キミのいた跡 その2
通称「猫寺」の取材の為に、紺野先輩と南川地区にやってきた雨乃。取材後、謎の光景に遭遇する…
紺野先輩が寺事務所のチャイムを押す。
「こんにちわー!」
すると、はーい、と返事が聞こえ、足音が近づいてくる。玄関扉が開いた。中からは”坊主”ではない、中年のメガネをかけた男性が出てきた。
「こんにちわ。ああ、新聞部の方かな?」
「はい。私、新聞部で二年の紺野って言います。で、隣が一年生の雨乃です」
「よろしくお願いします」
先輩に挨拶をしてもらい、私も礼をする。
「よろしくね。今日担当する蓮田です」
雰囲気から、蓮田さんは優しい人だと感じる。厳しい人も中にはいるから、少し安心した。
「よろしくお願いします。連絡いただいた通り、住職さんは後からいらっしゃるんでしたよね?」
先輩からの事前情報によると、今日は住職さんが急な出張だとかで、代わりに息子である蓮田さんが住職さんが来るまでお話をしてくださることになっているそうだ。
「そうなんです、ごめんね。急遽、僕が担当することになって。父は、住職は夕方までには帰ってくるので、それまで僕ができる範囲で対応するということになってます」
「あの、ちなみに蓮田さんはお寺のお仕事はされてないんですか?」
先輩が好奇心からだろう、質問する。
「ああ、普段は別の仕事をしているよ。たまにお手伝いはしているけど。どうかしたのかい?」
「いや、坊主にされていなかったので、つい」
「ああ、コレね」
先輩の少しあげていた視線に気づいたようだ。
「ああ。確かに、お坊さんって、坊主のイメージがあるからね。でも、実際のところ、宗派や、現代の捉え方によって坊主にしなかったりするお坊さんもいるんだよ」
「へぇー、そうなんですか。てっきり全員坊主だと思ってました」
「普通はそう思っちゃうよね。とりあえず、上がってもらって。座敷の方に案内するよ」
靴を整え、室内に上がったのち、縁側を通って庭を一望できる座敷に通される。畳の香り、障子からの柔らかな日差し。なんだか、落ち着く。自宅に畳の部屋がないのにリラックスできるのは、やはり日本人だからなのだろう。
「どうぞ、お座りください」
「ありがとうございます」
赤みがかった漆塗りのテーブル挟んで、手前に私たちが座り、奥に蓮田さんが回る。
「ちょっと待っててね。いまお茶をお出しするので」
「ありがとうございます」
蓮田さんが一旦席を離れる。
座敷を見渡す。よくお客に使っているからだろうか、猫寺と言われるだけあって、掛け軸、置物共に猫が飾られている。少し上を見ると、竹やぶがデザインされた欄間が光の反射でよく映えている。また、何枚かの賞状が額縁に入れられて飾られている。
猫の置物と並んで、数枚の写真が飾られている。
「先輩、この方が住職さんですかね?」
私は一枚の写真を指す。一人の老人があぐらをかき、何匹かの猫に囲まれ、カメラに向かって白い猫を抱えながら笑顔を浮かべる写真だ。
「あー確かにそうかも! すごくステキな笑顔」
「猫ちゃんも落ち着いていますし、いい写真ですね」
「ほら、特にこの抱えられている子、お腹見せてるぐらいだから相当なついてるみたいね」
「お待たせしました」
話しているうちに蓮田さんが戻ってきた。テーブルには暖かいお茶、三毛猫の顔の形をしたクッキーが並べられた。
「あ! これ知ってます。有名なクッキーですよね、駅近の」
先輩がテーブルに手をついて前かがみになりながら嬉しそうに言う。シュガークッキーのようで、左耳が淡いグレーで、左耳がオレンジがかった茶色、顔は白にコーティングされている。
「知ってるんですか。実は、うちの親族がやってまして。よくいただくんだよ。美味しいからどうぞ召し上がれ」
「いただきます! でも、かわいくて食べるのがなんか勿体無いですね」
そう言いながらも、先輩はリスのようにクッキーを両手で持ち、容赦なくパクパク食べ始めた。
雑談の後、取材に入る。小一時間に渡って、この蓮水寺について蓮田さんにお話をしていただいた。この寺の歴史、ご利益、さらには猫寺のことなど、たくさん教えていただいた。その話の中で、この寺を訪れた人に見せている、この寺にやってくる猫について書かれていたり、交流のために置かれている「猫ノート」や、四季折々の猫の写真のアルバムを見せていただいたりもした。
「どうだい、せっかくだから何か書いていってはくれないかな?」
「是非とも書かせていただきますね」
「そうだ、その前に、せっかくだからうちの庭を見てきなよ。縁側にサンダル置いてあるからさ。父が帰ってくるまでもう少し時間があるからそれがいい。何匹か今日も猫が来てるから」
「そうですね、見させていただきます」
「やってくる子は触っても大丈夫なんですか?」
「ああ。乱暴しない限りみんなおとなしい子だよ。人懐っこいし。ただ、餌はやらないでね。そういうきまりになってるから」
「わかりました!」
私達は立ち上がり、正座をしていたために若干痺れた足取りで縁側に向かい、サンダルに履き替えた。
少し庭を散策すると、すぐに猫達を見つける。
「あ、見て! 早速発見!」
先輩はゆっくり近づきしゃがむ。逃げることなく、猫はしゃがみこんだ。淡い茶色と白の猫で、背中を撫でた。慣れている様子で、その場に伏せ、なすがままになっている。さすが、猫寺の猫だ。
「やばい、猫飼いたくなる」
先輩の目は恍惚としており、とろんとしている。今にも、よだれが垂れそうな表情だ。猫の魅力に取り込まれてしまったようだ。
「確かにそう思いますね。先輩、写真撮りますね。こっち向いてください」
私は、持って来たデジカメを構えた。先輩はニコッと微笑み、ピース。ぱしゃり。
「ああ〜。一匹貰えないかな。ねこちゃーん。うち、こない?」
タイミングのいいことに、撫でられて満足したのだろう、猫は立ち上がって歩いていく。
「ふられちゃったよぁ〜。芽来ちゃ〜ん」
「まぁ、猫は基本マイペースですからねぇ。他のネコちゃんも探しましょっか」
何匹かの猫と戯れていくごとに、先輩は段々と、普段見せないほどに表情がとろけていった。
そんな中、私達は不思議な行動を取る一匹の猫に遭遇する。
「先輩、見てくださいあの猫。なんか、切り株を齧ってますよ」
「えっ、どれどれ?」
「あそこです、あそこ!」
私が指をさし、先輩も気づいた。そこには、薄いクレー色の猫が、切り株とひとり戯れていた。
「あ、ホントだ! なにやってるんだろう。近づいてみようよ」
そばに近寄る。しかし、しばらくその猫は私たちには見向きもせずに、その切り株を齧ったり、体を擦らせ、くねらせていた。この様子は、どこかで見覚えがあった。
「またたび、ですかね?」
「若干酔ってる感じもするもんね」
猫は、私たちをチラ見しつつも、陶酔しているのか、その場で転がったり、また切り株を回りながら、体をこすりつけたりしている。
さらに私は、おかしなモノに気づいた。
「それよりも先輩。切り株の切断面、見てください」
「あ! 切り口にお金が散らばってる!」
そこには、七〜八枚の五円玉や十円玉硬貨が散らされていた。
「なんなんでしょうね、コレ。変な儀式か何かですかね」
「確かに、変ね」
そう言いながらも、すでに先輩はマタタビによっているであろう灰色猫を手中に収め、首元を撫で回している。
「またたび香る切り株に、ばら撒かれたコイン…」
「なんか、面白そうね。眼来ちゃんの表情も段々と神妙になってるし!」
先輩に言われ、慌てて表情をごまかす。考え事をすると、若干顔が硬くなってしまうのが癖になってしまっている。
「そ、そんなことないですよ!」
「…そうだ! せっかくだし推理ゲームしようよ、芽来ちゃん! これがなんなのかって」
「き、気になりますしね」
「多分住職さんなら知ってるだろうし、来るまでってことで、どう?」
「やりましょう!」
「よーし、勝負ね」
私たちは、切り株周辺の写真を収めた後、取材ノートのある座敷へと戻り、謎の切り株の正体をつきとめるべく、推理を始めた。
その3に続きます。