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#1 見た目より老けて見える女王アンネリーゼ(17歳)

 その場所は『祭儀の間』と呼ばれていた。

 古代ギリシャ建築のような柱が天井を支え、碁盤の目のように規則正しく石畳が敷かれている。その部屋の中央にある、幾何学的な模様が彫られた丸い台座の上に一色桜子は倒れていた。

 意識を取り戻した桜子は、小さく呻き声をあげながら体を起こした。茶髪の癖のついたミディアムカットの髪を片手で押さえ、彼女は辺りを見渡した。

 上に行くための階段が見える。独特な湿っぽさとカビ臭さ、地下に居る事は間違いなかった。しかし、不気味さは無かった。天井から吊るされたランプ群が淡く幻想的に部屋を照らしていた。


(何だろう……このファンタジーな場所は。私、確か流星群を見てて……)


 桜子はこの状況に至った経緯を必死に思い出そうとした。近所の高台に流星群を見に行ったこと。そこで見た流れ星にバカなお願いをしたこと。そして――


(そうだ! その後、辺り一面光に包まれて気を失ったんだ)


 その結果から、どうして今自分がここに居るのかを捻り出そうとしていると、桜子の正面にある階段から足音が聞こえて来た。桜子は階段から降りてくる人物を凝視した。


 下りて来たのは息をするのも忘れるほどの美しい女性だった。淡いブロンドの髪はシルクのように滑らかで艶やかであり、深く碧い眼はどこまでも澄んでいる。ドレスから伸びる脚は抜けるように白い。その身なりから高貴な身分であることが窺える。絵に描いたような完璧な美女だった。

 桜子は台座の上でへたり込んだまま、その女性の美貌に目を奪われていた。


「#%$&*%&#」


 ブロンド髪の女性が何か桜子に話し掛けたが、まったく聞き取れなかった。聞き覚えのない言語であり、桜子が聞いたことのある言語群とは雰囲気すら全くかすりもしなかった。しかし、柔らかく潤った唇から発せられたその声の響きに、桜子は仄かなときめきを覚えた。


(うわッ……凄い美人さん。この人、外国人だよね。私、外国に連れて来られたってこと!)


 超絶美人は桜子の手を握ると、その人差し指に宝石の付いた指輪をはめた。桜子はその行動に驚きながらも思わず頬を染めた。


(髪きれい、肌白ッ、目おっきい、まつげ長いし、スタイルも抜群。実際いるんだ、こんなスーパー美人。でも、この人が私のことを拉致したって事? でも何で指輪?)


 そんなことを考える桜子を見下ろしながら、その女性はゆっくりと口を開いた。


「面倒を掛けるな、メスガキ風情が」


 その粗暴な言葉遣いに、桜子の思考が一瞬停止した。


「さて、何から話せばいいか……」


 戸惑う桜子を気に留めることなく、その女性は話を始めようとしていた。


「あ、あの~……」


 桜子は困惑する気持ちを抑え、どもりながらも声を出した。それに気づいた口の悪い超絶美人は

「その指輪に付いている『聖石』の効果で、お前はこちらの世界の言葉が理解できるようになったのだ」

 と聞いてもいないことを話し出した。


「いや、まあ、それもそうなんですけど……、私が聞きたいのは――って今、こちらの世界って言いました!?」


 桜子の仰天した様子とは対照的に女性は素っ気なく頷いた。


「こちらの世界って何ですか! そもそも、あなたは誰で、ここはどこで、私は何の目的でここに連れて来られたんですか!」


「そうだな、先ずはそれから話そうか。この世界の名は『ヴァースラント』。聖王陛下が全ての大地を治める世界。そして、ここは西の大陸の統治を任された『サヴマトン公国』の首都『フィリーア・レーギス』その公王府の敷地内にある祭儀の間だ。王家の人間のみ入ることを許されている。私の名は『アンネリーゼ・ブラインミュラー』この国を治める公王だ。私がお前をこの世界に呼んだ。お前の下にあるのが転移装置。そしてお前はこの『聖石』に導かれた。」


 そう言ってアンネリーゼが見せたのは、金属製の細身のブレスレットだった。

 それにも先程、桜子の指にはめられた指輪と同じ、指の爪程の大きさの宝石がはめ込まれていた。


「『聖石』って、この指輪の宝石みたいなやつですか?」

アンネリーゼは頷くと話を続けた。

「今、私が手にしている聖石はお前にしか使えない。その転移装置は一つの『聖石』から、最も繋がりが強い者を別の世界から呼び寄せる事ができる。そして、お前が呼ばれた」


 桜子はアンネリーゼの言葉を聞き、深く考え込んだ。

「つまり……、私は伝説の勇者的な何かで、その伝説っぽいブレスレットを使い、この世界をイイ感じに救え、って事ですか? 先程、話にも出ていた『聖王』というこの世界を支配している人を倒したら良いんですか?」

「その逆だ。聖王陛下に取り入るためにこの聖石を使う」

 桜子は露骨に首を傾げ、頭の上に疑問符を並べた。


「この世界には四つの公国が存在し、各国に公王が存在する。そして、その上に立つのが聖王陛下だ。もし、聖王陛下に世継ぎがいない場合、各国の公王から次代の聖王が選ばれる。今の聖王陛下には世継ぎがおられない。しかも、余命も短い」

「アンネリーゼさんが聖王に成るために私を点数稼ぎに使う、という事ですか?」

 アンネリーゼは頷いた。


「ちなみになんですけど、そのブレスレット――聖石って何ができるんですか?」

「これは『逆行の聖石』と呼ばれる希少な物だ。生物を若返らせることができる。年老いた権力者が望むもの。それは若さだ。その若さが手に入れば何でもするだろう。」

「でも、生き永らえさせちゃったら、アンネリーゼさんは聖王に成れないんじゃ?」

「条件次第でどうにでもなる。それに、現聖王陛下は王位に執着がない」


 アンネリーゼは未だに転移装置の台座に座り込んでいる桜子の前まで歩みを進めた。

「さあ、これを付けて私のために働け」

 そう言うと、アンネリーゼは桜子にブレスレットをはめようと手を取るが、


「嫌ですッ!」と大声で拒絶されてしまう。


 アンネリーゼは一瞬面食らうが、すぐさま怒りの表情を見せると桜子に掴み掛かり、無理やりにブレスレットをはめようとする。


「暴れるな! お前に拒否権などあると思うな! 私の言う通りにしろ。公王である私の命令が聞けぬと言うのか!」

「聞けぬと言うとるんです! 何なんですか、聖石って。怪し過ぎなんですけど! それに、そっちの都合でこんな所に連れて来られたのに、めちゃくちゃ上から目線だし。偉そうだし。お願いした事があるなら、ちゃんと頭を下げて下さいよ!」

「お前のようなメスガキに、王である私が頭を下げられるか!」

「メスガキじゃありません~。十六歳ですぅ~。一色桜子って名前もありますぅ~」

「私より一歳下で、見た目もガキっぽい。メスガキで充分だろ!」

「アンネリーゼさんは老けて見えますね。ニ十前半位と思ってました」


 二人の取っ組み合いはキャットファイトの様相を呈していたが、アンネリーゼはどうにかブレスレットを桜子に取りつけることに成功しする。

 しかし、桜子に手の甲を噛まれ身悶えし、後ろに下がった。


 アンネリーゼは怒りに打ち震えながら言った。


「いい加減にしろよ……メスガキ。普段なら不敬罪に処してやるところだが、お前にはやってもらう事がある。しかし、五体満足である必要はない」


 表情は怒りで引きつっている。その目は冷酷であり残忍さが滲み出ていた。

「先ずは脚の腱を切り歩けなくする。いや、切断してやってもいい。腕も不要か。聖石の取り付けなど、どうとでもなるからな。その状態に成ればお前も多少は協力的に――」


 クシュン


 桜子のくしゃみで場がシーンとなる。

「あ、ごめんなさい。続けて」

 桜子は「どうぞ、どうぞ」とジェスチャーをし、アンネリーゼに話を促した。


「つ、つまりだ、お前を痛めつけて従わせる――」


クシュン

「あ、続けて良いですよ」


「続けられるか! 話の腰が雑骨折してるわッ!」

「いや、私が悪いわけじゃないですよ。この部屋、なんか埃ぽくって――」

 桜子は言い終える前にもう一度くしゃみをした。


「お前は、私をどこまで愚弄すれば気が済むのだ……」

 アンネリーゼの怒りは限界を迎えそうだった。


「そもそも、私にお願いしたいのなら、六歳くらいの幼女に戻って出直して来てください。そうしたら、どんな願いでも聞いてあげますよ!」


「つまり、お前は、痛い目に会いたいという事だな?」


 アンネリーゼがそう告げると、ネックレスの黒い宝石が鈍い光を放った。

 次の瞬間、アンネリーゼは黒い炎もしくはオーラとも見える揺らめきに包まれた。そして、その漆黒のオーラはやがて彼女の手の中でハルバートを形成した。


「先ずは、足を切り落として逃げられないようにしてやる」

 そうアンネリーゼは冷たく言い放つ。


 ここに来て、ようやくアンネリーゼの明確な殺意を感じた桜子は焦りだした。

「あの~……落ち着いてください。もう少し話し合いましょう。暴力は良くないです。暴力は良くない」

「最早、問答の余地もない!」

 アンネリーゼはそう言い放つと、地を蹴り、淡い光を放つ漆黒のハルバートで斬りかかった。


 桜子は思わず身構えた。しかし、鼻がムズムズする。


 ハックション!


 切迫した状態だったが桜子は大きなくしゃみをした。


 その瞬間、ポンという間の抜けな音と共に淡いブロンド髪の幼女が桜子の胸に飛び込んできた。


 桜子はその子を抱き上げ、顔を合わせる。特徴がアンネリーゼによく似ている。

 ロングのブロンド髪で、碧い瞳をした年の頃は五、六歳ほどの女の子。直ぐにでも脱げ落ちそうなドレスを着ている。

 この場には桜子とアンネリーゼ以外の人間は居なかった。状況から察するに、その子はアンネリーゼが幼女化したもので、先程斬りかかった時の勢いそのままに桜子の胸に飛び込んできたものと考えられた。


 しかし、桜子にとってそんな状況分析はどうでもよかった。目の前にいる美幼女に目を奪われ、桜子の時間は止まっていた。それ程に彼女の思考は停止し、胸の高鳴りを抑えきれなかった。


 それはもはや一目惚れだった。


「か……」

 桜子は思考停止した状態から再起動すると、聞き取れないほどの小声で何かを呟き


「きゃわいいぃーーーーーーー!」


 と奇声を発すると、愛らしい幼女を抱きしめ頬を擦りつけた。


「可愛い! 可愛すぎる! 淡くて艶のあるブロンドの長い髪。大きいまん丸のお目々はリゾート地のコバルトブルーの海のように綺麗でとても澄んでる。そして、雪を欺くような白い肌はぷにぷにで柔らかいぃ~。お人形さんみたいぃ~。いやいや、お人形さんよりもずっと可愛い。ここまでくると可愛いの暴力、いや、可愛いのデンプシーロールやでぇ!」


 一通り騒いだ後、桜子はきょとんとする幼女と目線を合わせる。

「私は桜子。アナタのお名前は何て言うの?」

「アンネ、アンネリーゼ」

 小さなアンネリーゼは桜子の勢いに押され、たどたどしく答えた。

「そう、アンネちゃん。お名前も可愛いねぇ」


 アンネリーゼははにかむようにして笑った。

 その仕草を見て桜子は幸せトリップ状態だったが、ふとある事が頭をよぎる。


(今、アンネリーゼって言ったよね。確かその名前は、私が記憶から消したかった名前だったはず……)


 桜子は数分前にアンネリーゼが言っていたことを思い出していた。

 桜子の腕にあるブレスレット。それにはめられた宝石は『逆行の聖石』と呼ばれている。その力は生物を若返らせる事ができる。そして、その力が使えるのは桜子だけである。


(う~ん……、もしかして、私がアンネリーゼさんを幼女にしちゃった? これってどう考えても不味いんじゃなかろうか。アンネリーゼさん、自分のこと王様だって言ってたし)


「ねぇ、サクラコはなにしてる人なの?」


色々と思考を巡らせていた桜子だったが、アンネリーゼの言葉で我に返る。


「仕事ってことかな? 私は高校生」

「こーこーせー?」

「あ~……そうだなぁ、学生さん。此処とは別の世界の。アンネちゃんは此処とは違う、別の世界があることは知ってる?」

「うん、知ってるよ」


(異世界が存在するっていうのは、この世界では常識なのか……。まあ、それより、これからどうするかって方が問題だよね。逃げた方が良いよね、絶対)


「ねえ、アンネちゃんは今ここが何処だか分かる?」


 アンネは辺りを見渡して、首を横に振る。

「わかんない」

「そうだよね、分かんないよね」

 落胆し、ため息混じりに言う桜子を見て、アンネは心配そうに桜子の顔を覗き込む。

 その健気さと尊さに桜子は悶えた。


(可愛いぃ、可愛すぎて体中から何か変な液体が溢れ出しそう。『可愛いは正義』。ホンマこれやで。うん? ちょっと待てよ。私はアンネリーゼさんを幼女にする事で、彼女を可愛くしてあげたという事にならないだろうか。『可愛いは正義』。つまり私は『正義』を行ったという事になる。何もやましい事なんて一つもない。正義の名のもとに行ったことだ。私は正しい。もし、私の行いを否定する者がいるなら、その者は幼女神の名のもとに裁かれるに違いない。私は堂々と生きて良いのだ。私には幼女神の加護があるのだから。)

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