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死神の鎌セフル

「嫌です」


幸を見つめていた孤狛は目を伏せ、誰もが思ってもいなかった返答を冷たく告げる。頼みの綱であった唯一の人物からこうも簡単に否定の言葉を言われると思っていなかった幸は困惑と焦りから上手く回らない頭でどうにか考える。


「待てよ……お前も天界から何か聞いているだろ!」


人間界を棲家としている孤狛に天界が何も指示していないわけが無い。目的が同じなら非協力的なのはどう考えてもおかしいだろう。

 

「魔王を復活させる為に魔妖怪達が霊魂を集めている事ですか」

「俺達はそれを阻止する為に閻魔に頼まれて動いてるんだ。だが、俺達の力じゃ限度がある」

「なるほど、それで死神の鎌を取りに魔界へ……と言う事ですか」


魔界に行く理由を察した孤狛は顔を歪め不満そうな表情をする。その顔を見た幸は、もしかすると孤狛は魔王復活を望んでいるのではないかという疑念を抱き始める。でなければ事情を知っているにも関わらず手を貸そうとしない理由が幸には思いつかなかった。

そして、孤狛が魔王側に回る理由も───


「お前がどう考えているか詮索はしない。連れて行ってくれるだけで良いんだ、後は俺達が……」


孤狛にとって敵に塩を贈り、魔王側を不利にしてしまうかもしれないが幸達にはもう頼れる人物はいなかった。ゲートだけ創ってくれたら後は自分達でどうにかすると言葉を続け様とした途端、孤狛は大きな溜息を吐きながら鋭い目つきで幸を見る。

 

「貴方、その体で魔界に行けると思っているんですか」


その言葉に幸も酒呑童子も瞬時に意味を理解し、先程までのやり取りを思い出しながら幸は密かに安堵の溜息を漏らす。孤狛は端から魔王復活を望んでいたのではなく最初から───幸の体を心配しての返答だったのだ。

だが、理由が分かったとはいえ孤狛の説得が簡単になった訳ではない。どちらいえば困難に近いだろう。

 

「俺は平気だ!」

「魔界がどんな所か、貴方なら分かりますよね」


孤狛の言葉に幸は目を背ける事しか出来なかった。

魔界に迷い込んでしまう運の悪い人間は極稀にいるのだが、そのどれもが数分も持たずに死んでいく。それの主な原因は二つ。一つは人間の匂いを嗅ぎつけた魔妖怪共に喰い殺され肉体も霊魂も一つ残らず胃の中へ。

そしてもう一つは───空気。

運良く魔妖怪から逃れられたとしても魔界は多種多様な妖気で溢れかえりそこら中に屍の臭いが漂っている為、一時間も経たないうちに汚い空気が体内に回り体を蝕んでいく。

千年以上も魔界で生きていた幸が知らないわけがない。それを孤狛は心配していたのだ。


「俺は、完璧な人間じゃねぇんだ……妖力もある、数時間くらいは持つはずだ。それに……」


幸はフード男に突きつけられた羽を取り出し、幽霊屋敷であった出来事を思い出す。あの時、自分が元の力を持っていたのなら常闇姉弟に苦戦する事なく───二人を救えたのかもしれないと今でも脳裏に過ぎる。

すると、急に腕を掴まれ驚いた幸が顔を上げると孤狛が目を見開きながら手に持っている羽を凝視する姿が目に入った。


「それは……っ、一体どこで」

「これについて何か分かるのか?」

「……いえ、何でもありません。分かりました、二人を魔界に連れて行きましょう」

「おい、何か知ってるなら言えよ!」


孤狛の反応を見るに何か知っているのは一目瞭然だった。だが、それを無理やり隠し通そうとしたのが気に障ったのか酒呑童子は孤狛に詰め寄り声を荒げながら問いただす。しかし、幸はそれを遮るかの様に二人の間に割り込んで静かに口を開く。


「確信がもてたらちゃんと話せよ」

「分かってますよ」


幸は孤狛の性格を思い出す。出会った時から自分が目にした物しか信じない、証拠や確証がなければ無闇矢鱈に話したりはしない。恐らくちゃんとした情報を掴んでから自分達の前で得意げに話してくれるだろうと考えた幸は羽を手渡す。それを受け取った弧狛は数秒眺めた後、懐に仕舞い込んで落としたままだった煙管を取りに戻りながら口を開く。


「それにしてもあの化け鎌まだ生きていたんですね」

「相変わらず仲悪い……な、あ」


不愉快そうに顔を歪める孤狛と何かを思い出した様子の幸を横目に酒呑童子は未だに解決していない()()()について再度問いかける。正直自分だけ話についていけないのは何処か除け者にされている様な感覚に陥って悔しい気持ちになる。

すると、孤狛は煙管を握りながら信じられないといった表情で幸に目線を向ける。


「……貴方説明していないんですか?」


孤狛の言葉を聞きながら幸は顔を引き攣らせる。何かと近くに人間が居り、しっかりとした説明をしないまま連れて来ていた事を思い出して冷や汗を流す。何度も説明を求めていたにも関わらずあの酒呑童子を無視し、他の魔妖怪と接触させてしまった。そして、争いになってもおかしくはなかった状況を幸は危うく作りかけたという事だ。

自分の事で頭が一杯だったとはいえ、まずい事をやってしまったと自覚し出した幸は酒呑童子を垣間見るが怒っている感じはなく首を傾げながら返答を求めているだけの様だったのでひとまず安堵の溜息を吐く。


「セフルは俺の妖気で創り出した()()()()()()なんだ」

「クリーチャー?」

「この世に存在しない……つまり、死神が創り出した架空の生き物という事です」


何故セフルを創り出したのかは幸自身も分からないが家族の様な存在だったのは良く覚えている。


「閻魔が言ってんだから間違い無いんだろうけどよ、死神の妖気で生まれたんだったらお前が死んだ時に一緒に消えてるんじゃないのか?」

「そこは俺にも謎なんだ」


期待はしていなかったが記憶や妖気を引き継いでいる為、死神の鎌も何かしらの形で残っているのではないだろうかと考えた幸は閻魔に探すようお願いをした。だが、まさかセフル自体がまだ生きていて今でも死神の屋敷で帰りを待っているだなんて誰が想像出来ただろうか。


「それで、なんでお前は嫌な顔したんだよ」


酒呑童子はこちらに戻ってくる弧狛に向かって言うと本人ではなく幸が少し怒った口調で反応を返す。


「そう!こいつ昔っから何でかセフルと仲が悪くてよ……その理由すっかり忘れてて、まじで変な勘違いしちまったわ」

「多方、俺が魔王復活する事を望んでいる。とでも思われたのでしょうかね」

「あ、いや〜……」


あまりにも失礼だと感じたのか孤狛は幸に詰め寄り不適な笑みを向ける。逃げようにも逃げられない状況に目を泳がせる事しか出来ない幸の反応がお気に召したのか頭を一撫でし、煙管を咥える。


「死神の化身と分かっていてもアイツだけは愛せないですね」

「そんな違わねぇだろ」

「全然違います!!」


同じ妖気なら大して変わらないだろうと疑いの気持ちで問いかけた酒呑童子だったが、勢い良く距離を縮めてきた弧狛の勢いに押し負け、後から来た風を浴びながら唖然とする事しか出来なかった。


「リスクを冒してまで死神がそいつに会いに行くのが許せないんです。……ですが、お願いされては仕方ありません」

 

不貞腐れながら文句を言っている様子からすると納得はしていないが幸の為と割り切ったのだろう。

孤狛は咥えている煙管の煙を吸い込み───ゆっくりと吐き出す。


「【煙霧虚空転(エンムキョクウテン)】」


吐き出された煙は人が通れる程の大きな円を描き、火花を散らしながら時空の歪みを創り出す。

魔界や人間界に繋がる時空の扉を初めて見た幸は興味本位で歪みに手の平で触れるとゆっくり波打ち広がっていく。

 

「へー、初めて見たけどすげーな」


幸の発言に酒呑童子だけでなく孤狛も驚いた表情をしてた。

それもそうだろう。人間の霊魂を食していた死神が時空の扉を見た事がないとは誰も思わない。

 

「はぁ?お前今までどうやって行き来してたんだよ」

「あーっと……結界にちょっとした小細工を……」


時空の扉を創る事が出来なかった幸は結界の一部に切れ目を入れ、それを誰にも見えない様に死神の結界を張り巡らせて簡単に行き来できる様にしていた。閻魔と結界の話をした時、切れ目があったなどとは言っていなかったので死神が死んだ後の結界の貼り直しで今では綺麗さっぱり無くなってしまったのだろう。


「そんな事するのお前ぐらいだろうな」

「ですね」


初めて息があった様で二人は隣並びになりながら呆れ顔で幸を見る。その視線に居た堪れなくなったのか話を戻そうと慌てて口を開き、時空の扉を指差す。


「そんな事より!ここを通れば良いのか?」

「ええ、本物の煙では無いので体に害はありません。安心してくださいね」

「そこ心配するとこなのか……」

「当然です。煙は人間の体にどんな影響を与えるか分かりませんので」


孤狛の過保護ぶりにも慣れてきたのか酒呑童子は軽く口を挟んでから躊躇いなく時空の歪みの中に入って行くとそれに続くように孤狛も歩き出す。

一人取り残された幸も置いていかれない様に後に続こうと歩き出すが、後一歩の所で動きを止める。

この先は魔界で少しでもその地を踏み込めば人間が簡単に死んでしまう世界。孤狛に啖呵を切ったくせに心のどこかでは自分も今まで見てきた人間の様に死んでしまうのではないだろうかと幸の中に不安が駆け巡る。

中途半端な奴が一人死んだ所で幸より妖力の強い妖怪は沢山いる為、冥界も天界も大したダメージはない。偶然人間に転生した都合の良い駒が幸であっただけで結局は誰でも良いのだ。


だが─── 罪を償うと決めた幸にはまだ死ぬ事は出来ない。


「これは……俺の贖罪だ」

 

意を決して時空の歪みに飛び込むとすぐに禍々しい殺風景の場所に一つ寂しく佇む身に覚えのある建物が目に映る。

懐かしさの余り唖然と見つめていると先に来ていた酒呑童子が門を開け、敷地の中に入ろうとしていた所だった。


「何やってたんだよ」

「何でもねーよ」


声を掛けられた幸は体の状態を確認しながら近付く。呼吸も出来ているし苦しく感じる様子もなく、人間の匂いも酒呑童子と弧狛の妖気の方が大きくて感知しずらいのか近付いて来ている様子もなかったのでひとまず安堵する。

 

「てか、お前毎回こうやって来てたのかよ」

「俺が一度来た場所でしたらいつでも」


にっこりと微笑みながら「惚れ直してくれましたか?」などとふざけた事をほざいていたので幸は静かにイラつきながらも弧狛の言葉に一つの疑問を思い浮かべる。

 

「一度来たって、お前ここに……」


弧狛が【煙霧虚空転】を使ってここに来れたという事は先程の言葉からすると一度自らの足でここまで来たという事になるが幸は誰かを屋敷に招いた記憶は一切ない。という事はただ一つ。


「お前まさか、俺の跡付けてたんじゃないだろうな」


疑いの眼差しを向けながら機嫌良さそうに微笑んでいる弧狛を睨みつけると都合が悪くなったのかその視線から逃れようと目を逸らしながら「早く行きましょう!」と誤魔化し、酒呑童子が開けた門の奥へと進んで行ってしまう。

 

「誤魔化すんじゃねーよっ!」


孤狛の反応に確証を持った幸は勝手につけられていた事に苛立つと同時に今まで気付かなかった悔しさから声を荒らげ追いかける。そんな二人を欠伸しながら酒呑童子が続く。


「早く探そーぜ」

「分かってるよ」


広い庭を歩き、屋敷の真正面扉に手を伸ばした幸はドアノブを掴む寸前で動きを止めると酒呑童子が先に口を開く。


「居るな」

「三匹ぐらいでしょうか」


妖気を感じ取ったのは幸だけではない様で後ろの二人も動きを止め身構える。相手も自分たちの妖気を感じ取って待ち伏せしている可能性が高いので幸は慎重にドアノブを引くが扉は音を立てるだけで開く事はなかった。


「くそ……閉められてる」

「鍵もってねーのかよ!」

「持ってるわけねーだろ─── この扉に鍵なんて存在しないんだからな」


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