文章の最高到達点
書き手のレベルが上がってくると、情報量や読みやすさはそのままに、より深みと味わいのある文章を書くことが文章力上の目標になってきます。
すなわち「情報を伝えるための文章」から、「物語を演出する文章」へと段階が変化します。
しかし演出とは、深みと味わいとは具体的に何か。ここでその例文を挙げるのは非常に難しい。
というのも本当に良い文章とは、たった数行だけ抜き出して語れるようなものではないと私は思うのです。
どんなに見事な比喩を用いて情景描写をしたとしても、その文章が物語を追うために邪魔にならないとも限りません。「ストーリーが山場に差し掛かっているのに、そんな悠長に青い空について見事な表現で語ってる場合じゃねぇだろ!?」という感想を読者さんが抱いては、元も子もないです。
この場合、物語の結末を知りたくてハラハラドキドキしている読者さんのために、あらかじめプロットで用意していた結末を最高級の演出と表現をもって伝えること。それが文章に求められている役割の、最高到達点だと思います。
人によっては、これを感覚的にやってのける。
それが「才能」と呼ばれるものだと、ある方から聞いたことがあります。
導入部なら導入部の文章。日常シーンなら日常シーンの文章。クライマックスにはクライマックスにふさわしい文章があります。さらには登場するキャラクターによって、ストーリーによって、作品の雰囲気によって、それは一つ一つ違ってきます。
あなたはそれを、どれだけ意識できていますか?
地の文を単なる情報伝達の媒介として考えるなら、地の文なんてあらすじやプロットそのままで充分なんです。でも小説の面白さは、それだけでは決して実現できない――なんて当然のことは、このエッセイをここまで読み進めてくれた皆さんでしたら、とっくの昔に魂へ刻み込んでいるはずですよね。
結局のところ、あなたが書きたいのはどんな小説でしょうか。
いえ、そんな質問でも不十分です。「どんな小説」ではなく、ずばり「何」ですか?
世界中を探しても、あなたの書こうとする小説はどこにもありません。
あなたの創る物語にふさわしい文章の究極の書き方は、まだ存在していないのです。だってそれも、これからあなたが創るんですから。
我々が学んでいる文章の書き方とは、結局すべて『読者を物語に引きこみ、その魅力を心ゆくまで味わえる手助けをしている文章』という目標に行き着くのではないでしょうか。
そしてそれは、理論的に一般化することのできない感性の働きによって創られるもののはず。
したがってその書き方を教えてくれる小説指南書はどこにもありません。
でもきっと、参考書になるものくらいならあなたは既に知っていると思います。
あなたを小説の世界に誘った一冊。あなたに小説を書きたいと思わせた一冊。
見本にするんじゃありません。彼ら以上のものを書くには、どうしたらいいか考えるのです。
宇宙に一つしかないあなたの「才能」を、最大限に引き出した文章を書いてください。 M




