第四話 黒いトレンチコートの男
背後の気配は、付かず離れずの距離を保っていた。
商店街の喧騒に紛れながら、私は歩調を変えずに歩く。
惣菜屋の揚げ物の匂い、アーケードに響くマイクの呼び込み。
日常の光景が、今は妙に遠く感じられた。
喫茶店の前を通り過ぎる際、
私はさりげなく店のガラスに目をやった。
通行人に紛れるように立つ、男の影が映っていた。
黒いトレンチコートに、深めにかぶった帽子。
いかにもな出で立ちだが、無駄のない足取りは間違いなくプロのものだ。
あちらも、私が気づいていることには気づいているのだろう。
それでも追ってくるのは、この街で捕まえる確信があるか、
あるいは追い詰めて焦らせるのが目的なのか。
私は路地に入った。
古い居酒屋やスナックが立ち並ぶ、昼間でも暗い裏通りだ。
背後の靴音に耳を澄ませながら、不意に角を曲がった。
狭い私道に立ち止まり、壁の影に身を潜めた。
数秒後、靴音が近づいてくる。
曲がり角から姿を現した男の前に、私は静かに足を踏み出した。
男は驚いた風もなく、ただ足を止めた。
近くで見ると、思いのほか若い。三十代前半といったところか。
目元に彫られた深い皺と、鋭い眼光が印象的だった。
「質屋で何か受け取ったな」
男は低い声で、淡々と告げた 。
「何のことだか分からないな」
私はポケットの中で、真鍮の鍵を握りしめた。
冷たい金属の感触が、掌に伝わってきた。
男は一歩踏み出し、私の腕を掴んだ。
「次に殺されるのは貴様かもしれんのだぞ」と
強い口調で言った。
「……殺される?一体どういうことだね?」
私は声を潜めて聞き返した。




