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剣と魔法とルーレット  作者: わっふる
第二部.ヴァランギニア編
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第三話.九億

 そうして、また何レース賭けていたときである。


「やあ、儲かっていますか?」


 いきなり声をかけられ、燿一は振り返る。


「はい?」


 そこにはひげを携えた、やせ形の壮年の男性の姿があった。おそらく貴族層の人間だろう。


「一競馬好きとして、つい興味を持ってしまいました。大分大きな額を賭けて楽しんでいるようでしたので」


 たしかに現在の燿一の資金から言えば小金しか賭けていないとはいえ、それでも一般的な金銭価値からしたら相当の大金を毎度のレースに張っている燿一である。勝ったり負けたりを繰り返しつつ、収益はプラスで、全部で10万シェル程度の浮きである。日本円にして100万円相当か。まあ、儲かっていると言っていいだろう。


「もしでしたら、わたしと差し馬を握りませんか?」


 そう言った。



「あなたは?」


 わずかに怪訝そうな表情をつくりながら、燿一は彼に訊く。


「フフ。わたしは、カニッツァロ・デ・クリノフュームと申します。クリノフューム家の現当主と申し上げれば伝わるでしょうか」


「クリノフューム……名前程度は聞き入れています」


 クリノフュームと言えば、ヴァランギニア国内でも国政に匹敵するほどの大きな権力を誇る御家のひとつである。


 燿一もこの国家に来るにあたり、その名前程度は、エルバイトの貴族との話の中で聞き入れていた。


「それで、さし馬というのは?」


「フフ。我々ほどの長者となればこのような一般の娯楽施設で心が震えるほどの金額など賭けることはできないでしょう。ならば個人同士で賭けるしかないですよ。施設は通さず、直接金額のやり取りをするということです」


「いいですが、ルールは」


「お互いに一頭の馬を選ぶ。どちらのほうが先にゴールにたどり着くかという賭け、というのは」


「……」

 燿一は怪訝そうに眉をしかめる。なんでそんなことを見ず知らずの燿一に提案するのだろう。ヒマな貴族さまの気まぐれか?


「いくらほどですか?」


「フフ。いくらでも良いですよ。あなたが賭けられるだけの額で」


「……一億で」

 吹っ掛ける!


 無表情のまま感情を込めずに燿一はそれをクリノフュームに告げる。見ているのだ。彼がこのまったくありえない提示に対してどう反応するかと言うことを。


「いいですよ」

 しかし微笑みを絶やさずそのままの表情でクリノフュームはそれに即答。


「その額でやりましょう」


「アンタ……」


 対照的に燿一は驚愕の表情を揺らしていた。


「何者だ?」


「言ったでしょう。クリノヒュームの当主ですよ。いや、なに。心が震える機会と言うのがこうなってまったくない人生でしてね、飽き飽きしてたんですよ。だからですね。エルバイト王国で莫大な富を築いたと呼ばれるギャンブラー様にひとつご教授願おうと思いまして」


「……なるほどね」


 たしかに燿一はすでにエルバイト国内では、平民の出でありながら貴族になった存在としてかなり有名になってしまっていた。あるいは国外に存在するギャンブル好きの耳に入ったとして不思議はないが……。


「ですが、思ったよりも小心者ですね」


「……と、言うと?」


「たしかあなたは九億シェル稼いでいるはず。どうしてそれをすべてベットしようとそう申さないのですか?」


 今度はクリノフュームが試すようにそう言う。


「……なるほど。食えないな」


「フフ。わたしはただギャンブルをやってみたいだけの素人なんですよ。ただどうしたって使いきれないほどの莫大な金を有してしまっただけのね。そんなわたしを前にして、あなたはほんの一億程度の金しか賭けられないと、そう言うのですか?」


「なるほど。では九億賭けますか」


「おおっ!」


「ヨウイチ!」

 燿一がそう言うと、驚いたようにアイリスが声を張り上げる。


「わかってるのか?」

 そして耳打ちをしてそう言ってくる。


「明らかに罠だよ。そうじゃなかったらこんな額」


「それを含めておもしろいじゃないか……。相手の懐に張り込まないと、何も手に出来ない」


 そう言って燿一はまたクリノヒュームに言う。


「九億、賭けましょう」


「いいですね! それでこそ心が躍りますよ」

 パンッと嬉しそうに手を叩いてクリノヒュームは笑う。


「日にちはそうですね。十日後ではどうですか? ちょうど年に一度の祭典である現王の即位記念杯がありましてね。世界中の名馬、ジョッキーを招いて行われる最大にして最高のレースです。そこで賭ける、というのは」


「わかりました。賭ける馬は当日申告でいいですか?」


「そうですね。レースは十日後の三時からです。遅くても三日前にはすべての馬がアンタークティに入るでしょう。当日の正午に一度集まり、お互いに賭ける馬を申告するというのはどうでしょう。その時に賭けあう金額、九億シェルを持ち合い確認し合いましょう。会場付近の馬舎に馬車ごとつけましょう。どうですか?」


「わかりました。勝った方がその場で十八億を手にする。そういうことですね?」


「ええ。そうしましょう」

 そう言ってクリノフュームは立ち上がる。


「フフ。怖ければ逃げてもよろしいんですよ」


「あなたこそ」


「アハハハッ。わたくしが! 九億程度のはした金で?」


 冗談を言え。


 いくら国で最大の富豪とはいえ、九億をはした金とは言えないはずだ。まあ失ったところで大打撃を受けるような金額ではないとはいえ、何の勝算もなく賭けて、ほいほいと失うことを諦められるような金額ではないはず。


 では何が彼をそうさせるのか。そして、なぜ燿一をその相手に選んだのか。他国で多額の金額を得たギャンブラーである燿一をその相手に。自国の暇を持て余した他の富豪との対戦では、なぜダメだったのか。


「なるほどおもしろい。おれの心も、奮わせてくださいよ」

 静かに震える声を、燿一は落とした。


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