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0.車窓にて

 流行りで王道のシンデレラストーリーに挑戦してみました。緩やかなお気持ちで見守って下されば幸いです。

 科学の発展した現代でも、未だ魑魅魍魎に人々は脅かされている。それらの怪異から人々の生活を守るのが『妖術師』という存在であり、稀有な能力を持つ術師たちは非術師から長年崇められてきた。科学では対抗できない魑魅魍魎を払える彼らは、現代に至っても国家運営の中枢を担っている。故に強い権力と財力を持つ妖術師と、常に下の立場に立たされる非術師の間の溝はとても深い。


 そんな価値観が根付くこの国で、非術師である私は「日ノ本最強」と謳われる妖術師のもとへ嫁ごうとしていた。


 山道を進む車の中から、ぼんやりと景色を眺める。辛うじて整備された砂利道の振動を感じて「だからお姉様は嫌がったんだな」と理解する。運転手さんは駅に一人で現れた私と、小さい旅行鞄ひとつの荷物にとても驚いていた。無理もない、妖術師の家のお嬢様が、荷物持ちの一人も連れずに出歩くなど誰が想像できよう。


 私──大上良音(おおかみ りおん)は、妖術師の家系に生まれた“能無し”である。

 術師夫婦の間に儲けられたにも関わらず、生まれつき妖力を持たない子供。三つ上の姉には高い妖術師の才能があったために、ことさら両親は私の存在を忌み嫌った。父は母の不貞を疑ったし、母はその苛立ちを私への罵詈雑言で発散した。

「能無しが産まれてくるとわかっていたら、産まれる前に流していたのに!!」

 物心つく前からこんなことばかり言われて育ってきたので、諦める前から「そういうもの」と自分の境遇を受け入れている。死なれても処理が面倒だと、最低限の衣食住は用意されていた。屋根裏の寒い物置が私の部屋、身に着けるものは全て姉が着古し飽きたおさがり。学校から帰れば馬車馬のように働かされ、深夜にようやく使用人が作り置きしたおにぎりを食べることを許される。家の『雑用』は全て私の仕事、私を庇うとクビにされるので使用人の誰もが見て見ぬフリ。中学生になる頃には、お客様の『接待』も押し付けられた。嫌だと言えば家族からの暴力が待っている、私は五体満足で生きるため必死に『雑用』をこなした。お金も持たぬ私が家をでたところで、野垂れ死ぬのは目に見えている。どうしても死ぬのが怖くて、生存本能の赴くままに働き続けた。


 高校を卒業した春、父から「お前は裏戸(うらど)家に嫁ぐことになった」と言い渡された。投げ渡された安価な旅行鞄に荷物を詰めながら、私は首を傾げる。両親が私を大学に行かせる気が無いのは知っていた、金の無駄遣いだからと。名家との繋がりを作るために、どこかに嫁がせるだろうとも察していた。しかし、妖力の無い私が嫁ぐのに『裏戸家』は地位が高すぎる。

 裏戸家、この国で最強の妖術師と謳われる一族。

 日ノ本の妖術だけでなく、西洋の魔術にも造詣が深いのだとか。故に西洋貴族との血縁関係もあり、日ノ本の国防と外交を一手に担っている。この縁談は寧ろ、妖術師としての才能に溢れた姉に持ち掛けられたものではなかろうか。訝しみながらも、私は裏戸家のお屋敷に向かったのである。


 そして、現在。

 山道を進む車の中で、私は姉が裏戸家との縁談を拒否した理由に気付いた。裏戸家のお屋敷は、霊峰と崇めらる山の中にある。東京から最寄りの駅まで何度か電車を乗り換えたし、駅を出た車が到着する気配はまだ無い。つまり簡単な話、姉は都会を離れて田舎の山奥に行くのが嫌だったのだ。それに裏戸家の厳しい仕来りや、当主夫人としての業務の忙しさも拒んだに違いない。姉は殆ど働くことなく、されどお金だけは自由に浪費したい質であるのはよく理解している。彼女の美貌なら、わざわざ田舎の名家に嫁ぐ必要などない。周囲の男性が自分達から権力と財力を駆使し、死に物狂いでお眼鏡にかなおうとするだろうから。


 座席の背もたれに身体を預け、これからのことを考える。

 果たして裏戸家の御当主様は、術師でない私の嫁入りを認めて下さるだろうか。追い返されたところで、実家はもう私を受け入れないだろう。この婚約は、両親にとって厄介払いの意味もあるのだ。だとして、何の蓄えも無い私には就活をする地盤すらない。恥知らずを承知の上で、裏戸家に就職までの援助を頼む他ないかもしれない。誠意をもって土下座をして、きちんと事情を話せば、あるいは。

 真面目に借金の算段を立てる私の目に、変わらぬ山の景色だけが映っていた。


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