キミのいた跡 その3
取材のために通称猫寺に訪れた雨乃たち。硬貨が散らされた謎の切り株で、マタタビのように酔う猫に雨乃たちが遭遇する。その理由とは?
「さて、芽来ちゃん。ここまでのことを整理しましょっか」
私と紺野先輩は先ほどまで居た座敷に戻り、遭遇した光景について振り返る。
「まず、さっき見た様子を順番にあげてみましょっか」
「はい。まずは…そうですね、切り株をかじる猫に遭遇しましたね」
「それでその猫は、まるでマタタビに酔っているように、体をくねらせたり、切り株に体を擦りつけていた」
「そのあと、切り株の上に小銭が散らされていることに気づきました」
「状況としてはこんなところね。何か他に気づいたことはあったかしら?」
「えーっとですね、写真撮ってみたんですが、見てください、これ」
私は先輩にカメラの画面を見せる。
「切り口の木の色合いを見た限り、切ってから時間は経っているようです」
「そうね。確かに、割と暗めの茶色だね」
「それと、拡大して気づいたんですけど、切り口に二箇所、穴が空いてるみたいです」
「穴?」
私は、拡大機能を使い、写真の年輪のある部分を指差す。
「これです。何か、釘か何かがささっていたような跡と、その周辺に金属の赤サビらしきものが少しついていますね」
「ホントだ。なんだろね、これ」
「これも何か関係があるかもしれませんね。先輩は何か感じたり、気づいたことはありましたか?」
「そうね。なんとなく、いい匂いがしたような? なんだろう、ひのき、的な?」
「匂い、ですか?」
「うん。まぁ、芽来ちゃんが気づかなかったなら、大したことじゃないかもね。あとは、見たとおりのことなんだけど、切り株の樹皮は猫に引っかかれたり、噛まれたりしたからだろうけど、結構細い傷や裂け目があったわね」
「そうですね。それも、結構な数。前からそのような状態だったことが伺えますね」
「状況はこんなところかなぁ。じゃあ、ここからはここから推測できることを考えてみよっか」
お互いに、ここまでの状態を取材ノートにまとめたので、ここからは考察に入る。
「そうですね。小銭が散らされていたのは、ここは寺ですし、お供え物、あるいは賽銭ではないかと思います」
「ということは、あの切り株は何かを信仰する場所、もしくは信仰されているものだってこと?」
「はい。何かは分かりませんけど、可能性のトップに上げられるのが、あの切り株自体が信仰の対象で、それを信仰しているんじゃないかなって」
寺社仏閣といえば、やはり信仰がつきもので、昔からお賽銭や、お金を供えるというのはそのような場所では一般的なので、この切り株自体に対して、なんらかの信仰があってもおかしい話ではない。
「確かに考えられるわね。このお寺のサイト見てみる」先輩はおもむろにスマートフォンを取り出し、確認する「うーん。そんな記述はなさそう」
先輩は残念そうに、スマホをポケットにしまう。確かに、もし信仰があるのならば、掲載されるだろうし。
「そうですか。じゃあ、却下ですかね」
「それに、もしそういうパワースポットだったら、立て看板とか宣伝するはずだし、その線は薄いかなぁ」
「それじゃあ、別の事象を考えてみましょう。なぜ、あの切り株の周りで、あそこに居た猫はマタタビのような影響を受けていたのか」
切り株に散らされたお金との関連性があるのだろうけど、現段階では独立して、謎を解く切り口として単体で考えてみる。
「うーん、最初はマタタビみたいな香りと効力がある、珍しい木として有名な説を考えてみてたんだけど、サイトにもなかったから違うだろうし…」
先輩は言葉につまり、うーんと唸る。
「そうなると、あれはマタタビだと確定していいかもしれませんね、そんなに珍しい事象が起こっているのに掲載されていないことを考えると」
「人為的に蒔かれたとみていいかもね」
そう考えると、新たな謎が浮かび上がってくる。
「でも、それならなんでマタタビを蒔いたんでしょうね?」
「まぁ、面白半分っていうのが一般的ではあるだろうけど、猫が気持ちよくさせたいから、とか猫を呼び寄せたいから、とかそんな感じだとは思うんだけど」
「猫を呼び寄せたい理由があることになりますよね」
「例えば、猫が集まる切り株 ! って感じの新しいスポットにするための下準備とかどうだろ?」
「でも、それだと切り株に蒔かれたお金、つまり、すでにやってくる人間がいるということに矛盾しますね」
もし、下準備であったなら、すでに信仰としてお金が供えられ、人々がやってきているという事象と矛盾することになってしまうため、私は否定する。
「そうなんだよねぇ〜。何か、周りにヒントはないかしらね」
先輩はそう言って、座敷の周囲を見渡した。周囲には先ほどの写真、掛け軸、置物といったものしかない。
「写真とかにヒントはないかなぁ。あっ!」
先輩は声をあげ、並べられた写真たてのところに近寄る。
「どうしたんですか?」
「この写真、見て」先輩は一枚の写真立てを指差す。「この猫、さっきのクッキーの猫の顔とそっくりだよ!」
先輩が見せる写真には「キミさんと」とタイトルが名付けられている。何枚かの写真に写っている住職らしき人物と一緒に、同じ年齢ほどのおばあさんが、何匹かの猫とともに写っている。その写真の中で、おばあさんに抱えられた猫が確かに先ほどお茶とともに出していただいた三毛猫のクッキーの顔の配色がそっくりだ。色だけで言えば、住職が抱えている猫も同じ色合いなので、兄弟猫ではないかと想像がつく。
キミさんというのはこのおばあちゃんのことだろうか。二人の年齢から夫婦のようにも見えなくもないが、タイトルにキミさんと「さん」付けされていることから、寺にやってきた老女と撮った一枚というのが妥当なところだろう。
「まさか、この猫がクッキーの猫のモデルだったりして?」
「確かにあるえるかもしれないですね」
あとは周囲の写真や賞状など、飾られたものを一通り調べてみるが、有益な手がかりは得られなかった。
ふと、庭に視線を向けた時、人影が目に入った。
「ねぇ、あのおばあさんのいる場所、あそこって切り株のところじゃない?」
庭の奥、先ほどまで私たちが居た、例の切り株のあたりで年配の女性が立ち止まっていた。
「ホントですね。もしかしたら何か知ってる人かもしれませんよ?」
「聞きに行っててみよう!」
もう一度、切り株のところへ向かうと、おばあさんが切り株に手を合わせ、お参りをしていた。少し、離れたところからまずは様子を眺める。
「芽来ちゃん、お参りしてるってことはお墓ってことなのかしら?」
「いいえ、多分違いますよ。お墓だったら普通はお金は添えませんし、墓標があるはずです」
「あっ、そうだね」
一通りの祈りが終わり、しばらくして、やってきた猫と戯れ始めたところで私たちは声をかける。
「あの、すいません」
「あら、こんにちわ。どうかしましたか?」
「私たち、大々牙象高校の新聞部で、お寺の方に取材に来てるんですけど、この切り株ってなんなんですか?」
「ああ、これですか。キミさんだよ。キミさんのお気に入りの場所。亡くなってしまったけど、思い出の場所だからねぇ。こうやってたまにお参りに来るのよ」
「あの、キミさんっていうのは」
「あら知らない? 有名だったのに?」
口調から、この辺では名の知られた話であるということがよく伝わった。
「私たち近所ではなくて」
「住職の譲治さんに取材なんでしょう?」
「はい、そうです」
「それならせっかくだし、譲治さんに聞いてみなさい。きっと写真も残ってるはずよ」
「やっぱり、住職さんは知っているんですね」
「ええ。きっと面白い事してるなぁと思いますよ」おばあさんが猫の首元を撫でると、その茶色の猫はゴロゴロと喉を鳴らす。「では私はこれで。…ふふふ」
口に手を当てて上品な笑みを浮かべ、猫にバイバイと言った後、おばさんは帰って行った。
面白い…こと? 写真? 話の流れから、この切り株の事象は、過去から現在に至るまで進行形の事象だと、おばあさんとの会話からわかったけれど…。
「面白い事? どういうことなんだろうね、芽来ちゃん」
先輩は少し混乱している様子だ。
私はなんとなく、この現象の輪郭を捉えつつあった。キーワードは、切り株の上に散らばる小銭、マタタビに酔う猫。そして、おばあさんが口にし、写真にも登場したキミさん…。そして、住職の行い、続けている面白い事。猫のクッキーも鍵の一つかもしれない。
頭の中でキーワードがお互いにかみ合い、歯車を回し始めた。すべての謎が一つに収束しつつある。一つの推理の道筋が、まっすぐではないが、私の頭の中には出来上がっていた。
「どうですか、先輩。謎は解けそうですか?」
「ちょっとおばあさんの言った、面白い事で混乱してるけど、一つ推測できたかな」
先輩の方も、推理は展開できる、というような自信ある表情を見せた。
「そろそろ住職さんもいらっしゃる頃ですし、答え合わせの時間ですね」
「よーし、勝負よ、芽来ちゃん! 推理をまとめておかなきゃ!」
私を残し、絶対に勝つと言わんばかりに、先輩は座敷へと足早と向かっていった。私はもう一度、切り株をみる。先ほどおばあさんと戯れていた茶色の猫が、ふと切り株の上に登り、体を断面にこすりつけた。恍惚としつつも、眠そう表情を浮かべている。
あ、面白い事とはそういうことなんだ。私の頭の中の道筋が、まっすぐになり、一つに収束した。
「…先輩、私わかっちゃいました」
私はつぶやき、落ち着いた足取りで先輩のいる座敷へと向かった。
その4に続きます




