謎の尖兵
男性魔道士の名はエルガー、尼僧はフリンという。四人で臨時のパーティーを編成し、ユーリとエルムが前後を守りながら街道を進んで行く。
サードラの街に近づくにつれ、妙な気配を感じるようになった。誰かに見られているような……。〝感覚〟をはっきり起動させれば分かるかも知れないが、四六時中発動させておくのは消耗が大きすぎる。迷いを抱えながら歩いていたユーリだったが
「……探知魔法に反応がある。私たちを囲むように三つ。おそらく飛行型の使い魔の類だ」
エルガーが警告を発し、ユーリの懸念を裏書きした。
「近くに使役者はいないわけね?」
「反応はない。まあ偽装の手段もあるから断言はできないが」
エルガーの言葉に、ゲーム初心者というフリンが不安げに辺りを見回す。
「監視されっぱなしは気分がわるいね。落とせないかな……」
「待った、前方から人が来る。騎兵の反応が三つ」
「はい、土煙が見えます。エルム、『遠見』は効かない?」
猟兵系お得意のスキルを起動し、接近してくる相手を確認する。
「……ああ、サードラの守備兵だよ。ちょうど良かった。うまい事話して街まで護衛してもらえないかな?」
エルムの言葉に、エルガー、フリンがほっとした表情で吐息をついた。が、しかし、ユーリはむしろ違和を覚える。肌身がひりつくような感覚がどんどん強くなって行く。これは……敵意?!
理屈から言えば奇妙な話だが、ユーリはゲーム内の敵モンスターやNPCの感情を、リアルな人間と同様に感じ取る事ができた。相談したメニエル医師も首をかしげて「君が『実在する生き物』と認識しているからなのかな?」と自信なさげに漏らしていたが。
「みんな、構えて! 様子がヘンだよ!」
ユーリの警告に、三人の間に緊張と動揺が走った。
「え? ええ? 街の……守備兵ですよね?」
「油断しないで! ユーリのカンは当たるの! できれば強化魔法をお願い!」
「どういう事だ? ニセ者という事か?」
臨戦態勢を取りながらも、四人は街道から外れ、脇の荒れ地に移動した。万に一つ、彼らの目的が急ぎの伝令であって、自分らが目標ではないという可能性を考えたのだが、騎兵も街道を外れて明らかにこちらに迫ってくる。そして彼らは馬上で抜剣した。
「くっ! サードラの兵なのか?! 名のられよ! 我らは『来訪者』で冒険ギルドに所属する者だ!」
来訪者とはゲーム内でのプレーヤーの呼び名である。エルガーの呼びかけに、一瞬騎兵の間にためらうような間があったが
「ミダス様のために……!」
「我らの身命を捧げる……!」
何かに憑かれたかのようにつぶやき、襲いかかってきた。
「くそっ、『ウォークライ』!」
ユーリがヘイトを集めるスキルを使った。プレーヤーではなくNPC相手ならと思った一手だったが、わずかに動揺を見せた後、ユーリに突っかかって来たのは一人だけ。あとの二人は後衛に、それもエルムを目がけて襲いかかった。
「おおっとぉ! 何よっ! 裏道使ってサードラ入ったの、バレたかなっ!」
軽口を叩きながら短剣を構えるエルム。魔法職二人が狙われるよりいいと判断し、避けタンク役を演じるつもりだった。が、騎兵二人は異様な行動を始めた。エルムを中心に挟み込む形で、ぐるぐる周りを回り始める。そして彼女に向けて剣を構え、その先端がチカチカと点滅を始めた。単なる武器ではないらしい。
(何よ、何のマネ?)
動機が読めない行動に不審を抱くエルムだったが、自分が敵を引きつけるつもりでいるから騎兵の輪から逃れない、逃れられない。ユーリは急に嫌な予感がして連れの二人に叫んだ。
「エルガーさん、フリンさん、そいつら、好き勝手させないで!」
言いつつユーリは「ハルトマン防御術」で騎兵の剣をそらし、馬上から引きずり落とした。理由はわからないが、こいつらの狙いはエルムだ。彼女の方に行かせちゃいけない。受け中心のスタイルでは抑えておけないと考え、足もとを狙って突きを放ち相手の移動を阻む。
エルムを囲んでいた二人は、回るのを止めて彼女に直接斬りかかってきた。「わかりやすい」行動パターンに変わった事にむしろ安堵しつつ、エルムは攻撃をさばいて体を入れ替える。
フリンが魔法の詠唱を失敗した。さすがに初心者にとってこの状況は厳しい。すかさずエルガーは攻撃魔法の詠唱を保留して、並行して強化魔法を走らせエルムに付与する。
「ご、ごめんなさい!」
「あわてないで、こんな相手なら一日中だってかわせるよ!」
「できる範囲でいいんだ! 落ちついて相手の足止めを!」
言い交わしながら後衛職三人は、話すともなしに割り振った役割を果たそうと動きだす。事実、騎兵二人の攻撃は、エルムをまるで捉えられない。それどころかエンチャントの乗った短剣の一撃で馬を次々と硬直させられ、馬上から引きずり落とされた。強化魔法が乗った彼女の動きは、まさに疾風のよう。
馬上の優位を失った二人。まともな判断力があれば手に負えないと退却してもおかしくないはずなのに、なおもエルムに迫ってくる。
「あんたたちの相手じゃないって、わからないの?!」
まるでゾンビのような兵士の行動に、思わず漏らすエルム。しかし退かないとあれば戦うしかない。交錯するたびに短剣で切りつけて、ジワジワと相手のHPを削っていく。どこかで折れて逃走するかと思ったのだが
「『アース・バインド』!」
「よしっ、……『ファイヤー・ストーム』!」
フリンとエルガーの詠唱が完成した。地面から伸びる魔力の根が絡みついて足止めし、強力な範囲魔法が兵士二人を飲み込んだ。
「ぐぉぉぉぉ!!」
「がぁぁっ! ミダス様……!」
大技魔法を食らい、二人のHPが見る見る尽き、光るポリゴン片となり消えて行った。
「くっ、削りすぎた……!」
「……死亡エフェクト? どういう事だ? FSOでは、人間タイプのNPC相手で『殺す』事はできないはずじゃなかったのか?」
エルガーが漏らした疑問はもっともだ。獣神の神殿で盗賊キャラが敵になった時も、「懲らしめる」までで死亡させる事はできなかったのに。
残る兵士はユーリと相対している一人だけ。
「やり過ぎないで、ユーリ!」
「わかった!」
エルムの声に応え、ユーリは相手にダメージを与えず体勢を崩す事に集中した。ほどなく、最後の騎兵がユーリの盾に引きずられるようにバランスを崩す。
「『スタン・アロー』」
「あ、ぐっ!」
すかさずエルムが麻痺効果の乗った矢を打ち込み、騎兵の動きを止めた。
「……さあ、話してもらうよ。何でボクらを襲ったの? 身を守った挙げ句、一方的にお尋ね者にでもされたんじゃ、たまったもんじゃないんですけど?」
動けないサードラ兵に歩み寄りながら、語調険しくエルムが詰め寄る。……こんな時でさえも、ムリに背伸びしているようなファニーな雰囲気になってしまうのは、彼女の一種の人徳だろうか?
「……あー、エルム、ちょっといいかな? 私は来訪者エルガー。冒険ギルドの一員として君に問う。私たちをなぜ襲った? それはサードラ守備隊の中枢からの指令なのか? 答えられよ!」
年かさだけあって、エルガーはそれなりのゲーム経験があるようだ。襲撃時、「来訪者」「冒険ギルド」を入れた呼びかけに、彼らが一瞬反応したのに気づいていた。つまりは「ゲームの情報提供者」機能が生きているという証拠だ。その線から問いかければ、と考えたのだが……
「う……ぐうぅ……」
ガクガクと痙攣しながら、兵士は口をきけないでいる。まるで、話そうとしているのに話せない。そんな風にも見える。エルム、ユーリ、エルガーの三人が「どうしよう?」の表情で顔を見合わせた。
「……あ、あの、ミダス様って誰です? 私の知らない重要キャラですか?」
おずおずとフリンが放った問いに、兵士がビクンと痙攣した。
「あ……あぐあ……あが……」
「おやぁ? フリン、ビンゴかもよ?」
「ふむ、言われてみれば、そこから攻めるべきだったな」
「ミダスって何者です? そいつが僕らを襲えって指示したんですか?」
ユーリの問いに、兵士は細かく震えだし、蒼白になり冷や汗を流し始めた。
「……むぅ、仕方ない。精神魔法を使ってみるか……」
「! 下がってみんな!」
脳裏を走る危機感に、とっさにユーリは叫んだ。エルムはフリンを抱えて飛び退り、ユーリは三人の前に立って盾を構える。兵士の頭上から黒い翼が急降下し、激突、爆散した。
爆煙が薄れると、兵士の死体は消え去った後だった。軽く吐息をつき、四人は緊張を解く。
エルガーは探査魔法を使って、あたりを精査した。
「……使い魔反応が二つ、遠ざかっていくよ。さっきのやつだ。一つは今の鳥爆弾になったんだろう」
「じゃあ、その使い魔の主がミダスってヤツ?」
「ストレートに考えれば、ね……」
「……」
エルムが苦いものを感じさせる表情で、兵たちが消えた場所に向かって手を合わせた。その祈りの姿勢にユーリも追随する。
「……確かに後味はよくないな。人相手に『殺す』行為がないのがFSOのいい所だったのに。PK容認といい、何を考えてるんだ今度のアップデートは……」
エルガーも眉間に縦じわを立ててつぶやき、同じように祈りの姿勢をとる。フリンもまた、ゲーム内とはいえ「人間」相手に命をやり取りする体験にショックを受けている様子だった。
「エルム、ユーリ、私はここら辺でキャンプを作ってログアウトしようと思う。サードラに行った方が安全だと思っていたんだが、どうも今の件を見ると、そうとも言えない。一度ログアウトして掲示板などをのぞいてみて、今回のアップデートの事を調べてみたい」
「うん、それもいいかもね」
「あ、あの、良ければ私もログアウトしたいです」
「そうですね。フリンさんは休憩とった方がいいと思います」
エルガーとフリンとは、その場で別れる事になった。
「キャンプ地のマーカーを目当てにしてくるPKがいるかも。そこは気をつけて」
「うむ、ログインする時は多少後戻りしても街の方からにするよ。ありがとう、世話になった」
「本当にありがとうございました。このご恩はいずれ必ずお返しします」
「気にしないで下さい。今度はダンジョン攻略でも一緒にやりましょう」
にこやかに手を振るユーリたちの前で、青いエフェクトを残して二人はログアウトした。
「さて、サードラの方は……おっと、メールが溜まってる」
「ジブたちからだ。……NPCが妙に殺気立ってるって……?」
立て続けの戦闘に見落としていたが、サードラの宿屋にこもっているジブリールのパーティーから街中の現況を知らせるメールだった。治安の悪い地域で数件のPK行為があった模様。また、NPCの何人かが武装しており、戦争でも始めそうな雰囲気だという。
「さっきの件と関係あるのかな?」
「ん~、街の方ではNPCがプレーヤーを襲ったって件は確認されてないみたいだけど……何にせよ正面から街に入るのは止めた方がよさそうね」
これがなくてもエルムは「裏口」を使ったろうと思ったが、口には出さないでおくユーリだった。
◇
暗い部屋に男が一人。フード付きマントをまとい、顔は見えない。椅子に浅く腰かけ、目の前に浮かぶホログラフィック・ディスプレイに見入っている。映されている動画は、エルムたち四人とサードラ兵の戦闘場面。サードラ騎兵が剣を向けてエルムの周りを回るシーンに並行して、サブ画面に何かの数字データが表示されていく。……低くしわがれた声で男が漏らした。
「……ふむ、やはり完全に独立している。この娘で間違いないか」
『……あー、エルム、ちょっといいかな?』
動画のシーンを繰りかえして確認し、独りごちる。
「……名はエルム、か。……なれ合っているようで面白くないが、連中にも知らせなければなるまい。最優先と指示された以上は、な……」
ゆらりと男が立ち上がった。ゲーム内の基準から見ても、かなりな長身だ。
「……手持ちの戦力では確実性に欠ける。第一、こんな事で手駒を減らすのもつまらん。やはり来訪者どもを使うか……」
上げた顔が、かすかにフードからのぞき、四つの瞳が光を反射していた。




