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モノクロームの精霊術師  作者: 和島 逆


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21.夏季休暇

 それから、日々は穏やかに過ぎていった。


 ローレンツの授業計画のお陰で、私は以前よりもずっと円滑に授業が進められるようになった。まだまだ失敗することも多いけれど、ヒルダやローレンツの助けを借りながら何とか乗り越えている。


 季節は夏を迎え、そろそろ貴族の社交シーズンが終わろうとしていた――……


「ってことは、ティア先生のご家族も領地に帰っちゃうの?」


 夜、私の自室に隣の部屋からヒルダが遊びに来てくれた。

 彼女の目的はわかっている。今日もお酒の瓶とグラスをたずさえていて、私は苦笑しながら受け取った。


「ええ。いつ発つのかは知りませんが、そう遠くないうちに王都から去るのでしょう」


 ヒルダに答えつつ、コケケダマたちに『お願い』をして精霊術を発動させる。

 ほどなく瓶もグラスも、指先が痛くなるほどキンキンに冷えきった。ヒルダが大歓声を上げる。


「ぃやったぁ! 暑い夜に冷たいお酒、なんて贅沢なのかしら!? 魔術じゃこうはいかないもんね、氷の矢でも放とうものなら瓶もグラスも粉々になっちゃうじゃない?」


 上機嫌に告げ、早速グラスにお酒を満たし始める。

 私はお酒は飲まないので、果実のジュースでヒルダと乾杯した。


「にしても、ご両親は何も言ってこないわけ? 見送りに来てほしいとか、領地に帰る前に家に遊びに来いとか」


「ないですねぇ」


 そんなこと、あるわけがない。


 私は思わず失笑してしまった。

 プライドの高い父のこと、いまだに新緑の宴での出来事を根に持っているに違いない。あれから一度も連絡してこないのがその証拠だ。


「きっと今でも、まるで昨日のことのように怒っているんですよ。この自分に大恥をかかせた、なんと不届きな娘だと。しかも面と向かって罵倒したくても、許しを請いに来る様子すらない。ぶつけられない怒りがいつまでも、父の中でぐるぐると渦を巻いているのでしょうね」


「うわ面倒くさっ」


 ヒルダがさも嫌そうに舌を出した。


 でも実は、私はこの状況を歓迎していたりする。

 父はあくまで私の方から謝罪すべきと思っているから、こちらから連絡しない限りずっと私を無視し続けるはずだ。つまりは父からの連絡に怯えることなく、毎日のびのび過ごせるということ。


「領地に帰ってくれて本当に嬉しいです。暑いのは苦手だけど、今年だけは夏を心待ちにしていました」


「あたしも今年の夏はティア先生がいるから幸せだなぁ。氷菓子とかも作ってさ、教師寮のみんなでパーティをしても楽しいかもね?」


 ヒルダは私の精霊術を利用する気満々である。

 ここまであけっぴろげだと、つられて私まで楽しくなってくる。


「学院が夏季休暇に入ったら、寮の庭木の手入れに職人さんが来られるのでしたよね。差し入れ用に、試しで氷菓子を作ってみましょうか?」


「いいねいいね!」


 あたしの分もよろしく、と抜け目のないヒルダに、私も笑いながら了承した。その代わり、ヒルダにもしっかり手伝ってもらわなければ。


「ローレンツ殿下もさ、意外と頑張ってるよね。あの無関心人間が、他人と共同生活なんて絶対耐えきれるわけないって思ってたのにさ」


 ため息交じりにヒルダが言う。


 最近のヒルダは少しずつローレンツを見直しつつあるようで、あからさまに敵対視することは減ってきた。


「教師寮も格段に住みやすくなったよ。悔しいけど、そこは感謝かな。……昔のことを、許したわけじゃないんだけどね」


 低く付け足された言葉に、私はどきりと反応してしまう。

 そっと彼女の顔色を窺えば、ヒルダは我に返ったように瞬きした。困ったように眉を下げ、小さく首を横に振る。


「ごめん。教師のくせに駄目だね、あたし。一個も間違えない人なんていないし、殿下がもし変わろうとしてるなら、もっと信じてあげなきゃいけないのにね」


「……私、は……」


 ヒルダから目を逸らし、きゅっと唇を噛んだ。

 しばし黙り込んでから、考え考え口を開く。


「過去の出来事で、今のローレンツ殿下を判断するようなことはしたくないんです。先入観にとらわれず、私が出会ったありのままの殿下を見ていようって。そう、思うんです」


「……うん」


 ヒルダが噛み締めるように頷いた。

 ぐいっと一気に杯を空け、吹っ切れたように明るく笑う。


「絶対できるよ。ティア先生なら」



 ◇



 夏季休暇が始まって、教師寮も火が消えたように静かになった。

 二週間の休暇の間、職員たちも里帰りをしたり旅行に行ったりするのだそうだ。実家が王都のヒルダ、そして私とローレンツだけが教師寮に残ることとなった。


「ヒルダ先生も帰られないのですね?」


 ボウルや泡立て器などの道具を準備をしながら、私はちらりとヒルダを窺った。ヒルダがすぐさま顔をしかめてみせる。


「いや帰りたいのは山々なんだけど、さすがに殿下とティア先生を二人きりにするのは問題あるでしょー? あたしはお世話係として、ストーカーの魔の手からティア先生を守り抜く義務があるのっ」


 久しぶりにローレンツをストーカー呼ばわりして、しゅしゅっと頼もしく魔術師の杖を振ってみせる。

 心配してくれるのはありがたいが、無理をさせるのは私の本意ではなかった。ヒルダの家族だって、きっと彼女の帰りを待ちわびているはずだ。


「私のことなら気にされなくて結構ですよ」


「ティア先生こそ気にしないで。泊まりに帰ってないってだけで、実家にはしょっちゅう遊びに行ってるし。あっでも悪く思うんだったら、ティア先生もうちに泊まりに来ない? 無駄にでかい家だから、客室だけはいっぱいあるのよ」


 それはそれで申し訳ない。


 即答は避けて、私は曖昧に言葉を濁した。

 とりあえずヒルダには杖を置いてもらい、私の手伝いをお願いする。今この台所で必要なのは攻撃魔術ではないのだ。


「材料は勝手に使っていいんですよね?」


「うん、食事担当の寮母さんも休暇中だからね。その代わり食材は満杯にしていってくれたみたいだよ」


 教師寮の台所で二人、忙しくおしゃべりしながらお菓子作りに興じる。

 ミルクと卵は今朝配達してもらったし、真っ白な砂糖も食糧庫に充分ある。ボウルに材料を全て入れ、泡立て器で混ぜ合わせた。


「こっちの大きなボウルは何に使うの?」


「まずは氷を精霊術で作ります。それから塩を入れて――」


 ぽぽぽぽん、と楽しげな軽い音を立て、氷が次々とボウルの中に出現する。そこに塩を加えて軽く混ぜ、氷菓子の元が入った一回り小さなボウルを上に載せた。


「はい、ではここからが体力仕事です。外側から冷やしつつ、力の限り混ぜて混ぜて混ぜまくってください」


「合点だ!……で、ティア先生は何をするの?」


「私はボウルを支えながら、さらに精霊術で冷やして冷やして冷やしまくります」


 澄まして答え、氷菓子作りが始まった。

 最初は元気いっぱいだったヒルダも、ほどなくして弱音を吐き始める。


「腕が痛ぁい〜っ。もお疲れたぁっ!」


「代わりましょうか?」


「駄目よ、ティア先生が冷やすのをやめたらさらに時間がかかるんでしょ!? 美味しい氷菓子を食べるためだもの、あたし頑張るっ」


 言葉通り、猛然と泡立て器を動かし続ける。


 にぎやかに応援したり励ましたりするうちに、ようやく黄味がかったアイスクリームが完成した。

 ヒルダの目尻に感動の涙が光る。


「長かった、あたし頑張った……。てなわけでティア先生っ、これ二人で全部食べちゃおうよ!」


「……庭師さんたちへの差し入れは?」


「冷たいお茶だけで充分喜んでくれると思うんだわ。暑い夏に氷が入ってるだけで、とんでもない贅沢なんだから。ね、ね、そうでしょ?」


 ……まあ、確かにそうだけど。


 私はしばし迷ったが、ヒルダはうるうると私を見つめてくる。ほぼほぼヒルダ作なのは確かだし、その上目遣いには勝てそうにない。


「わかりました。では私がお茶を差し入れてきますから、ヒルダ先生は溶けないうちに――」


「ティア! 喜んでくれ、あなたにとっておきの贈り物を連れてきた!」


 突然ローレンツの弾んだ声が聞こえてきた。

 私とヒルダは怪訝に思って振り返る。贈り物を――()()()()()


 長身のローレンツの背後から、作業着姿の青年がひょっこりと顔を覗かせた。私はあっと口の中で悲鳴を飲み込む。


 大きな帽子を少しだけ持ち上げて、彼――久しぶりに会うセオドアは、控えめな笑みを浮かべた。


「こんにちは。本日限定の、庭師見習いです」

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