30話 覚醒する力
アークトロールとの戦い、ペイルライダーのリベンジマッチは勝ちに終わった。
だが黒須にとってはほんの前哨戦にすぎない。
彼を正気に戻すための本当の戦いはこれから始まる。
「泉水、彼を洗脳しているのはおそらくあの魔物だ。奴を倒せば……」
「……黒須くんは正気に戻るんだね。よし……!」
元凶があのカリギュラという魔物なのは分かった。
問題は倒せるかどうかだ。明らかに感じる魔力量が違いすぎる。
「お前のように下衆な魔物が一番嫌いだ。殺しがいがある」
ペイルライダーは目を細めてカリギュラを睨みつける。
そして殺戮衝動を剥き出しにして残された魔力を全開にした。
命を燃やして戦うしかない。それほどまでに魔力の差がある。
「さっき戦った奴より強いといいが。せいぜい楽しませろ」
カリギュラは一瞬で肉薄するとペイルライダーに斬りかかる。
手甲剣で受け止めて鍔迫り合いになる。力勝負では青騎士に勝ち目はない。
受け流しつつもう片方の手甲剣で刺突。だがカリギュラは半身になって避ける。
目にも止まらぬ速さで剣と剣が交錯する。
徐々にだがペイルライダーが押されている。
カリギュラは愉快そうに笑いながら迫る手甲剣を弾く。
「おいおいどうした? その程度なのかぁ?」
そして袈裟斬りを浴びせた。鎧が裂けて光の粒が飛び散る。
続けてカリギュラは真っ暗に渦巻く空間へ消えた。
空間転移だ。黒須が使うあの移動能力もカリギュラが与えたものだったのだ。
「ペイルライダー、後ろだっ!」
魔力を探知した泉水の声で反射的に前方へ転がり込んだ。
カリギュラが背後から放った一撃は背中を掠めつつ空を切る。
もし泉水がいなければペイルライダーは致命傷を負って死んでいた。
「魔力探知か。小賢しいんだよ!」
カリギュラは泉水の方へ一瞥くれて、軽く虚空を一閃する。
すると黒い三日月の斬撃が泉水に襲いかかった。
泉水はなんとか直撃を避けたが、衝撃で吹っ飛んで地面を転がる。
「どうした。その程度か? 俺を殺すんじゃなかったのか……? ん?」
このままでは勝てない。ペイルライダーと泉水は実力の違いを痛感していた。
それでもペイルライダーは果敢にカリギュラへ挑みかかる。
「もっと楽しませろよ。戦いは魔物の本能だろ!?」
ペイルライダーが放つ攻撃のひとつひとつを丁寧に捌いていく。
いなし、躱し、剣で受け止める。まるで赤子と遊ぶかのように。
残された魔力を全開にしたところでやはり魔力供給なしでは戦いにならない。
「雑魚とじゃれ合うのも飽きたな。もう死んでいいぞ」
カリギュラはそう吐き捨てて『暗天斬波』を放った。
飛来する斬撃がペイルライダーの鎧を砕き、大きく吹き飛ばす。
だが泉水もペイルライダーもまだ諦めていない。二人とも立ち上がる。
「しぶといな。しぶといがゆえに……かえって残酷だな、これは」
黒須は何の感情もなく呟いた。
カリギュラに抵抗できるほどの力が無ければ楽に死ねたものを。
半端に抵抗できるから諦めない。愚かにも勝ち筋を探し続けている。
「僕が……死ぬわけにはいかないよ。正気に戻った君が傷つくことになる」
「……馬鹿なことを言うな。私は人間など嫌いだ。信じてもいない」
「どうかな。君は僕をすぐには殺さなかった。きっと本心は違うはずだよ」
「……さっきも言ったはずだ。それは私が甘かっただけだ……!」
黒須は泉水から目を背けながら話した。
何か隠している。泉水にはそれが何か分かっていた。
魔物に魅入られてなお、黒須はまだ完全に人間を見限っていない。
「じゃあなんで甲斐さんと雷花さんを仲間にしたの?」
「……それは……」
黒須は口ごもる。封印を解く計画は一人で実行するつもりだった。
仲間を加える予定なんてまったく無かったのだ。
だが行動しているうちにいつの間にか二人と出会い仲間になっていた。
人間を見限ったつもりなのに、人間を仲間にするなんておかしな話だ。
「人間は一人では生きていけないよ。必ず誰かと繋がりをもって生きていく」
誰かと関わらずには生きていけないのが人間というものだ。
どれだけ拒絶したって誰かと何かしらの繋がりを持っているはずなのだ。
そして、黒須は甲斐と雷花をないがしろにしなかった。むしろその逆だ。
「君は優しい人だよ。仲間との繋がりを大切にしていたから。本心では……」
「……いい加減に黙れ。カリギュラ、早くこいつを殺せ!」
カリギュラが剣で虚空を切り裂き、斬撃が飛ぶ。
迫りくる一撃を防いだのはペイルライダーだった。
手甲剣の一振りで『暗天斬波』を完全に相殺してみせた。
今までのペイルライダーではない。何かが起きている。
「……君の本心は人間のことが好きなんだよ」
ふらふらの状態で泉水はそう言った。
ペイルライダーの身体に魔力が漲っている。魔力が供給されている証拠だ。
泉水は身体から魔力が湧きだすのを実感していた。
「な……まさか……! ありえない、このタイミングで……!」
黒須の思考は即座にある答えに至る。
泉水が魔力探知を発揮している段階で気づくべきだった。
魔力を感じ取る能力は、魔力を練る修練の第一歩なのだから。
戦闘に活かせるレベルの者は希少だが、それこそが予兆だったのだ。
「退魔師を先祖に持つ者は……時として覚醒する……!」
魔力を練る能力は継承される。
退魔師の子孫は一般人に比べて魔力を練る技術を習得しやすい傾向にある。
だからこそ黒須家のような退魔師の名門は脈々とその才能を現代に残せた。
泉水は封印の鍵。つまり先祖には退魔師がいるということだ。条件は十分に揃っている。
「ペイルライダー、これで僕も役に立てる。まだ戦えるよね?」
「ふっ……十分すぎるほどだ。私の全力を見せてやろう」
二人の会話を遮るようにカリギュラが突撃して剣を振るう。
ペイルライダーはそれを手甲剣で受け流す。さらに反撃。
もう片腕の手甲剣でカリギュラに斬りかかる。
「ちぃっ!」
カリギュラはバックステップで回避しつつも攻勢を崩さず剣の連撃を繰り出す。
だが、そのひとつひとつをペイルライダーは手甲剣で捌いていく。
まるでさっきの逆回しの展開だ。カリギュラの攻撃が一切通用しない。
「な、なぜだ……!? 魔力では! 魔力では俺が圧倒しているはず!」
「お前の動きはもう見切った。魔力供給があれば十分に対応できる」
これがペイルライダーの真の力。魔物狩り。死を告げる青騎士。
魔物を嫌い、魔物を殺し続けた最強の魔物の実力。
「零士ぃぃぃぃっ! 奥の手だ! 奥の手でこいつらを殺すぞ!」
「ああ……分かっている。これで勝負だ、ペイルライダー、泉水くん!」
カリギュラは空間転移で距離をとって真紅の剣を頭上高く掲げた。
黒須から膨大な魔力が放出されるとそれはカリギュラの剣に集まる。
それは黒い波動となり天高くへ昇っていく。
「『暗天蘿月』……こいつから生き残った者はいない! 死ねぇッ!!」
そして天から黒い三角錐にも似た無数の斬撃が降り注いでくる。
敵を殲滅するまで決して止まらない嵐さながらの飽和攻撃。
だがその全てを泉水は魔力探知で把握していた。
ペイルライダーに着弾位置を指示しながら、自分も回避する。
「隙だらけだ」
そして、カリギュラに肉薄したペイルライダーは剣を一閃。
肩から心臓にかけて、手甲剣が深く食い込んでいく。
この奥の手の弱点にペイルライダーは一瞬で気づいた。
発動中は動けないという致命的な弱点である。
「馬鹿な……こんなところで俺が死ぬ……? そんなわけが……」
「現実を見ろ。お前は死ぬんだ。この……私の手によってな」
致命傷を負ったカリギュラは後ろによろめく。
そして地面に倒れると、身体が光の粒となって消滅しはじめた。




