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昔の旧友

閻魔を説得する為の口実かと思いきや、意外にもしっかりとサポートしてくれた酒呑童子のおかげで一日を乗り切る事が出来た。

しかし、現代文の板書が難しかったのか黒板を睨み付けながらゆっくりとペンを走らせる酒呑童子の姿がおかしくて声を抑えるのに必死だった幸は、ノートが変体仮名で埋め尽くされている事に気が付いたのは授業が終了した後だった。板書しただけなら変体仮名が入り混じる事はないだろうと考えたが生きていた時代に主流で使われていた文字なので無意識に書いてしまったのだろうと納得し、得意げに渡してくる酒呑童子にお礼だけを述べながらノートを受け取る。

変体仮名の読み書きは幸も出来るので自分が見返す分には特に困らないだろう。だが、誰かに見られる可能性もあるので酒呑童子には悪いが後でこっそりと書き直す事にする。


「なあ、どこ行くんだよ」


ノートの件以外は何事もなく放課後となった二人は幸の家がある方向とは逆の道を進んでいた。学校にいる間は二人きりになれる空間が無く、詳細を聞く事が出来なかった酒呑童子だったが人通りが減った今、再度問いかけると先を歩いていた幸が急に立ち止まる。


「ここだ」


立ち止まった幸が向いている方に酒呑童子も目線を向けると長い階段の上に大きな鳥居があった。


「……神社?ここになんの用があるんだよ」

「行けばわかる」

 

疑問を抱いたまま無駄に長い階段を登り切った先にはやはり神社が建っていた。規模の小さい良く見かける神社だったが酒呑童子はある違和感を覚える───建物がやけに綺麗なのだ。

建てたばかりだからなのかと考えたが先程通ってきた階段には劣化からのひび割れや苔が生えていた。社殿だけを建て直したにしても神主どころか人間も動物も居る気配が一切感じない神社を建て直すほど人間にとって大切な場所なのだろうか。人間の思考回路はいつになっても分からないと一人考えながら今まさに悩まされている幸に意識を戻し、一体何の用があって来たのか理解出来ていない酒呑童子は本日何回目かの問いを投げかける。


「おい、そろそろ……」


「教えてくれ」と言葉を続けようとした瞬間───やけに冷たい風が頬を撫でる。

異様な気配を感じ取った酒呑童子は瞬時に動きを止め、様子を探ると辺り一面が白い煙で覆われ始める。


「珍しいお客だ」


煙で何も見えなくなったと同時に男の声が聞こえてくる。

おかしい───二人がこの神社に来てから人間の気配どころか生き物の気配は一切しなかった筈だ。階段から来たにしても足音が一度も聞こえないわけがない。

正体が分からない以上、警戒しながら目線だけを動かし声の主を探っていると次第に霧が晴れだしはっきりと見えた姿に酒呑童子は息を呑み込む。

白く透き通った長い髪を編み込み、淡い紫の瞳を持った美しい男が煙管を咥えながらニヒルな笑みを浮かべて立っていた。


「酒呑童子が人間の真似事とは驚きました」


謎の美しい男に一瞬で正体が見破られてしまった事に驚く酒呑童子だったが、二つの獣耳と九本の尻尾を持った目の前の人物に身に覚えがあった。


「お前は……九尾」


何を考えているのか分からない笑みに緊張感が走る。


「それで……鬼がここに一体何の用ですか」

 

先程の声とは異なり低くなったトーンでただならぬ妖気を放ちながら酒呑童子を見る九尾の視線に体が強張る。相手からすれば人間に化けた妖怪が目の前にいるだけで怪しく思えて仕方がないだろうが酒呑童子は揉め事を起こしに来た訳では無い。


「待て、用があるのは俺じゃなくてこいつ……ってあれ?」


先程まで幸が居た場所に目を向けるとそこには誰も居なかった。

まさか自分を置いて一人で逃げだしたのだろうか、一体何がしたいんだという困惑と怒りに震えていると何かに背中を引っ張られている事に気が付く。枝にでも引っ掛けてしまったのだろうかと思った酒呑童子は首を少し後ろに向けると自身の背後に身を潜める幸の姿があった。


「……何してんだ」


逃げたわけではないのだと密かに安心した酒呑童子は幸の行動に首を傾げていると、何かを小声で言っている事に気が付く。


「ん?なんて言ってるか聞こえねぇよ」

「魔界に連れて行って欲しいって言ってくれ……」

「……はぁ?自分で言えよ!」


ちゃんとした説明もされないまま連れて来られた酒呑童子からすれば何故自分がそんな事をやらなくてはいけないのか理解が出来なかったが、幸の様子がおかしいのは良く分かった。どんな奴に対しても誰かの後ろに隠れて伝言を頼んだりする様な奴ではない。煽られれば煽りで返してくる様な肝の据わった元死神だ。一度断られた事をこんなにも粘ったりはしない。一刻も早く状況を説明してほしい酒呑童子は幸の調子をどうにかしようと頭を悩ませていると、二人のやり取りを見ていた九尾はその光景に目を見開く。


「貴方……」


地面に敷き詰められた砂利の擦れる音が聞こえ、幸に意識を向けていた酒呑童子は九尾の方に顔を向ける。すると、笑みが崩れ信じられないものでも見る様な表情をして幸と酒呑童子を───いや、正しくは幸だけを映していた。


「まさか、死神」


前世の名を呼ばれた幸は驚きのあまり肩が一瞬上がる。九尾の存在を忘れかけていたのか、酒呑童子と言い争いをしている間に姿を現してしまい完璧に目線が合っている。

 

「……おう」


流石に誤魔化しきれないと判断した幸は少し気まずそうにしながら正直に死神である事を認める。

すると、一歩また一歩と砂利の擦れる音が神社に響き渡ると九尾が持っていた煙管から手が離れ、地面に落ちていく。ゆっくり落ちている様に感じる煙管から酒呑童子は何故か目が離せないでいると、鋭い強風が真横を通り過ぎていくと同時に煙管が硬い踏み石に転がり落ちる。

その音で意識が戻った酒呑童子は急いで後ろを振り向くと目を見張る程の光景が入ってくる。


「おい、苦し……っ!孤狛(コハク)!!」


九尾が幸を強く抱きしめ、幸はひどく抵抗している様子だった。

もう何が何だか分からない酒呑童子は混乱のあまり土地神と死神のあらぬ関係性を疑い出す。


「え、何……お前らってそういう」

「ちげえよ!!ただの腐れ縁だっ!」


酒呑童子が何を考えているのかすぐに分かった幸は強めに否定の言葉を述べながら「孤狛」と呼ばれた九尾の体を押し返すが、幸が抵抗すればするほど孤狛の抱きしめる力は強まる。

もう二度と離さないかの様に───

 

「おい、苦し……っ離れろ!」

「一体どこに行っていたんですか」


掴みやすそうについている獣耳に手を掛けようとした瞬間、今まで聞いた事がないほどの弱々しい声に幸は驚きと困惑から体の動きを止める。

 

「……色々あったんだよ」

「色々って何ですか……ちゃんと説明してもらいますからね」


話さなければ解放されないと悟った幸は簡潔に自身の事を話すと酒呑童子も興味があったのか黙って話を聞いていたが、話しが終わると呆れた様子で口を開く。


「お前、そんな事で死んだのかよ」

「うるせーよ」


つまらない理由で死んだ事ぐらい自分でも分かっているからこそ幸は誰にも言ってこなかったのだ。


「てか、話したんだからそろそろ離れろ」

「嫌です」


即答で返された否定の言葉に拳を作り体を震わせるが、怒ったところで孤狛には効かないと諦め手を下ろし酒呑童子に助けを求める視線を送る。しかし、酒呑童子は幸の意図に気付いていないのか、それともわざとなのか話題を変えられ質問を飛ばしてくる。

 

「で、お前らはどういう関係なんだ?」

「俺達は愛し───」

「だからちげぇって!」


誤解を招く言い方をする孤狛に先程抑えた怒りが再度湧き上がり、頭を一発殴り黙らせると余程痛かったのか殴られた場所を抑えながらしゃがみ込む。実力行使ではあるがやっと離れてくれた事に安堵し、幸は軽くストレッチをしながら正しい情報を伝えるべく口を開く。


「あれは俺が死神でまだ人間の魂を喰ってた時だった」


急に語り口調となった幸に酒呑童子はツッコミを入れようとしだが進まなくなりそうなので押し黙り話を聞く。

人間界の土地神───孤狛は天界から人間を守る様に命じられ、この神社を棲家に暮らしている。その為、人間に何かあれば孤狛が動かなくてはいけない。そんなある日、人間の霊魂が次々と奪われていく事件が起き、どうにかするべく原因を探っていると一人の魔妖怪が人間界に忍び込んでいる事が判明した。


「それが俺だったってわけ」

「……それで?」

「……それだけだ」


今思えばあの時は獲物を探している最中に孤狛から出会い頭に攻撃され、それに応戦しただけだ。ここまで執着される様な事をしただろうかと記憶を張り巡らせるが全く思いつかない。酒呑童子も幸の話を聞いて何故なのか頭にハテナを浮かべていた。

人間を守る存在と殺める存在は対であり敵なはずだ。殺したいほど嫌われていてもおかしくはないのだが、そんな素振りは一切ない。どちらかと言えば───子供が母親に甘える様な、そんな表情を見せる孤狛に酒呑童子はそっと目を逸らす。 


「あー、鬱陶しいな!」

「何でそんな事言うんですか!俺はずっと探していたんですよ」


頭を殴られた痛みからいつの間にか復活していた孤狛は幸の小さくて丸い頭を愛でていた。

いつまでもめげない様子の孤狛に酒呑童子は最初の張り詰めていた空気感は一体何だったのかと身構えていた自分がバカらしくなる。

 

「こいつ、本当に大丈夫なのかよ……」

「人生経験は一番豊富なはずだ……」


今までの行動からしても一番年上には見えない事から疑いの眼差しを向けていると、酒呑童子に向かって幸が人差し指、中指、薬指の三本を立てて見せる。


「三?」

「お前より三百は上だ」


幸の言葉に開いた口が塞がらなかった。千年以上の修行を積まなければ九尾になれないと聞いた事はあるが、まさか自分より三百年も生きているとは思っていなかった。見た目が美しいだけに素直に信じる事が出来ず、立てられた三本の指と孤狛を何度も交互に見つめる。

言われた本人は「これでも若い方ですよ」と少し照れながら言うが幸は冷ややかな目で呟く。

  

「千越えてたらジジイだろ……」

「死神、貴方も酒呑童子より二百年くらいは上ですよね」

「俺は十六歳だ」


そんなどうでも良い言い合いをしている横で酒呑童子は落胆していた。妖怪の世界に年齢の上下関係などは存在しないが自分の方が一番長く生きていたと思っていたのがまさかの年下だった事にどこかショックを受ける。ましてや孤狛は幸と酒呑童子とは違って今もまだ生きている。


「まあ、特に何もしなければ長生きするのが妖怪ですからね」


途中から何もしなさすぎて死んだ奴としすぎて殺された奴を前に孤狛が意地悪く言うと都合が悪くなった幸は目を逸らし、耳が痛い酒呑童子は聞いていない振りをしだす。


「……って、今はそんな事どうでもいいんだよ!」


脱線し過ぎた話を終わらせ、話題を変える。元々は幸から広げた話だったがそれを指摘される前にここに来た目的である魔界に行く方法について孤狛に問う。

 

「お前俺の家に何度か来た事あったよな」

「えぇ、まぁ……会いに行かないと貴方俺の事忘れるじゃないですか」


孤狛は腕を組みながら幸を責める言い方をするが、人間界を守る神と死神が顔見知りになるほど馴れ合う必要はないだろうと思いながらもめんどくさそうなので口に出す事はしなかった。


「いや、いいけどよ……それ今も出来るか」

「もちろん場所が変わっていなければ俺の記憶に残っているので可能ですよ」

「頼む、連れてってくれ」


先程の緩やかな雰囲気とは一変し、幸は真剣な眼差しで孤狛を見つめる。


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