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剣と魔法とルーレット  作者: わっふる
第一部.エルバイト王国編
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人の値段

 その、うつむきながら歩いていた少女はしかし、顔を上げ燿一の方を見る。そして、そしてっ!


「……ヨー、イチ?」


 そう言って、瞳にいっぱいに涙を浮かべる。



「っ!」

 思わず駆け寄る。どうして、こんな。こんなことがっ! いったい、なにが? 村のみんなは、あの親父さんはっ!


「ルチルッ!」

 すぐさま燿一はその肩をつかむ。


「ルチル……どうして、こんな」


 そう言った瞬間、わずかにルチルの体は立ち止まるが、しかしすぐに縛られている前後の人間たちに引かれ、体勢を崩しながらも前方へと進んでいく。


「く……。セレナ、斬れっ!」


 その繋がれた縄をつかんで燿一は叫ぶ。


「しかし、それは……」

「ヨウイチくんっ! 他人の奴隷に手を出すことは重罪だよっ!」


「いいから斬れっ!」

 すぐにカーネリアが止めに入るが、燿一はそれを制止し、また命じる。


「……御意」

 セレナはしかし何の反論もすることなく静かにうなずくと、ルチルを縛り付けていたその両手の縄を切り裂く。



「ヨーイチ……」

 拘束が解かれたルチルはフラフラとおぼつかない足取りながらも燿一に抱きつくとそのまま泣きつく。


「ヨーイチ。ヨーイチ……ヨーイチ!」


「ルチル……」

 裸足でどれだけの距離を歩かされてきたのだろう、その足は泥に黒く汚れ、また傷だらけになり血が滲んでいた。あんなに美しかった髪だってボロボロになり、瞳も。


「ふあぁあああああああああああっ! ヨーイチィィイイイッ!」

 悲痛なその叫び声が、何度も何度も、助けて助けて助けて……と、彼女のその心の中を。


「ぐ……」

 剣を扱えなくてよかった。今、それを握っていたら。


 キッと燿一は、その巨大な馬車を睨み付ける。


 今、それを握っていたら、自分はあそこに飛び込んで行ってしまいそうだったから。だから、力など、なくてよかった。


 傷ついたこの子を抱きしめるためにこの両腕が使えるのであれば、他には何の力もいらなかった。



「村が。村が……!」


「なにがあった?」


「あのあとぉ、ヨーイチが村を出た後、人さらいの集団が村にきて、みんな、みんなっ! みんな、殺されちゃったぁあああッ! お父さんも、村のみんなも、みんなっ! みんなっ! わたし、村の若い人たちだけは殺されなかった。奴隷にするって、捕まって! それでっ! それでっ!」


「く……ルチル……!」


「うぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 その鳴き声は、街中全部に響き渡るくらい、ただ、大声で。きっと、ずっと今まで、怖くて怖くて、恐怖の中で、泣きたくて、叫びたかっただろうに、それもできず、声を出すことすら、許されず。この……、あの、明るさだけに包まれていたこの子の体が、あの天使のような明るさが、一切、消え去り、今は、こんなにも深く傷つけられてしまうほどにっ! なにも残らないほどっ!


 あの、柔らかく暖かかった手が。こんな。傷だらけになるまで!


「……っ」


 なんて声をかけていいかわからなかった。だけど彼女が泣きやむまで、それが永遠に終わらぬというのなら永遠に、彼女を抱きしめるこの両腕を、離すことだけはしないと誓った。



「ヨウイチ……」


 そんな様子を見てセレナは思わず視線をそむけていた。彼女も同じだった。同じようなことを経験して、今ここにあるのだ。自分の目の前で、自分の育ってきた村が、そこに住むみんなが、殺されていく、その地獄を。



「ルチル。ルチルっ! 大丈夫だ。もう、離さない。この手は離さないから。だから大丈夫だから。絶対に……」

「なにをやっているのかね?」


 そんな燿一の背後だった。


 剣を抱える従者を従えた、太っちょの中年男性がこちらを睨み付けている。


 いつのまにか、馬車の歩みも止まっていた。



「……ポルターバール卿、よりによって」

 ぼそりと男に聞こえないようにカーネリアはつぶやく。


「パイロクスマン・ポルダーバールか……」


 パイロクスマン・ポルダーバール……。エルバイト王国最高議会院委員のひとりにして、王族を除く全貴族の中ではおそらくこの国で最大の富を持つ者。


 燿一はルチルの手を握りしめたまま、ふらりとおぼつかない足取りながらポルダーバール卿に頭をもたれる。



「ま、まずは、無礼をお詫びいたします」

 グッと口の中で歯をかみしめながらも、しかし、燿一は言葉を絞り出す。


「ふむ。で、なんなのだ、おまえは?」


「先日この国において市民権を得た一介の旅人です。非礼ついでに、お願いがあります」


 その先は、きっと言ってはいけないことだった。



 大金を手にした時、愚かしい考えを、頭の中で描いたことがあった。


 例えば目の前で奴隷として小さな子供が売られていこうとしている。そう言う場面を目撃することは、この国に来てから何度もあった。どうしてか、育ってきた環境のせいなのかもしれないが、胸がグッと締め付けられるような想いがして、見ていられなかった。なら、行動を起こせばいいんじゃないかと、そう思った。


 自分が金を払えばその子を救うことができるのだ。きっと、燿一の今の資金からしたら、本当に大したことのない金額で、その子を買うことができる。そうすればその子は救われるだろう。かりに燿一が買わなければ、奴隷を人間だと思わない連中に買われ、悲惨な目に合うのだ。なら、いっそのこと自分が、と。そうすれば少なくても目の前のひとりは救われる。いや、燿一の資金があれば、ひとりふたりではない、数千、数万人と言う子供たちだって、救うことができるかもしれない。


 だから、そうしたいと、そう願ってしまうこともあった。


 が、それだけはやってはいけないことなのだ。



 むかし、テレビを見ていて疑問に思ったことがある。貧しい国の実態を取材するとの名目で、奴隷の少女たちのインタビューを撮影していた。そのとき疑問に思った。なぜ彼らは救わないのだろうか、と。


 そこに出ているインタビュアーは、タレントは、製作スタッフは、なぜ、救わない? おそらく、日本円にしてほんの数万とか、数十万とか、そんな程度の額を払えば、その子を救えるのに! なぜ誰もそれをせず、哀しいことですねなんて人ごとのような言論をほざいて、取材を終われるのか! と、そんなことを子供だった燿一は思った。


 だけど違ったのだ。救いたいのだ。彼らだってみんな、救いたかった。


 胸を、心を焼き尽くす様なこの最悪を前にして、だれもがそれを思うのだ。救いたいと。


 自分の金を払うくらいなら救わなくていいや、ではない。みんながみんなそんな人ごとになれるほど、世界は冷たいわけではなかった。救いたいのだ。自分の金を、決して安くない金額を捨てうってでも、目の前のその子を救いたいとそう思える人間はたくさんいる。たかが一か月分の給料を捨てるくらいで目の前の子を救えるのなら、そうする。そうしたい、と。だけど……。


 だけどそれを行うことはできないのだ。しては、いけないから。



 少し考えればわかることだ。


 では、自分が金を払ってその子を買ったとしよう。では、その金はどうなる?


 当然、その奴隷の所有者は、手に入れたその金で、別の誰かを買うだろう。その金はどこに行く? 人身売買を行っている組織に流れていくのだ。そうしたら、それを元手に、また別の少女の買い付けが行われ、より組織は発展するだろう。あるいはテロ組織に流れるか? 武器や兵器、人を殺し、さらには身寄りのない子供たちが増加する結果にもつながるやもしれない。


 目の前の少女を金を使って救うこと、それは、人身売買組織に資金援助をしているのと同義なのだ。


 だからそれだけはやってはいけない行為だった。奴隷と言う制度を廃止したいと願うなら、今、目の前の苦しんでいるその子を、見捨てるところから、始めなければいけない。



 だけど……だからこそ、燿一は人道家ではないのだろう。



「どうかこの奴隷を売ってくださいませんか?」


「ブフ。ブヒブヒブヒブヒッ! ぬぁあ~んだ、おまえ、下賤な旅人風情の分際で我がかわゆい奴隷ちゃんにほれ込んでしまったのかな? ブヒブヒブヒブヒッ!」


 気持ち悪い笑い声を上げながら、見下すような視線を燿一に投げる。


「だが、のおだよ、答えは、ぶひぃ! すぐにその手を離すのだな。下賤な民が我が時間を使わせるな」



「でしたら……」


 ……おそらく、燿一はこの瞬間、この世界で一番の奴隷肯定派ということになるのだろう。


「一億シェルではいかがでしょうか?」


 一億シェル、それはこの国において、貴族権を買うことができる、それだけの金額である。


 それだけの金額を彼に払う、ひいては、人身売買組織に、それだけの金額を援助しようと申し入れているのだから。


 だが、そうだとしても救いたかった。例えそれが奴隷を肯定することになるのだとしても、彼女のことを、救いたかった。それが、愚かしく、間違ったことであると知りながらも。


「な……ヨウイチくん!」


「ぶひっ? 一億だぁ? 一介の旅人がなぜそんな大金……。は、そう言えばうわさで聞いたことがあった。異国の旅人ながら、闘技場で何億と言う大金を当て、貴族権を手にした者がいるという話を。それがおまえか。ブフフフフっ! だが、のーだよ!」



「そ……そんな、なら、いくらなら」

「三十億だ」


 ぐ……。


「三十億だよ。ブヒヒ。払えるか? 払えないのなら我が所有物から手を、離してもらおうか」


 どうしたらいい。どうしたら。


 すぐさまポルダーバール卿は御付きの従者に命令し、従者は燿一をルチルから引きはがそうとその手を掴み取る。


「っ……」

 そして引き離される。その手が。


 ルチルは、その瞳を燿一に向けて。口を、開いて……だが、何も言わなかった。なにも……それを。


 助けてっ! と……言わなかったのだ。


 だけど……だからこそっ!


「お願いします」

 燿一はポルダーバール卿の前でひざまづくと頭を下げて懇願する。


 この国に土下座と言う制度があるのかどうかはわからなかったが何でもよかった。なんでも、なんでもいいからっ! たとえどんな最悪に手を染めようとも。


「全財産払います。八億五千万シェルあります。どうかその子を売ってください」


「ヨウイチくん、なにを言ってるの? 八億シェルってたった一人の奴隷に」


「……おねがいします」

 しかし、燿一はカーネリアの制止も聞かずただひたいを地面にこすり付ける。


「ブヒヒ。ブハハハハハッ! ゆかいだ。ふうむ。そうだな……」


 そう言ってポルダーバール卿は燿一の隣にいる二人の少女を見る。そして、ニヤッと口元をゆがませる。



「たしかおまえはギャンブルが得意だそうだな」


「!? ……そ、それがどうかしたのですか?」


「予と賭けをせんか? ブヒヒヒヒッ! もしも貴様が勝てば、その奴隷をやろう。ただし、予が買った場合は、きさまの全財産と……」


 そしてまた、それを、見る。


「キサマのその二人の従者をもらおう。ブヒヒヒヒヒヒヒッ!」

「な……」


 燿一は思わず振り返る。その、自らの後ろに立つ二人。


「バカな」


 彼女たちを天秤に賭けろと言うのか?

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