協力者
翌朝となり、レイルズとジャンはまず、マリアを訪ねた。
「おはようございます。昨夜はどちらに? 言ってくださればお泊めしましたのに」
マリアの言葉に、ジャンは残念そうに笑い、レイルズは苦笑を返した。
「いや、一応は貴女も関係者です。それよりも、ひとつ確認したいことがあります」
「なんでしょうか?」
玄関口での会話は、村の人たちの注目を浴びていた。しかしレイルズはそのまま会話を続けることを選ぶ。
「ご主人が発見される前日のことです。つらいことを尋ねてすみませんが、ご主人はいつ、家を出ましたか?」
「たしか、夕食の後です。先に眠るようにと言われておりました」
「よくあることですか?」
レイルズの問いに、マリアは首を傾げる。
「診察で出掛けることがありましたが……頻繁に、ということはなかったです」
「なるほど。では、目覚めてご主人が帰宅していないと気づいて?」
「いえ、わたしは朝が弱くて……ディバラ様に玄関を叩かれて……時間は覚えていませんが、早朝に、ディバラ様がお知らせくださって」
マリアはそこで、目を指で拭う。
レイルズは詫びを伝えてから辞した。
それから二人は、礼拝堂の裏、岩山の上へと登る。
ジャンが、急な登り道への恨み言を言いながら、事件に関して意見を出す。
「まったく……もう少し緩やかな道にしてくれればよかったのに……少尉、この急な登り道を用もないのに登らないですね」
ジャンの感想は、至極もっともなことだとレイルズは頷く。
崖の上からは、村がよく見渡せた。
眼下には滝つぼがあり、礼拝堂の裏側が見える。そこにトーマス・エドゥール氏が倒れていたところを、ディバラ氏が見つけたと脳内で反芻したレイルズは、崖の上をしばらく眺めた。
犯人がいるならば、どうしてその男はここにトーマス・エドゥール氏を呼んだ?
トーマス・エドゥール氏が、山返しと村人が呼ぶ口減らしを批判していたから、呼び出して話し合おうとした……と考えるならば、犯人はここに彼を招く必要はない、とレイルズは考えた。なぜなら、村人たちは皆、犯人と同じくエドゥール氏へ悪感情を持っていたからだと彼は思う。
「堂々と、村の広場で議論すればいいだろう……いや、違うな」
レイルズの独り言に、ジャンが反応する。
「少尉、村の人たちが医師のトーマス氏を言いくるめるのは難しいでしょう」
「……そうだろうな。医師の意見に、感情的は反応となり、それは議論にはならなかったはずだ」
レイルズは、ならば犯人は最初から、トーマス・エドゥールを殺すつもりで崖の上に呼び出したのかと考えてみる。
こちらのほうが、違和感がないように彼には思えた。
しかしと、レイルズは疑問を覚える。
彼は、人を崖の上から突き落とすのは、そう簡単なことではないと思う。ましてや、夜で暗い。エドゥール氏はその状態で、崖の上ギリギリに立ったりしないだろうと考えた。そうすると、殺害目的であるならば、武器を持参したほうが早いのだ。
「殺すつもりはなかったが、殺す理由がここでできた?」
「衝動的だったということですか?」
助手の問いに、レイルズは首を傾げながら口を開く。
「ジャン、例えば俺がお前を突き落とそうとしたら――」
「やめてくださいよ! 検証で突き落とすのは!」
「例えば、の話だよ。突き落とそうとしたら、抵抗するよな?」
「しますよ! ……いきなり、背後から来られたら、わからないかもしれません」
レイルズは少し悩んだが、首を左右に振った。
「いや、夜にここに呼び出された? 待ち合せをしていた? ともかく、もしそうならトーマス氏にとって、その相手は、夜中にここで会うことを疑わない相手だ……誰だ? 当時の村の状況……口減らしを批判する彼を、村の人たちは疎んじていただろうし、反感をぶつけていた奴もいただろう。昨夜の連中なんて、殴りかかっていてもおかしくない」
「……トーマス氏はよく殴られていませんでしたね?」
「そこは、祈祷師のディバラ氏がうまくやっていたのだと思う」
「その人じゃありませんか?」
レイルズは苦笑を返す。
「いや、不気味だった……けど、彼ならいちいち崖の上に誘わない。礼拝堂に招くだろう」
「……殺すつもりだったなら? 礼拝堂の中で殺すと、あちこちに証拠が残りますから」
「ディバラ氏が犯人である可能性はあるが、それならば礼拝堂に招くのではなく、岩山の上に誘う理由がいる。トーマス氏の立場になって考えてみるとわかる。ディバラ氏に招かれたが、なぜか礼拝堂ではなくて、崖の上に行こうと誘われた……おかしいだろ?」
「……そうですね」
「でもこれは、他の人間にもあてはまることだ。ここに呼び出すには理由がいる。夜、トーマス氏には、崖の上に登るだけの理由が存在した」
「礼拝堂の裏手で、殺害された可能性もあります」
「たしかにそれはある。突き落とされたというのは、マリアどのの手紙で、岩山の上から落ちたと書かれていたから……ディバラ氏も、そこは否定しなかった。偽装の場合、いろいろとまた複雑になるな」
ジャンは頷きながら、周囲を眺めて口を開いた。
「口減らしの件で、実は協力者がいたというのはどうでしょう?」
「それが最も、わかりやすい。証言をするという約束を、トーマス氏はその人から得ていたのかもしれない」
レイルズは、滝つぼを崖上から眺めながら、続ける。
「しかし、そうであるなら、犯人はトーマス氏をどうして殺した? 協力しようとしていたのに? わからない」
ジャンがここで、思いついたという顔で口を開く。
「わからないことといえば、少尉、トーマス氏は派遣医でした」
当たり前のことを言う助手に、レイルズは瞬きを返した。
ジャンは、思うところを口にする。
「半年経過して、新しい医師の派遣がされていないのはどうしてでしょうか? この村に医師が必要ということで、トーマス氏はここに派遣されました。その彼が死亡した……公爵府は手続きをして新しい医師をこの村に派遣させるはずでは?」
「後任が決まらないのでは?」
「半年ですよ? それに今は冬です。通常、冬で閉ざされる前に、臨時の後任を派遣させるでしょう。医師が必要な村なんですから」
レイルズは、意外だという顔でジャンを見る。
「……お前、たまにはいいことを言うな」
「いつもですよ。不思議じゃありません? 奥さんがこの村に残っていることと、これは別だと思いますが?」
「……お前、村から離れてリュゼに行け。府庁舎で調べてくれ」
「どうして、再派遣がされていないか……ですね?」
レイルズは頷き、助手は一礼を返した。
-Sir Rhaels Radcliffe-
助手を送り出したレイルズは一人、村長を訪ねた。
「エミルと申します」
丁寧な辞儀をした老人に、レイルズも礼を欠かさないよう腰を低くして名乗った。
「レイルズ・ラドクリフと申します。身分は騎士、軍の階級は少尉、役職は国立公園の保安官です」
「この度は、村のことでお手を煩わせてしまい、恐縮です」
老人は謝罪し、レイルズに椅子を勧める。
老人の妻と紹介された老婆が、紅茶のカップとリンゴのジャムが入った瓶をテーブルに置いて辞した。
ジャムを食べながら紅茶を飲むことを、グラミア茶といい、グラミアでは古くから親しまれている。
「トーマス・エドゥール氏の死亡について、調べているところです。調査が遅くなり、また今さら騒ぐような真似をして申し訳ございません」
レイルズの詫びに、老人は頷きながら口を開く。
「お役目でございましょう、当然のことです。しかし、公爵閣下へのお届けも済ませており、何もないまま冬となりました。不審なことはないものと思っていたのですが?」
「公爵府からの指示ではございません。実は、保安官事務所宛に、生前のトーマス氏が出したと思われる手紙が届いていたんです。こちらの確認が遅れたのが、届出から動くまでの時間差となっており、そこは私の責任です」
村長は目を見張り、しばらく黙った。
レイルズは、紅茶だけを口に運ぶ。
エミルは、レイルズをうかがうように見た。
「あの、医師殿からの手紙には何と?」
「山返しの件……告発めいたことが書かれておりました」
老人は、椅子の背もたれに身体を預けて溜め息をつく。
そこで村長の表情が、歪んだ。
「医者だけやっとればええだに、なして余計なことをするか、あん男は」
一変した村長に、レイルズは苦笑を浮かべる。
「私としては、村のしきたりに口を出すよりも、彼の死を調べることが優先です」
「本当に? そげん言うて後から役人が押し寄せてこんか?」
「ま、そちらのほうは証拠が何もありませんのでね。それに、これからそれを調べるとしても、皆さん、話してくれないと思いますからね」
レイルズは言い、疑う村長の顔を見た。
エミルはしばらくレイルズを見つめていたが、小さく頷くと口を開く。
「ま、ええでしょう。レイルズ卿に協力します。ただ、山返しの件、くれぐれもお願いします」
「……念のため、確認します。山返しの件、公爵府は知らない?」
村長は、頷く。
「公爵様のお耳に入れるまでもないことですから」
「……なるほど。逆にそれで疑問が生じました。村から派遣医を依頼すれば、その件で揉めるとお考えにならなかったので?」
「騎士様……レイルズ卿」
老人は、複雑な表情となる。
「子供らを生かすためのことです。説明しましょう」
「どうぞ」
老人は紅茶を飲み、喉を潤すと、両手を揉み合いながら話す。
「山返しの対象は、老人なのです」
「……」
「貧しい山間の村で、どうしても冬を越すのに食料が足りない時、必要に応じて、老人が山に入る。一人の時もあるし、二人が入る時もある……最近は、農具や援助のおかげでずいぶんと減りましたが、昨年も寒波のせいで、二人が……仕方なかったんです。しかし、彼はそれに文句をつけましてね」
「もとは都会暮らしの医師です。当然ですよ」
「都会と、こちらの常識は違うんですわ、レイルズ卿」
エミルは言い、ジャムを匙ですくって舐めとるようにして食べると、紅茶を飲む。
レイルズはスキットルを出し、酒を紅茶に注ぐと、スキットルを村長に差し出す。
笑みで受け取ったエミルは、自分の紅茶に酒を入れた。
村長は、レイルズの視線を受けながら口を開いた。
「ともかく、医師の派遣を頼んだのも子供らのために、皆の意見をきいて儂が決めたことです。そして、次の山返しは儂の順番なんです。最年長ですから……これは、この村が持続していくのに必要なことなんですよ」
「山返しの対象は誰かを、祈祷で決めるとうかがっておりましたが?」
「そういう儀式をするんです。送り出す側が、老人に酒と食事をふるまい、対象者は酩酊して山に入る。ディバラ様は脈々と続く神官の血筋で、儀式を執り行うお役目を負ってくださっとります」
「よく……わかりました。私のほうから、あれこれと口を出すことは致しませんが、ただ保安官として申すならば、冬を前に危ないと判断した時は、速やかに公爵府へ知らせるように」
「過去、ご領主様は時に領民を犠牲にしてきました。戦争が終わり、時代も変わり……ですが、人の心はそう簡単に変わるもんではありませんから……ただ、レイルズ卿のお気持ち、ありがたく頂戴いたします」
「……訴えが却下された時は、私を頼ってください」
レイルズの言葉に、村長は感謝を示す一礼をする。
「かたじけない……さて、レイルズ卿、医師殿の死、についてですね?」
「ええ、マリアどの、ディバラ氏、それと昨晩、村の人が夜営地を訪ねて来たので話は聞きました。その中で、エミル殿に確認したいことがあります」
「どうぞ」
「トーマス氏が死亡したことを、公爵府に届出したのはロイド君とうかがいました……どうして彼が?」
「あの子は、小さな頃から勉強ができて、村一番の秀才です。リュゼの学校へも、皆で金を出し合っていかせたんです。リュゼの宿舎にいたし、文字の読み書きもできるから、儂が指名したんです」
「なるほど。提出書類は取り寄せたので?」
エミルは悩むまでもなく、口を開く。
「いえ、書類を取り寄せるにしても手紙を書くところからです。ならば、行かせたほうが早いということで……マリアが夫の死亡を確認したという文章を書いて、儂、ディバラ様、他に三人ほどが連名で署名をしたんです……儂だって、名前くらいは書けます」
そこまで卑屈にならなくていいと思うが、とレイルズは苦笑し、次の質問に移る。
「トーマス氏のご遺体をご覧に?」
「ええ。高いところから落ちて……頭部はそこまで……半身が崩れたようになって、一目で死んでいると……手足があちこちに向いて折れていましたでね」
「水場に落ちたのではなく?」
「岩山から滝つぼまで、でこぼこしとるでしょう? ぶつかったんじゃと思いますわ」
レイルズは、岩山の上から眼下を見下ろした光景を脳裏に描く。
たしかに、崖の上から落ちた場合、突き出した岩に身体がぶつかり、村長が言うような状態になると理解できた。
「なるほど……村長は、トーマス氏がどうして、岩山の上に登ったのかわかりますか?」
老人は腕を組み、首を傾げた。
「さぁ? でも確かに、レイルズ卿の仰るとおりだわ……どうして彼は、あんなところに?」
「例えば、の話ですが……」
レイルズは、可能性の話を持ち出す。
「山返しを公爵府に訴え出たいトーマス氏が、協力者を得ていた。その人物と、あそこで会うとすれば?」
「……レイルズ卿の仰ることはわからんでもないですが、村の者が山返しのことで、彼に協力するというのは考えられませんな」
「……わかりました。彼は亡くなる前、どなたかの病を診ていましたか?」
「うちの孫が、転んで膝を擦りむいた手当てをしてくれましたな。あとは、特に儂のほうでは……」
「では、最後です。トーマス氏は、村の中ではどうでしたか? 医師としての職務に関してです」
「まぁ……そこは真面目にしてくれていたと思いますよ。ただ、山返しの件で、あれこれと面倒なことを言って……あ、すみませんな……ともかく、医師として不満はありません。ただ……」
「ただ?」
「彼の伴侶……マリアはこの村では浮いてます。身だしなみに気をつけろと言っておるんですが、夏は肌の露出が多い服を平気で着なさるもんで」
レイルズは、苦笑を返すに止めた。
「行く先がないということで、ディバラ氏も追い出すのは不憫だろうと仰るものですし、儂らもそれは望んでおらんのですが、畑仕事はしないし、村の決まりにも消極的で……次の派遣医が決まれば他に移るしかないと聞きましたから、我慢しております」
この村の人たちにとって、夫婦そろって問題なのだとレイルズには感じられた。
夫のほうは村のしきたりを批判し、その妻は村にあわせようとしない。
かといって、村の人たちは医師を求めている。
次の派遣医が赴任しても、この手の問題は続くだろうとレイルズは思うも、口にすることはなかった。
-Sir Rhaels Radcliffe-
「おい、騎士様」
乱暴なような、そうではないような、微妙は呼び止めをレイルズにしてきたのは、グレンだった。
「部下は帰ったんか?」
「ああ」
村長の家を出たところで呼び止められたレイルズは、馬の手綱を掴んだままグレンを見る。相手は彼へと、笑みを浮かべて歩いてきていた。
グレンは、レイルズの隣に立つと馬の背に手を置く。
「ええ馬だ。あんたの?」
「軍のものだ。俺のじゃない――」
レイルズはそこで、グレンにも質問したいことがあると思い、そのまま尋ねる。
「トーマス氏から、山返しをやめさせたいと言われたことあるかな?」
グレンは顎鬚を左手で撫でながら、にやついた顔でレイルズを見る。
「何度もあったけんど、相手にせん。それで突き落としたりしてなぁど」
「わかっている。村長からも、いろいろと話が聞けたから、この村にとって山返しは大事なことだと理解はした……」
レイルズの言葉に、グレンは意外そうな顔となる。
「ただし、保安官として言うが、困ったなら公爵府を頼ったほうがいい。それを無視されたなら、俺に言って来い」
「あんた、そんな力があるのか?」
「力はないが、俺が騒げば公爵府も無視はできない」
グレンは少し考え、すぐに頷く。
「騎士様は、おもしろいお人じゃのう? あんた、出世できんだろ?」
「……トーマス氏を最も嫌ってた村の人は誰だかわかるか?」
「それは間違いなく俺だ」
「……次は?」
「さぁ? 正直、山返しのことさえなけりゃ、村の者は医者に感謝をしとったからな」
グレンは言い、周囲を眺める。
除雪作業に精をだす大人たちと、雪で遊ぶ子供たち。
「村長から、医者を招こうと言われた時、そんなもんがどう役に立つんかと思ったが、役に立った。あのことがなけりゃぁな」
「なるほどな……トーマス氏と最後に話したのは、いつだ?」
「細かいことは覚えとらんけど、見つかる前の日だ。昼間……農作業の途中だな」
「山返しのことか?」
グレンは笑みを浮かべ、首を左右に振った。
「いや、その話ばっかりしてたわけじゃねぇ。うちのガキが腹を壊していたから、その薬を持ってきてくれた」
「複雑な関係だな?」
レイルズの皮肉に、彼は迷いなく頷く。
「おお、本当に。おれば頼りになる反面、邪魔にもなる」
「その後……薬を受け取ってから、彼が崖下で見つかるまでの間、あんたは彼と会ったか?」
「ん? ……おいおい、疑うな」
「念のためだ」
グレンは苦笑し、股間をまさぐりながら口を開く。
「会ってない。夜は母ちゃんと励んどったしな」
「……わかった」
らしいといえば、らしいとレイルズは笑みを浮かべ、夜営地に戻ろうと手綱を引く。
「騎士様、また夜営か?」
「そのつもりだ」
「ほんなら、うちの納屋を使えい」
「いいのか?」
「馬がかわいそうだ」
グレンの言い様に、レイルズは目で感謝を示すに止めた。
-Sir Rhaels Radcliffe-
レイルズがグレンの納屋に入ると、グレンがすでに飼い葉と敷き藁を用意してくれていることに気づいた。
馬に飼い葉の桶を寄せて、彼は適当な場所にマントを敷き、横たわる。
食事をしようという気になれず、ただ寝そべって納屋の天井を眺めながら、事件のことを考えた。
トーマス・エドゥールが発見されたのは、六月五日の朝だ。
彼の遺体には、岩山の下で発見された。
彼の遺体には、崖の上から崖下に落ちたと思われる破損が確認された。もともと崖下で殺されていたのではないかという疑いは、ほぼ消えたとしていいだろうとレイルズは判断した。同時に、崖の上で殺されて落とされた可能性はあるが、崖の上にいたという推理に無理はないと思えた。
では、どうして岩山の上にトーマスはあがったのか? と彼は思考を続けた。
トーマスは妻に、先に寝るようにと伝えていた。
それはつまり、時間がかかりそうな用事だからではないか。
レイルズは、トーマスが協力者と会っていた可能性は十分にあると思った。
グレンの言うように、トーマスは医者として村の者達に感謝をされていた。
山返しのことよりも、彼への協力を優先する理由がある村人。
それはグレンが、ほとんど答えを言っていたようにレイルズには思える。
子供を救われた……いや、子供に限らず家族を救ってもらうためではないかと、彼は推理した。
「村の中で、家族を助けてもらうために、トーマスに協力をしようとする者がいたのであれば、当時、医師の助けを必要としていた人を探せばいい」
レイルズは独り言を言い、食事を終えた馬が敷き藁の上に横たわる音を聞く。
瞼を閉じて、いつものように、浅い眠りについた。
-Sir Rhaels Radcliffe-
グレンの納屋で一夜を明かしたレイルズは、村の井戸を使って顔を洗う。その彼に、背後からグレンが声をかけてきた。
「おい、騎士様。朝飯、どうだ?」
「……いいのか?」
「口止め料の代わりだ」
「……」
安い口止め料だと思いつつ、レイルズは何も言わずにグレンの家へと入る。
小さな子供二人が、競うようにスープを啜っていた。
「騎士様、どうぞ」
明るい女性の声で、レイルズは目を見開く。
グレンの妻らしき女性は、小柄で可愛い顔立ちだったから、レイルズには違和感しかなかった。
「なんだ? 人の母ちゃんをじろじろ見るな」
「失礼。こんな村にこんな美人がいたなんてと思ってね」
レイルズの言葉に、グレンの妻が大げさに喜び、レイルズの背中を叩いた。
「もう! お上手ですね!」
痛い! とレイルズが驚くほどの強さで、彼は痛みに耐えながら勧められるがままに椅子に座る。
「レイルズ・ラドクリフです」
「あら、ご丁寧に。サラです。この旦那とは腐れ縁で」
レイルズは、野菜スープの皿を受けとり、匙ですくって飲む。
食料不足が慢性的な村で、レイルズのために用意してくれたのだと彼は思い、味がしないスープにも「美味しい」と口にしていた。
「うまいわけないだろ」
グレンの言葉に、レイルズは笑みを浮かべる。
「いや、あんたと奥方のお気持ちが美味しいんだ。ありがとう」
照れたサラが、再びレイルズの背中を叩いた。
「お上手ですね!」
「痛い!」
レイルズは、二度目は声に出してしまった。
笑うグレンを睨みながら、レイルズがサラに尋ねる。
「俺が来た理由、彼から聞いています?」
「もちろん。わたしら全員を疑ってるって聞いてます」
「……トーマス氏が発見される前夜、グレンはずっと家にいましたか?」
「ええ。わたしと子作りしてましたから」
あっけらかんと答えたサラに、レイルズが呆れた。
彼女は恥ずかしがる様子もなく、お腹をさする。
「服、ゆったりしたものだから目立たないでしょうけど、三人目がここに」
「なるほど……おめでとうございます」
「わたしらの疑い、はれたんですかね?」
彼女の問いに、どうだ? といわんばかりのグレンを見たレイルズは、咳払いをして答える。
「その日の子じゃないかもしれませんからね、こればっかりは」
彼の言葉にサラが笑い、グレンが口を開く。
「騎士様、あんた、おもしろいな?」
「……疑うのが仕事なのでね……悪い」
「いや、ええんだ。別に。俺も母ちゃんも、やっていないもんはやってないと言うだけ。あんたは調べる。それでええ。どうせ、今日も村の中を調べて回るんだろ?」
「そのつもりだ」
「ほんなら、俺が同行したるわ。あんたが一人だと、村の者が怖がるから」
「……どうして親切にしてくれる?」
「疑いが早く晴れりゃ、あんたはいなくなる。それでええ」
グレンはそう言って笑うと、席を立った。
レイルズもスープを飲み干し、席を立つ。彼はそこで、サラに尋ねた。
「あ、ひとつ。五月、六月頃、トーマス氏に診てもらっていた人、いません? 病気や怪我で」
サラは「ああ」と言い、グレンを一瞥して口を開いた。
「うちの子が腹を壊して、薬を出してもらってた」
「他には?」
「他……どうかな? ミゲルは捻挫……リミアは風邪……」
「俺の知ってる範囲だと、ハンナだな」
「ああ、そう。ハンナ」
夫婦そろって口にしたハンナという名前に、レイルズは興味をもった。
「その人は、どういう理由でトーマス氏に診てもらっていた?」
二人は首を傾げる。
「よくわからないんですよ」
サラの言葉に、グレンも頷く。
「難しい病気だったみたいでな。トーマスが、よく診察に通ってたのは知っとるわ」
レイルズは、協力者の手がかりになると期待した。
「ハンナに、会いたい。いいか?」
「そりゃ、無理だ」
「どうして?」
「夏に、死んだ」
「死んだ?」
「血を吐いてな……トーマスが生きとればと、皆で嘆いた。複雑だ……あいつがいたらいたで面倒があったし、いなければいないで面倒がある」
「……家族と会えるか?」
「……じゃ、そこに行こう」
家を出たグレンに、レイルズが続いた。




