表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最凶公爵令嬢は王家にも頭を下げない  作者: 翡翠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/41

第14話 最凶公爵令嬢は、値踏みされるなら見返す

 翌日の朝、王立アルディオン学園の空気は、これまでより一段だけ露骨だった。


 理由は明白だ。


 前日の公開模擬戦。

 二年騎士科のレオン・ハルヴェインと三年のディルク。

 そして、その場でディルクへ真正面から感想を返したセレスティア・ヴァン・グランフェル。


 もはや一年一組の中だけで完結する話ではない。


 騎士科の上級生たちに見られ、教師たちにも聞かれ、別学科の生徒の口からも広がる。学園という閉じた箱庭の中で、噂はいつだって足が速い。


 セレスティア本人だけが、それを特に気にしていなかった。


 朝の回廊を歩く。窓から差す光は柔らかく、石床は静かに足音を返す。その半歩後ろにルークがいる。いつも通りの距離。いつも通りの気配。


「お嬢様」


「何かしら」


「本日は、見られ方の質が違います」


「ええ」


「好奇だけではなく、警戒と、少しの高揚が混じっております」


「でしょうね」


 セレスティアは前を向いたまま答える。


「面白いものを見たあと、人は勝手に期待するもの」


「何を期待しているのかが問題でございます」


「ろくでもないことでしょう」


 ルークはそれに短く一礼で応じた。


 教室へ入ると、やはり視線が集まった。


 以前のような単なる恐れや距離感ではない。

 昨日までは“学級内で危険な令嬢”だったものが、今は“上級生相手にも平然としていた女”へ変わっている。


 格の認識が、少し変わったのだ。


 イザベラ・フォン・クロイツは自席に座っていた。


 その視線がこちらへ一度だけ向く。ごく短く、だが意味は濃い。


 昨日の公開模擬戦の話は、当然彼女の耳にも入っている。ディルクがセレスティアへ話を振り、セレスティアが正面から返したことも含めて。


「ごきげんよう、グランフェル様」


「ごきげんよう、クロイツ嬢」


 短い挨拶。


 それ以上はない。だが、互いに分かっていた。


 盤面がまた広がった、と。


 午前の講義は淡々と進んだ。


 王国史、政治学、魔術理論。どれも内容自体は変わらない。だが周囲の集中力は薄い。学園では、教科書の中より、今ここで誰がどう動いているかの方が遥かに刺激的だからだ。


 二限目の終わり、休憩に入ったところで、教室の外が少しざわついた。


 女子生徒ではない。男子の、しかも少し抑えた驚きの気配。誰かが立ち止まり、誰かが道を空ける音。


 ルークが扉側へわずかに視線を流す。


「お嬢様」


「ええ」


 言われる前に、セレスティアも気づいていた。


 教室の入口に立っていたのは、レオン・ハルヴェインだった。


 二年騎士科の制服。昨日と変わらぬ静かな立ち姿。周囲に必要以上の威圧は出していないのに、人が自然に意識を向けてしまう。そういう種類の上級生だ。


 ざわめきが広がる。


 二年騎士科の上位生徒が、わざわざ一年一組へ来た。しかも誰を訪ねてきたかなど、考えるまでもない。


「失礼」


 レオンは教室の空気を一度見渡し、それからまっすぐセレスティアを見た。


「少し、お時間をいただけますか」


 声は落ち着いている。


 だがその一言だけで、教室全体の意識がこちらへ集中した。


 セレスティアは座ったまま尋ねる。


「内容によるわ」


 その返しに、教室内の数名が息を呑んだ。


 相手は上級生だ。しかも昨日の公開模擬戦で名を上げた二年騎士科の有力株。普通ならもう少し言い方を選ぶ。だがセレスティアは選ばない。


 レオンは少しだけ口元を緩めた。


「昨日の非礼を詫びに来ました」


「非礼?」


「ディルク先輩が、あなたへああいう形で話を振ったことです」


 教室の空気がまた変わる。


 この男は、まずそこから入るのか。

 セレスティアだけでなく、イザベラもまた、その言葉に意識を強めたのが分かった。


「あなたが謝ることではないでしょう」


「ええ」


 レオンはあっさり認める。


「ですが、少なくとも私は、あの場を“ただの余興”にしたかったわけではありません」


「そう」


「それに」


 彼は一拍置いた。


「あなたの言葉は、間違っていませんでした」


 静かな教室の中で、その言葉は妙に鮮明だった。


 セレスティアはほんの少しだけ目を細める。


「どの部分が?」


「ディルク先輩は強い。ですが、見せるために力を使う場面がある」


「ええ」


「そして、あなたはそれを見抜いた」


「そうね」


 レオンは頷いた。


「だから、少し話したいと思いまして」


「ここで?」


「できれば場所を変えたいところですが」


 彼の視線が教室内を軽く流れる。


 この場は見られすぎている。内容が何であれ、長く話せば余計な解釈が増えるだけだ。


 セレスティアはそれを理解した。


「昼休みなら少し時間があるわ」


「助かります」


「ただし」


 セレスティアは静かに続ける。


「私が場所を選ぶ」


「もちろん」


「ルークも同席する」


「異論はありません」


 即答だった。


 そこでようやく、セレスティアは立ち上がった。


「では昼休みに」


「ええ」


 レオンは一礼し、教室を離れる。


 残された空気は、あまりにも濃かった。


 誰もが聞いていた。

 誰もが見ていた。

 そして誰もが思っていた。


 また一つ、セレスティア・ヴァン・グランフェルの周りの線が増えた、と。


「随分と堂々としていらっしゃるのですね」


 柔らかな声がした。


 イザベラだ。


「そうかしら」


「ええ。上級生から呼ばれても、少しも慌てないのですもの」


「慌てる理由がないわ」


「それもそうですわね」


 イザベラは微笑む。


「ハルヴェイン先輩は、悪い意味で来ているようには見えませんでしたけれど」


「ええ」


「では、良い意味で?」


「まだ分からないわ」


「慎重ですのね」


「当然でしょう」


 セレスティアは短く返した。


「昨日の公開模擬戦で測られたばかりだもの。今日の接触が、好意か観察の延長かくらいは区別したいわ」


 その言葉に、イザベラは小さく目を細めた。


「やはり、そういう見方をなさるのですね」


「あなたならしないの?」


「わたくしなら、もう少し相手の得を先に考えますわ」


「私は両方見るの」


「でしょうね」


 イザベラはそこで会話を切った。


 それ以上踏み込んでも、今は意味がないと判断したのだろう。


 昼休み。


 場所は中央棟の北回廊、その先にある小さな休憩室にした。窓が大きく、人の流れが一方向からしか来ない。気配を読むには悪くない。


 レオンは時間ちょうどに来た。


 昨日と変わらぬ静けさ。少しも急かさず、遅れもせず、過剰に社交的でもない。やはり整っている。


「ありがとうございます」


 入室してまずそう言った。


「お時間をいただいて」


「内容次第では、次はないわよ」


 セレスティアが言うと、レオンは苦笑に近い息を漏らした。


「厳しいですね」


「今さらでしょう」


「ええ」


 ルークは壁際へ控える。


 レオンはそれを見ても表情を変えなかった。もうこの護衛騎士が外れることはない、と理解しているのだろう。


「では、単刀直入に」


「どうぞ」


「昨日、ディルク先輩へ返したあの言葉ですが」


「雑だと言ったこと?」


「ええ」


「事実でしょう」


 レオンは口元をわずかに緩めた。


「そうですね」


「否定しないのね」


「できません」


 率直だった。


「ディルク先輩は強いです。騎士科でも上位ですし、実戦経験もある。ですが、見せ場になると少し変わる」


「押しすぎる」


「ええ」


「勝てる相手に、勝てる形を選びすぎるのよ」


 レオンの灰色の瞳に、ほんの少しだけ感心が宿る。


「やはり、見えているんですね」


「見せているから」


「……なるほど」


 そこでレオンは、昨日より少しだけ本題に寄せた。


「あなたは、ディルク先輩が今後どう動くと思いますか」


 セレスティアはすぐに答えなかった。


 この問いは単なる感想戦ではない。

 レオン自身が、何かを警戒している。


「試すでしょうね」


 数秒後、セレスティアは言った。


「正面からか、別の形かは分からないけれど」


「同感です」


「あなたは、先輩を止めたいの?」


「止めたい、というより」


 レオンは目を伏せる。


「巻き込まれたくない人間を、なるべく巻き込みたくないんです」


 セレスティアはそこを聞いて、少しだけ面白くなった。


「優しいのね」


「そう見えますか」


「ええ」


「だとしたら、買いかぶりです」


「そうかしら」


 レオンは一拍置く。


「ディルク先輩は、面白いと思った相手を放っておかない。勝ち負け以上に、どう崩れるかを見たがるところがある」


「悪趣味ね」


「否定はしません」


「それで」


 セレスティアは視線をまっすぐ向ける。


「あなたは、私が崩れるところを見たくないの?」


「そうではありません」


「では?」


「あなたが崩れるなら、自分で崩れるべきではないでしょうか」


 ルークの気配が、ほんの少しだけ変わった。


 無礼とは言えない。だが、相当に踏み込んだ物言いだ。


 けれどセレスティアは怒らなかった。


 むしろ、そこで初めてはっきりとレオンに興味を持った。


「面白いことを言うのね」


「そうでしょうか」


「ええ。大抵は、崩れないでほしいとか、気をつけてほしいとか、その程度で濁すもの」


「それでは本音になりません」


「そう」


 セレスティアは椅子の背にもたれすぎないまま、少しだけ顎を引いた。


「あなた、やっぱり嫌いではないわ」


 レオンの目が、わずかに動く。


「……それは、かなり珍しい言葉として受け取っても?」


「好きにすればいいわ」


 ルークが無言のまま控えている。


 だが空気は、先ほどよりも少しだけ変わっていた。


 レオンは続ける。


「正直に言います」


「ええ」


「俺は、あなたがどこまで行く人なのか見たい」


「知っているわ」


「ですが同時に、ディルク先輩の玩具になるのも面白くない」


「あなたは、私に味方したいの?」


「まだそこまでは」


 即答だった。


「ですが、あなたを安く扱う相手は、少し気に入らない」


 それは奇妙な言葉だった。


 好意とも違う。忠誠でもない。かといって単純な義憤でもない。


 自分の基準に照らして、面白いものが雑に消費されるのが気に入らない。

 そういう匂いに近い。


「なるほど」


 セレスティアは頷く。


「では確認するわ」


「どうぞ」


「あなたは私の味方ではない。けれど、ディルク先輩のように雑な試し方をする側にも乗りたくない」


「今のところは、その通りです」


「半端ね」


「ええ」


 レオンはわずかに笑う。


「ですが、その半端さが今は一番正直です」


 正しい、とセレスティアは思った。


 最初から味方の顔をされるより、よほど信用できる。


「お嬢様」


 ここでルークが初めて口を開いた。


「差し出される情報の価値はございますか」


 問いはレオンへ向けたものではなく、主へ向けたものだ。


 だがレオンもそれを理解している。


「あるわね」


 セレスティアは答える。


「少なくとも、ディルク先輩が“試す側”の人間だと確認できた」


「それだけで十分でございますか」


「今はね」


 レオンはそこで一礼した。


「それで十分です」


「あなた、割り切っているのね」


「長引かせると、余計な意味がつきますから」


「賢明だわ」


 レオンは立ち上がる。


「では、今日はこれで」


「ええ」


「一つだけ」


 彼は最後に言った。


「もし本当にディルク先輩が動くなら、正面からとは限りません」


「知っているわ」


「でしたら結構です」


 そのまま部屋を出ていく。


 足音が遠ざかるのを聞きながら、セレスティアはしばらく黙っていた。


「お嬢様」


「何かしら」


「いかがご覧になりますか」


「悪くないわ」


「ハルヴェイン先輩を」


「ええ」


 セレスティアは静かに言う。


「少なくとも、安く媚びない。味方のふりも、敵のふりも急がない。それでいて必要なことは言う」


「たしかに」


「ただし、完全には信用しないわよ」


「当然でございます」


 ルークは一礼した。


 最凶公爵令嬢は、値踏みされるなら見返す。

 相手が見るなら、こちらも見る。

 相手が半端な立場で来るなら、その半端さごと評価する。


 そして今、レオン・ハルヴェインは、

 “ただの観察者”から一歩だけ前へ出た。


 盤面がまた動く。


 ディルクという三年。

 レオンという二年。

 イザベラという学級の中心。

 アルフレッドという王族。

 そして、まだ見えていない裏側の手。


 線は増え、濃くなる。


 その日の夕方、

 セレスティアの下へは、

 また別の形の接触が来る。


 今度は手紙でも招待でもない。

 もっと直接的で、もっと稚拙で、

 だがだからこそ面倒な形で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ