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28 疑惑

「――魔術をかけました?」


 ナタリーがそう告げてきた途端、横に座っていたティーナの様子が少し変わった。先ほどまでの恥ずかしそうなものから、スッと感情が消えて、背が伸びる。気配も変わった。明らかに警戒の色が現れていた。

 これはあまりよろしくない方向性の話題なのだなと気づいたグレンは、意識的に困った顔をすることにした。


「魔術? なんのことですか?」

「それは本気の問いなのかしら、それとも誤魔化そうとしているの?」

「誤魔化そうとしているなんて……はっきり言いますが、魔術なんてかけていません」

「本当かしら?」

「本当です。だいたい出逢ったばかりの君に魔術をかける理由がないよ。あの時は君が何者なのかも知らなかったのに」

「え?」

「グレンの言っていることは本当ですよ。ナタリー様のことを知らなくて、彼は僕に容姿を伝えて誰なのか尋ねてきたのですから」


 グレンはあの時「星貴族の誰か」とまで言ったのだが、レナードはその事は伏せてくれた。


「そう、それならいいのだけど……」


 グレンのきっぱりとした否定に二人は警戒を解いた。再び紅茶を口にする。

 そんな態度にグレンは疑問を持った。


「信じてくれたなら良かった。けど……“仮に”、仮にですよ、オレが君に魔術をかけたとして、問題になるんですか?」


 グレンは魔術なんてかけていないので、彼女の質問は的外れなのだが、何故彼女たちが警戒しているのか不明だった。


「魔術だったら問題だよ、グレン」

「レナード……どういうことだ?」

「学園で授業以外で魔術が禁止されているのは知っているよね」

「そりゃもちろん……でも例えば血を流しているのに神聖魔術を掛けるのまで禁止しているわけじゃないだろ?」


 神聖魔術は人の治療をすることができる魔術だ。軽い怪我などは術をかければその場で治る。病気や黒モフまでは治せないが、怪我などの対処に緊急で使う場面はある。


(まあ、そもそも神聖魔術は才能を必要とするから、誰でも扱えるわけではないけどさ)


「そういう時は別だろうけど……学園が魔術を使うのを禁止しているのは、もちろん暴力沙汰になるからもあるんだけど、問題は呪術の方なんだ」

「呪術?」


 呪術というのは魔術の一種ではあるが、少し傾向が異なる。

 呪術は他人を呪い、意のままに操る術といわれている。複雑な術式と準備が必要となるため簡単には扱えないが、使用するとなるとその威力は絶大だ。下手すれば国が傾く。ちなみにカドレニア王国の法律でも呪術は禁止されている。使用すれば国家反逆罪に問われる。学校に通う子供なら誰でも知っている話だ。


「ガルディウス魔術学園で昔、生徒の間で呪術が流行って、問題になったことがあったみたいで。魔術が絶対禁止になったのもその時からだって先輩に教えてもらったよ」

「呪術が流行る? そんなの可能なのか?」


 呪術はかなり難易度が高い複雑な魔術だ。簡単には使用できない。

 その証拠にグレンもさすがに呪術までは扱うことができない。一般的な魔術とは方向性が異なるからだ。


「昔の話だから僕も詳しくは知らないけれど、どうしてか“流行ってしまった”らしいんだ。大事になったんだって。もみ消されたらしいけど」

「ごめんなさい。貴方は魔術が得意で、特別な師がいたと聞いていたから……少し気になってしまったの」

「ああ、なるほど。そういうことね」


 グレンが「魔術が得意な奴」という噂が、どこまで尾ひれを付けて広まっているか知らないが、そういう笑えない話にまで発想が至ることもあるらしい。


「でもさ、疑った根拠はなに? オレが魔術が得意だからって、接触しただけで「呪術をかけられたかも」なんて発想には至らないでしょ?」


 そんなこと言われたら、変な噂が立っているグレンは、誰とも近寄れなくなってしまう。

 ナタリーは隣に座るティーナに視線を向けると、目を閉じてから口を開けた。


「その……実は私、あの日まで体調がかなり悪かったの……特別どこかってわけじゃないのだけれど、身体が重たいし、何もまともに考えられなくて、気がつけばボーっとしてしまっていて、記憶が曖昧な時もあって。本当に困っていましたの」

「……へえ、そうだったんだ」


 黒モフが見えているグレンからすれば、あれだけ付けていればそうなっていてもおかしくはない。むしろその程度で済んでることに驚きだ。けれど見えてない彼らにそんなことが分かるわけがないので、何も知らないふりをした。


「ナタリーはその事をすごく悩んでいて、お医者様にもたくさん見てもらっていたのですが、一向に治る気配がなかったんです……次第に私も近寄らせてもらえなくなって」

「あの時は本当にごめんなさい、ティーナ……いろいろしてしまったと」

「いいのよ、ナタリー。記憶にないなら思い出さないでいいから」


 ナタリーは精神的に追い詰められて、他人との関係を拒絶するようになった。

 ティーナとの交流さえも拒絶していたナタリーは、一人でこの部屋に籠るようになった。そんな時現れたのがグレンだった。


(ああ、だからあれだけ怒ってたのか)


 精神的に追い詰められている時に、全く知らない他人が自分の領域に入ってきたら、苛立ちもするだろう。


「けれど不思議なことに、貴方に受け止められた直後からその不快な感覚が消えたんです」

「え、“消えた”」

「はい。正しい言い方ではないと思うのですが、消えたというのが正確な気がいたします。突然痛みがなくなったといいますか……意識がはっきりとしたというか」


 グレンが黒モフを全て祓ったからだろう。祓われた相手は大抵こういう言い方をする。


「確かにそれは不思議だな~」


 ナタリーはそれ以来は以前のような体調の悪さは全くなくなり、ここ数日は以前のようにとても健康に過ごせているという。黒モフがほとんど付いていないことからしても、確かに健康的になったのだろう。


「回復したのはとても嬉しかったのですが、治り方が異常な気がしました。お医者様にも治せなかったのに、貴方に出会った直後のことだったもので」

「だから呪術を疑ったと……でも呪術って普通人を呪うもので、神聖魔術みたいに治す力はないはずですよ?」

「そう……ですわよね。けれど神聖魔術にはあの苦痛を取り除けるような術はなかったものですから……もしかしてと思ってしまって」


 神聖魔術が治せるのはあくまでも怪我だけだ。病気もモノによっては一部治せるが、ほとんど機能はしない。精神病にいたっては問題外である。


「ははは、偶然だよ。偶然。魔術は多少得意だけど、オレにそんな力はないよ」

「偶然……でしょうか?」

「それ以外に理由が付けようがないよ。もしくは、高いところから落ちたことが何か原因とか……? それくらいしか……」

「私も! 私もナタリーと同じでした。グ……カースティンさまに助けられた直後に、喉の苦しさが一気に消えました。あれは本当に不思議な感覚でした」


 ティーナまでもナタリーに加勢するように、グレンに原因があるのではないかと言ってくる。


(うーん困ったな……今はレナードとユリウスもいるしな)


 黒モフのことを絶対的な秘密にしているわけではない。伝えても平気だと思っている相手には教えることもある。その方が信頼を得やすいこともあるからだ。

 けれどこんな人数のいる場所で「黒モフって変な生物が見えるんです。そのおかげですかね~」なんて言うつもりはない。変人にみられる可能性が高いからだ。秘密は話す時は少人数に限る。信憑性が違う。


「ともかくオレは何もしていませんよ。ただ落ちそうになったナタリー、様を助けただけ。ティーナさんも同じ。体調が悪そうだったから、声をかけただけで特別なことはしていない」


 嘘は言ってない。グレンは二人に触れただけで、魔術をかけたりはしていないのだから、特別何かしたわけではない。だから力強く言い切った。


「そう……ですか」


 ナタリーは少しばかり残念な表情を浮かべた。


「なんだががっかりされているようですけど……どうかされたんですか?」

「実はこのところ、ほかの友人にも同じような症状を訴えている子が何人かいまして……」


 グレンがもし意識的に自分たちの悪いところを治してくれたのなら、その子も見てもらおうかと思っていたらしい。


「何人も?」

「私が話を聞いているだけでも、二三人ほど……皆一度学園内のお医者様に診てはいただいているのですが、一向に良くならないもので……」

「それは困りますね……」


 グレンは内心首を傾げた。


(学園内に黒モフは確かに多いけど……症状を訴えるほど悪化させている人もやけに多いな……)


 黒モフに付かれすぎて体調を崩すのはそう多いことではない。グレンも仕事はしているものの、それほど多く依頼がくるわけではない。多くても一カ月に一度、少ないと数ヶ月に一度程度に新規の依頼があるくらいだ。

 だからこそ一般的には研究なんて進まないし、原因不明で対象方法が確立されないのだ。グレンが商売を独占できているのはその辺の理由もあった。


(そういえば前に山へ行こうとした女子生徒にも会ったし、レナードの件もあるし、そもそも星貴族が異常だよな……もしかしてこの学園で何かが?)


 何か理解できないことが起きているのではないかと、グレンは少し考え始めた。

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