120:王都ミナカタ-22
「よっ。ミカヅキ。」
「久しぶりです。ヤタ。」
俺は王都の神殿前広場で待っていたミカヅキに声をかける。
なお、既に日は暮れて、王都は全体として一日の労いをする状態に入っている。
「で、他の二人はどうしたんだ?」
「それがヤタと会うから一緒に行きますか?と、訊いたら二人揃って妙な表情をしながら遠慮したんですよね。訳が分かりません。」
何だそれは?本当に意味が分からん。
「まあとりあえず今回は≪隠具職人≫の店に案内してくれる。ってことでいいんだよな。」
「ええ。少々不安な点がありますが、案内できるとは思います。」
「じゃあよろしく。」
「はい。」
そして俺はミカヅキからのPT申請を受け入れると、一緒に職人街の方へと歩きだした。
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「それにしても≪隠具職人≫の店ってなんで掲示板にも上がらないんだ?」
職人街の大通りを対雪飛竜に役立ちそうなアイテムを探しつつ歩きながら俺はミカヅキに聞く。
「まず一つ目の問題がこれですね。」
「?」
そう言ってミカヅキが店と店の間に有る小さな通りの先にある壁を叩く。
「その壁がどうしたんだ?」
「私が≪隠具職人≫の店を見つけた時はここから≪隠具職人≫の店に行けたんです。」
へっ?そりゃあどういう事だ?うーん。俺の目にはただの壁にしか見えないがミカヅキの目には扉が見えているとか?
「心配しなくても実際ここにあるのは壁ですよ。」
「?」
ますます訳が分からん。どういう事だ?
「つまり、≪隠具職人≫の店に至る道は定期的に変更されるという事なんです。」
「うわぁ……」
なにそれ面倒くさい。あれか?隠密用道具だからってHASOスタッフが遊びまくったのか?
「まあ、なんでこんな事になっているのかは現実に戻ってから聞くとして、まずは今日のルートを見つけてしまいましょう。」
「あ、ああ分かった。」
そして俺とミカヅキはその場を後にして、≪隠具職人≫の店に行くためのルートを捜し始めた。
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「ここがそうなのか?」
「間違いないです。ここから行けます。」
探し始めてから十数分後。
俺とミカヅキの前には店と店の間に有る細い通路に看板も何もないドアが取り付けられている光景があった。
いや、正確には俺は目ではなく臭いでそこにドアがあると感じているわけだが。
後、探している時に気づいたんだが知っている匂いが2,3追いかけて来ていたような気がする。まあ、気のせいなかもしれないけどな。
「入りましょう。」
「おう。」
俺とミカヅキはドアを開け、その先にあった下り階段を降り始める。
「実を言えばあの扉が≪隠具職人≫の店を見つけられない原因その2なんです。」
「ああ、やっぱりそうなのか。」
俺たちが先程くぐったあのドアは他のドアに比べて明らかに存在感が薄かったからなぁ……
「正確な条件は不明ですが、一定レベル以上の隠密関連か、識別系のスキルが無いと感知できないようです。識別系スキルを使う場合は予め疑念を抱いていないといけないようですが。」
それはまた面倒な……というか、HASOスタッフ遊びすぎだろ。
「さて、もう少し歩きますよ。」
と、ここで階段が終わり、今までとは違う場所に出る。
「なるほど……下水道か。」
「敵は居ませんし、採取ポイントもありませんけどね。」
そこは壁に明かりが取り付けられた人工の通路ではあったが、通路の中央には大量の水が流れており、異臭のような物も周囲からは漂って来ていた。
詰まる所下水道である。
「結構臭いがキツイな。」
「我慢してください。ここまで来ればもうすぐですから。」
そうして俺とミカヅキは下水道を歩いていく。
道中には王都の別な場所に出られると言う出口や、あからさまに怪しい雰囲気を漂わせるNPC、それに高さ数mはあろうかと言う下水の滝などがあったが、今回の目的はそれらではないため、スルーしていく。
「ここがそうです。」
「へー、」
そして着いたのは壁面に見るからに怪しいですと言う雰囲気の明かりを付け、各種犯罪臭が漂う物見窓付きのドアが取り付けられた場所。
「さて、これからが≪隠具職人≫の店が見つけられない第3の理由です。」
「ん?」
ミカヅキがドアをノックする。
すると物見窓から誰かがこちらを覗いている気配がする。
「PTの仲間1人と一緒に入りな。」
「はい。」
「お、おう。」
中から声がすると同時に、鍵が外される音がし、俺とミカヅキは中に入る。
「さて、一見お断りのこの店に何の用だ?」
明らかに違法感たっぷりな商品が並ぶ店の中心で、明らかに堅気ではない雰囲気を漂わせる店主はそう言う。
ああなるほど。第3の理由は一度この店にはいった事があるプレイヤーと一緒に来るか、別の何かしらの条件を満たさなければ入れないっていう一見お断りのシステムか。
「ヤタ。とりあえず目的のアイテムを見てしまいましょう。」
「お、おう。」
俺はミカヅキに促されて店の商品を見ていく。
うん。確かに≪隠密≫付与のアイテムや、隠密状態で使うのに適していそうな各種道具が売られている。だが……
「異様に高くないか?」
どれもこれも値段が異様に高い。多分、同じアイテムを協会で買おうと思ったらここの半分以下の値で買えると思う。
とりあえず手持ちの金で買うのは無理だろう。
「ぶっちゃけ効果が効果なのでぼったくりなんです。この店。」
俺の言葉にミカヅキは身も蓋もないような事を言う。
まあ、確かに≪隠密≫付与のアイテムとかは使い方次第ではかなり強力だしな。ぼったくるのも分からなくもないが。
ただ、値段分だけ効果が有るなら大金を払っても買いたいプレイヤーは買うよな。
今までの条件も面倒だが、あれだけの条件なら別にそれなりには有名になるよなぁ……
「ああ、それとヤタ。この店が見つからない理由その4は『電子の女帝』が面白がってこの店に関する情報が掲示板に載るのを妨害しているからです。」
うわぁ……『電子の女帝』までスタッフの遊びに便乗しちゃったのかぁ……そりゃあ表に出てこないわ……。
いやそれでも、多くのプレイヤーで集まってネズミ算式に入れる人間を増やせば……
「ついでにですね。」
そう言ってミカヅキは何かしらのアイテムの購入を済ませると、俺の手を取って一緒に店の外に出る。
「まいどあり。」
「なっ!?」
すると店の外に出て店主の声が聞こえたと思った直後に俺の背後にあったはずのドアが消え去る。
「有名にならない理由その5として同行できるPTメンバーは一人だけで、しかも店に同時に入れるのは1PTだけ。加えて、一度店の外に出ると店は地下道の何処か別な場所に移動してしまうんです。」
ミカヅキはうんざりと言った表情でそう言う。
ああ、なんて言うか……HASOスタッフはこの上なく遊び過ぎだと思う。これは表に出てこないわ。ネズミ算式に入れる人間を増やすにしても面倒過ぎる。
「じゃあ、上に戻りましょうか。」
「だな。」
そして俺とミカヅキは手近な階段から地上へと戻った。
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「まあ、何にしても今日は助かったよミカヅキ。」
地上に戻ったところで俺はミカヅキに礼を言う。
「いえ、ヤタには色々と世話になっていますから。」
ん?何の話だ?ここ最近ミカヅキに会うことは無かったはずだが?
「それにお金が無い事も分かっていますからね。これをあげます。」
そう言ってミカヅキは一枚の布きれを俺に渡す。
布きれの名前は白迷彩布。雪山の様に白い場所で最大の隠密効果を発揮するアイテムだ。
「良いのか?これかなり高かったと思うんだが。」
ただ、この白迷彩布は使い捨てなのに銀貨で2枚もする。はっきり言って気軽に他人に渡すアイテムではないと思う。
「良いんですよ。言ったでしょう。色々と世話になっているって、その礼です。」
「まあ、そう言う事なら貰っておくけどな。」
俺は白迷彩布をアイテムポーチの中に入れる。
「雪飛竜討伐頑張ってくださいね。」
「おう。」
そして俺とミカヅキは軽く手を振りあうと、それぞれ別の方角に向かって歩き始めた。
本当は次のアップデートで色々と追加される予定だった王都地下だったりします。




