど、イザベラ・フォン・クロイツが教室へ入ってきた。


 彼女の視線がセレスティアの手元の封書に一瞬だけ触れる。ほんの一瞬だが、その目がわずかに細くなった。


 知っているのではない。

 ただ、昨日までと違う種類の封だと察したのだ。


「ごきげんよう、グランフェル様」


「ごきげんよう、クロイツ嬢」


「随分と、見慣れないお手紙ですのね」


 柔らかい声。


 だが探りは探りだ。


「ええ」


 セレスティアはそれだけ答えた。


 イザベラは一拍待つ。何も足されないと分かると、微笑みを深めた。


「差し支えるご様子ですわね」


「そうね」


「でしたら無粋は控えますわ」


「賢明ね」


 それで終わる。


 イザベラもそれ以上は踏み込まない。

 だが彼女の横顔には、明らかな計算があった。外から来た話。しかもセレスティアが一言で閉じる程度には、学級内へ混ぜたくない類のもの。


 彼女なら、それだけで十分な情報だろう。


 午前の講義が始まる。


 だがセレスティアは、一限の内容を聞きながらも頭の片隅では別のことを考えていた。


 ウォルター・エルムヘイヴン。

 伯爵家の名は知っている。だが家中の誰が来ているのかまでは知らない。

 学園内にいるということは、保護者か来賓か、あるいは政務系の外部協力者か。


 いずれにせよ、直接セレスティアへ接触する必要があると判断したのだ。


 理由は何か。


 グランフェル公爵家にも無関係ではない。

 この書き方は便利だ。政治も、縁談も、派閥も、王家との距離感も、何でも入り得る。


 つまり、あえて広く書いている。


 その時点であまり好みではない。


 二限の休憩に入ると、セレスティアはすぐに席を立った。


「ルーク」


「はい」


「セルウィン先生のところへ行くわ」


「職員室でございますね」


「ええ」


 教室を出る。


 後ろでは何人かが視線を向けているのが分かったが、もう気にする必要もなかった。


 セルウィンは職員室の隅で書類を見ていた。セレスティアとルークの姿を見ると、すぐに顔を上げる。


「どうした、グランフェル嬢」


「少し確認したいことがあります」


「内容によるな」


「今朝、机に外部の封書が置かれていました」


 セルウィンの目がわずかに細くなる。


「外部?」


「エルムヘイヴン伯爵家の名で、放課後に来賓談話室で会いたいと」


 そこまで言ったところで、セルウィンの表情が変わった。


 完全に予想外ではなかったが、知っていたわけでもない顔だ。


「見せてもらえるか」


「ええ」


 セレスティアが封書を差し出すと、セルウィンは中身まで素早く確認した。


「……なるほど」


「ご存じで?」


「名前だけはな。学園の外部後援と、王都側の調整役で顔を出すことがある家だ」


 やはりそうか、とセレスティアは思う。


 学園と無関係ではない。だが内側の人間でもない。最も面倒な距離感だ。


「来賓談話室の使用は正式ですか」


「少なくとも、完全に無断ではないはずだ」


 セルウィンは封書を返しながら言う。


「だが、君個人をそこへ呼ぶことまで、学園が積極的に関与しているとは限らん」


「でしょうね」


「断ることもできるぞ」


「知っています」


 セレスティアは静かに答える。


「でも、内容次第では一度顔を見た方が早い」


「危険は」


「この場で感じてはいないわ」


 セルウィンは数秒考える。


「なら、一つだけ助言しておく」


「どうぞ」


「学園の外の論理を、学園内の空気で処理しようとするな。逆も同じだ」


 その一言は重かった。


 セレスティアはわずかに目を細める。


「ええ」


「君はどちらも切れる。だからこそ、混ぜると厄介だ」


「忠告として受け取っておくわ」


「そうしてくれ」


 職員室を出ると、ルークが低く言った。


「お嬢様」


「何」


「よろしかったのですか」


「何が?」


「担任へ通したことです」


「よかったわよ」


 セレスティアは廊下を歩きながら答える。


「少なくとも、これで“誰にも言わず勝手に外と接触した”形ではなくなったもの」


「たしかに」


「学園内に持ち込まれた外の話は、最初に線を引いておかないと面倒になるわ」


 ルークは一礼した。


「承知いたしました」


 放課後。


 南棟一階第二来賓談話室は、応接室より少し広く、外部客を迎えるための体裁が整えられていた。壁の装飾も落ち着いていて、学園内にありながら少しだけ“外の空気”がある。


 扉の前には誰もいない。


 だが、中に人の気配はある。


「お嬢様」


「ええ」


「わたくしも」


「当然よ」


 セレスティアは扉を開けた。


 室内には二人いた。


 一人は四十代半ばほどの男。痩せすぎても太すぎてもいない、よく整えられた外見。髪には少しだけ白いものが混じり、目元に細かな皺がある。柔らかな顔つきだが、その柔らかさが生来のものではなく、後天的に磨かれたものだと分かる。


 もう一人は学園側の文官らしき男で、壁際に控えている。


 中央に立っていた男が一礼した。


「初めてお目にかかります、セレスティア様。ウォルター・エルムヘイヴンと申します」


「ごきげんよう、エルムヘイヴン卿」


 セレスティアは必要十分な礼を返す。


 ルークもまた騎士礼を取る。


「お時間をいただき、感謝いたします」


「内容次第では、次はないわ」


 挨拶の次にそれを置くと、ウォルターは驚かない。


 むしろ、少しだけ口元を緩めた。


「噂以上に率直でいらっしゃる」


「それで用件は」


「単刀直入に申し上げましょう」


 椅子を勧められ、セレスティアは座る。ルークは斜め後ろ。ウォルターも向かいに座った。


「近々、学園主催の対外交流晩餐会がございます」


「存じていないわ」


「まだ公にはされておりませんので」


 つまり、情報そのものが先に来ている。


「王都側の後援家、学園、王家近辺の関係者が一部顔を揃える、小規模な場です。本来なら上級生や一部の家格ある者に限られますが」


「私にも顔を出せと?」


「ぜひご検討いただきたい」


 セレスティアは無表情のまま聞く。


 なるほど、そういう類か。


 学園の外を含む小規模な社交の場。

 そこへ、最近急速に名の出た公爵令嬢を呼びたい。

 表向きは自然だ。


 だが、それだけではないだろう。


「なぜ私なのかしら」


 ウォルターは小さく笑う。


「理由はいくつかございます」


「全部どうぞ」


「一つは、グランフェル公爵家のご令嬢であること。もう一つは、最近の学園内でのご活躍。そして最後に」


 そこで一拍置く。


「王都側でも、あなたに興味を持つ者が増えていることです」


 その言い方は嫌いではなかった。


 濁しているようで、実はかなり率直だ。


「要するに、見せたいのね」


「ええ」


 ウォルターは否定しなかった。


「ただし、品評会のつもりではありません。むしろ、誰をどう見るべきか、あなたご自身が選べる機会になるかと」


 セレスティアはそこで少しだけ目を細めた。


 上手い。

 この男は、セレスティアに“選ばれる側に回る”話ではなく、“選ぶ側に立てる”話として差し出している。


 それは正しい誘惑の仕方だった。


「お嬢様」


 ルークがごく低く声を落とす。


 警戒ではなく、確認の気配。


「ええ」


 セレスティアは答えてから、ウォルターを見た。


「それで。あなたは私に何を期待しているのかしら」


 ウォルターは少しだけ笑みを薄くした。


「あなたが、ただ噂どおりの方かどうかを、確かめたいと思っている者がいます」


「私に会わせたいの?」


「ええ」


「誰に」


「現段階では伏せさせていただければ」


「断るわ」


 即答だった。


 ウォルターの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「理由を伺っても」


「相手の名も出せない場に、私が価値を感じると思って?」


 ウォルターは沈黙した。


 そこでルークの気配が一段だけ研がれる。


 セレスティアは続ける。


「学園の外の人間が、学園の場を使って、私にだけ匿名で相手を差し出す。失礼でしょう」


「……なるほど」


 ウォルターはゆっくり頷いた。


「確かに、その通りです」


「分かるなら早いわ」


「ですが、相手にも立場がございますので」


「私にも立場があるのよ」


 空気が静かに張る。


「匿名で見られる側に回る趣味はないわ。名を出して来るなら考える。出せないなら、ここで終わり」


 ウォルターは数秒、セレスティアを見つめていた。


 柔らかな顔の奥で、計算が組み替えられているのが分かる。


 やがて彼は、ほんの僅かに笑った。


「やはり、噂以上でいらっしゃる」


「光栄ではないわね」


「失礼いたしました」


 その謝罪は軽くない。少なくとも、形だけではなかった。


「本日は、それで十分です」


 ウォルターは立ち上がる。


「こちらの詰めが甘かった。次にご相談する機会があれば、もっと整えて参ります」


「そうするといいわ」


「率直なご意見に感謝いたします」


 セレスティアも立つ。


 話は早かった。

 そして、今ので十分に価値はあった。


 少なくとも学園の外で、自分を“匿名のまま測りたい”人間がいる。しかもウォルター・エルムヘイヴンのような調整役を使って。


 それだけ分かれば、収穫としては悪くない。


 談話室を出る。


 扉が閉まったところで、ルークが低く言った。


「お嬢様」


「何」


「やはり、学園の外が動き始めております」


「ええ」


「しかも、かなり慎重に」


「だからこそ面倒ね」


 セレスティアは廊下を歩きながら続ける。


「王族は王族として正面から来る。イザベラは学級の空気で来る。レオンは観察から入る。ディルクは試す。リカルドは安く利用しようとする」


「ええ」


「でも外は違うわ。名を隠したまま、まず見たいのよ」


「お気に召しませんか」


「嫌いね」


 はっきり言った。


「値踏みされるのは構わない。でも、名も出さずに見下ろす位置を取ったつもりで来るなら、相応に切るわ」


 ルークは静かに一礼する。


「承知いたしました」


 最凶公爵令嬢は、学園の外を持ち込ませない。


 少なくとも、自分のルールを無視した形では。


 その日の夕暮れ、学園の空は静かに暮れていった。だが盤面はまた一つ広がった。


 学級。

 上級生。

 王族。

 そして、学園の外にある政治。


 それぞれが別の論理でセレスティアへ近づき、別の角度から測ろうとしている。


 だが、どの盤面でも変わらないことが一つだけある。


 セレスティア・ヴァン・グランフェルは、

 最初に条件を下げない。


 それは傲慢ではなく、

 この女が最初から“選ばれる側”に回る気がない証だった。


 そして翌日。

 その姿勢を面白がるように、

 今度はもっと分かりやすく、

 もっと苛立たしい形で、

 ディルクが再び前へ出てくる。

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