勇者なんかじゃない
「なぜ、斬らなかった?」
今一度、魔王はそれを問う。
「なぜ斬らなかったっ! 情けをかけているつもりであるのか!」
剣を寸前で止められて、情けをかけられたと、そのプライドが傷ついたのだろうか。
「ならば、愚かなことだと告げておこう。おれは人間などにかりはつくらんっ!」
そう言って、魔王は自身の胸をドンッと殴りつける。いや、その先。
「ごほ……」
血を吐きながら、そこから取り出す。左手で掴み取ったそれは、掌の上でドクンドクンッと未だに脈打っていた。自身の心臓である。そして、魔王はそれを自ら握りつぶす。血肉があたりに飛び散り、魔王はどさりと地面へとくだる。
「な……」
シンッと室内が静まり返る。
「助けられたことが気に食わなくて、自殺、したってこと?」
フラフラと立ち上がったルチルは打ちひしがれる燿一を抱きしめながら落とす。
「わたしたち、助かったの……?」
「違うな!」
が、その瞬間、魔王の声が響き渡る。魔王の体が淡い光に包まれていた。
「心臓を潰されようと、おれは死なないのだ」
そう言って立ち上がる。
「ば……かな。この力は。魔王っ! キサマ! フェニックス種まで」
どこかで、セレナが叫び声を上げていた。フェニックス系魔法石……。不死能力、か。
思えば、魔王の傷が瞬く間に治ったのもこの魔法石の力だったのだろう。
「そう。おれたち魔族は永遠の命を持っている。貴様ら人間に何度殺されたところで、おれはおまえらを滅ぼすまで戦うことをやめんだろう。そしておれだけではない。多数の魔族が我が元に集い、これから人間世界に向けて宣戦布告するのだ! どうだ、意味がわかったか、人間よ。キサマがかけた慈悲は無意味だったんだっ!」
「……慈悲をかけたんじゃない。ただ、斬れなかったんだよ」
光の失った瞳を無気力に揺らしながら燿一は答える。
「し、死んだ鶏すらさばけないくらいだからな、おれは……。だからこの世界に来てからはずっと野菜食さ……」
ツイと頬に涙が伝った。肉を切り裂いた嫌な感触が、未だに燿一の掌には残っていたのである。
「ヨーイチ!」
「ルチル、おれは……」
が、その先が燿一の口から紡がれることはなかった。塞がれていたからだ、その唇が。
まるで女神のようにやさしく、焦心する燿一を抱きしめながら、静かにルチルは口づけをかわしていた。
柔らかかった。そして、温かかった。それは命の温度だった。燿一が剣を取らなかったら、守れなかった温度だ、それは。
涙が、あふれ出て止まらない。だから、だから、みんな……。これを守るために、みんな剣を取るのか?
闘いたくなんて、本当はきっと、みんな、ないのにっ!
だとしたら、自分だけ逃げるのは、自分だけ自身の力から逃げるのは、卑怯だ。
「ありがとう……ルチル」
だから、燿一は立ち上がる。立ち上がることができた。
「そうだ! 立ち上がれ、勇者よっ! 今こそおまえの本気をおれに見せてみよ!」
「おれは勇者なんかじゃ、ないよ」
そう言って燿一は剣を捨てる。だが、もうその瞳は失意に飲まれてなどいなかった。自分が守ったものの重みを、教えてもらったからだ。他の人の命、今まで知らなかったそれを。こんなにも温かくて、優しく、素晴らしいものであるのだとしたら、どうしてそれを奪えるというのだろうか。
「おれは、ギャンブラーだ……」
ギャンブラーは拳を使わない。己が有利に立つ勝負のすべては、言論と知識によって行われるのだ。暴力など、いらない。だから剣など、もう、握らない。だけど命はあきらめない!
自分の用いるすべてを用いて闘う。その、知識と、言論で、だ。
「だからおれは、あるいはここにいるみんなの命を救うためならあなたの配下にだってなれるだろう」
むかしのRPGだったか。けっこう有名な、こんな問いがある。
『自分の部下になれば世界の半分をくれてやろう』
そして部下になるを選ぶと、バッドエンドだ。
だが、どうして? それっておかしいだろ。
勇者はその講和条約を、どうして結んではならないのかっ!
かりに殺されるとしても、最後まで勇者として? バカな……。戦前の日本かよ。それが戦争を、産むんだろっ!
かりにその魔王の申し入れを飲めないのだとしても、次なる選択肢は、闘うことじゃないはずだ。お互いが歩み寄れるような、新たなる講和条約を提案することが、人間のやるべきことなのではないのか。
世界の半分の実権を差し上げますからもうこの時点で停戦にしましょうと、そう申し入れろっ!
勇者がそれを行うことのできない職業であるというのなら、いらなかった。打算的に最高の妥協点を見つけ出すことに全力を注げられる、ギャンブラーで、だからよかった。




