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剣と魔法とルーレット  作者: わっふる
第一部.エルバイト王国編
35/49

無力感

 その一閃が振り下ろされる。


「さすがだよ、魔王」


 が、その刃が体を貫通する瞬間、燿一の体が一瞬だけ世界からは掻き消えたのである。


「……!?」


 そう。読んでいた……。すでに。


「見ていなかったのか? スレイプニルの幼獣を使って外に出ようとすると、すぐその場所まで引き戻される。逆に言えば、一瞬だけは消えられるってこと。読んでたよ。先に司令塔を叩こうとするだろうってことはね。だから、ありがとう。期待通りの行動を起こしてくれて」


 背後の魔王に向かって燿一はそう言う。


「なんのために、おれが自分の後ろに、ルチルを配置したと思う?」


「やぁああああああああああああああっ!」

 その後ろっ!


 すでに指示を出していた。ルチルに。おそらく魔王がスレイプニルを使って燿一の背後に現れるだろうこと。そしてその瞬間、背後からその胸を一刺しにすることを。魔王の体の防御力は言ったように高くない。非力なルチルのひとつきでも、正確に心臓を貫けば、殺すことができる。



「終わりだ」


「グルウォウオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 魔王の、咆哮。地獄まで轟かせ、その最後の言葉を。


「え?」

 しかし、唖然としたルチルの声が、燿一の背後で響き渡っていた。


「っ!」

 振り返る。


 その、背中。今、ルチルが突き刺そうとしたそこ。そこで剣先がぴたりと止まっていた。その、魔王の体が氷によって覆われていたからである。自然系の魔法石は敵に飛ばす場合腕からのみしか発生させられない。だが、体内ならば自由に発生させられるのか。つまり魔王はあの一瞬で、自分の心臓が狙われていることを悟り、その部分を自ら一時的に氷漬けにしたのである。ルチルの一撃は、魔王の通常の肉体こそ切り裂けても、氷を砕くほどの力は……。


 どさり、と、ルチルはその場にしりもちをつく。



「いや……」

 ガタガタと震えながらルチルはつぶやく。


 振り向いた魔王は、すでにルチルに向かって剣を振り下ろしていた。


「ル……チ……」

 燿一がその名前を呼び終わる前に、きっとその一閃は、ルチルの身体に届く。



「ウァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 瞬間だった。無意識的に燿一の体が跳ねていた。今まで一度も使ったことのないそれだったが、なぜか自分の意思を持っているかのように、勝手にぬかれていた。その、35万シェルもした世界最高峰の剣が。


 そして、燿一はただ地面を低く走りぬけ、その魔王の一閃が届く前にルチルを抱えて後方へとおしやりながら、魔王の一閃へ自らのそれをあてがい、そらす。さらに、そのまま魔王の振りぬく力による遠心力を利用するように体を回転させながらその剣を振りあげる。



「――!」


 鮮血とともに、黒い何かがどさりと地面へと落ちる。魔王の腕が、肩から、その剣ごと、切断されたのである。


 明らかに人間の限界を超えた行動スピードだった。あの一瞬で魔王の一撃からルチルをかばいながらそれをいなし、さらに反撃に応じる、などと。


 だれもがその起こった奇跡が理解できず声を失っていた。それは仲間たちもそうだったし、魔王も、そしてきっと燿一自身もそうなのかもしれなかった。


 だが、それでも燿一の体はすでにさらなる攻撃への準備を終了していた。


 燿一は、そのまま剣をもう一度引き寄せると、今度はただ、魔王に向かって、その胸の中心。心臓に向かって突き出したのである!



「……!」

 が、燿一はそこで止めていた。皮一枚のところで魔王の心臓を捉えながら、しかし燿一はそれ以上腕を前に押し出すことができなかった。



 自分が、それを抜いてしまったという事実が、あまりに恐怖的だった。



「ぐ……驚いた、な。キサマ、力を、持って、いたのか」

 魔王はそう言って一歩後ろに下がり、自らの心臓に突き刺さろうとしていたその剣を抜く。


「なぜ、とめた?」


「は……ハハ。アンタ、喋れたのか」


 無気力な声を燿一は揺らす。


「なぜとめたっ!」


「っ。……自分も自分自身に聞きたい」


 なぜ、とめたのか、ではない。なぜ、ぬいたのか。



 なぜ剣をぬいたのかっ!


 燿一自身が訊きたいのはそれだった。


 だけど本当は知っていたのだ。



 卑怯なことだったのかもしれない。自分の両腕に宿った力を知りながら、それを使わずに逃げ切ろうと考えるのは。



「ルチルのお父さんに殴られそうになったときとか、首都に最初に来たときスラム街で襲われたとき、本当は気づいていた」

 自らの体に宿ってしまった不必要な力。


「おれ、こんな力欲しくなかったのにっ! でもみんなを守るためには使わなければならないのか」


 きっと自分の命だったら、死ぬ瞬間でも、この力は使わなかったはずだ。だけど、だけど目の前で大切な人が死のうとしているのなら、それがかりに最も自分が嫌いなものであったとしても、利用しなければならないのか。


 こんな力に、暴力という最悪に、頼らなければ、大切な人も守れないという、己が無力感。


「か、仮説はいくつか立てた……。この力。たぶんおれたちの世界からこちらに来た人間は、理由はわからないし法則もわからないけど、魔法石が体内に生成されてしまうんだろう。それはこっちの言葉をわかることのできる魔法石と、そして、そしてこれだ……こんな力が、宿ってしまう。魔法石を消してしまう方法があるのなら、おれの体内からこの力をきれいさっぱり消し去ってくれ……」


 愚かなことなのだろうか。たかだか、自身が剣を振るったという事実に対して恐怖し、涙を流すのは、異常なことか?


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