乾杯
「その方向に向かってください。」
細貝先生の指示でフィットを飛ばした。
まだ慣れない遠視能力ではあったが、200キロ程度先をこちらに向かう機体位は確認する事は出来た。
「ルフトハンザ航空のボーイング747、見えますか?」
先生がそう聞いて来た。
「見えました。確認します。」
僕は747にマッハ4の速度を維持したまま向かった。
10秒程で交錯すると、足の遅いボーイング747の機体の下にフィットを近づけた。
内部の状況を確認しようにも術が無かった。
「先生、中の状況は分かりませんか?」
焦りながら僕は彼にそう聞いた。
フィットのデジタル時計を見ると、空軍の戦闘機が攻撃するまでの残り時間は5分を切って居た。
「それが当たりです。 乗客のスマートフォンをハッキングして盗聴したのですが、内部は何人かのテロリストに制圧されていますね。」
僕は衛星電話を防刃服のパンツのポケットに入れ、ドアを開けて飛び出した。
主を失ったフィットは瞬時に置き去りになった。
ルフトハンザ機の飛ぶ速度に合わせて飛びながら、僕は機体を結界で包み込んだ。
強引に速度を落とし、空中で停止した。
コックピットを横から覗くと、ナイフで脅されたパイロットが必死でスロットルを押し込んでいた。
「コンコン」
窓を叩いて二人いるテロリストの注意を自分に向けさせた。
窓の外から覗き込む僕の顔を見て、一瞬ナイフが首筋から離れた。
僕はテロリストの腕を、念じて潰した。
スーツ姿で覆面をしたもう一人の男が、慌ててナイフを取り出した。
僕は容赦無く、その男の両腕を肘から捻じ曲げて折って居た。
風防を叩きパイロットを振り向かせると、手のひらを下に向けて抑えるジェスチャーを見せた。
彼は意味が分からずに首を振った。
僕は風防ガラスに指先で、「engine stop please」と単語を書いた。
彼はそれを見て頷くと、スロットルを戻して幾つかのスイッチを押した。
唸りを上げていた4基のエンジンが止まり、風の音だけが聞こえていた。
回り込んで、前部にある乗客口のドアを念動力でもぎ取った。
突然の出来事に、中から悲鳴が聞こえて来た。
僕はそっと中に入った。
入る時に手を掛けた、もぎ取られた機体の鋭い切り口で、掌を切った。
(ああ、そうか、、)
機体全体を結界で包み込んでいる今、僕は容易に刺され、撃たれるであろう事に気付いた。
「where is the terrorist?」 (テロリストはどこ?)
伝わるかどうか分からないが、自分なりの英語で乗客たちに問いかけた。
「白鳥さん! 後ろに3人走って行きました。」
客席から立ち上がったT-シャツ姿の日本人の青年がそう叫んだ。
「分かった。」
僕はそう答え、左側の通路を歩き始めた。
歩きながらポケットから魔魂を取り出して、他人の心を読むイメージをしながら指先で潰した。
機内に一瞬静電気が走る様な感覚を覚えた。
それは乗客達も感じたようで、何人もが驚いた顔をして周りを見回した。
掌の中の潰した珠を見たら、それは『特級珠』だった。
一瞬の間を於いて、パイロットや乗客たちの何百もの意識が飛び込んで来た。
眩暈を感じよろめいて、僕は座席に掴まった。
コントロール方法が分からずに、前方からの意識の流れだけに集中した。
「本当に居たんだ、yuto shiratoriは。」
「空を飛んで来たのか? 彼は」
「助かった、死なずにすむ。」
乗客たちの思いが流れ込んで来た。
「殺す!」
悪意が僕の頭の中に響いた。
進んでいる通路際の席、ほんの5列程先からその思いは伝わって来た。
俯いて座っている男の両腕を、思念の力で上げさせた。
男の右手には、刃渡り20センチ程のナイフが握られていた。
僕は両腕を肘からへし折った。 激痛に襲われたのであろうテロリストは、途端に悲鳴をあげて呻き始めた。
僕はまた前へと歩き始めた。
「where is the terrorist?」
大声で叫び、僕は後ろへと走り始めた。
乗客たちは立ち上がり後ろを指さした。
僕は指さす方向へと走った。
2人の男がナイフを構え、僕に向かって来た。
「ボキッボキッ」と、騒がしい機内ではあったが乾いた音が聞こえた。
僕は反射的に男たちの両腕をへし折って居た。
終わったか、、僕はそう思いため息をついた。
突然衛星電話に着信が来た。
「白鳥です。 機体を結界で包みましたからミサイルを撃ち込まれても大丈夫ですよ。」
先生が心配で電話して来たのだと思い、繋がるなりそう答えた。
「白鳥さん、ニューアーク・リバティ空港へ着陸予定のエア・カナダのエアバスがルートをそれ逸れました。 マンハッタンに落ちます!」
僕は操縦席へと走った。
途中客席で立ち上がて写真を撮っていた、先ほどの青年の手を掴み「来てくれ。」と言った。
突然の事で唖然とする彼を、強引に引っ張りながらコックピットに連れ込んだ。
足元に転がる2人のテロリストを、思念で客席の通路に放りだした。
「マンハッタンの方向を教えてもらってくれ。」
彼は慌ててパイロットに英語で説明を始めた。
パイロットが指した。
その瞬間、僕はボーイング747の機体をマッハ4の速度まで加速した。
「う、うわぁ!」
一瞬でコックピットの窓から見える光景が放射状の線に変わって、青年は驚きの声を上げた。
遠視をして距離を読んだ。
まだ僕の視界にはマンハッタン島の高層ビル群は見えて来なかった。
1秒に15キロメートルのスピードで機体は向かっていたが、僕の遠視能力では200キロ先が限界だった。
「マンハッタンに何が起こるんですか?」
青年がそう聞いて来た。
「今エアバスが突っ込もうと向かってるらしいんだ。 落ちる前に撃墜されるかも知れない。」
僕は彼の言葉で思い出し、先生に電話を掛けた。
「先生、モニターで動きは追えますか?」
僕はロスアンゼルスのシティーホールでモニターしているだろう細貝先生にそう聞いた。
「あと数秒でエアバスが見えるはずです。」
彼はそう僕に言った。
「先回りしてこの飛行機を下ろします。」
もうどこかに下ろしている時間など在りそうに無かった。
エアバスの機体が見えた、その数秒後にはマッハ4で飛ぶ747は追い越していた。
前にマンハッタンの高層ビル群が見えた。
速度を少し落とし、このボーイング747を下ろせる場所を探した。
街の中に四角い公園が見えた。 芝地があるのが確認できた。
一気に下降して地面にルフトハンザ機を下ろすと、僕はコックピットから走り出てドアをむしり取った空間から飛び出した。
向かって来るエア・カナダのエアバスに向かい、僕は加速した。
エアバスの後ろ数キロに2機の戦闘機の姿を見つけた。
戦闘機の胴体の下から2本の白煙が上がり、エアバスに向かって飛び始めた。
ミサイルを放たれたのは僕にも理解出来た。
ミサイルより早くエアバスの機体にたどり着ければ僕の勝ちだ。
結界で包み込めさえすれば、ミサイルの爆発から機体を守れるだろう。
(間に合わない!)
そう思った瞬間、エアバスの後方で爆発が起こった。
着弾してしまったのかと諦めかけたが、機体はそのまま向かって来ていた。
僕は機体と交錯した瞬間に速度を後方へ加速して、ハイジャックされたままのエア・カナダの機体に手を触れて結界で包み込んだ。
速度を一気にゼロまで落とした。
後続の戦闘機が居たのか、また機体が向かって来るのが見えた。
空中で止まっているのだ、何か異変を感じて攻撃の手を止めてくれるんじゃ無いかと期待した。
白煙が上がり、またミサイルを放たれた。
機体に届くまでも無く、放たれたミサイルは直後に空中で爆発した。
衛星電話を片手で持って話ながら、瑠奈が飛んで来た。
「今の、君が止めてくれたの?」
着弾寸前にエアバスに向かって放たれたミサイルが爆発した事を、僕は瑠奈に尋ねた。
「届くか分からなかったけど、結界を伸ばして狙ったの。」
彼女は微笑みながらそう言った。
「先生から攻撃を止めるように国防総省に連絡してもらってるわ。」
衛星電話で話しながら、瑠奈はそう言った。
「とにかくこのエアバスを地面に下ろすよ。 あ、まだ中にテロリストが居ると思うんだけど、頼めるかな?」
僕は先ほどボーイングを下ろした公園に向かいながら、瑠奈にそう尋ねた。
「良いわよ。」
そう言うと、まるで魔法の様に機体を透過して中に入って行った。
魔法の様にと言うか、実際魔法なのだったと思い出して笑いそうになった。
公園に向かう間、聞こえる筈の無いテロリスト達の悲鳴が厚い風防ガラスの向こうから聞こえて来た気がした。
さぞかし恐怖を感じているだろうと予想は着いた。
突然現れた眼鏡姿の可愛い女性が、手も使わずに次々と仲間を壊すのを見たなら、僕なら震えあがるだろう。
しかも飛行機の中で逃げ場は無いし、想像していたら寒気がした。
もうボーイングの機体の周りには群衆が集まって人だかりになって居た。
何十ものサイレンの音が、ビルの間にこだまして居た。
僕はゆっくりと降下して、エアバスの機体をボーイングの隣に下ろした。
機体から瑠奈が静かに出て来た。
「終わったみたいね。」
隣に降り立った彼女は僕にそう呟いた。
「うん。 ようやく終わったね。」
深くため息を付きながら、そう答えた。
気付いたら周りを何百人もの群衆に囲まれて、スマホやデジカメで撮られていた。
「Hey yuto! Good job!」
そう言われて振り向くと、到着した警官に2本のペプシを渡された。
「Thanks.」
僕はそう答え、瑠奈に一本を手渡した。
ペプシを開けて顔を見合わすと、まるで決めて居たかの様に同時に言った。
「お疲れさま。」
「お疲れさまでした。」
ペプシで乾杯する写真が、翌日の世界中の新聞の一面を飾った。




