もう1つの能力
孤狛はその場で動かず様子を伺っていると身を低くしたミンが姿を現し、輝く鉤爪で顔面目掛けて切り裂く様に薙ぐ。しかし、孤狛は鼻先を掠める寸前で仰け反り回避すると、すぐさま横から気配を感じとり降りかかってきた鎌を扇子で受け止める。
お互いの表情に焦りは見られず、力も半分といった所だろうと幸は読み取る。それは本人達も分かっていたのか余りにも余裕そうなテンに違和感を抱き始め、目を逸らす事なく他の二人の気配を探っていると視界に妙なモノが映り込む。それに意識が逸れてしまい、一瞬力が緩んだ隙を突かれた孤狛は扇子を弾き返され体勢を崩す。
そして、テンはさらに追い詰めようと視界から姿を消す為に素早く低姿勢になり、強烈な足払いを仕掛ける準備をする。自慢の速さと孤狛が目にしたモノの影響により視界が悪くなった事で、何処にいるのか認識されていない自信があったテンは「九尾もこんなものか」と余裕の表情が顔に出る。
しかし───
「なるほど」
頭上からハッキリと聞こえてきた言葉はテンの予想を遥かに超えるもので驚きのあまり笑みが崩れ落ちる。焦りや恐怖を感じさせない落ち着いたトーンにそんなはずはないという思いで目線だけを上げると確実にテンを捉えている───狐の目と視線が合う。
それも、恐ろしい獣のような鋭い目付きにテンは息が詰まり、早々に体勢を戻して飛び退く。
「何してるんだい!」
「せっかく僕の目くらましで意識が逸れたのに……」
作戦通りの動きをしなかった事によりミンとホンが文句を唱えるが、怯えた様に息を切らしながら毛を逆立てるテンの姿を見た二人は目を見開く。こんな姿を今まで一度も見た事がなかった為、一体何があったのか聞こうとするがテンは孤狛を見ながら「何でもない」といい放ち、それ以外の言葉は発せられなかった。
そんなイタチ三人衆の不穏な様子を唯一見ていた酒呑童子は顔を顰めていると、横にいる幸が手の甲で両目を押さえる様に覆う。
「目が痛え……」
「無理に開けんな、異物が混じってやがる」
痛みに耐えながらも状況を確認しようとする幸の目元と酒呑童子が片手で塞ぐ。
先程感じた隙ま風はイタチ三人衆によって起こされたモノで、ミンの鉤爪とテンの鎌で気が逸れている間にホンの得意分野である目眩し用の薬品をばら撒き視界を奪う戦略だったのだろう。
これがイタチ三人衆ならではの技であり─── 最強のコンビネーション。
端で見ていた幸と酒呑童子ですらホンの動きに気付かず、防御する事が出来なかった。
「お前は平気なのかよ」
「こんなモン、俺には通じねぇよ」
そう言う酒呑童子の苦い表情は目を覆われている幸には見えなかった。
正確には通じない訳ではない。まともに喰らえば酒呑童子でさえ視界を奪われ、最悪は一生何も映さない顔面に着いている飾りの一部になる可能性だってある程の威力だろう。だが、今回はそれほどまでの影響を受けない程度しかこちら側に来ていない。
しかし、渦の中心とも言える孤狛は片手で目を押さえながら立ち尽くしてしまい、動く気配が感じられなかった。いくら土地神とはいえ酒呑童子と同じく妖怪だ。効果はあるのだろう。
やはり一人で行かせるべきではなかったと心の中で舌打ちをしながらどう加勢するか考えていると、酒呑童子はある事に気が付く。
「笑ってやがる……」
痛みに耐えているのかと思いきや手の隙間から見えた口角は釣り上がり、いつもの胡散臭い笑みではなく獲物を見つけた獣の様に三日月の如く歪ませた笑みだった。
傍観者である酒呑童子ですら本能が拒絶する程の不気味さで、自身に向けられたモノでなくて良かったと心底安堵する。
「アイツの悪い癖だ」
そんな中、未だ塞がれている酒呑童子の手をどかしながら状況をしっかりと把握しているのか分からないトーンで孤狛を真っ直ぐ見つめ、口を開く幸の表情は依然として変わらなかった。
「相手の力量を確かめる為にわざと攻撃を受け、自分が楽しめる相手かを見定める……あの顔はアタリだったんじゃねーか?」
以前戦った時に同じ事をされたのか経験談の様に語る幸だが、酒呑童子には最後まで幸の言葉に納得がいかなかった。
幸が言う様に孤狛はイタチ三人衆の様子を伺っていた。それは、酒呑童子にも何となしにそうなのではないかと勘付いていたが、自身が楽しめる相手を見つけた様な無邪気な表情には到底思えなかった。
どちらかと言えば逆の─── 怒りを含んだ狂気な笑み
何に対しての感情なのか定かではないが孤狛の事だ、両手を頭の後ろで組みながらリラックスしている幸が関係しているのだろう。酒呑童子よりも長い時を過ごしたというのに本人は、何故気付かないのか。人間になって感覚が鈍っているのか、それとも元から自身に向けられる感情を読み取るのが得意ではない鈍感なのか、酒呑童子は呆れた様子で隣の人物を垣間見る。
「何だよ、」
その目線に気付いた幸は失礼な事を考えていると察し、眉をひそめては不満げな目つきで酒呑童子を見る。
そんな気の緩んだやり取りをしているとやけに冷たい風が頬を掠め、二人は瞬時に身構えるとイタチ三人衆も同じく感じ取ったのか焦りの表情を浮かべながら一点を見つめていた。
すると、一瞬にして強い妖気が周囲を覆い始め、重苦しい空気に切り替わる。幸と酒呑童子、イタチ三人衆が臨時体勢を取る中で平然と立ち尽くす孤狛は先程の狂気じみた表情ではなく、いつもの何を考えているのか分からない胡散臭い笑みで扇子を広げる。
「【扇颷旋】」
孤狛は放った言葉と共に扇子を振り上げると、周りに置いてあった決して軽くない椅子や机がいとも簡単に吸い込まれてしまうほど強い威力の風が巻き起こる。次第に風圧に負けた家具は木っ端微塵となり破片だけが宙を舞い始め、それを見た幸は巻き込まれない様に力を込める。
すると、風が治っている事に気が付き、足元を見ると見知った魔法陣が描かれていた。
「これは─── っ」
辺りを見渡すが、やはり風が治ったのではなく幸の周りだけが透明な何かに覆われているだけだった。これはきっと誰かがやったのではなく幸自身が無意識のうちに魔法陣を描き、常闇姉弟を守った時の様な結界を創り出したのだろう。
人間となった幸が結界を創り出すほどの妖力を持ち合わせていないのは確認済みで事実だった。だが、無意識とはいえ二度も魔法陣を創り出しては身を守っている事に死神の力が確実に戻りつつあるのだと思い知らされる。嬉しい様な、悲しい様な複雑な気持ちになりながらも今はこれ幸と有効に使う事に決める。
「酒呑童子、こっちに来い!」
「お前……それは」
風の影響で距離が出来てしまった酒呑童子を結界の中に避難させる為に呼び込む。言いたい事がある様な表情を見せるが一瞬でも視線を逸らせば何かが始まってしまうのではないかという雰囲気を察し、今は口を閉じる事にしたらしい。
「な、何よ!この威力……」
「き、聞いてないよ〜っ!!」
一方でイタチ三人衆は身を守る為の策はないらしく、風の抵抗を少しでも減らそうと身を低くするミンと慌てふためきながら柱にしがみつくホンは先程のテンと同じく恐怖と焦りで顔を歪ませ、腕でガードしながら耐えるテンはやはり自身が挑んではいけない人物なのだと痛感する。
「九尾の野郎……こんな技隠し持ってたのかよ」
神社で会った時に手合わせしなくて良かったと酒呑童子は心底思う。もし、こんな技を繰り広げられていたら間違いなく─── ここには立っていられなかっただろう。
「風を操るとはこういう事ですよ」
テンに目を向け言い放つと孤狛は扇子を持った手を横に振り広げる。すると、強風は一瞬で消え去り、巻き込まれていた木の破片は部屋の端に音を響かせながら落下していく。誰かの息遣いが聞こえるほど静まり返った空間に緊張感が走る。
そんな空気を気にも留めていない様子の孤狛は風で乱れた衣服を整え始めると、幸を覆っていた結界は強力な妖気が治った事に安堵したのか一瞬にして消え去っていく。
「無くなった……」
「平気なのか?」
「あぁ、妖気の減りは多少感じるが動けなくなる程じゃない。だが、自分の体に何が起こってるのかは……分からない」
それに、孤狛の風のおかげなのかホンが撒いた目眩し用の薬品が綺麗さっぱり無くなっており、空気も洗浄され呼吸がしやすくなっていた。この部屋であれば長く魔界に留まる事が出来るだろう。
「あいつは何処まで計算してるんだろうな」
扇子で口元を隠しながら目を細める孤狛に目を向け、幸は肩をすくめて微笑む。
すると、横から「動き出すぞ」という酒呑童子の声が聞こえ、意識を集中させるとイタチ三人衆は体勢を立て直しながら孤狛を睨みつけていた。
圧倒的な力を見せつけられたにも関わらず、イタチ三人衆には「逃げる」という選択肢は無い。
「フォーメーションBだ!」
テンの声と共にミンとホンは素早く左右にバラけて動き出すとテンは一直線に向かい、鎌を振り下ろす。
先程より動きが早くなり、一振が重くなった様に見えるが孤狛の笑みが崩れる事はなく淡々と作業の如く避けては受け止めを繰り返していると、テンが不意に距離を取りだす。
「【裂乱風】─── !」
腕を伸ばした体勢で鎌を回転させる。すると、風の刃が無数に現れ、孤狛目掛けて襲いかかる。
一つ一つに対した力は感じないが、数が多いので避けるよりも受け止めた方が早いと判断した孤狛は目の前に迫った刃を除ける様に扇子を振り上げる。しかし、払った刃は消え去るどころかスピードは衰える事なく半分に分裂した状態で孤狛の頬を掠める。
頬から一筋の赤い血液が流れ出す感覚を感じながら構造を理解した孤狛は瞬時に思考を変え、後方に飛び退きながら器用に躱していく。
「余裕も今のうちだよっ!」
しかし、その途中で背後から別の気配を察知し、瞬時に振り向くと頭上に居たミンの足が孤狛の頭部目掛けて降りかかる。宙に浮いているのもあり、思う様に動けなかった孤狛は地面に強く叩きつけられる。
「マジかよ」
「細かいのに意識が逸れ、尚且つ動きずらい空中の時を狙った訳か」
避けるように仕向け、その先で待ち構えていたもう一人がダメージを与える。計算された戦略にものの見事に嵌ってしまった孤狛は落下の衝撃で舞い上がった煙によって未だに姿が見えずにいたが、イタチ三人衆の動きは止まらなかった。
先程まで姿が見えなかったホンがテンを土台にして高く飛び上がると、テンもすぐに体勢を戻して鎌を勢いよく薙ぎ払う。
「【毒魔】っ!」
二人の重なり合う声が響き渡るのと同時に、風の渦が孤狛とイタチ三人衆を飲み込む様に巻き起こる。
「くそ、これじゃ中が見えねぇ」
孤狛の時とは違って離れて見ている二人に影響は無いが中の様子が全く分からず、只々禍々しい渦を見ている事しか出来なかった。
一方、渦の中では床の木屑を振り払いながら立ち上がる孤狛を見物するかの様にイタチ三人衆が囲い込む。すると、真正面に居たテンが余裕そうな表情で発する。
「風に紛れたミンの毒薬は一粒でも体内に入れば死に至るほど強力な代物だ。お前はこれで終いだよっ!」
【毒魔】は大量の毒薬を風に紛れさせ、口以外にも目や鼻などから強制的に体内へ流し入れる。気付いた時には既に遅く、逃げる事が出来ないまま死に至らしめる───魔の牢獄。現在テンの攻撃によって頬を怪我している事もあり摂取量はかなり多いはずだ。
つまり、この渦に連れ込んだ時点で勝利はイタチ三人衆が掴み取っていたのだ。
いくら強敵でも質より量。人数には勝てないのだと孤狛を見下す様に嘲笑すると、黙って聞いていた孤狛がなんの躊躇いもなく口を開く。
「本当に、学習しませんね……これだから低級動物は嫌いなんですよ」
「なんだと───っ!!」




