表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/44

22.違和感

「冷たい。すっごく美味しいよ、これ!」


 出来立てのアイスを一匙すくい、セオドアが目を丸くして驚いた。

 よかった。ヒルダが頑張ってくれたお陰で、セオドアのこんな顔を見ることができた。


「お祖母様が生きてらしたころ、二人でよく作っていたのよ。私の分も食べていいわ、その代わり温かいお茶もちゃんと飲んでね?」


 セオドアは本当に虚弱体質で、すぐにお腹を壊してしまうのだ。

 湯気の立つ紅茶のカップを弟に渡そうとするが、彼は「後でね」と見向きもしてくれない。冷たいアイスに夢中である。


「もう。飲まないなら私の分はあげないわよ?」


「いいよ、姉さんも一緒に食べようよ。溶ける前に早く片付けちゃおう?」


 いたずらっぽく言われ、私は苦笑してしまった。なんだか子どものころに戻ったみたいな、懐かしい気持ちになる。


 二人で仲良くアイスを分け合った後は、生姜入りの紅茶でお腹を温めた。セオドアの頬に赤みが差してくる。


「姉さんの部屋、ちょっと狭いけど居心地はよさそうだね」


 セオドアが興味しんしんで私の部屋を見回した。

 引っ越してから数ヶ月、ベッドカバーを変えたり壁にタペストリーを飾ったりと少しずつ手を加え、今ではすっかり私好みの部屋になっている。


「狭いは余計よ。もう、貴族の豪邸と一緒にしないの」


 しかつめらしく言い聞かせながらも、口元が自然と笑ってしまう。セオドアもにやにやしていた。


(楽しいな)


 まさかセオドアを、この教師寮に招かれる日が来るとは思ってもいなかった。本当にローレンツには感謝してもしきれない。


「実は、殿下はずっと僕と接触しようとされていたみたいなんだ。未来の、義弟……?のため、王城勤務の医師を派遣しようと何度も申し出てくれていたらしいんだけど」


 未来の義弟、の部分でセオドアはさも嫌そうに口をひん曲げた。


「僕には教えず、父上が握りつぶしていたようだね。ありがたいお申し出なれど、セオドアには赤子のころより世話になっている主治医がおります。まして娘がとんだ無礼を働いた以上、殿下のご厚意に甘えるわけには参りません……とか何とか」


「お父様はプライドが高いからね。パーティで殿下から、公衆の面前でやり込められた恨みがまだ残っているのでしょう」


「僕もそう思う。……それで、昨日父上たちが領地に帰るのを待ちかねたように連絡があったんだ。本当にすぐだったよ。父上たちの馬車を見送ったと思ったら、殿下からの使者が馬で駆けてきたんだから」


 セオドアがおかしそうに頬をゆるめた。


 使者は居丈高に、「イーリック伯爵家のご令息セオドア様を、ローレンツ殿下が話し相手にご所望されている。明日迎えをやるので、王城まで赴くように」と一方的に告げたのだという。

 セオドアは顔を真っ赤にして怒ったが、王族の命令に逆らえるはずがない。しぶしぶ使者の申し出を受け入れたのだそうだ。


「殿下はきっと、あの精霊術師の姉との仲を取り持てと言う気だろう。全くいい迷惑だ!……って、使用人たちにもしっかり聞かせておいたからね。今日も迎えの馬車に乗り込むときは、ものすごく不機嫌な顔をしておいたよ」


 内心ではうきうきだったそうだが。

 もしや私と会えるのではないか、と期待したのだそうだ。


 王城に到着したセオドアは、まっすぐローレンツの部屋へと案内された。中で待ち構えていたローレンツから、すぐに作業着に着替えるよう命じられたのだという。


「大きな帽子で顔を隠して、城の裏口につけてあった粗末な馬車に二人で乗り込んだんだ。で、教師寮(ここ)に連れてこられたってわけ」


「なるほどね」


 鮮やかな手並みにくすりと笑ってしまう。

 帰りは一度また王城に戻って着替えてから、城の豪華な馬車で伯爵家まで送ってもらうのだろう。


 セオドアが嬉しいような、悔しいような複雑な表情を浮かべる。


「これからも定期的に王城に呼び出すから、城でも城下町でも好きなところで姉さんに会うといいって言われたよ。今日ここに連れてきたのは、姉さんの今の住まいが見たいだろうからってさ。……至れり尽くせりすぎて、なんだか腹が立つよね」


 そりゃあありがたいけどさ、と拗ねたように言う。

 気持ちはわかる。私もローレンツには先を越されてばかりいるから。


「でも、今回は素直に甘えましょう? 年が明けたらまた社交シーズンが始まって、父上たちが王都に戻ってきてしまうから。それまでにたくさん会いたいわ」


「僕もだよ。……ところで次は、冷たいジュースが飲みたいんだけど」


 飲み干した紅茶のカップを置き、セオドアが額の汗をぬぐってねだってくる。いけません、と私は厳しく唇を引き結んだ。


「今日はもう冷たいものは禁止です」


「お願い姉さん。あと一杯だけでいいからさ」


 うるうるとあざとく見つめられる。

 ……ヒルダといいこの子といい、私が泣き落としに弱いのをよく理解している。しばし耐えたがやはり駄目で、私はあきらめて白旗を揚げた。


「……半分だけだからね」


「やった!」


 それから二人でのんびり過ごし、日が傾き始めたころにセオドアが名残惜しそうに腰を上げた。


「そろそろ帰らなきゃ。見送りはいらないよ、なるべく二人でいるところは見られない方がいいからね」


 ドアノブに手を掛けたところで、「あ、そうだ」と思いついたように振り返る。


「母上がこぼしていたよ。父上に早く姉さんを許してあげてほしいって、一生懸命に頼んだけど駄目だったって。姉さんも変に意地を張らず、もっと素直になってくれたらいいのにって」


「…………」


「本当に、全然わかっていないよね。母上なりに姉さんを愛してるのは確かなんだけど。向いている方向が違うから、見えている景色が全く違うんだろうね」


 寂しそうに微笑み、セオドアは静かに出ていった。私はその背中を黙って見送る。


 (仕方ないわよね……)


 愛していたって、憎んでなんかいなくたって、絶望的に噛み合わない関係というのは確かにあるのだ。

 私はため息を飲み込み、崩れ落ちるようにベッドに腰を下ろした。そうして、ふと気がつく。


「……やだ。あの子、帽子を忘れてる」


 茶色の地味な帽子を拾い上げ、私はすぐさま立ち上がった。今ならまだ追いつけるはずだ。


 部屋を出て大急ぎで階段を下りるが、セオドアの姿は見当たらない。きょろきょろと辺りを見回せば、セオドアはちょうど玄関から庭に出ていくところだった。


 外にはローレンツの姿もあった。

 仕事を終えた庭師たちが後片付けしているのを、壁に寄りかかってぼんやりと眺めている。セオドアが「殿下」と声を掛けた。


「済みました。……今日は本当に、ありがとうございました」


 深々と頭を下げるのを、ローレンツがじっと無表情に眺める。ややあって、大儀そうに口を開いた。


「――ああ。暑い中ご苦労だった。茂っていた葉が落ちて、光がよく差すようになったな」


 給金は後ほど届けさせる、と付け足して、興味を失ったようにセオドアから顔を背けた。

 セオドアがぽかんとして立ち尽くす。


「ローレンツ、殿下……? セオドア……?」


 帽子を抱き締め、私は戸惑いながら二人に歩み寄った。ささやくように名前を呼べば、ローレンツが弾かれたように振り返る。


「ティア……? ああ、そうか。そうだったのか」


 表情が驚愕に染まり、私とセオドアをぎこちなく見比べた。藍の瞳が頼りなく揺らぐ。


「彼はあなたの、弟か。……すまない。全く気づかなかった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ