12.二匹の化け妖怪
明らかな侮辱を言われ、頭に血がのぼってくるのを感じながら拳を握りしめる。すると、ホンの毒薬が孤狛の近くでおかしな動きをしていることに気が付き、目を見開く。
「まさか……自分の風で体を覆っているとでもいうのか」
自分自身を風で覆い、ぶつかり合わせることによって進路を強制的に変更させているのだ。そうすると、孤狛の体まで毒薬が届くことは無く、身体に影響を与えない───まさに風のバリケード。
しかし、本来ならそう上手くはいかない。孤狛は簡単そうにやってのけるが力加減を間違えば風同士が混ざり合い、この場合は自分を苦しめる羽目になる。
命知らずなのか、もしくは孤狛にとって容易なことなのか。それは恐らく両方なのだろうとテンは考える。
「これぐらい出来て当然ですよね」
「そんな……っ」
「ですが、同じ手口を二度も使われたことには腹が立ちます」
予想していなかった事態にどうするべきか頭を悩ませるがその隙を孤狛が与えるはずもなく、素早く距離を詰めると綺麗な弧を描くように顔面目掛けて回し蹴りを決め込む。その威力に耐えることが出来なかったテンの体は勢いよく渦から飛び出し、地面に転がり落ちる。
「テン───!!クソっ!」
それを一部始終見ていることしか出来なかったミンは怒り任せに飛び付くと腕を振り上げ、雷霆の如く振り下ろす。
「【裂斬爪】っ!!」
風を切り裂くように四筋の閃光が孤狛に迫り来る。それを迷いなく受け流し、広げた扇子を大きく仰ぐ。突風に吹かれたミンの体は浮き上がり、渦の外へと投げ飛ばされる。
その瞬間、身に覚えのある気配を感じ取った孤狛は誰も居なくなった空間で立ち尽くすが、いくら待てども姿を現さないどころか気配すらいつの間にか消え去っていた。
気の所為かと思ったそんな時、一つの考えが頭をよぎる。
「まさか……っ」
孤狛は素早く風の渦を消し、辺りを見渡す。今まで感じていた気配と何ら変化はなく、特に違和感は感じられなかったが明らかに不自然な点が一つ───この空間に居るはずの人物が一人見当たらないのだ。
「何してるんだ?あいつ」
「様子が変だな」
渦から出てきた孤狛の様子がおかしいと感じた酒呑童子と幸が疑問に思う。普通であれば敵が体勢を崩している状況をチャンスだと攻め込む筈だが、そんな素振りはなく既に眼中にないといった様子だった。一体孤狛に何があったのか、幸達には未だ分からない状態だが只事ではないのは理解出来る。
すると、何かを見つけたのか表情が険しくなったかと思うと「避けろ───っ!」という孤狛の切羽詰まった声が部屋に響き渡り、視線を集める。誰に向けての言葉なのか、この場に居る誰も見当がつかなかったが確実に目が合っている奴が一人居た。
「ミンっ!」
それにいち早く気が付いたのはテンだった。
常に冷静でこんな状況で小賢しい演技をするほど孤狛は卑怯なやつではない。多少なりともそう理解していたテンだからこそ即座に名前を叫んで自分の後方にいる仲間の状況を確認する。その声に幸と酒呑童子も視線を向けると、驚きの光景に誰しもが金縛りにでもあったかのように動けなくなり、言葉を失う。
「え、なに……」
皆の目線が自分自身───ではなく、その後ろを向いていることに気付いたミンは恐る恐る顔を振り向かせようとした瞬間、何かに掴まれた感覚と浮遊感に襲われ不安になりながら顔を上げる。すると、そこには裂けた口から鋭い牙を覗かせた醜くも恐ろしい巨大な狸の化け物がギョロリとした目でミンを見つめていた。
「い、いや……っやだ、」
恐怖で全身が硬直し、涙で視界が歪みだす。息が詰まり、音の出ない口を意味もなく動かしながら震えた姿はまさに小動物そのもので胸が痛むほど怯えたよう子だったが化け物に慈悲はない。
反応を楽しむかのように掴む力を強めると、骨が軋む音と共に苦しそうな呻き声をあげるが次第に限界を迎えたミンは気を失い動かなくなってしまった。
その姿を見ていることしか出来なかったテンは頭に血がのぼっていくのを感じ、言うことの聞かない体を無理矢理にでも動かして勢いのままに突っ込んでいく。
「ミンを離せ!!」
鎌を構えながら疾風の如く敏速に動くテンだったが、あと一歩の所で化け物は大きく口を開くと握っていたミンを口の中に放り込み咀嚼をする。骨を噛み砕く音とくぐもった呻き声が耳を塞ぎたくなるほど生々しくテンの脳裏に響き渡る。
口を真っ赤に染めた化け物は仲間を失ったことへのショックで膝から崩れ落ち、項垂れているテンを見つめながら「次はお前の番だ」とでも言うように手を伸ばそうとするが、制するかのように孤狛が口を開く。
「何故貴方がここに居るのです───妖狸」
その言葉に「妖狸」と呼ばれた化け物は動きを止め、テンに向いていた視線を孤狛に移すとニヤリと不気味に口角を上げる。
「久しぶりだなぁ狐野郎。何年振りだぁ?」
「世間話をするつもりは無いです」
顔見知りであるのは確かだろうが孤狛の態度は冷たく、良い関係で無いことは明らかだった。
「妖狸って確か……」
「化け狸だよ」
どこかで聞いたことがある名前だが、幸は思い出すことが出来なかった。しかし、一度でも会えば見た目のインパクトが強すぎて忘れることなどあり得ない、そう考えていると酒呑童子が答える。
「いや、待てよ!俺の知ってる化け狸はあんなんじゃなかったぞ!」
「妖狸は異例なんですよ」
化け狸は本来、人や物に化けて人間を襲うだけで大した力は持ち合わせていない低級妖怪。その為、魔王が消滅したことによって出来た結界の影響により魔妖怪どもの食糧となり、狙われの身になる。たとえ逃げ切れたとしても空腹で息絶えてしまう者も出始め、我慢の限界を迎えた一匹の化け狸が襲われたであろう妖怪の死体を生き残る為に食した───それが妖狸だったのだ。
それをキッカケに妖気から能力までほぼ同じに変化出来る能力を得た妖狸は力を強め、狩られる側から狩る側へと豹変した。
「それで、ずっとイタチ三人衆の一人に化けて何を企んでいるのですか」
「ずっと化けてたって、どういう……っまさか」
孤狛の言葉に辺りを見渡すテンはホンがいないことに気が付く。
「ずっと……ホンに、アイツは……アイツはどこ行ったんだよっ!!」
最悪の考えがテンの頭に浮かぶが信じたくはなかった。どこかに閉じ込められているか他のイタチと共に居ることを願いながら問いただすが現実はそう甘くはない。妖狸は自身の腹部を摩りながら口元を歪める。
「まだ気付かねぇのかよ、アイツは俺の一部になったんだよ!」
一年ほど前、二人とは逸れてしまったホンと遭遇した妖狸がテンに化けて接近した。合流を果たしたことによって油断しきったホンを躊躇いなく食して能力を得た後、イタチ三人衆のホンになりすまし残りの二人も自身に取り入れようとタイミングをずっと狙っていたのだ。
「そ、そんな……俺はずっと」
その話を聞いたテンは絶望のあまり頭を抱え込む。
幼い頃から一緒に修行を共にした、言わば家族のような存在を一年もの間偽物だったと見抜くことが出来なかった。そんな悔しくて残酷な出来事に頭がおかしくなり、最後の力を振り絞って一心不乱に鎌を振り回す。
二人の敵討でもあり、自分自身のケジメでもあったが力を得た妖狸にテンが叶うはずもなく、案の定捕えられる。抵抗したくてもする気力がもう無いテンは悔しさに涙を流しながら大人しく飲み込まれていった。
その光景を見ていることしか出来なかった幸は胸が締め付けられるように苦しくなり、目を逸らす。今の幸には惨すぎたのだ。
「それで、何故分かったんだぁ?」
咀嚼をし終えた妖狸は血に濡れた口を乱雑に腕で拭うと、疑問を投げかける為に孤狛に向き直る。完璧だった変化が一体どんなタイミングで見破られたのか本人も気になっていたらしい。
それに対し、孤狛は笑顔を無くした表情で冷静に語る。
「他の二人は個々で接近して来たが貴方だけは俺に近付こうとはしなかった。そのことにいくらか疑問に思っていたんですよ」
確かに言われてみればそのような場面は一度もなかった。しかし、見物人の幸達ですらその違和感に勘づくことなく今に至っている。これが化け妖怪としての実力なのだろう。
だが、妖狸は「それがあいつの戦い方だろ?」と答える。元からサポートメインの立ち回りをしていたのだ、接近戦を行わないのも納得がいく。実際に会ったことも手合わせしたこともない幸達に本来のホンの動きは到底分かる筈もないことだ。
だが孤狛は口角を上げ、言葉を続ける。
「確かにそうかもしれませんが、単体妖術すらも使ってこないとなると考えられるのはただ一つ。近付くと俺に本物では無いと悟られてしまうから……そうじゃ無いですか?化けることに関しては狐も負けてはいませんし、貴方の妖気は俺に知られている」
孤狛も九尾になる修行の一環で変化の心得は取得している為、少しでも不自然な動きを見つけると疑いの眼差しを向けてしまうのだ。しかし、それは孤狛だけに限らず化け妖怪全般に言えることで妖狸も分かっていたはずだが完璧に隠し切ることが出来ず、見破られる羽目になってしまった。
核心を突かれた妖狸は諦めたように溜め息を吐くと、お手上げのジェスチャーをする。
「流石だな。お前がここに来るのは想定外だったんだよ」
死神の屋敷にある鎌をテンが取り入れることによって更に力が増すと聞いた妖狸はそれが達成した後に残りの二人を取り込む計画だったらしいが、死んでしまっては元も子もないとやむを得ず予定を変更したのだった。
「まぁ、お前が魔界に居る理由……それは恐らく、そこの人間が関係しているんだろぉ?」
そう言いながら妖狸は幸を横目で見る。射抜くような視線に身の毛がよだち、冷や汗が頬を伝う。
「俺が素直に答えると思っているのですか?」
「微かに感じるんだよ。お前が昔入れ込んでいたやつの匂いに……確か名前は───」
妖狸が次の言葉を言おうとした瞬間、目にも留まらぬ速さで距離を詰める孤狛は喉元を切り裂くように扇子を薙ぎ払う。しかし、それを分かっていたのか焦った様子のない妖狸は右腕をテンの持っていた鎌に変化させて跳ね返す。
「まだ話してる途中だったじゃねぇか」
「言ったはずです。世間話をするつもりはないと」
軽やかに軌道を描いて着地した孤狛は睨みつけるように鋭い視線を向ける。
その視線に強い緊迫と興奮を感じた妖狸は狂気じみた笑みを浮かべる。この一年間、本来の力を隠して過ごしていた妖狸にとって今が最高に気持ちが昂る時間となっていた。
「そうかよっ!」
楽しいという感情を隠そうともせず、今度は妖狸から仕掛ける。イタチ三人衆のスピードを得たことによって離れていた距離が一瞬で縮まり、気付いた時には目と鼻の先に居た。孤狛は苦虫を噛み潰したような表情をしながら身を離そうとするが、ミンの鉤爪に変化させた妖狸は逃すまいと鋭利な爪で襲いかかる。空気を切り裂く勢いで迫り来る連撃を紙一重で免れるが、体勢が危ういことに焦りを感じているとそれを悟られたのか妖狸はニヤリと笑って空いている片方の手で目眩し用の薬品をばら撒く。
近距離だったこともあり、躱せなかった孤狛は目を押さえながらふらつく。
「バカだなっ!」
とどめとばかりに鎌に変化させた腕を大きく降りかぶり、頭部目掛けて振り落とされる。




