#8 「どんなに美人でも、15分もすれば子泣き爺だよ」
定刻から二時間の遅れはあったが列車は無事にグロービスに到着した。
日は既に傾いており、もう間もなく夜を迎えるような時刻だった。
飲食店が立ち並ぶ市街は夕食時で賑わっている。
そんな人が行き交う街路を桜子は足取り重く歩いていた。
桜子の背中には、丈の長いコートを羽織ったアンネリーゼがフードを深くかぶりおぶさっていた。
アルベルティーナは桜子の頭の上に寝転がっている。
「ねえ、アルは飛べるんだから私に乗る必要なくない?」
「ほんのちょっぴり重さを感じる程度でしょ」
「精神的にくるんだって……」
「でも、流石はテレージア様。アンネリーゼ様が元の姿に戻った時の事も考えて、コートを用意してくれてたなんて」
「ちゃんと靴も用意して欲しかったけどね……」
列車の中で、アンネリーゼの姿がバレない様にするにはどうすれば良いのかを考えていた桜子達は、テレージアが用意してくれたカバンを思い出した。それには大人用のフード付きのコートが入っていた。恐らくテレージアが、道中でアンネリーゼが元の姿に戻った時の事を考え用意してくれたのだろう。
桜子達は有難く使わせてもらう事にしたが、靴までは用意されていなかった。
そこで、桜子がアンネリーゼをおんぶして列車を下りる事となったのだ。
時間帯的にヨハンナに会うのは翌日が良いだろうという結論になり、三人は宿屋へと向かった。しかし、宿屋に着くと宿は満室で泊まれなかった。ハルレインへ向かう人達が列車の復旧を待つため宿屋に押しかけたためである。
三人は新たに宿を探すが、どこも満室で中々見つからず桜子は途方に暮れていた。
「ねぇ……どうするの。私、野宿とか絶対嫌なんだけど」
「野宿はできないわよ。警史に連行されちゃうから。ほら、がんばって」
アルベルティーナは桜子の頭の上に腰掛け、両脚を交互に上下させている。
「がんばれない。私、物理的に色々背負い込んでんだよ」
「アンネリーゼ様を背負えるなんて光栄な事よ」
「どんなに美人でも、15分もすれば子泣き爺だよ」
「どういう意味だ?」
「重いってことです」
アンネリーゼはチョークスリーパーで桜子の首を絞め上げた。
桜子は「苦しい!」という苦悶の声と共にアンネリーゼの腕をバシバシと叩く。桜子としてはギブアップの意思表示だったが、こちらの世界にそのような認識は無いのか、アンネリーゼの絞め付けはより強まった。それにより、足のもつれた桜子はそのまま前のめりに倒れてしまった。
うつ伏せで痛がる桜子の背中には悠々とアンネリーゼが腰掛けていた。
「私としては野宿でも構わんのだが。母上の真意が分からぬ以上、ヨハンナと会うまで身元がバレるのは避けたい……。どうしたものか」
「先ずは、私の上から退く事から初めてみてはいかがでしょう」
「ほら、桜子。そんな所で寝転がってたら往来の邪魔になるわよ」
「それはアンネリーゼさんに言ってよ!」
桜子は小さな子供が駄々をこねるように両手足をバタバタさせながら嘆いた。
「もうヤダぁ、疲れたぁ! 休みたい。お腹すいたぁ~! ご飯食べたい。すき焼き食べたい。豚カツ食べたい。ラーメンも。後、お米食べたい~ッ!」
駄々っ子を演じる桜子の前に人影が立ち止まった。
桜子は思わず、その人影を見上げた。
そこには黒髪で黒い瞳のおよそ二十代のくらいの女性が心配そうに見下ろしていた。
「あなた、日本人?」
その女性は桜子にそう尋ねた。桜子は予想外の質問に呆気に取られ、「はぁ」と間の抜けた返事をしていた。
「やっぱりね。すき焼きとか豚カツとかお米とか言ってたから、そうかな~って」
「お姉さんも日本人なんですか?」
「そうよ。こっちに来て同じ国の人に会うのは初めて。私は『加藤 彩乃』。よろしくね」
彩乃の指には桜子と同じ『翻訳の聖石』がはめられていた。
「一色桜子です。頭に載ってるのがアルで、背中に載っているのがアンネ……さんです」
桜子は一応、アンネリーゼと呼ぶのを避けアンネと呼んだ。
アンネリーゼもフードを深く被り顔を隠した。
彩乃は桜子たちの状態を不思議そうに見詰めながら言った。
「それで、これは今どういう状況なの?」
「あ……その、今日この街に来たんですけど宿が見つからなくて、アンネさんが靴を失くしたので私がおんぶして歩いてたら、ここで行き倒れたという状態です」
アンネリーゼが靴を失くしたというのは嘘だったが、本当の事を言うわけにもいかないので仕方なく桜子はそう伝えた。
「それは大変だったわね。良かったら家に来る?」
「いいんですか? 初対面なのに」
「同じ日本人なんだから助け合わなきゃ」
彩乃は笑顔でそう答えた。
彩乃の素性は知らなかったが、その表情や言葉から信用しても大丈夫だと桜子は感じた。
「アンネさん、どうします?」
「そうしよう」
アンネリーゼも彩乃に対し、桜子と同じ印象を持ったのか間を置かず同意した。
アルベルティーナはアンネリーゼの耳元まで飛んで行くと小声で話し掛けた。
「大丈夫ですか? バレて騒ぎになったら……」
「別段、追われているわけでもないからな。慎重になりすぎる必要もなかろう。一人くらいなら口止めする方法などいくらでもある」
彩乃に案内されるまま三人は歩き出した。その道中で桜子は彩乃に尋ねた。
「彩乃さんはいつからこっちの世界にいるんですか?」
「一年くらい前かな」
「それで今、何をやってるですか?」
「『教会』でお仕事してる」
「『教会』?」
「たぶん、今桜子ちゃんが思い浮かべた教会とは別物だけどね」
何が違うのだろうと、桜子は頭の上に疑問符を並べた。桜子の頭の上に居たアルベルティーナが見かねて説明を始めた。
「『教会』はね、聖石を管理している組織。各公国各都市には必ず『カテドラル』という建物があって、そこで聖石に関わる業務をやっているの。後は『御使い人』の保護なんかもやってる。公国府とは別系統の組織だから気を付けてね」
「物知りな妖精さんね。妖精がいるとは聞いてたけど、本物は見たのは初めて」
彩乃はそう言うと桜子の頭の上に居るアルベルティーナを覗き込む。
物珍しそうに見つめられたアルベルティーナはそっぽを向いてしまった。
その様子に残念そうな顔をする彩乃だった。
その後、道中で夕食用の食材を買い揃えた一同は彩乃の家へと向かった。




