出発
「きみ、だれ?」
「予は、ローザサイト・ラピスラズリ。魔界は王、ジェレメジェバイト・ラピスラズリ殿下の第一子である! 控えおろう!」
「は……はあ」
「頭が高いと申して居るのだ! この、愚民風情が!」
とか言っていきなり女の子は燿一のことを蹴り飛ばしてくる。
「ぎゃーーーーーーーーーっ!」
それだけで二メートルくらい吹っ飛び燿一は虫の息になってぴくぴくと前後運動を繰り返す。なんてえバカ力だ。
「て、てて……。きみはいったいなんなんだよ! っていうか魔族か? 魔王の娘さんなの?」
「そうだ。ようやく予が何者であるのか気付いたようだな」
「へー。あのいかつい魔王様にこんなかわいい娘さんがいたなんて」
と、頭をなでてやるといきなりローザサイトと名乗る魔王の娘さんは、ブルブルと震えだしたのである。
「どうした? おなかでもいたいのか?」
「人間のくせにっ! 気安く触れるな、バカっ!」
と、いきなり頬をぶん殴られる。
「ぎゃーすっ!」
まったく末恐ろしいお嬢様である。
「ど、どうしたの! すごい音がしたけど」
と、すでに馬車に乗り込んでいたカーネリアも異変に気づき降りてくる。
「って! なにその子っ!」
「ふむ。人間たちの生活ぶりを探る様にと父上からの命でやってきたのだ。ありがたく思えよ。これは父からの手紙である。ヨウイチとかいう人間に渡せと仰せ使っている」
と、なにやら丸められた紙のようなものをローザサイトは取り出す。
「うん。読めない。おれは言葉は喋れるけど、文字は読めないんだよな。カーネリア、読んで」
「えー。はいはい。えっと。『約束をたがえぬよう、その日まで、娘をおまえに預けることにした。娘に何かあったらおまえら全員殺すよ。By魔王』……」
「うん……」
素晴らしい笑顔で燿一はうなずく。
「さあ、みんな。もう準備は万端だ。旅に出るぞっ!」
と現実逃避、現実逃避。
「キサマっ! わたしのことを無視するなっ!」
と、後方からドロップキックをかまされる。
「ぎゃーーーーーーっ。背骨っ! すいません。背骨が、だれか、……!」
「というわけできさまら、わたしは魔界よりの使者であるのだ。丁重に扱えよ。ガッハッハッ!」
「ハっ!」
しかしそんなローザサイトをカーネリアは鼻で笑う。
「なにいってんだか、このガキは。親の七光りで威張ってるだけなのに、自分が偉いと勘違いしちゃってさー。痛いわー」
「な、なんだとキサマッ! バカにしやがって!」
と、ローザサイトはカーネリアに殴りかかったのだが、ガッと額を押さえつけられると、そのまま腕をブルンブルン振り回すが、カーネリアまで届かない。
「は、離せー!」
「だいたい、うちのパーティの最後に加わったアンタは下っ端なのよ。下っ端。ほら」
そう言ってテーブルにどさりと座り込んだカーネリアは靴の先をローザサイトに向ける。
「あー。足が疲れたわー。下っ端。マッサージしなさい」
「ちょっと。カーネリアさん?」
「……キサマッ!」
またもやローザサイトはカーネリアに殴りかかるが、さっとその突進をかわすと、勢い余ってローザサイトはガラガラと地面を転がっていく。
「う……うぇ。おまえら、こんなことして。お父さまに言いつけたら、おまえらなんて」
「はー。出た出た。これだから子供は」
「うぅ。うえっ! うぁああああああああああああああんっ!」
「バカ泣かすなよっ! 大丈夫か、えっと、ローザサイト」
「う。う……ローザサイトさまと呼べよ!」
うーん。どうしたもんかなぁ。
と、そうこうしていると、馬車にすでに乗り込んでいた二人も降りてくる。
「ヨーイチなにやってんの? って、その子だれ! かわいい」
ルチルはローザサイトを見てほんわかさせている。
「ヨウイチ、まただれか増やしたのか?」
と、同じく降りてきたアイリスは、軽蔑するような目を燿一に向けてくる。これに至っては好き好んで増やしてるわけじゃないぞ。
「えぐ……うぅう」
そうこうしているあいだも、まだローザサイトさまはぐずぐず泣いているのである。
「うええん。ぱぱぁあああああああああー!」
と、ビャービャー泣きながらそんなことをローザサイトが叫んだ時である。
「あの、……なんかまた瘴気が集まっていくんですけど」
ローザサイトの隣、また瘴気が溢れ出していたのだ。しかもさっきよりでかい。それはまた集まってヒト型を構成していき……。
「貴様らっ! よくもわがローザサイトを泣かしおったな」
「ええええええ! 魔王さんっ!」
魔王さまがなんか降臨し始めたのである。
「ぐしぐし。パパぁ! あの女無礼だぁ。わたしのこといじめるんだ」
「おお、おお。泣くなおれのかわいい天使よ!」
そう言って魔王様親子は厚い抱擁を交わしたのである。
「おお、なんて愛くるしいんだ。さあ、ローザサイト、おまえのかわいらしい笑顔をパパに見せておくれっ!」
「う。うんっ!」
ちょっと待ってください。なんですか、このノリは……。
「ふむ。久方ぶりだな、人間よ」
「は、はあ……」
こいつ本当に人間滅ぼそうとしていたやつなのだろうか。
「というわけで、わたしの娘を預けることにした。娘には今後の生活のために人間社会というものを見聞してもらいたいと思ってね」
「まあ、友好条約を結んだ手前、そう言う行為は本当にうれしいんだけどさ。あんた、娘甘やかしすぎだろっ!」
「だってこんな天使のように愛くるしいんだぞ! 愛さずにおれるというのか! なあ!」
「……さいですか」
「とにかく。ローザに何かあったら条約破棄だから」
「はあ……」
とんだ娘かわいがりである。しかし、それでも、彼は十年後の移住をすでに視野に入れて行動しているということだろう。あらかじめ人間社会を学ばせておくことで、娘が移住後戸惑わないようにと言う配慮なのだろうか。
「まあ、わかりました。娘さんのことはおれに任せてください」
「ふむ。よろしく頼むぞ」
「でも、娘さんひとりで寂しくならないかな。いや、おれも精一杯努力はしますが」
「大丈夫。この子は歳以上に大人なんだよ。なあ、わたしのかわいいローザ」
そう言って、魔王は娘の頬を撫でる。娘はと言うと子犬のようにコロコロと喜んでいるが、どこらへんをとって大人と考えるのだろうか。
「彼女、何歳なんですか?」
「九歳だよ。もーほんとかわいいざかりだろー! そうだろ? なあ、そうだよなー。うん」
まだ何も答えてないんですけど。
「とにかく、そういうわけだから。よし、ローザ。この愚民どもの言うことを、まあ多少くらい聞くのだぞ」
「むー。わかったよー、パパ」
愚民どもとか、言っちゃてるー……。
「では。いつでもなにかあったら呼べばパパはすぐ飛んでくるからね!」
「うん。じゃあね。パパ!」
と言うわけで魔王は帰っていく。
「わたしら、あんな親バカ野郎に怯えてたわけ……?」
「らしいね……」
アハハと燿一は力なく笑う。
「それで、お姫様。えっと、ローザサイト様」
「いいよ。ローザで。パパが愚民どもの言うことを聞けと言っていたしな。友好関係を築くためにわたしはきたのだ。だからローザでいいよ」
「そうか! よろしくな! 最初はいろいろ気を使うこともあるかもしれないけど、楽しくやって行こうな。そうだ! 好きな食べ物とかあったら教えておいてくれよ。ルチルは料理がめちゃくちゃうまいんだ! 楽しみにしててくれていいぞ!」
「うちはお母さんいなかったから、村にいるときから、家の仕事は全部わたしがやってきたしね!」
「ホント、ルチルがいなかったらうちの食卓はもう悲惨ですよ」
「ヨウイチくんの料理まずいしね」
とか、カーネリアが言ってくる。
「じゃあ、おまえが作れよっ! ったく、さー」
とか、なんとかぶつぶつ言いながら、燿一も馬車へと乗り込んでいく。
それに続いて全員が馬車のなかへと乗り込んだったのだった。
「よし、いくぞっ!」
燿一がパンッと鞭を入れると、ユニススはゆっくりゆっくりだったが、歩みを開始する。それが、始まりだった。
「なあ、ヨウイチ。最初はどの国に行くんだ?」
と、アイリスがそんなことを聞いてくる。
「まずは東にある国、ヴァランギニアに行く」
「へー。なにがあるんだ?」
「競馬が盛んだ!」
「……なるほど。その次は?」
「次は遥か北方の国、アンフィボールだ」
「なにがあるんだ?」
「カジノの聖地だよ」
「……へー。次は?」
「その次はこの大陸を出て、中央大陸のオーレナイに行く」
「そこには何が?」
「オーレナイは世界の中心だけあって物流の中心地なんだ。そのため、カジノもでかい。しかも世界中からいろんな種類のギャンブルが輸入されていて……」
「おい」
「ん?」
「ボクとの約束はどうなったんだっ! 国を作るんじゃなかったのか!」
「ギャンブルは大事だぞー。お金が稼げるし、何より楽しい。それにいろんな人と交流も持てるしな。例えば、トリディマイト卿のように、後ろ盾になってくれる貴族を世界中に作らないと、そもそも国なんて作れないんだよ」
「ウソだっ! ヨウイチはただギャンブルがしたいだけだ。だめだこいつっ! ただのジャンキーだ!」
ぐ。ほぼ九割がた図星である。
「こらこら、アイリス。そんなこと、おまえ、今さら気づいたのか」
「えー……セレナはそれでいいの!?」
「なんというかな、うまくは言えないけど、今この瞬間が、永遠に続いてくれればいいと、そうは思わないか」
「……まあ。たしかに、それは。少しくらいは思うけど……」
「なになに! どの国行くか話してるの?」
そんなことを言っていると、いきなり、ひょこっと荷台から顔を出してルチルが聞いてくる。
「わたし、ブロンサイト行ってみたい! 世界で一番大きい市場があるんだよっ!」
「あー。いいな。リクエスト! わたしはミーアシャムに行ってみたいな。世界のファッションの中心地と呼ばれている都市なんだ」
「なんだ、おまえらばっかりずるいぞ! わたしのリクエストも聞けっ!」
とか、ローザサイトも飛び出してくる。
「ローザ、こっちの国の名前とか知ってるの?」
「知らんっ! 知らんが、予は甘いものが好きだっ! お菓子食べたいっ!」
とか言って、ローザサイトは騒ぎ出す。
そうして馬車は首都リューゴクシンの門をくぐり、国外へと至る。ゆっくりゆっくりと、淡くゆられる馬車とともに、ただ気ままに進んでいく。次なる、国を目指して。
燿一たちの、世界を賭けた冒険は、まだ、始まったばかりである。
第一部.エルバイト王国編、完
これにて第一部終了とさせていただきます。
一応、最初に予定していた話はすべて消化し切れました。
これで完結でもいいのですが、まだやりたいこともあるので、もう少し燿一たちの冒険にお付き合いください。
第二部は構成がまとまり次第書き始めたいと思いますので、今後もよろしくお願いいたします。
今までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。




