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電影のホムンクルス  作者: 宮前タツアキ
32/83

ペンタAI(後編)

「ノブ!」


 固まったままの彼の頬に、アイラが軽く平手を入れた。


「目の前の状況に集中して!」

「……くっ!」


 彼女の活に目が覚めて、ノブヤはゲーム内のモニター画像に見入った。


「……軌道エレベーターが解放されたのか。それはシナリオ上、決まっていたはずだが……いや、待て。なぜだ。なぜ衛星都市のアンドロイドが『守護の民』と戦ってるんだ?!」

「わかりません。こんな事はゲーム・シナリオでは予定されていない事態です! レノックスが流し込んだデータが原因だとしか思えません!」

「他の地域のNPCも、行動がおかしくなっちゃってる。酒屋のオヤジが『我らが主のため、身命を投げ出す』とかって武装してフラフラ歩きまわってたり」

「総じてNPCが、妙に好戦的になっています! まるで、これから戦争でも始まるみたいに!」


 「戦争」その言葉が、ノブヤの脳裏に閃光となって走った。


「ペンタAI……そういう意味か! 族長AIが率いる部族同士の生き残りシミュレーション! NPCが一斉に変質したとなると……原因は潜在意識演算ユニット(ラフレシア)だ!」


 統合解析室から駆け出そうとしたノブヤを、職員が引き留める。


「待って下さい! もう一つ重大問題が! 突然PK行為が解禁されたんです。既に犠牲になったプレーヤーがいると報告が!」

「……くそっ、どうすれば……」

「行ってノブ。残念だけど、自分の意志でPKを選ぶ連中、完全には統制できないわ。でも、NPCの変調は何か手を打てるんでしょう? 違う?」


 アイラの言葉にうなずき返すノブヤ。


「詳しい話は後にするが、各エリアのNPCは各々(おのおの)の王・代表者・チャンピオン、そういった存在への忠誠・崇拝を植えつけられているはずだ。突然行動が変わったのは、ラフレシアのニューラル・ネットワークに隠されていた部分があって、それが解放されたからだと推察できる。力業になるが、外から手入力してネットワークの『重みづけ』の修正をやってみるつもりだ。パッチを当てるようなものだが、急場をしのぐにはそれしかない」

「わかった、行って。PKプレーヤーの方は、アナウンスと管理職員を注ぎこんで対応するわ!」

「頼む!」


 ◇─────◇


「やめて下さい! 何で……私がヘタなのは謝りますから許して!」

「ハッハーァ、そう縮こまんなよ。ほれ抵抗してみ? そうでねーと面白くねーし」

「ヒーラーとして役立たずなんだからさー、せめて獲物として楽しませてくんない? せっかくステキなアップデートがあったんだしさぁ?」


 尼僧職の女性プレーヤーが追い回されていた。ついさっきまで三人は、野良とはいえパーティーを組んでいたというのに。初心者だと自己紹介し、それを承知でパーティーを汲んだはずだったのに、知りあいらしい前衛職の二人は戦闘のたびに舌打ちして彼女を見下し、挙げ句の果てには、PK解禁のメッセージを見ると小躍りして彼女に襲いかかったのである。


「誰かーっ! 助けてーっ! 助けてくださいーっ!」


 恐慌状態パニックに陥って闇雲に助けを呼ぶ。ここがゲームの中でしかないという事、強制ログアウトを行えばこの状況から問答無用で逃れられる事など、彼女の意識からは抜け落ちていた。


「ヒャハハハハ! 都合のいい正義の味方なんていねえんだよ、現実見ろって! ゲームん中だけど。ヒャハ、ヒッヒッヒッ……があっ!!」


 下衆な笑い声を上げ女性をなぶり者にしていた男の眼窩に、突然矢が突き立っていた。たまらず顔を覆って膝をつく。

 草ヤブから盾を構えてユーリが飛び出して来た。そのまま女性プレーヤーの前に割り込んでかばう形になる。


「なんだぁガキがっ! 正義の味方きどりかよっ!」

「……やめて下さい。同じゲームのプレーヤーじゃないですか。こんなマネをして何が面白いんです?」

「ああ? くそ甘っちょろいセリフ吐いてんじゃねーよ! 面白れーに決まってんじゃねーか!」


 ユーリの真っ直ぐな言葉を鼻で笑いながらも、男は油断なく辺りを警戒する。仲間が矢で射られれば、嫌でも弓を持った伏兵がいると気づく。


「あ、ぎっ! ハァ……ハァ……テメエらぁ、ブッ殺す!」


 矢を引き抜いたもう一人が、残る一眼を血走らせて吼えた。現実世界でなら大変な胆力だが、痛覚レベルを自由に設定できるゲーム内ではありふれた光景だ。

 重装戦士と山賊バンデットの二人が、ユーリと尼僧プレーヤーを挟み込むように接近する。


「オラオラァ! 出てこいや、弓つかい! お仲間はともかく、女の方は一発でHP消し飛ぶ低レベルだぜぇ!?」


 挑発の声を上げる重装戦士プレーヤー。プレッシャーをかけて伏兵の位置を知ろうという意図だったが……しかし突然、目を射ぬかれた山賊プレーヤーが包囲の形を解き、仲間の背後に回り込んで盾にする位置に走った。おそらく自分のHP残が不安だったのだろう。また、「回復」行為を行わなければ体の欠損部分が戻らないという事情もあった。

 回復アイテムを使用したエフェクトが山賊を包んだ。しかし敵の面前でアイテムを使用するのは、使用後硬直という高リスクを抱える悪手である。ヘイトに縛られないプレーヤー同士の戦いでは、なおさらに。


「バカ野郎!」


 重装戦士の叱声に続き、ヤブの中から矢が飛んだ。アイテム使用後の硬直が入った山賊を、スキルの乗った一撃が貫いた。


「あが…………!」


 山賊の体を「麻痺」エフェクトが包んだ。もうこのプレーヤーは死に体だ。


「くそったれがぁぁ!」


 重装戦士はユーリを突破して尼僧プレーヤーをつぶす道を選んだ。一人だけで生き残れるとは思えない。ならば人助けの意味を踏みにじってやると腐った決断を下したのだ。幸い、目の前の大人しそうな少年は手練れにも高レベルにも見えない。ちょっとフェイントをかけただけで突破できると思ったのだが


「てめぇっ! この……!」

「……ふっ! ふんっ!……」


少年の手並みは想像を遙かに上回っていた。フェイントにまるで引っかからないどころか、正面から斬り合って一方的にダメージを受けていく重装戦士。


「クソがっ……クソがぁぁっ! 『災厄の剣(カラミティ・ソード)』!」


 憤激に駆られたPKerは飛び退って距離を取り、範囲攻撃スキルを放った。継続ダメージを与える衝撃波が少年と尼僧を貫く形で放たれ、少年がかわせば背後の尼僧プレーヤーが犠牲になる、はずだった。


「させ……」

「なっ!」


 瞬間、ユーリは大きく踏み込んで、くり出される剣をスキル発動前にくい止めた。驚愕に目をむく男。さらに、


「ないっ!」

「おあぁ!?」


剣に押し付けた盾を引くと、まるで磁力でくっつけられたような感触でひきずられ、大きく体勢を崩す。称号『ましな□ソ□エ』と引きかえに得たハルトマン防御術。範囲攻撃スキルは明後日あさっての方向に発動して盛大な土煙をあげた。スキル後硬直が入った重装戦士。その首元に狙い澄ました一矢が突き立った。


「あぎっ…………!」


 重装戦士PKerも麻痺エフェクトに覆われる。実質、ゲームセットだ。草ヤブをかき分けて、エルムと魔法職らしいローブ姿の男性プレーヤーが現れた。エルムは背後の男性プレーヤーに声をかける。


「とどめは譲ろうか? 別人だけど、思う所があるんじゃない?」

「……そうだね。八つ当たりかもしれないが、同じ種類の連中だ。ハラワタが煮えくりかえるのは否定できないね」


 男は魔法の詠唱を始めた。詠唱時間の長さは魔法の威力に直結し、それは麻痺している二人とって死刑宣告に等しい。必死で命ごいしているらしい山賊と、憎悪の目を向けている重装戦士。


「なんでお前らのような連中がFSOに居るんだ。最初からPKありのゲームに籠もってればよかったろうに……!」


 詠唱完了と共に言い捨てて、男性魔道士は魔法を放った。PKer二人を炎の奔流が包み、敵モンスターを倒した時と同様、光るポリゴン片となって消えて行く。どこかの街の神殿に死に戻った事だろう。二人が消えた後には幾つかの装備と貨幣が落ちていた。死に戻り時のペナルティが、PKerの場合はこういう形で残されるらしい。


「ああ……」


 緊張が解け、座り込んでうなだれている尼僧プレーヤーにユーリが語りかける。


「良ければ一緒にサードラまで行きませんか? 街にいるフレンドからのメールだと、屋内ではPK行為は起こせないみたいだって話です」

「私からもそれを勧めるよ。この子たちは見ての通り若いけど、とんでもないPSプレイヤーズスキルの持ち主だ。かく言う私も助けられたクチでね」


 男性魔道士、物腰や口調からすると結構年かさのプレーヤーらしい。ショックを受けている尼僧の気持ちをほぐそうと、あれこれ手を尽くしている。

 ぽつりとエルムがつぶやいた。


「アップデートから一時間もしてないのに、二件も……」

「うん……」


 PKに襲われていたプレーヤーを助けながらサードラに向かっていた二人だが、人の心の暗い部分に触れた思いがした。

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