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#7 「『絶対に使うな』って、私の国だと『絶対に使え』って事にもなるんですけど?」

 切符は既に用意されていたため、三人は特に問題なく駅のホームまでたどり着いた。


 プラットホームは頭端式であり、二十以上のホームがある。また、天井はアーケード状であり日の光が明るく差し込んでいた。この駅はターミナル駅であり、路線は大陸にある全ての都市を繋いでいる。大陸を横断するように走る列車もあるため、客車以外にも物資を運ぶためのコンテナ車も繋がれているものもある。先頭車両は無骨で機械的な蒸気機関車といった見た目だった。勿論、動力源は石炭などではなく聖石なので煙などは吐いていない。


 桜子たちは客車の一等席に乗り込み指定された個室のボックス席に入る。そして、桜子とアンネは互いに対面に腰掛けた。


 程なくして列車が走り出す。


 暫くするとアンネはいそいそと靴を脱ぎだした。

 そして、そのまま座席に膝立ちになると、窓から流れる景色を興味深く眺めた。


 桜子はその姿に見惚れていると、ふと思い出したように駅前で配られていた号外の新聞紙を広げた。


「不思議だよね」

「何が?」

 桜子の対面席の頭に、ちょこんと腰掛けていたアルベルティーナは素っ気なく答えた。


「字が読める」


 桜子の奇怪な問い掛けに呆気にとられたアルベルティーナだったが、直ぐにその意味を察した。


「そう言えば、桜子はその『翻訳の聖石』でこっちの言語や文字を理解してるのよね」

 アルベルティーナはそう言うと、桜子の左手の人差し指にはめられた指輪を見つめた。


「見たこともない文字なのに、何故か理解できる。不思議だなぁ」


「その感想ついでに、何か面白い記事あったら教えて」


「まだ全然読んでないんだけど……、この記事とか?」


 桜子は新聞の写真を見て適当に指をさした。

 アルベルティーナは桜子の頭の上に乗っかり新聞を覗き込む。


「何々……『グロービス近郊でモンスターが複数出現。グロービス騎士団が出動』。何ともホットな話題ね。アンネリーゼ様のグロービス視察もこれが原因だし」


「モンスター!? この世界モンスターがいるの!」


「驚くとこはそこか」


「グロービスって私たちが今向かってる場所でしょ。大丈夫なの?」


「都市は全て防壁で囲われているから大丈夫よ。首都で貴女も見たでしょ?」


 桜子は首都『フィリーア・レーギス』で見た、都市全体を囲む巨大な防壁を思い出した。


「モンスターって人間を食べるの?」

 桜子は恐る恐る尋ねた。


「食べるには食べるけど、あくまで併存する弊害としてね。モンスターが食料として食べるのは聖石なの。聖石は人の生活する場所、または人が直接身に付けているでしょ。だから、連鎖的に人は被害を被るのよ」


「聖石を食べるのか……。もしかして、モンスターを操ってるのが魔族とか?」


「そんなわけないでしょ。魔族は聖戦の時に全て滅ぼされたって話だし。私も魔族の実物なんて見たことないもの」


「そうなんだ……」

 桜子はモンスターという非現実的なモノを無理やり納得するように呟いた。


 列車が緩やかなカーブを曲がり切り、車窓から暖かな陽の光が差し込む。桜子は眩しさで目を細めた。


「それに、モンスターっていうのはね――」


 クシュン


 アルベルティーナが更にモンスターの説明を始めた矢先に、桜子は不意にくしゃみをしてしまった。

 桜子は思わず「あ……」と声を漏らした。

 そして恐る恐る顔を上げると、真っ白く美しい足が踏みつけるようにして、桜子の頭を座席に勢いよく押し付けた。


「なんか久しぶりな気がしますね、アンネリーゼさん。相変わらずお綺麗なおみ足で……」


 桜子の対面の席には大人形態のアンネリーゼがふてぶてしく座っていた。

 幼女形態の時に着ていた可愛らしいワンピースの胸元は、パツパツで今にも張り裂けそうだ。膝丈だったスカートも今では際どいミニスカートになり果てていた。


「私としてはつい先程だがな。お前に痴女だのドSだの言われた後だ」


「間違いじゃないと思いますよ。今の状況を見る限り」


 アンネリーゼの押さえ付ける力が増し、桜子から苦悶の声が絞り出される。


「アンネリーゼ様、良かったです。元のお姿が拝見できて。テレージア様から聞いてはいたんですが、この目で見るまでは心配で心配で……」

 アルベルティーナはアンネリーゼの顔近くまで飛んで行き、目に涙を溜めながら喜んだ。


「私はどうしてコイツと列車に乗っている? 状況の説明を頼めるか、アルベルティーナ」


 アルベルティーナはテレージアからの依頼の内容を話した。


「母上もいったい何を考えておられるのか……」


 アンネリーゼはため息混じりそう言うと、手を顎に置き考える仕草をとる。


「事前に調べて欲しい事があるとはおしゃってましたが、諸々の準備は『ヨハンナ』がやってくれているはずですからね」


 アルベルティーナはアンネリーゼに同調した。

 テレージアの思惑を考えあぐねる二人に、アンネリーゼの足から解放された桜子が申し訳なさそうに尋ねた。


「あの~……、私はそのグロービスって所で何をしたらいいんですか?」


「母上からは何と言われた?」


「具体的なことはなにも……。『利用価値を示せ』『聖石の使用は私の倫理観に任せる』とは言ってましたけど」


「利用価値を示せ……か。アルベルティーナはどう思う?」


「桜子が害悪になるかどうか、見定めるつもりではないでしょうか」

「と言うと?」

「桜子の持つ『逆行の聖石』は危険な力です。私の考えを言わせてもらえば、あの聖石の力は『若返らせる力』ではなく『巻き戻す力』だと考えています」


 アンネリーゼは興味深げにアルベルティーナの話を聞いている。その様子に桜子はアンネリーゼはアルベルティーナの言葉に深い信頼を置いているのだと感じた。


「アンネリーゼ様が幼い姿の時、私は精神年齢まで若返ったのだと思っていました。テレージア様や私の事は覚えていましたから。しかし、アンネリーゼ様の身辺の世話をしていた侍女や、その他の者たちの事は覚えていなかった──いえ、知らなかったと言った方が正しいですね。幼いアンネリーゼ様とお話しましたが六歳までの記憶しか持っていないようでした」


「つまり、私の存在自体が十一年前に巻き戻っているという事か……」


「それの何が危険なの?」


「こう言えば分かると思うけど、貴女は生物を生まれる前まで巻き戻せる。つまり、貴女は片手で容易に人を抹消できるの。無条件にね」


 桜子は固唾を呑み、アルベルティーナの話を傾聴した。


「それに、例えば十年巻き戻すにしたって、その人の十年を否定する行為であると必ず念頭にあるべきよ。だってその時間は無かった事になるのだから。楽しかった時間も辛かった事も、その人を形作った諸々の事が。だから、その力を使うこと自体が背徳的であると、自覚しなければ使ってはいけない力だと私は思う。誰だって自分の歩んできた人生を否定されるのは辛いでしょ?」


 アルベルティーナの声はいつしか、小さな子に言い聞かせるような優しいものになっていた。

 そんな、アルベルティーナの話を桜子は切々と聞いていた。


「ごめんね、アル。私、全然気付かなかった……」

 神妙な顔をする桜子を見て、アルベルティーナは優しく微笑んだ。

「それに気付いたのなら大丈夫よ」


「ありがとう、アル。私――


 アルのこと、口うるさいマスコットキャラだと思ってたんだけど、実は頭いいキャラだったんだね」


「少し優しくしたらこれだよ! 何なの! ホントお前、何なの!」

「一色桜子ですけど」

「知ってるよッ!」

「じゃあ、何で聞いたの」

「怒ってるからだよッ! こっちとら五百年生きて、ブラインミュラー家の相談役務めてんだよ!」

「五百年も生きてるのに落ち着きないね」

「もうヤダ~……、アンネリーゼ様、私もうコイツと会話したくないですぅ……」


 アルベルティーナはアンネリーゼに泣きついた。


 アンネリーゼは二人のやり取りを見ながら呆れるようにして言った。


「お前の力は人道に外れるモノであり、それを使うようならお前に利用価値はない。そう母上は判断するという事だろう。つまり、絶対に使うなということだ」


「『絶対に使うな』って、私の国だと『絶対に使え』って事にもなるんですけど?」


「お前の国の言語は難解だな。言葉通りに理解しろ」


 それとなく返事をする桜子だったが、力を使えないことを惜しむ気持ちもあった。そして、それは思わず口に出ていた。


「せっかく、世界の全ての女性を幼女にできる力を手に入れたと思ってたのに、まさか倫理的にアウトとはな~。アルの言うことは最もだし、私もそう思うし仕方ない。前向きに行こう。それに、私には将来を誓ったアンネちゃんがいるし」


 そんな言葉を漏らす桜子を見てアンネリーゼは思った。

 自分は最悪の人間に最悪の力を与えてしまったと。そして、今それを後悔していると。


 程なくして個室のドアをノックする音がした。


「切符を拝見したいのですが」

 切符を確認しに来た車掌の声が扉越しに聞こえた。桜子は特に何も考えず扉を開けようとしたが、アルベルティーナに呼び止められた。


「アンネリーゼ様が見えないように対応して」


 桜子は頷くと、扉を少しだけ開けそこから顔を出し、切符を車掌の男に差し出した。


「グロービスまでですか。良かったですね」


「どういう事ですか?」


「駅でアナウンスを聞きませんでしたか? この列車は本日、ハルレインまで行く予定でしたが、ハルレイン、グロービス間の運行を見合わせる事になりましたので」


「何かあったんですか?」


「新聞でも騒がれていますが、その区間に多数のモンスターの出現が確認されましたので、運休の運びになりました。グロービス騎士団からの連絡があるまで出発ができないのです」


「モンスターって、列車も襲うんですね」


 車掌の男は当たり前のことを言う目の前の少女を不審に思った。しかし、確認した切符を受け取る桜子の指にはめられた聖石を見てかしこまった。


「これは、『御使みつかい人』でしたか。とんだ失礼を」


 桜子は『御使みつかい人』が何なのか分からず、口ごもった返事をした。


「この列車も聖石で動いていますからモンスターに狙われます。しかし、ご安心ください。モンスターへの対策として頑丈に作られていますから。運休は乗客の安全を考えての事です。それでは、良い旅をなさってください」


 そう言うと車掌の男は次の個室へと移動して行った。


 桜子は扉を閉めると、アルベルティーナに質問を投げかけた。


「ねえ、アル。『みつかいびと』って何なの?」


「貴女みたいに別の世界から来た人たちを総称してそう呼んでるの」


「やっぱり、私以外にもこっちの世界に来てる人いるんだ」


「気付いていたのか」

 アンネリーゼは桜子のことをバカだと思っていたので、意外な事を言うものだと驚いた。


「まあ、こっちの世界では異世界があることが常識みたいでしたから。他の人たちもあの転移装置からこっちの世界に来るんですか?」


「祭儀の間にあった転移装置を使う事は少ない。転移装置は複数存在する。正常に動作する物、そうでない物とな」


「ん? それはどういう事ですか?」


 桜子の質問にアルベルティーナが答える。

「正常に動作する物は各公国が祭儀の間を作り管理をしているけど、そうでない物は暴走して無作為に転移を行っているの。大抵の場合はその無作為の転移に巻き込まれて、こちらの世界にやってくるってパターンが殆どかな。しかも、壊れてるから転移される場所は毎回ランダム」


「それ、対策とかどうなってるの……」


「対策のしようがないの。転移装置は聖戦の遺物だから。その仕組みも製造法も破壊の仕方も分からない。大昔に破壊を試みて、辺り一面焦土に成ったって事例も存在するし」


(作為的であった分、私はラッキーだったのか……いや、逆のような気もする……)


 複雑な気持ちになった桜子だったが、先程から気になっていた事を尋ねた。


「ところで、車掌さんにアンネリーゼさんの顔を見られると不味かったの?」


「アンネリーゼ様のお顔は国民に広く知れ渡っているからね。ここに居ることが知られたら大騒ぎになるの」


「じゃあ、この後グロービスでどうやって行動するの?」


「………」

 アンネリーゼとアルベルティーナは互いに顔を見合わせ沈黙してしまった。

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