ジョーズとエクソシスト
瑠奈は前方に見えたシカゴのオヘア空港に、この飛行機を置いて行こうと決めた。
「みのりちゃん、1分位したら空港が見えるからそこにこのジャンボを下ろして。」
そう彼女に声を掛けた。
「はーい。」
念じるだけで飛ばしてるみのりは、退屈そうに操縦桿をいじりながらそう答えた。
操縦室の前に集まって来た乗客たちに、事情を説明した。
自分が白沢瑠奈と言う日本人だと言う事や、操縦室に居るのが白鳥みのりだと言う事を。
「あれがminori shiratoriなのか?」
乗客たちは操縦席の彼女を見て、手に手にスマホやデジカメを持ち撮り始めた。
日本で起こった一連の事件の報道で、彼女の名は知れ渡って居た。
「ロスのライブラリータワー(U.S. Bank Tower)の火事で助けていたのは君だよね?」
乗客の一人が、ネットにアップされた動画をスマホに出して見せながら、瑠奈に聞いて来た。
「そうよ。だけど私なんて1500人しか逃がせなかったわ。」
巨大客船で一気に助け出そうなどと言う発想は浮かばず、大型バスのピストン輸送で運んでいた自分が情けなくて、瑠奈はそう弱々しく答えた。
高価そうなスーツを来た女性が突然瑠奈を抱き締めた。
「夫があそこに居たの。 あなた達は私のヒーローよ。」
そう言って頬にキスをした。
集まって来ていた50人程の乗客たちは口々に歓声を上げた。
みのりもコックピットから連れ出され、乗客たちにハグされていた。
「ちょっと離して、飛行機を下ろさなきゃ!」
そう言うとみのりは強引にコックピットに戻り、行き過ぎないように速度を落とした。
マッハ4の速度から、一気に時速500キロ程に落とすと、オヘア空港の滑走路から離れた芝地にジャンボジェットを下ろした。
「まだオスロ便がハイジャックされてニューヨークに向かってるの。私達は止めに行かなきゃいけないから、警察に事情を説明してもらえる?」
乗客たちに向かって瑠奈はそう言った。
「Go! runa go!」
「Goodluck runa and minori!」
口々に声を掛けてくれたので、彼らに手を振って操縦席のガラスを透過して空に舞い上がった。
「瑠奈さん、急ごうよ!」
みのりにそう言われ、2人はニューヨークに向かい加速した。
操縦席や客席の窓から二人を見ていた乗客達には、瞬間的にマッハ4まで加速した二人は、突然消えたように見えて居た。
「Anbelievable!(信じられない、、)」
見ていた乗客たちは、口々にそう呟いた。
突然現れた二人のアジア系の女性に両腕を折られ、今は乗客たちに縛り上げられながら、テロリスト達も同じように呟いた。
「لا يصدق」(信じられない) と。
二人並んでマッハ4の速度で飛びながら、瑠奈は細貝先生に衛星電話を掛けた。
「もしもし、白沢です。」 繋がった瞬間に瑠奈はそう言った。
「今衛星電話のシグナルから、お二人の移動状況が画面に映ってます。」
先生は口早にそう言った。
「もう少しだけ左に向かってください。」 彼は続けてそう言った。
「みのりちゃん、少しだけ向かう方向を左にするわよ。」
瑠奈はそう言うと、右側をならんで飛ぶみのりの手を握り、向かう方向を修正した。
「そう。良いです。その方向に飛ぶと7分後にスカンジナビア航空のボーイングが見えてくるはずです。」
先生はそう言うが、パソコンのモニター上ではそう見えても、マッハ4とマッハ1未満で飛ぶジャンボ機が交錯しても、一瞬で通り過ぎてしまう事は分からないらしかった。
もし遠視能力が無かったなら、肉眼で見えた瞬間には何キロも通り過ぎてしまっただろう。
「もう2分位進んだら見えて来るはずよ。」
遠視の限界半径が1000キロ程の二人だったから、2分後には視界にジャンボジェット機が入るはずだった。
「あれね。」 みのりがそう呟いた。
眼鏡を直しながら瑠奈もみのりの視線を追った。
尾翼に『SAS』の文字が見えた。
瑠奈もみのりもジャンボジェットに向かいながら、機内の意識を読みながらテロリストを探した。
「6人よね?」 瑠奈はそうみのりに言った。
「うん。操縦室に2人と入口に1人、 あとは客席に散らばって3人見えるわ。」
みのりの透視と読心でも、同じなのだと分かった。
「でも、操縦室のリーダーが神経ガスの起爆スイッチを持ってるじゃない? あれって親指を離したら爆発するみたいよ。 どうしよう?」
みのりはリーダーの心を深く読み、起爆スイッチのシステムを読んでいた。
「困ったわね。」
瑠奈はいきなり機内に乱入して1人づつ倒す積もりだったが、それだとリーダーに気付かれたら終わりだった。
「まず操縦室を制圧しなきゃ駄目みたいね。」
何か考えがあるのか、みのりは瑠奈に微笑みながらそう答えた。
「二人で操縦室にそって飛んで、私がリーダーの右手を固定しちゃうから、瑠奈さんまた気絶させちゃってよ。」
ちょっとでも間違ったら神経ガスのタンクが爆発するのだから、リーダーの右手に集中して念動力を使うのは当然だった。
「そしたらジャンボの機体は私が飛ばすから、一人づつ瑠奈さんがテロリストを倒してね。」
みのりは気楽そうにそう言った。
「やっぱり腕、折らなきゃ駄目?」
テロリストとは言え他人の腕を折る事に、瑠奈は抵抗があった。
「気絶から覚めて誰かを傷付けたら困るでしょ。 やっぱり折らなきゃ。」
みのりは微笑みながらそう言った。
ボーイング777を後ろから回り込み、2人は操縦室の両側に取り付いた。
みのりはコ・パイロットシートに座るリーダーの右手首を折りながら、親指で押されたままで固定した。
「う、うわぁ、、」
何の前触れも無く手首が「ボキッ」と音を立て折れたのだ、激痛に襲われた男は悲鳴を上げた。
瑠奈は打ち合わせ通りに操縦する男とリーダーの頸動脈を止め、意識を失わせた。
すり抜ける様に透過して、2人は操縦室に入った。
「ごめんなさいね。」
そう呟くと、意識を失った2人の腕は、「ボキッ」と音を立てて折れた。
「じゃあ、残りの人達倒して来るね。」
気の乗らない風な顔をして、瑠奈はドア越しに客席の中を透視した。
ドアのすぐ前に、1人のテロリストが立っていた。
このまま失神されるとドアが開けにくくなると思い、念動力で突き飛ばした。
3メートル程空中を飛び床に顔から落ちた男は、何が起こったのか理解出来ずに首を振って居た。
操縦室のドアの方を振り向いた時、偶然に瑠奈が念動力でドアを開くのと同時になった。
「スーッ」と手を掛ける訳でも無くドアが開き、要る筈の無いアジア系の女性が立っているのを見て、男は『悪魔』が舞い降りたのだと確信した。
「تعليمات」(助けてくれ!)
男は叫びながら瑠奈から逃げ出した。
「何? 襲ってこないの?」
突然逃げ出したテロリストに、瑠奈は拍子抜けした。
透視しながら客席を後ろへと歩いて行った。
乗客たちは爆弾を仕掛けたと脅されて居て、だれもが青ざめてシートで縮こまって居た。
「Ms runa?」 小さな声でティーンエイジの少女が瑠奈に声掛けて来た。
「もう大丈夫だからね。」 瑠奈はそう囁いた。
客席の中ほどで、先ほど突き飛ばしたテロリストが乗客の喉にナイフを押しつけて叫んでいた。
「تعال، الشيطان」(来るな、悪魔め!)
言葉は分からなかったが、瑠奈に近寄るなと言っているのは理解できた。
「ごめんなさいね。」
そう言うと、男の両腕が天井まで上がり、「ボキッ」と音を立てて折れて居た。
騒がしく叫ばれるのが嫌だったので、瑠奈は頸動脈を締めて意識を失わせた。
乗客たちは客席から顔を覗かせて、一部始終を眺めていた。
瑠奈は透視しながら後部へと静かに歩いて行った。
テロリストを探ろうとしたら、乗客たちの意識が流れ込んで来た。
「Ms shirasawaが機内に居るぞ。」
「runaがいる、だけどどうやって?ロスに居たんじゃないのか?」
「Ms runaだ。 助かった、、」
隣り合わせた乗客たちがひそひそ声で話していた。
乗客の誰かが、スマホは何かを使って音楽を流し始めた。
「ダーダンッ ダーダンッ ダーダッダッダッ ダッダッダッダッダッ~~」
それは映画「ジョーズ」のテーマ曲だった。
怯えて後ろへ逃げて行くテロリスト達を見たのだろう乗客の一人が、その曲を流していた。
(私はジョーズかよっ)と、瑠奈は笑いそうになった。
アメリカ人のジョークのセンスには頭が下がった。
まだハイジャックされてる状況だと言うのに命がけで音楽を流す、そのセンスには。
最後尾のギャレーに、3人のテロリスト達は逃げ込んでいた。
「女の子が人質に取られてるわ、Ms runa」
初老の女性が瑠奈を呼び止めてそう言った。
「ありがとう。 でも心配いりませんからね。」
瑠奈はそう言って彼女に微笑んだ。
「تبقى، أنت ميت.!」(近寄るな、この女を殺すぞ!)
「魔女め、近づくな!」
テロリスト達は口々に叫んでいた。
「本当に人質が居るの? 嘘じゃ無いの?」
瑠奈は薄笑いを浮かべながらそう言った。
「見せてやる。 だが少しでも動いたらこの女を殺す!」
テロリスト達は両側から少女の首にナイフを当てて、ギャレーから姿を現した。
途端に恐る恐る客席から覗いて居た乗客たちが、一斉に笑い始めた。
瑠奈も可笑しくて、笑いを堪える事が出来なかった。
「トッテッテット テットテット トッテッテット テットテット トッテッテット テットテットット~~」
と、また誰かが曲を流し始めた。
突然人質になっていた少女が飛行機の天井に飛び上がり、張り付いた。
少女はテロリスト達を見ながら、「ニヤリ」と笑いを浮かべた。
その間も映画「エクソシスト」のテーマ曲はずっと流れ続けていた。
頭を抱えて座り込み、何事かを祈る様に呟く3人のテロリスト達を眺めながら、瑠奈は呆れていた。
盛大な拍手と歓声が沸き起こり、張り付いていた天井から降りたみのりが両手を上げてそれに答えて居た。
みのりが親指を立てて合図を送る先を見ると、スーツ姿の日本の若いサラリーマンがスマホを掲げながら笑っていた。
「みのりちゃん、狙ってやったの? エクソシストを。」
瑠奈はそう聞いた。
「だって、少しは怖い思いさせたいじゃない。テロなんてしようとした人には。」
みのりは笑いながらそう答えた。
「あ、リーダーの右手はどうやって固定してあるの?」
瑠奈は爆弾のスイッチが気になって、そう聞いていた。
「あ、これね?」
ポケットから取り出したスイッチは、溶接されたように癒着していた。
「『金魂』で溶かして付けちゃった。」
突然衛星電話が鳴った。
「あと1分でF16がミサイルを発射します。 もうテロリストは制圧されてますよね?」
細貝先生は電話を取ると同時にそう言った。
「今制圧しました。 ミサイルの発射は止められませんか?」
瑠奈はそう先生に聞いた。
「間に合わないですね。 良いです。振り切っちゃってください。 マッハ4の機体に当てられるミサイルなどありませんから。」
彼はそう言った。
「みのりちゃん、何かミサイル撃たれるらしいから加速して。 マッハ4まで。」
瑠奈はそう彼女に頼んだ。
「あの、ユウトの方はどうなってますか?」
1人で向かったユウトが心配になり、先生にそう言った。
「まだ微妙です。」
先生はそう言った。
「みのりちゃん。 お願い!」
瑠奈はそう言うと、衛星電話を片手に機体を透過してワシントンへと飛んでいた。
瞬時にマッハ4まで速度を上げて、 ユウトの元へと向かっていた。




