旅立ちの日
魔王が魔界へと帰ってから、二週間と言う月日が経過していた。
「よし! みんな準備はいいか?」
「まってよ! まだ荷物全部乗せてない!」
そう言ってカーネリアは何百着はあろうかと言う大量の服を馬車の荷台に詰め込んでいく。
「っつおおいっ! そう言えばクローゼット、おまえが勝手に私物化してたけど、全部お前の服だったんだかい! しかも全部もってくつもりかよ!」
「いいじゃん馬車おっきいんだから!」
そう。旅に出るために巨大な馬車と、ユニススを購入したのである。馬車の荷台は今までの燿一たちの家くらいの大きさもあるのである。そのため、家よりも高かったわけだが。
「ねー。ヨーイチ手伝って~!」
と、家から大量の食器を抱えたルチルが出てくる。そう言えばルチルを仲間に出来て本当によかった。彼女、なんと料理がめちゃくちゃうまいというスキルを持っていたのだ。これで燿一が家事全般をすることもなくなり、分担することで負担も減ってほんと助かった。他の女連中はもうね。なんともいえない。
「危な……って!」
「きゃっ!」
とか言っているうちに、ルチルはなにもないところでいきなりけつまずき、大量の食器が宙に舞う。
「ペガサスっ!」
が、それらは地面に落ちることなく、フワフワと宙に浮いたまま制止する。
「だいじょうぶか、ルチル!」
すぐさま燿一は地面に倒れたルチルの元へ向かう。
「ん、うん。えへへ。ごめんね。……アイリスも、ありがとう」
「ルチルはそそっかしいなー。ぼくが帰ってきてなかったら、食器全部買いなおさなきゃいけないところだったよ!」
「たしかに。助かったよ、アイリス。みんなへの挨拶は済んだのか?」
「うん。おまえのやりたいことをやればいいって、みんなそう言ってくれた。だから、いずれヨウイチが国を作ったら」
「そうだな。みんなを迎えに来ればいい」
「ああ!」
燿一がそう言うとアイリスは嬉しそうにほほ笑んで馬車に乗り込んでいく。ルチルも食器や料理道具を詰め込むと、馬車の中へと乗り込んでいった。
「しかしやれやれ、いつのまにか大所帯になってしまったな」
そんな様子を眺めながら、セレナが微笑む。
「ああ。これからもっと大所帯にしていこうぜ!」
と、燿一がそう言うといきなりセレナは頬を赤らめる。
「……そ、それは、ヨウイチがそうしたい、というのなら、わたしは、従うまでだぞ」
とか、なんか赤面しながらそんなことを言ってくる。
「え?」
「子だくさんの家族とは、わたしの憧れでもあったんだ……こんなのは、滅びたかつての幸福を取り戻そうとあがいているだけの幻想なのかもしれないが……」
「子……だく、さんって」
大所帯にするって……それ、それって……。
「えええ? ちょっ!」
いや、そう言う意味で言ったわけではないのである。断じてっ!
もっと共感者を集めて、仲間を増やしていこうというそう言う意味で。と言うかよくよく考えてみたらこのパーティ……。
燿一以外には女の子しかいないっ! しかも全員かわいいではないか。この事実は、実は一番憂慮しなければならない問題なのでは……。
「おれはいろいろ選択肢を間違えたんじゃないのか? 魔王と講和条約結ぶなんてやってる前に、もっとラブラブコメコメしたイベントを消化するべきだったのでは……。って言うか、ひとつ屋根の下で暮らしてたのに、なんでおれにはそういう漫画的アニメ的ラノベ的展開がないんだーい! よくよく考えたら、なんでおれは普通に寝るだけなんだ? バカか、夜には他にすることがあるだろっ! ラブコメ分はどうしたんだっ!」
「それはヨウイチが勇者じゃなくてギャンブラーだからなのでは……」
「ぐ……たしかにそれはそうだ。ダンジョン行ったり、一緒に冒険して危機を乗り越えて、そういう感情が深まっていくのに、おれときたら一緒に行くのなんてカジノとかばっかだもんな……。ダンジョン中のルチルとのちゅうがおれの唯一のラブコメ分とは……。だいたい、先日までも毎日のように、ポルダーバール卿や、トリディマイト卿はじめ、各議会院と対話をする機会ばかり作っていたし……おれはなんて時間を無駄にっ!」
よくよく考えれば、なんで貴族のオッサンの家なんざ、はしごしてんのって感じである。
家で、着替えがどうしたとかお風呂がどうしただとか、そんなラブコメしていればよかったのだっ!
「今からでも遅くない! さあ、ラブコメしようっ!」
とか言っていきなりセレナに抱きつこうと襲い掛かる。
「ええええ! こんな真昼間から?! っていうか、きみは何をいきなりトチ狂ってんだっ!」
とか言って、さっと躱される。
「うおあっ!」
と、そのまま勢い余って家の中にダイビングスライディングを決め込んでしまう。
「い、てて……」
鼻をこすりながら燿一は起き上がる。そして、顔を上げて、しばらく燿一は静かに家の中を見つめていた。
「……だ、大丈夫か? 派手にこけたから、ケガでもしたのか?」
「いや、そうじゃないよ。なんというか、懐かしいな、と思って。この家買ってからもう二か月もたつんだよな」
家の中を見つめながら、燿一は考え深そうに落とす。
「そうだな……。わたしたちの出会いからも中々の期間が経ってしまったな」
そう言ってセレナは座り込む燿一に手を伸ばす。
「……今でも鮮明に覚えてるよ。命を助けてもらってさ。おれはもう、あんまり美しいその姿に、天使さまが助けに来てくれたのだと、そう思ったもんだよ」
「また、調子のいいことを言って。ギャンブラーさんお得意のブラフかな。まったくうまいもんだ」
「いやいや、本当だって!」
「だいたい、どうしたってこんな……男みたいに筋肉だらけのわたしを見て、天使さまなんて発想に至るのかな。……なあ、だが、もし戦士としてではなく、普通の村娘としてきみと出会えていたら、その言葉も素直に喜べていたのだろうか。なんて、愚問か。そもそも戦士でなかったら、きみと出会うことなどありえなかったのだから」
そう言ってセレナは笑う。
「だからこれでよかったのだろう。戦士になれてよかったのだ。そうしなければヨウイチに出会うことすら、なかったのだから」
と、頬を赤らめながら、そう言った。
「っ!」
思わず燿一は恥ずかしくなって視線をそむける。いや、だめだ。頭ではわかっているのだ。ここでこうしてさっと逃げてしまうから一向に恋愛的な仲が進展しないである! ここはもう、いくとこまで……。
「セレナ、おれも今はこの世界に来れてよかったと思ってる。それは……」
「な、なあ、ヨウイチ……」
「セ、セレナに……出会え、出会えたか……」
「ヨウイチッ! 床から煙が!」
「はあ?」
と、セレナの視線の先を見ると、なんか床からもくもく黒い煙が上がっていたのである。
「はああああああああああああ? なんでいきなり火事になんて!」
いや、それは煙ではなかった。その煙がひとつに収束してヒト型を形作っていく。
「ま、まさか魔王? なんで!」
いや、違った。その形作られるヒト型は、燿一の腰ほどの大きさしかなかったからである。
そして、現れる。
「……お、女の子?」
「ふお! ふおおおっ! これが地上か!」
あたりをきょろきょろと見回しながらそこに現れた女の子がそう言ったのである。何というか、目は赤いし、黒い模様が全身に入っているし、漆黒の翼も生えているし、魔族? でも小さな女の子なのであって……。




