27 星貴族ナタリー・ブロンデルとの再会
腰の位置まである綺麗な金髪を靡かせて、紫の知的な瞳をこちらに向けながら、彼女は登場した。
グレンはその顔を覚えていた。
(ナタリー……ナタリー・ブロンデル!?)
現れたのは以前グレンが図書館で出会った星貴族の家のひとり、ナタリー・ブロンデルだった。
彼女は以前の騒いでいた時とは違い、今日はとても落ち着いていた。黒モフもほとんどついておらず、すっきりと姿が見えていた。
「な、ナタリー、何故こっちに出てきたの!?」
さきほどまでグレンの前でしゃがみ込んでいた黒髪の美少女は、夢から醒めたように立ち上がり、グレンたちの元へ近づこうとする彼女の前に立ちふさがった。
背の高い黒髪の少女が前に立つと、ナタリーはすっかり隠れてしまう。出逢ったあの時はよくわかっていなかったが、こう見るとナタリーはわりと小柄なのだなと思った。
「貴女がいつまでも戻って来なくて心配したのよ。ティーナ」
「私に何かがあるわけないじゃない」
「そんなの分からないわ。貴女だって女の子なのですし」
「私が、そこら辺の男子どもなんて負けるわけがないわ」
「そうかしら? 貴女は今三人の男の子たちの前でしゃがみ込んでいたように見えたけれど?」
「そ、それは……」
ナタリーの言葉に、黒髪の女子生徒――ティーナは口ごもった。明らかに動揺をしている。
ティーナの曇った表情を見て、ナタリーの顔つきが変わる。険しく眉を寄せて、彼女の前に出ていくと、グレンたちを睨みつけた。
「貴女たちまさか、ティーナに、この子に何かしたのではないでしょうね? 場合によっては許さなくてよ」
静かな物言いだったが、その目には明らかに敵意があった。彼女が何かを誤解しているのは確実だ。
グレンはまた叫ばれてはたまらないと思って、慌てて両手を上げて返事をする。
「お、オレは、なにもしてないよ。ただ、ハンカチを返してもらっただけで」
「ハンカチ……?」
「そうですよ。ブロンデル様。グレンは彼女に、ティーナ嬢にハンカチを返してもらっただけです。何もしていません」
「ヤー」
ナタリーはグレンに視線を向けてから、その手元を見た。グレンが持っているハンカチを入れていた袋だ。彼女は複雑そうな表情を浮かべた。
「ハンカチって……もしかして、ティーナこの方が、グレン・カースティンが、話していた“あの人”なの?」
「え、グレン・カースティンって……この方が”あの”グレン・カースティン?」
ナタリーとティーナがグレンを指差しながら何故か固まった。
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「ここで話していたら誰かに見られるかもしれませんから」とグレンたちは、図書館の裏にある隠し扉から中へ案内された。
この扉はほとんど知られていない特別な道で、なおかつナタリーしか扉の鍵を持っていないので一般人は使えないらしい。
通されたのは図書館五階にある特別室だった。
以前グレンが入ってきた正面扉とはほぼ反対側にあり、書棚やウッドデッキで見えないうえ、隠し扉になっていていた。
(それであの日、司書のアデルさんの鍵がなくても、彼女はここにいたのか)
あの日彼女が特別室にいたのは、この秘密の抜け道を使っていたかららしい。アデルはこのことを黙認しているのだという。
「ここは私のお父様が出資して建てた建物なの。だから少し融通がきくのよ。さあ、どうぞ座ってくださいな」
彼女はウッドデッキの椅子に座って、ティーナが出す紅茶を優雅に飲みながらそう呟く。
その後ろで脚を少し広げ手を前に組んで立つティーナは、グレンの前で顔を真っ赤にしていた女子生徒とは思えないほど迫力があった。まるでお姫様を守る騎士のようだ。表情を引き締めながらグレンの左右にいるレナードとユリウスを睨みつけている。しかしその視線がグレンに向くと――。
「……っ」
何故か動揺しながらよそに視線を向けてしまう。グレンはそれが不思議でたまらず思わず見つめ続けた。
「グレン・カースティン。ティーナで遊ぶのはおよしになってくださいませ。この子は純情なのですから」
「あ、遊ぶって……別に遊んでなんていませんよ。ただなんで見てくれないんだろうって」
「それをよしてくださいって言ってるのです。この子は、貴方に……」
「な、ナタリー!」
ティーナが慌てたように会話に割り込んできた。
ナタリーはそんな彼女を少し見上げて口元を柔らかくすると、再びグレンたちを振り向いた。
「これ以上はやめましょう。あとは本人次第ですからね。昔からこの手のことに疎かった友人がこの調子ではどうなるか心配でなりませんが……」
「ナタリー!」
「ふふふ。はい。もうやめますわ」
そんな二人の仲良しっぷりを見せつけられながら、グレンたちは出された紅茶とお菓子に手を付けていた。
レナードは控えめだったが、グレンとユリウスは遠慮なく食べていたので、この時まで話は半分に聞いていた。
(このお菓子美味い……でも購買でも売ってないし、どこから手に入れてるんだ?)
外部から取り寄せるという発想がないグレンには、出されているお菓子が購買で売っているパンと大差ないほどの値段がするとは理解できなかった。なので遠慮がない。
そんな一向に話が進まない状況に焦れたのは、真面目なレナードだった。
「あの、ブロンデル様、そろそろ本題に移ってくださってもらえますでしょうか?」
「そうでしたわね。その前に改めて自己紹介をしましょうか」
ナタリーはカップを置くと少し身体を起こして姿勢を正した。
「もうご存知かと思いますが、私はナタリー。ブロンデル侯爵家の長女のナタリー・ブロンデルと申しますわ。ブロンデルと呼ばれるとお父様のことだと思ってしまうので、ナタリーで構いませんわ」
「僕たちも? ナタリー、様、で?」
「ええ、かまいませんわ。もちろん顔も知らない方呼ばれるのは困りますが、こうしてテーブルを共にする間柄になったわけですし……そしてこちらは」
「ナタリーの友人で、彼女専属の親衛隊の長ティーナ・リバスと申します。以後お見知りおきを」
ティーナはジロリとレナードとユリウスを睨みつける。
「親衛隊って、あの自主的に星貴族さまたちを守ってる集団の?」
「は、はい……そうです」
親衛隊という言葉に顔を上げたグレンを見ると、彼女は視線を泳がしながら、先ほどよりも柔らかく答えた。
「へぇ。ってことはリバス家って騎士家系なのか?」
以前にレナードから星貴族の親衛隊を名乗っているのは、騎士家系の者たちばかりだと教えられていたことを思い出した。
「そうだよ。リバス伯爵家は騎士の中でも特に有名でね。伯爵位のほかに男爵位を二つも持っている、五大伯爵家のひとつだ。確かお兄さんも――」
「――父・兄四人共に王国騎士団に所属しております。……私もゆくゆくは騎士団に入るつもりです」
レナードの言葉を遮ってティーナはグレンに話しかける。その言い方は少し自信に満ちていて、誇りに思っているのが分かった。彼女の雰囲気が他の女子生徒と違っているのは、騎士家系であり、本人も騎士になることを望んでいることも理由だ。
しかしグレンが食いついたのは別の場所だった。
「ってことは、ティーナさんを入れて五人兄妹ってこと? すごいな!」
グレンは自分と同じように姉弟がたくさんいる貴族がいることが知れて少し嬉しかった。大抵は二人か多くても三人くらいだからだ。親近感がわいて思わずニコニコとしてしまう。
しかしティーナ本人は「てぃ、ティーナ、さん……!」と呟いたあと、再び後ろを向いて座り込んでしまった。最初の勇ましい雰囲気が全くない。
「えっと、ティーナさん? どうしたんですか? ティーナさん?」
「グレン・カースティン。ですからティーナで遊ばないで下さいと先ほども申しましたわよね?」
「え、遊んでないですってば。オレはただ」
「あの、ナタリー様、グレンもある意味ティーナ嬢と同タイプなんです。……本人は遊んでる気は全くないんですよ」
「……でも“あの”カースティン伯爵家の息子なのでしょう?」
「彼は元々違う家で育ったそうです。“あの”カースティン伯爵とは別物として考えてもらった方がいいかと」
「そういうこと……」
「どういうこと?」
疑問の声を上げるグレンとは反対に、何故かレナードの言葉でナタリーは納得したらしい。そして「もう今更格好つけてもだめなのだから、いい加減貴女も座りなさい」と言ってティーナを横の椅子に座らせた。
ティーナは顔を言われるがまま両手で抑え、大人しく座った。
「それではこちらも自己紹介を、ソーンダイク伯爵家次男のレナードです。反対側に座っている彼はこの間転入してきた、イティア連邦国のユリウス・ラーシャ。ともにグレンの友人です」
「ヤー」
ユリウスは名前を呼ばれたので、自分のことだと気づいたようだが、きっと話の内容は理解できていない。その証拠にすぐに菓子に再び手をつける。
「ユリウスは共通語が苦手なので、お手柔らかにお願いします」
「どちらも知っているわ。有名ですからね。そして貴方が」
「ああ、えっとグレン・カースティンです。どうも」
話の主導権をレナードとナタリーに取られてしまい、完全にオマケ状態になっているグレンだが、ようやくここで呼び出されたのが自分であることを思い出した。
「……あの、それでオレは何の用で呼ばれたんですかね?」
理由はだいたい分かっていたが、一応尋ねてみることにした。
「先日のことは覚えていますわよね? ここで起きたこと」
「そりゃもちろん。……驚きましたので」
ナタリーと初めて会ったときのことを言っているのはすぐに分かった。やはりあのことで用事があったらしい。
手紙に書いてあることから、呼び出し人がナタリーであることは何となくわかっていた。問題はわざわざグレンを呼び出した理由だ。
(彼女、怒っている様子じゃないんだよな)
再会するまでは、文句を言われるのではないか、訴えられたりするのではないかと警戒していた。だからレナードたちの同行を許したのだ。何かがあったときには味方になってくれる証人がいてもらった方がいい。
けれど顔を合わせてから、彼女があの時のことを不快に思っているわけではないことは直ぐに分かった。でなければ自分たちをこんな秘密の場所に招待し、あまつさえお茶を出してもてなしたりはしないだろう。
「……あの時の事、申し訳なく思っていて」
「申しわけなく?」
「貴方はデッキから落ちた私を助けてくれたのに、悲鳴を上げてしまったでしょう。その事を謝りたかったの、ごめんなさい」
ナタリーは少し照れ臭そうに笑った。
「……私、男の人に抱き留めてもらうなんて初めてだったものだから、ちょっと混乱して思わず叫んでしまったの」
「そういうことだったんですか……」
グレンは悲鳴を上げられた理由が大したことではなくて安心した。ホッとしていると、隣にいたレナードが「言っただろう」と言わんばかりに肩を叩いてくれる。それに苦笑いを浮かべた。
「オレの方こそ、無事を確認せずに逃げ出してすみません」
「いいえ。私が悪かったのだから、謝らないで下さいまし。そして本当にありがとう。おかげで怪我はなかったわ」
彼女はあの時の自分が混乱して、助けてくれた少年――グレンを驚かせてしまったことを謝罪しようと探していたという。けれど顔を見たこともなければ、一般棟にいるティーナに容姿を聞いてみても覚えがないという。学年も分からず、名前も知らないため探すのに苦労した。
(司書のアデルさんには尋ねなかったのかな? いや教えてくれなかったのかも)
アデルは真面目な人に見えたし、生徒の個人情報を容易く口にするタイプには思えない。
「けれど最近、貴方の名前をよく聞くようになって」
「ああ……大会?」
「そう。編入生であるカースティン家の息子が高い魔力を持っていると、大会で活躍するのではないかと……私のクラスまで話が届いてきたわ」
その時に容姿の話題もあがり、状況からして自分を助けてくれたのはグレンだと、ナタリーは判断したという。そして自分から手紙を書くと問題になるので、友人のティーナに代筆を頼んで呼び出してもらったということだ。
「なんだそういうことだったんですか。ちょっと迫力のある字だったもので、脅迫状か、決闘申し込みかと……」
「そ、そんなつもりはありません」
先ほどまで黙っていたティーナが慌てたように顔を上げる。
「ナタリーがお礼を言いたいというのに、こんなに探させるなんて……と怒りが湧いて頭の中で切り刻む想像をしながら書いていたら、あんなことになっただけで……お恥ずかしい限りです」
「……」
ティーナ以外の全員が『恥ずかしいとは違うだろう』と心の中でツッコミを入れたが、何も言えなかった。
「もちろん、ナタリーの探していた相手がグ……カースティンさまのことだと分かっていたら、あんなふうに書くことは絶対にありませんでしたよ」
「そ、そっか」
美少女のティーナに照れ臭そうに笑われたが、何故かグレンは頬が引きつってしまった。
(ともかく、星貴族の一人に対して、好印象を得ることが出来たって話だな)
必死に探していた星貴族とのつながりを得たことに、グレンは心の中で拳を振り上げた。この可能性があったから、今回の呼び出しに応じたと言っても過言ではない。じゃなければ呼び出しなんて面倒くさいことに関わるわけがない。
(よし、後は焦らずかといって離れすぎずもう少し彼らの関係に近づけるようになんとかすれば)
そう遠くないうちにグレンは目的の人物の側に何気ない顔をして近づける。下手すれば大会のことなど忘れて学園を去れるかもしれない。
グレンは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日はそのお礼だけ――」
「――それともう一つ、伺いたいことがあるわ」
先ほどまで柔らかな笑顔を浮かべていたナタリーの表情が少しだけ変わった。
「グレン・カースティン。貴方私に、魔術をかけました?」




